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出会いと、お別れの日々 (2)
悪意の着地点
しおりを挟むゴトゴトと、私達二人と、従者っぽく身を窶した、さっきの男が乗る馬車は、闇の中の道をゆく。 どういう訳か、街路灯が消えていて、本当に真っ暗だったの。 きっと、これも、こいつ等の手引きね。 街路灯の点灯は、街の人達が持ち回りでしていた筈…… つまり、其処まで喰い込んでいたってことよね。
用意周到なのも、程が有るわね。
でも、私は意思を取り戻しているのよ。 表情は、相変わらずボンヤリとしているけれどね。 変わらない様に、気付かれない様に……
頭の中で、左腕に居た妖精さん達の言葉が響いたの。
《なぁ、リーナ…… どうするん? こんな ” ちんけ ” な術式くらい、すぐに破れるんじゃないん?》
《今は、ダメ。 まだ、相手の目的とか、この計略の絵を描いていた人も判らないから。 何時でも、反撃できるように、準備はしておくべきね》
《せやろ。 ほしたら、一気に破るんか?》
《どんな所に連れ込まれるか判らないし、相手が何人いるかもわからない。 ……この術式、逆流してこの魔術師に掛けられないかな……》
《ふ~ん、そっかぁ~ 杖の力を使えば出来るよぉ。 もうかなり、シュトカーナも目覚めかけとるんよ。 術式の解析はうちらがやったから、何時でもゆうてな。 どないでも、出来んで!》
頼もしい言葉をブラウニーから貰えたわ。 ならば、やる事は一つ。 こいつ等の集まる場所に就いた後、この魔術師の術を反転させて、この人に掛ける。 強度的には、中級から上級のこの魔法。 私なら、逆に流しこんで、最上級辺りの術式強度を持たせることが出来る筈。
そう、この人が掛けた、【幻想】と【意思剥奪】をね……
馬車は暗闇の道を進む。 土地勘が無ければ、何処を走っているのか判らないだろうけど、私にはわかる。 往診で色々な場所に行ってたもの。 馬車の車輪の音からして…… 領都アレステンの広場から、石畳が有る道を走り続けて居るから、行く先は四方向に限られていたわ。
そして、横を水が流れる音。
更に、潮の香りが強くなってくるという事は、南向きに走っているという事。 そうね、ブルーザに向っているのね。 他国の領主の娘を攫うという暴挙に出てるんだもの、相応の拠点が無いと出来ないしね。 何をするのかは…… あまり、考えたくは無いんだけれど、多分…… ね。
つまりは、ハンナさんを監禁するだけじゃなく、その身を蹂躙しようとしているって事。
であるならば、行先は一つに絞られてくるわ―――
歓楽街、フルーゲル=エストの娼館のどれか……
次第に速度を落とす馬車。 目的地は近いのね。 ほら、やっぱり、フルーゲル=エストに入る門が見えるもの。 暗闇に沈んでいるけれどね。 今日は、滅多にない休養日になっているから、この歓楽街も静かなものよ…… どのお店も、明かりを落としているし、嬌声も酔漢の大声も聞こえない。
そんな中で、【周辺探知】を唱えるの。
視界の中にボンヤリといくつかの紅い輝点が浮かび上がるわ。 今までに一度でも、印をつけた事がある人が浮かび上がるのよ…… 只ねぇ――― 基本的にフルーゲル=エストの人達とは深く付き合わない様にしてるのよ。 おばば様の忠告もあったし、往診にしても深くは事情を聴かないようにしてたし……
そんな中で、此処の人達に付けた事がある印は、エカリーナさんを迎えに行った時、教会の周りに居た人達だけなんだよ…… そんな輝点は、一軒の娼館に集中しててね…… 馬車の行先も、どうやらそこらしいのよ……
速度を落とし、やがて娼館の扉の前に横付けになる馬車。 停止するとともに、馬車の扉が開かれるの。
