その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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出会いと、お別れの日々 (2)

姉妹であり、母である人の背中。

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 薬師リーナは、治療院で最後の往診をしていたの。  ジェイ様の古傷も、かなり癒えたわ。 もう、日常生活には何も問題はない筈。 ベッドから出ても良いと、許可したの。




「無茶はなさらないでくださいね。 お身体は、今までとは違います。 直ぐに魔力切れも起こします。 魔方陣を描き出すくらいなら問題は御座いませんわ。 でも、起動させるとなると、相当量の魔力を持って行かれる事でしょう。 御役目がら、その様に推察致します。 敢えて言います。 もう、魔法は使えないでしょう。 ……ごめんなさい。 私の力不足です」

「なんの! 魔方陣が描き出せれば、問題は無いですよ、薬師リーナ。 貴方の献身に対し、精霊様に感謝を捧げます。 いや、近年になく調子がいい。 身体の中を洗って頂いたようですな!」

「無茶をなさりすぎです。 細々とした事は、言いますまい。 いくつかご忠告を」

「なんですかな?」

「お酒は、日にワイン三杯迄。 野菜を良く取り、油気を控える事。 穀物由来の食べ物は、今までの半分にして下さい。 あとは……」

「まだあるのですか?」

「海上勤務では、難しい事でしょう。 御心に御留め下さい」

「薬師リーナ殿…… こんなにして頂けた…… 「 理由 」を、御聞きしても?」

「「理由」で御座いますか? ……ジェイ様がいらっしゃらない、世界が嫌だからですわ。 偶然にも関りが持つ事が出来ました、素晴らしく素敵な方が、易々と永久の眠りに就かれると…… 辛ろう御座いますから」

「そうですか。 私が居る世界が、好ましいと…… そう云う事ですか」

「はい」




 ベッドから降り、機関魔術師の制服を着込んだ、大柄な水兵さん。 柔和な笑みを私に下さるの。 スッと手を差し出された。




「薬師リーナ殿。 貴方の献身に感謝を。 船医も驚いていたほどに回復した。 古傷も癒してもらった。 願わくば、この感謝の気持ちが、精霊様に届くようにと、祈ろう」

「勿体なく。 そして、お大事に」




 差し出された手を握るの。 ポワンとその手が光を帯びる。 ザラザラザラって、何かが送り込まれた…… ハッとして、目を上げるの。




「第二世代…… 効率はそこそこ、出力は大きい。 役立てられよ」




 魔法機関の設計図? なの? コレ……




「こ、これは、重要な機密では?」

「もうすでに、他の国の者達によって、解析済みな筈ですよ、お嬢さん。 詳細部分については、まだまだでしょうが。 たとえ、貴女がどうされようとも、ベネディクト=ペンスラ連合王国は、どうもしません。 それを発展させるも良し、そのまま量産されるのも良し。 私が保証しましょう」

「あ、あなたは…… 一体……」

「『テーベル』の機関長では無く、もう一つの顔の漢がそう云っているのです。 大丈夫ですよ、お嬢さん」




 ……もうひとつの顔。 言葉にはしない、重要な事。 ルフーラ殿下を殿下と呼称し、その王族からの信認厚いこの方。 つまりは…… 連合王国直属の魔術師…… あちらで云い方では、王国魔導官様。 それも、かなりの高位の方……

 ぐるりと思考を巡らし、その答えが出たわ。 暗にそれを教えて下さる。 つまりは、私がルフーラ様の素性について、一定の理解をしていると、そう思われている。 判った。 信には信を。 友誼には友誼を。 貴人に対する言葉で、御礼を述べるの。 貴方の事は判ってますよって言うサインにもなるし―――




「ジェイ様のお気持ち、確かに戴きました。 なにか有れば、お呼び下さい。 非才なる我が身に結ばれし友誼。 その友誼により、ご召喚有れば何時でも参上 仕ります。 痛み入ります、ジェイ様」

「やはりな…… 判っておいでか。 いずれそのような時も有るでしょう。 その時まで、健やかに」

「ジェイ様も、お元気で」




 ポワンポワンした光が収まり手を放す。 にこやかに笑みを交わし…… 日常に復帰されるジェイ様の後姿を、目に焼き付ける。 


 どうか、お元気で。





 *******************************




 ダクレールの御邸に帰って、エスカリーナに戻って…… ちょっと、途方に暮れていた。 友誼を結んでいただいたのはとても嬉しい事。 でも、貰ったものが…… 大きすぎる。 下手に世間に出せないわよ。 この情報と云うか、設計図は…… 各国の魔術師達にとっては垂涎の的になっている、至高の魔術…… 


 おいそれとは、表に出せないわ。


 きっと、ジェイ様もそれはお分かりな筈。 薬師リーナならば、無茶はしないと、信頼して頂いたんでしょうね、きっと。 それに、私がそれをどう扱うかも、見ていると思うの。 お国に差し出すか、それとも商いに使うか。 どの様な形にするか…… それを見てられるのだと思うのよ。


 本格的に信を与える事が出来る人物かを、見たいのね。


 だから、本当の役職とか、あるとすれば、本当の御名前をお教え下さらなかったんだと思うの。 そうよね。 だって、名にし負う、ベネディクト=ペンスラ連合王国の方だものね。 市井の人って、こうやって信頼を積み上げるのかしら? 


