蜻蛉

森 go太

文字の大きさ
上 下
1 / 1

とある研究助手の手記

しおりを挟む
 初めて虫を殺した時の事を、僕は鮮明に覚えている。

 あれは小学生の頃、母に連れられ、叔父の家へと遊びに行った時の事だった。叔父の家は見渡す限り田畑、たまに民家といった田舎にあり、牧歌的な性格の叔父にとっては、そのんな素朴な環境が、一番合っているらしかった。

 母が叔父と世間話をしている間、僕と弟は近くの森へ探検に出かけた。普段は都会住みで自然を味わう事が無かった僕たちにとって、その森はもはや楽園に等しかった。妖しく黒光りする虫、様々な色のキノコ、饅頭くらい大きなカエル…それらの発見一つ一つが、僕たちの心を躍らせた。

 あっという間に時間が経ち、遊び疲れた僕たちは森のど真ん中で寝そべり、木々の間から漏れ出る暖かな陽光に包まれながら、未知の世界を一つ一つ探求し解き明かしていく充実感を噛み締めた。そして僕はこの時、未知の世界を一つ一つ解き明かしていく快感の虜となってしまったのだ。

 そうして暫く森で微睡んでいると、横で熟睡する弟の鼻に1匹のトンボがとまった。赤トンボだった。僕は溢れ出る好奇心に突き動かされる様に、そのトンボを観察した。ぎょろぎょろと動く目、触ると溶けてしまいそうな程に薄い羽、ぴんと伸びた尻尾…そしてもっとも僕の好奇心を掻き立てたのが、その胴体であった。一見バランスの悪そうなトンボの身体を支える小さな胴体。そこには一体、どれ程の筋肉が詰まっているのかーー。

 僕は赤トンボの両翼を纏め、そっと掴む。そして、弟の鼻から静かに剥がし、まじまじと眺める。赤トンボは全く抵抗しない。まるで、僕と心を通じ合わせようとしているかの様だった。

 しかし僕の好奇心は留まらない。ただ、そのどこか芸術的な体躯を持つトンボの、本質が知りたい。その一心だった。
 僕は両手で片方ずつトンボの羽を持ち、逆方向に引っ張った。トンボの身体が真っ二つに裂け、トンボの頭がぐらりと傾く。迷いはなかった。寧ろ当時の僕には、そのトンボが裂けていく光景すらも、未知の光景として魅了された。

 トンボの肉は、シーチキンの様な見た目をしていた。

 むごたらしいだとか、罪悪感だとかいう感情は無かった。ただ、その事を知れた喜びだけが、僕を満たしていた。

 …やはり僕は、好奇心の塊である。その頃からーー

 今まで。
 さぁ、つまらない話はここまでにして、始めようか。
 ーー実験を。


 僕の目の前には、数人のトンボがいた。


 終
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...