「さぁ、お嬢様方、楽しいパーティーの時間です。 どうぞ、中へ」
魔術師の声がする。 意思の力を失っているハンナさんは、言われるがまま、馬車を降りて行くんだ。 私も、同じように降りる。 まだ、この魔術師の術式が生きている様に見せる為にね。 商館の表扉が開き、私達を招き入れたの。
*******************************
真っ赤な絨毯と、煌々と輝くシャンデリアが御出迎え。
此処は…… お貴族様の放蕩息子たちが良く利用する場所だった。 それなりに高貴な御方達の御接待に使うらしく、防音とかの設備も整っていたっけ…… 花女さん達も皆さん見目麗しく、機知に富んだ会話を交し、洗練された仕草で男達を喜ばせるって、有名な高級娼館だったんだ。
輝点も大きくなっている。 エカリーナさん、此処の奴等に目を付けられていたんだ…… 術に誘導される様に、奥へ奥へと入っていくのよ。 コレは…… 単独ではどうしようもない…… やっぱり、一人でハンナさんを連れ出すのは無理みたい。
なにか「手」を、考えなくちゃ…… 私一人では、対処は難しい…… 特に武を持っては……
通されたのは、一番奥まった部屋。 豪華な丁度に、赤い絨毯。 そして、「誘淫の香」の香り。 中央には大きなベッドが鎮座しているの。
「さて、大きなお嬢さんは、ベッドの上に。 小さいお嬢さんは…… そうですね、こちらの椅子に」
誘導されるがまま、ハンナさんはベッドの上に上がったの。 私は、指定された椅子に座る。 ボンヤリとした表情のままね。 さて…… 誰が出て来るのかしら…… 黒幕さんのご登場だと、良いんだけどな。 単に辱めるんなら、こんなメンドクサイ事しない筈だから……
私達が入って来た扉がもう一度開いたの。
大柄な男の人と、でっぷりと太った男の人、そして、私が印をつけた男の人四人が入って来たんだ。 ニヤついた顔で、私達を見てる。 えっと、誰だろう? この顔…… 見た事無い……
「主よ、仰せのままに連れて参りました」
「うむ、ちゃんと術は掛かっているのだろうな」
「仰せのままに……」
魔術師が、大柄な男の人にそう応えたんだ。 こいつが犯人か…… 何が目的で、こんなメンドクサイ方法を取ったんだろう…… 聞きたかったけれど、そうもいかないし、どうしようと思っていたら、でっぷりと太った男の人が、本当に下品な笑みを浮かべながら、話し始めたのよ。
「サリー兄上、どうですか、まさに籠の鳥。 まさか奴も、側近が此方の手の者とは、想いもしておりますまい。 この女、いかようにも出来ますが、どう云ったやり方で辱めを与えるのですかな? クックックッ」
「ショウよ、お前の「策」通り動けば、簡単に「奴の花」を手に入れられた。 まずは礼を言っておく。 しかし、なぜ、こんな小娘まで捕らえたのだ? そこが判らん」
「サリー兄上。 この子娘は、エスカリーナと云う名です。 どこかでお耳に挟んでは居られませんかな?」
「……おお、そうであったか! あのドワイアル外務大臣の娘だったか!」
「はぁ…… 以前、ご説明しましたが、娘では御座いません。 まぁ、そんなような者ですがね。 もう、すでに、あ奴の手の者には小娘を拉致した事は、伝わっている筈。 そう手配しておりますしな。 これで、サリー兄上が上級王になられた際に、あの狐も言う事を聞きます。 あ奴の首輪と云う訳です」
「成る程な…… で、どうするのだ? この子娘は」
「私が可愛がってやりますよ。 もう、体の芯から端々までね」
「お前の趣味は良く判らん。 こんな小娘では、満足できんだろう?」
「何を仰いますやら、花が咲く前の蕾を手折るこの快感は、何とも極上の時間では御座いませんか! そう云う兄上は、どうなのです。 単に手折るだけでは、無いのでしょう?」