 「家名」にその信を置く、貴族のお家の方とは違うのね…… 貴族の家の者ならば、家名をもって、信を与え、そして人となりを持って信頼を置くのよ。 あちらの人って……


 そんな事をツラツラ考えながら、御邸の中をフラフラ歩いていたの。 閉鎖図書館に向かうためにね。 その道すがら、ハンナ様とルフーラ様が立ち話している処に出くわしたの。 あぁ、そうだ、釘も差さなきゃ……




 ^^^^^^




「これは丁度良い所に! エスカリーナ嬢!」

「何でしょうか? ルフーラ様」




 ハンナさんがちょっとお困りの様子だね。 またぁ~ ルフーラ殿下の強引なお誘いですか? ハンナさんも暇じゃないのよ? それとも、とっても急いでらっしゃるのかしら? そうか、もう直ぐ快速大型魔法動力帆船「テーベル」の出渠だもんね。


 そうなったら、一度、本国にお帰りになるのよね。


 それまでに、決めたいのね…… あれ? そしたら、御親族の方が見えられるのって? ハンナさんお一人で、対処されるの? いや、まて、それは良くないでしょ。 貴方が居て、初めて成り立つ話よ? ホントに何をお考えなの!




「いや、ハンナ様と貴女に楽しんで貰おうと、伝手を伝って、こんな物を手に入れたんですよ。 息抜きも必要なんじゃないと」




 そう言って、手渡されたのは、この男爵領に久々に来た、王都の「歌劇団」の公演の入場券。 それも、貴賓席。 とても、お高く、庶民には手が届かないもの。 更に言うなら、男爵領ばかりではなく、近隣の貴族さん達も、こぞって観劇に来られる様な代物。

 入場券には、” 特等 ” って書いてあるのよ。

 奮発したねぇ…… 王都の「歌劇団」でも、屈指の表現力を持つって言われている一座でしょ? 街でも噂になってたわよ…… 見る事が出来るのはほんの一握りの人達だけ…… そんな、極上の娯楽なの。 ハンナさん、困る訳だ……




「このように、高価なモノ…… 良いのでしょうか?」




 ほらね。 だけどさぁ…… なんで、私まで?




「ご姉妹の様に過ごされているとお聞きしました。 エスカリーナ嬢と御一緒なら、ハンナ様も気楽に観劇されるのではと、想いましてね」




 なんだ、出汁かぁ…… だろうね。 でも、ルフーラ様は?



「不肖、拙が、エスコトート致します。 如何でしょうか?」

「……エスカリーナ様が行かれるのならば……」




 こっちは、尻込みしてるよ…… ホントに、押せ押せなんだよね、ルフーラ様。 もうちょっと、ハンナさんの好みとか、気持ちとか、考えてあげてよ。 ハンナさんだったら、こんな豪華なモノじゃなくても、十分幸せを感じられるよ? 街角のカフェでお茶を楽しむとか、入渠中のお船に一緒に行かれるとか……




「『テーベル』は、入渠中でしたから、今度は海の上のに出た時に、ご案内します。 その時はエスカリーナ嬢もご一緒に。 ハンナ様は何度もエスカリーナ嬢の事をお話下さいましたしね」




 うわぁ~ 既に実行済みなんだ…… で、ハンナさん、ことある毎に、私の名前を出してたって事ね。 そしたら、殿下…… 将を射ようとすれば、馬からって事で、今度は私も誘ったって事よね。 何処まで考えてるんだ? 




「判りました。 ハンナさん、どうでしょうか? とても有名な王都の「歌劇団」の劇です。 観劇ならば、ダクレール男爵もお許しになるのでは? わたくしが一緒にとなれば、男爵様もご安心になられるかと」




 いいよ、出汁になってあげる。 ハンナさんのお気持ちは…… かたまりつつあるしね。 でもさ、一応は、釘刺して置くよ。 ルフーラ殿下にはね。 




「では、宜しいですね? お迎えに上がります」

「……どうぞ、よしなに……」




 消え入りそうなハンナさんの声。 大きく笑み崩れる、ルフーラ殿下。 まぁ、してやったりって所かな。 んじゃ、釘刺しの時間だね。 




「あの、ルフーラ様、少々お時間を頂ければ幸いです」

「おお、そうでしたな。 エスカリーナ嬢にも、お話が御座います。 どうでしょうか、これから、街角で御茶でも」

「ええ、喜んで。 静かな場所が有れば宜しいのですが?」

「お任せください。 ハンナ様、それでは、” 御姫様 ” をお借りいたしますね」

「お早く…… お戻りくださいね、エスカリーナ様」

「はい、その様に」




 子供らしく、ニコニコしながら、大人なルフーラ様にエスコートされて、街へ繰り出したのよ。 私の考えが正しければ、ルフーラ様は私にハンナさんとの距離を取れって言って来るね。 まさか、私まで、あっちの国に連れて行けるわけ無いし、今後、殿下との婚姻話が進めば、皇太子妃殿下が、皇太子様以外に忠誠を誓っている者など、居て言い訳が無いもの。




 さて…… なんて切り出してくるんだろう。

 自分の身を偽りながら、私とハンナさんを切り離す為の言葉……

 情に訴えるか……

 怖がらせるか……

 それとも、懐柔する心算かも……


 どのみち、それは潰させて貰うけどね。


 あなたの隠したがっている事……


 私は記憶の中に刻み込んでるんだもの。


 ええ、釘をさすのよ。




 大きな釘をね。





 真っ直ぐに、ハンナさんだけを見て貰う為にね!





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