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縄に引かれ、連れてこられたのは都だった。
外郭を土壁で囲い、その中に家々が立ち並んでいた。大勢の人間が道を行き交っている。彼らは律を見ると、眉をひそめて話し込んでいた。
当の本人は置かれた状況も忘れて、物珍しそうに街を見渡していた。
「うわっ」
「きょろきょろするな」
律の様子が気に食わなかったのか、後ろを歩いていた兵士に背中を押される。おもわず転びそうになり、すんでのところでこらえた。
すると、たいして騒がしくもしていないのに、馬に乗って前を進んでいた佑鎮が振り向き、黙って歩けと睨んできた。
(もはや別人だろ)
律はため息をついた。
昨日は恩人で、今日は悪鬼とくるのだからたまったものではない。
(これからどうするか)
逃げたところで多勢に無勢だ。なにより家の場所がばれているのが最大の問題である。
佑鎮は仲間の居場所を吐かせると言っていたが。
律が考え込んでいると、目の前に関門が現れた。街に入る時に見たものよりさらに頑丈に見えた。
「佑鎮様、お戻りですか」
「ああ。通してくれ」
門の横にいた兵士が佑鎮をみてうなずくと、物見櫓に向かって手を振った。
すると、扉が開く。目の前に建物の群れが現れた。おそらく、これが城というものだろう。
門をくぐり、階段をのぼる。通されたのは、城の中で最も高い場所に位置する建物だった。
長い廊下歩き、着いたのは大広間だ。律は膝の後ろを蹴られ、床に突き出された。
「楊領主、連れて参りました」
「きたか」
広間の椅子には、髭をたくわた偉丈夫が座っていた。
領主ということは、このあたりで一番偉い人間ということになる。
楊領主と呼ばれた髭の男は、面白そうに律を眺めた。
「そなたが鬼か」
「……いいえ」
律は首を横にふった。
鬼と人の間に子はできない。つまり、混血児の見た目を知る者はこの場にはいないはずだ。
(なんとか誤魔化せないか?)
律は大人しく次の言葉を待つ。
「佑鎮よ、違うと申しておるぞ」
「素直に答えるはずがありません。この者は鬼山脈に住んでおり、このように耳も尖っております」
「しかし肝心の角がないではないか。我には、ただの少年にしか見えぬ」
それを聞いて、律は眉をよせた。
その長い黒髪は後ろで結われ、勝気な茶の瞳は爛々としている。柳のように細い眉とすっとした鼻筋。服は男物だ。
一見すると少年に見えるかもしれないが、れっきとした齢十六の娘である。
しかし、楊領主たちは律を男だと思っているようだった。とはいえ、それを否定したところで解放されるようには思えないのでここは黙っておこう。
楊領主は髭をなでる。
「聞けば、この者はお前と互角に渡り合ったとか。それは本当か?」
黙り込む佑鎮。気のせいだろうか。ものすごく睨まれている。
佑鎮が答えないので、楊領主は律を見た。
「本当か?」
「いいえ。彼は怪我をしてますので、万全の状態であればどうなったかわかりません」
と、律が言葉を選びながら言うと、楊領主は笑った。
「ははは。なかなか悪くない」
「楊領主!」
「よい。我が領地である山へ立ち入ったことは許そう。佑鎮を救ってくれた恩もある」
律がほっとしたのも束の間。
「ただし、怪我人を出したことは別だ」
楊領主が威厳のある声で言った。
「お前が痛めつけたのは我が軍の中でも手練れの連中だった。ただでさえ北方や隣州がきな臭いというのに」
そこの落とし前はどうつけようか、と楊領主。佑鎮は勝ち誇ったような顔だ。
雲行きが怪しくなったのを感じ取り、律が逃げ出す算段を立てていると、楊領主が閃いたと言った。
「佑鎮の部下として雇ってやろう」
「は?」
外郭を土壁で囲い、その中に家々が立ち並んでいた。大勢の人間が道を行き交っている。彼らは律を見ると、眉をひそめて話し込んでいた。
当の本人は置かれた状況も忘れて、物珍しそうに街を見渡していた。
「うわっ」
「きょろきょろするな」
律の様子が気に食わなかったのか、後ろを歩いていた兵士に背中を押される。おもわず転びそうになり、すんでのところでこらえた。
すると、たいして騒がしくもしていないのに、馬に乗って前を進んでいた佑鎮が振り向き、黙って歩けと睨んできた。
(もはや別人だろ)
律はため息をついた。
昨日は恩人で、今日は悪鬼とくるのだからたまったものではない。
(これからどうするか)
逃げたところで多勢に無勢だ。なにより家の場所がばれているのが最大の問題である。
佑鎮は仲間の居場所を吐かせると言っていたが。
律が考え込んでいると、目の前に関門が現れた。街に入る時に見たものよりさらに頑丈に見えた。
「佑鎮様、お戻りですか」
「ああ。通してくれ」
門の横にいた兵士が佑鎮をみてうなずくと、物見櫓に向かって手を振った。
すると、扉が開く。目の前に建物の群れが現れた。おそらく、これが城というものだろう。
門をくぐり、階段をのぼる。通されたのは、城の中で最も高い場所に位置する建物だった。
長い廊下歩き、着いたのは大広間だ。律は膝の後ろを蹴られ、床に突き出された。
「楊領主、連れて参りました」
「きたか」
広間の椅子には、髭をたくわた偉丈夫が座っていた。
領主ということは、このあたりで一番偉い人間ということになる。
楊領主と呼ばれた髭の男は、面白そうに律を眺めた。
「そなたが鬼か」
「……いいえ」
律は首を横にふった。
鬼と人の間に子はできない。つまり、混血児の見た目を知る者はこの場にはいないはずだ。
(なんとか誤魔化せないか?)
律は大人しく次の言葉を待つ。
「佑鎮よ、違うと申しておるぞ」
「素直に答えるはずがありません。この者は鬼山脈に住んでおり、このように耳も尖っております」
「しかし肝心の角がないではないか。我には、ただの少年にしか見えぬ」
それを聞いて、律は眉をよせた。
その長い黒髪は後ろで結われ、勝気な茶の瞳は爛々としている。柳のように細い眉とすっとした鼻筋。服は男物だ。
一見すると少年に見えるかもしれないが、れっきとした齢十六の娘である。
しかし、楊領主たちは律を男だと思っているようだった。とはいえ、それを否定したところで解放されるようには思えないのでここは黙っておこう。
楊領主は髭をなでる。
「聞けば、この者はお前と互角に渡り合ったとか。それは本当か?」
黙り込む佑鎮。気のせいだろうか。ものすごく睨まれている。
佑鎮が答えないので、楊領主は律を見た。
「本当か?」
「いいえ。彼は怪我をしてますので、万全の状態であればどうなったかわかりません」
と、律が言葉を選びながら言うと、楊領主は笑った。
「ははは。なかなか悪くない」
「楊領主!」
「よい。我が領地である山へ立ち入ったことは許そう。佑鎮を救ってくれた恩もある」
律がほっとしたのも束の間。
「ただし、怪我人を出したことは別だ」
楊領主が威厳のある声で言った。
「お前が痛めつけたのは我が軍の中でも手練れの連中だった。ただでさえ北方や隣州がきな臭いというのに」
そこの落とし前はどうつけようか、と楊領主。佑鎮は勝ち誇ったような顔だ。
雲行きが怪しくなったのを感じ取り、律が逃げ出す算段を立てていると、楊領主が閃いたと言った。
「佑鎮の部下として雇ってやろう」
「は?」
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