下品な笑みを載せた、兄弟の会話。 名前で、誰か判ったわ。 一人は、サリテストラーデ=エムトネック=ムンナイト。 ベネディクト=ペンスラ連合王国、第四王家ムンナイト家 第五王子にして、上級王皇太子候補。 ルフーラ殿下の好敵手にして、最大の競争相手。 軍事を司る第四王家が、満を持して上級王の座を落とす為に、数々の特権を与えている男。
もう一人は…… 同じ第四王家の第六王子…… たしか名前は…… ショウリットル=グレイラル=ムンナイト。 後ろ暗い仕事を主にしている、ムンナイト家の「闇の御手」 そうか…… こいつが絡んでいたんだ…… だから、こんなにも用意周到に…… きっと、あの「歌劇団」も、こいつの手先だ。 その位の事やりかねない……
「当たり前だ。 あの商い馬鹿の唯一だぞ? そう簡単にしてしまうのでは、面白くない。 アイツには地獄を見て貰う。 その為に、これだけの手をかけたのだ」
「と云いますと?」
「この女は、今、【闇使い】の魔法で、半覚醒状態だ。 俺の事をあのバカだと思い込ませている。 見ろ、女の視線を! 何ともそそるでは無いか! でな、アイツの代わりに俺が初物を頂く。 そして、こいつ等にも、味見をさせてやる。 愛する者からの頼みだ、断れん。 いや、断わる事など出来ん。 そう云う風に術を掛けてある。 そうして、十分に楽しんだ後…… フッフッ」
「何ですか、なにやら、楽しそうでは御座いませんか」
「あぁ、その時がとても楽しみだよ。 この女が、俺と睦逢って、果てんとする時に、術を解くんだ。 さぁ、どうなるかな?」
「それは、また、興味深い。 二度と奴の前に出ようとは思えんでしょうな!」
「人の心を蹂躙するのは、なんとも心躍る事よな。 大海戦の指揮を執る時と同じような高揚感を得るのよ! 唯一を失った、あやつが失意のドン底に落ちるのは、目に見えて判る。 そして、俺に歯向かう事の愚かさを、その失意持ってして、刻み付けるのだよ。 もう歯向かう事など考えられぬほどにな!!」
く、クズが!! な、なんて事考えてるんだ!!! ふ、ふざけるな!!! ハンナさんの純真な想いをこれでもかって蹂躙する、その心根が許せない。
絶対に許しはっ――――― しない!!!
「サリー兄上、私はお邪魔でしょうから、「船」に帰っています。 あとで、この蕾を堪能しとう御座いますから、【闇使い】にでも連れて来て下さい。 その方が、兄上の楽しいのでしょ? 目の前で壊れる、自分の信頼のおける侍女…… きっと、小娘もオカシクなる。 まぁ、その方がやりやすいですからな」
「お前の性癖だけは、理解出来んな…… まぁ、いいだろう。 後で送り届ける。 殺すなよ? 使えなくなる」
「御意に…… フッフッフッ」
何を言っているんだ? おまえら兄弟、絶対に許さんからな。 記録は取れた。 もう、言い逃れする術は無い。 外交問題にもなる。 こんな下種が上級王だと? 本気でそう思っているのならば、何処までも阿呆だ。 他国での出来事は、不問に付すとでも? そして、他国でした事は、全て許されるとでも?
全く持って度し難い。
今頃、私達が居なくなったことで、ハチの巣をつついた様になっている筈。 陸に上がった海賊風情が、まともに戦えると思うな! 其処まで、ファンダリア王国を見下したお前達は、ファンダリア王国の国法で裁いてやる。
他国のどんな高位の貴族であろうと、一歩国外に出れば、当事国の国法で裁かれるんだ。 そして、此処はダクレール男爵領。 ファンダリア王国の中でも、苛烈な処罰が常の御領。 さらに言えば、ドワイアル大公家を敵に回したんだ…… 二度と再び、故郷に帰る事は無いと思え!
そして―――
生きてこの領を出られると……
思うなよ、下種共!!
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