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出会いと、お別れの日々 (2)
殿下との語らい
しおりを挟む爽やかな風が吹き抜け、ふわりと真っ白なテーブルクロスをゆらす。
その風に、香しい紅茶の匂いが混ざり込む。
テーブルクロスの上には、男爵領ではあまり見ない生菓子の数々。 カフェの二階のバルコニー。 通りと反対側のその場所は、とても静か。
暑さを通さない、不可視のドームがそのバルコニーに施されている。 当然のことながら、【絶音】の符呪付き。 一般人は絶対に入れない様な、複雑な障壁がぐるりと周囲を取り囲んでいるの。 見た目は判らない様にね。
流石に王族ね。
ちょっとした話をするのに、こんな重防御なカフェに連れて来るなんてね。 上品に品よく、お菓子を摘まみ、紅茶を頂いて、ニッコリと微笑んでいるのは私。 無邪気に、お誘いに乗ったのよ。 そう、無邪気にね。
にこやかで、それでもって、隙の無い笑顔を浮かべたルフーラ殿下。 話の端緒を探って居るのか、中々とお話に入って下さらないの。 ちょっと、困りものね。 やっと、重い口を開かれたのは、お菓子を頂き、喉を潤した後。 ちょっと、前置き長くない?
「エスカリーナ嬢、お話があると、先程仰いましたが?」
単刀直入に斬り込んで来るわね。 色々と考えた末の言葉。 まぁ、そうね、得体の知れない、元大公家の似非貴族への対応なら、コレで問題は無いわ。
「ええ、お話と云うのは、ハンナさんの事ですわ。 わたくしが、姉と思い、母と慕う、かつての専属侍女だった方」
「かつて?」
「ええ、ドワイアル大公家の御当主様より、ハンナさんの専属侍女の専任を外すと、お手紙を頂きました。 もう、彼女はわたくしの専属侍女では御座いませんわ。 同じ内容のお手紙は、ハンナさんの手元にも届いている筈です」
「そうですか…… お手配になったのですか?」
「彼女には幸せになってもらいたく存じます。 こんなわたくしに心を尽くして下さった方ですものね。 そこで、お願いが御座います」
「何でしょうか、エスカリーナ嬢」
「ハンナ様に、求婚されたと聞き及びます。 どうか、どうか、ハンナ様を御守下さい」
「な、何を当然なことを!」
ザワリと風が鳴く。 防音され、人払い迄しているこの場所に居るのは、私達二人だけ。 だから、ちょっと切り込んでみた。 此処で話す事は、外の誰にも聞かれない筈。 私の【気配探知】には、バルコニーに続く扉の向こう側に、五人の従卒が護衛の為に待機されているのが感じられている。 ただの五人だけ。
つっと、テーブルクロスの上に、魔石を仕込んだ「守護の護符」を置き滑らせたの。
「これは、単なる守護の護符では有りません。 魔石にハンナ様の御髪を練り込みました。 ハンナ様の身が危険に晒される時、ハンナ様の居る場所まで誘導してくれるものです。 これを貴方に」
「つっ! 彼女には、常に護衛達が目を光らせている。 御心配には及びません」
「そうでしょうか? 貴方は、貴方のお立場を、本当に理解しているのでしょうか?」
「拙の立ち場?」
「ええ、上級王皇太子候補、ルフーラ=エミル=グランディアント殿下。 皇太子候補の試練を逸早く達成された、商王候補。 すでに一千万ゲルンの利益は、彼の国の国庫に積み上げられたと側聞いたします。 更に、心から伴侶と想う女性を見出されたのですわね。 ハンナ様は、御存知ないのでしょ?」
一瞬放心された殿下。 まさか其処まで知っているとは、考えて無かったようね。 絶句したままの殿下に追撃を噛まして置く。
「ハンナ様をお身内にご紹介されると、そうお聞きしました。 どなたが来られるのでしょうか? それとも、何も言わずに連れて行かれるでしょか? それは、許される事なのでしょうか? どちらにしても拙速に過ぎると思われます。 殿下が強行される一連の出来事、あなたの競争相手から見れば、とても見過ごしには出来ない事なのではないのでしょうか?」
