男装少女の武勲譚

窓見景色

文字の大きさ
上 下
6 / 13

【6】

しおりを挟む
 楊領主は立ち上がった。

 律は呆気にとられ、佑鎮は広間を出ようとする楊領主をひきとめる。
 
「お待ちください! この者は鬼の疑いがあるのですよ!」
「ならばお前が見張っておけ。鬼であるという証拠が見つかれば考え直そう。あいにく無辜の民を殺す趣味はなくてな」

 律も予想外の展開に、そろりと手をあげた。

「あの、山に帰りたいのですが」
「ははは、そうかそうか。では武勲を立てるがよい」

 そう言って、楊領主は立ち去っていった。

(なにがなんだか)

 律は頭を抱えたくなったが、両手を縛られているせいで出来なかった。

 話を整理すると、律の住んでいた山は楊領主が治める茨州のもので、律は勝手に住み着いた盗人のような存在らしい。

 そんなことをいわれても生まれたときからいるので困るのだが。

 ともかく、兵士の代わりに働けば、山へ戻ることも許してくれるようだ。

(わかりやすい話じゃないか)

 そうと決まれば、一刻も早く武勲とやらをたてよう。律はひとりうなずく。

 つい先ほど上司となった佑鎮を見る。

「それで、なにをすれば?」
「お前の出る幕はない」

 じろりと睨まれる。下手に出てやったというのにこれだ。恩を仇で返され、さすがに律も佑鎮には腹が立っていた。

「おい、佑鎮。こっちも早いところ家に帰りたいんだ。お前だって早く消えてほしいんだろう。それとも楊領主に逆らうのか?」

 佑鎮は舌打ちすると、律の縄をほどいた。それから苛立ちを含んだ声で「ついてこい」と言った。

 やってきたのは兵舎だった。中には宿舎と食堂、それから浴場が併設されていた。

「食事は朝夕の二回。宿舎はあの建物だ」

 歩きながら説明を受ける。最後に案内されたのは訓練場だった。
 そこには男たちがいて木棒をふるっていた。棒術の練習のようだ。

「腕に多少覚えがあるようだが、一兵卒になったからには特別扱いはしない」

 律はうなずく。

「手始めに腕立てを百回、腹筋百回、素振り。それが終われば走り込みだ。そのあとは――」

 律は言われたことを黙々とこなした。

「おい、見ろよ。あの耳、鬼じゃないか?」
「ああ、気味が悪い。なんでこんなところに」

(早く帰りたい)

 兵士たちに蔑んだ目で見られ、時折、心ない言葉が投げられた。とても居心地が悪い中、律は訓練を終えた。

 夕食の時間になり、食堂へ向かう。盆を持って列に並び、配給を待つようだ。

「どけ! 人間様の飯だぞ」
「ははっ、そうだ。鬼は山へ帰れ!」

 律は何度も順番を抜かされた。気に障ったが我慢して、ようやく自分の番が来る。

 配給係に盆を差し出すと、

「お前の分はない」

 と言われ、律は鍋を指差す。

「え。まだ残ってるだろ?」
「言葉も通じないのか? 鬼にやるものはねえんだよ」

 結局、その日は飯抜きで過ごすことになった。

 風呂に入りたかったが、間違いなく女とばれるので井戸水で清めるだけとなる。
 ちなみに兵士の中に女はいなかったので、このまま男で通すことにした。
 都のそばに川があったので、そこに行けるよう今度許可をもらおう。

 宿舎に入る。そこは大広間に筵が敷かれ、掛け布が置かれただけの場所だった。つまるところ雑魚寝だ。

(寝れるかよ)

 律は部屋の隅で壁によりかかった。腹がぐうと鳴るのをこらえるように目をつむった。





 翌日。律はなんとか朝飯にありつけた。

 だが、粥の中に虫の死骸が入れられていた。

「……」

 律はおもむろに席を立った。その目はすわっている。にやにやと笑っていた主犯らしき男の前に行くと、その横っ面を殴り腹を蹴り上げた。

 仕上げに四つん這いになった男の目の前で、その男の飯を食らった。

 今思えば、腹が減っていて短気になっていたのかもしれない。

 のちほど棒叩きにされ独房に入れられたが、それ以降構われることはなくなり、律は悪鬼というあだ名がつけられた。
しおりを挟む

処理中です...