「言わずと知れた事です。 万全の警備体制を引いております。 ご安心を…… ドワイアル大公家の『目と耳』をお使いになったのか?」
「あれだけ色々な事を目の前に並べられて、あなたを一介の商人だと思うような教育はドワイアル大公家において、受けておりませんわ。 貴方は偽名などでは韜晦出来ないくらい、有名なのですよ? 御存知なかったのですか? その御髪、目の色、肌の色、どれをとっても、上級王皇太子候補様以外に在りはしないでしょ?」
「ハンナ嬢は、それを御存知なのでしょうか」
「まさか! あの方は、わたくしの専属侍女だった方。 貴人にお仕えする術は御存知では有りますが、妃教育は受けておられませんわ。 それに付随する色々な事柄も…… ドワイアル大公家でも、ハンナ様の嫁ぎ先については、御心を砕いておられました。 嫁ぎ先にて、その御家で必要な事柄を学ぶようにと、敢えて根幹部分しか、教育されておりませんでしたのよ」
「…………」
「殿下が見初め、彼の国にお連れになる。 結構な事では御座いますが、彼女はまだ、真っ白なリネンのシーツと同じ。 どの様に染め上げるかは、彼女の御主人となる方次第なのです。 だから、わたくしは願うのです。 御守下さいと。 一点の染みも無いように。 貴方の隣に立って、貴方と共に道を歩めるようにと」
「…………」
「コレは、お持ちください。 殿下、わたくしは見ております。 大切なハンナ様を御守してくださる様を。 ハンナ様はもう、わたくしの専属侍女では御座いません。 本当に真っ白な方ですから、その御心をしっかりと掴んで、離さないでください」
「……エスカリーナ嬢。 知っていて…… 口を噤んでいたのですか…… 貴女は……」
「なにを、当たり前な事を。 地位や立ち場、持てる財貨の多寡、権能権益の有無、そんな物を尺度に人を測るべきでは御座いません。 御二人には、その御心をもって対して頂きとう御座いましたので」
「…………ドワイアル大公家の御息女 エスカリーナ=デ=ドワイアル様。 拙、ルフーラ=エミル=グランディアントの名に懸けて、御約束致しましょう。 ハンナ=ダクレールを生涯の伴侶にすると」
「精霊様にお誓いになられますか?」
「勿論の事」
「もう一つ……」
「何なりと」
「わたくしは、ドワイアル大公家の息女では御座いません。 一介の庶民となる、エスカリーナ。 貴方の手の者から事情は御聞きに成っておられるのでしょ? お間違いなく」
「…………御意に」
毅然とした私の視線を受けて、恭しく頭を垂れる殿下。 本来ならば、この役目はしたくなかった。 ポエット大公夫人か、エルサ男爵夫人が、この役をすべきなんだけれど、ポエット奥様は遠く、エルサ奥様では殿下に奏上する事も難しい。 だから、代わりに私がしたの。
部外者と言われれば、それまでだけど、言わずにはおられなかった。 大好きな、お姉様のこれからが掛かっているんだもの。 お嫁に行ってしまうのは、寂しい事だけれど、それはハンナさんの幸せなの。 だから、私は、全力で、その実現に向けて、障害を取り払うの。
それに……
記憶の中の惨劇は……
絶対に起こしたくないもの。
*******************************
御約束通り、ルフーラ殿下がお迎えに来られた。 豪華な大型の馬車。 ダクレール男爵様は渋い顔。 対してハンナさん、とっても綺麗。 おろしたての淡い色のドレス、結い上げた髪。 男爵夫人が奮発したなって思える御飾り。 上気した肌。
何より…… 零れる様な笑みを浮かべて、ルフーラ殿下の手を取る、その表情。
切実に護りたい。
この幸せを壊すような輩は、絶対に、全力で潰す。
そう心に決めて……
私は同じ馬車に乗り込み、観劇に向ったの。
星空の元の誓いの後の出来事
そんな物に、この幸せを潰させたくないもの。
だから、私はハンナさんとの同道に首肯したんだもの。
居る筈の無い人物としてね。
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