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出会いと、お別れの日々 (2)
エスカリーナの反撃とお別れ (1)
しおりを挟むでっぷりと太った男が、私を舐める様に見ていた。 その瞳に乗る獣欲は、かつて、あの暗く湿った地下牢の中の男達のそれと重なった。
吐き気がして来た。 でも、此処で表情を変える様な真似は出来ない。 必死で取り繕う。 嫌悪感が体を揺さぶるの。 と、その時、声がした。 身体の中から…… 密やかに…… 一陣の爽やかな風の様に……
《リーナ…… リーナ……》
強く聖なる力を感じたの。 表情を変えずにいられたのは、奇跡かもしれない。 その声は、まさしく左腕から発せられていたの。
《も、もしや、シュトカーナ様?》
《ええ、そう…… たゆる闇の魔力が、わたくしの覚醒を促しました。 今、とても、お忙しそうなのは判っております。 薄暗がりの中で、貴女の声も、妖精たちの声も聞こえておりました。 貴方の考えている事も。 お手伝い出来ますわ。 貴女がそう望まれるのであれば》
願っても無い申し出だったわ。 左腕の魔法の杖…… これ程心強い味方は居ない。 状況は切迫しているもの。 何としても、時間を稼ぎ出して、助けに来る人々を待たなければならないんだもの。
《お願いします。 シュトカーナ様の御力を! 助力を!》
《勿論ですわよ、リーナ。 我が主。 妖精達も、貴女の言葉を待っています。 存分に。 わたくしとの事は、後程》
《感謝、申し上げます、シュトカーナ様。 先程のこの兄弟の話から、事態は急を要します。 まずは、この魔術師を支配下に置きたいと思います。 時間が在りません。 わたくしは、今この魔術師に術を掛けられている様に偽装しております。 ブラウニー、この「闇」の魔法は、術者と対象者の間に「経路」を、繋いでいる筈。 高強度の魔力で、其処に介入出来ますわよね⦆
《そうや、その通りや。 あっちがこっちを操ろうとすれば、必然的にあっちに制御用の魔方陣が生成されとる筈や。 それをな、逆転させてしまえば、こっちがあっちを操れるようになる。 勿論、掛けとる方の力が強かったら、無理だけどなぁ…… その点、リーナはおばば様の直弟子。 まず間違いなく、リーナの方が上やな。 ほな、回路開くで、ちょっとだけ、リーナの「魔力」回してな!》
あっと言う間にブラウニーは、介入用の魔方陣を組上げたのよ。 その手際と云ったら…… 流石、妖精族ね。 あぁ、そうか、ブラウニーって…… 妖精王だったっけ。 おばば様がそう仰ってたわ。 ブラウニーは、私から魔力を引き出して、その魔方陣に注ぎ込んだの。
私に掛けれられている魔法術式の一部が赤黒く変色するの。 多分、同時にあの男の制御魔方陣の対応する場所も、同じようにね……
《行けたで、これで、完璧や。 あの男に命じれば、あの男の意思として、アイツは何でもしよるよ。 外からは判らんからな》
良し、これで、大体の筋道は見えた。
「経路」を繋いで、魔力を廻して、【闇使い】を見てみたの。 あの男、凄く用心深かった。 「主」って言って、従順に仕えている振りしてるけれど、いざとなったら逃げられるように、サリデストラーデ王子にも、判らない様に「経路」を、繋いでいたの。
しめた!
これで、サリデストラーデ王子にも難なく介入出来る!! まだ、下品な笑いを浮かべた男達は行動に移っていない。 この瞬刻に出来る事はなんだってする。
準備する物は、【幻想】と【意思剥奪】、それと【恐怖】、もう一つ、【眠り】……
《どないするんや?》
私が陰で紡ぎ出している魔方陣を見て、ブラウニーが問いかけて来たの。 勿論説明するわ。 出来るだけ判りやすく。 ブラウニーに分かる様に……
《ルフーラ殿下にお渡している護符は、ハンナさんの恐怖を感知するように特化符呪しております。 ハンナさんが危機に陥った時に、彼女の所に向かえる様に、光の指針が出現します。 でも、ハンナさんが、【意思剥奪】に掛かり、ご自身の意思が無い状況では、反応しません。 また、この魔術師を通して、彼女に掛かっている【意思剥奪】を解除しても、責任感の強い彼女の事です。 私が居るとなると、恐怖を抑えつけて、私を助けようと試みられます。 ええ、それは…… 間違いないでしょう。 だから、彼女に【恐怖】を打ち込みます⦆
《ちょ、ちょっと待ち! 【恐怖】を打ち込む理由は判ったわ。 判ったけど、それしたら…… ハンナの記憶が擾乱されるで? 下手すれば、一部記憶が改竄される。 人の心は、恐怖に対して脆いんや。 嫌な事、忘れたい事、そんな事は、都合の良い記憶とすり替わるんやで?⦆
《ええ、存じております。 これは…… 一つの賭けの様なものでしょうか?》
《何やて?》
《ハンナさんに【恐怖】を打ち込んだ際、彼女が誰に助けを求めるかによって、対応が変わります。 彼女が私に助けを求めたらなば、この男達をここで足止めして、救援が来るまで絶対防御障壁を建てて、護り抜きます。 たとえ不測の事態が起ころうとも。 どんな事があっても。 この身どうなっても。 でも、彼女が「ルフーラ殿下」に助けを求めたならば…… エスカリーナは、彼女の鎖にしかなりますまい⦆
《どういう事や?》
《心の中に、主人として仕える人を抱えたまま、王族に嫁ぐ事など叶わないという事です。 私はハンナさんの幸せを望みます。 私が彼女の側に居る限り、ハンナさんは、結婚の申し込みを受ける事は無いでしょう。 迷われますが、最終的には私を取ってしまわれます…… だから、【恐怖】を打ち込み、ハンナさんの口からルフーラ殿下の名前が出たら、すぐに私の偽経歴を流し込み、その後、【眠り】を掛けます。 呼び覚ませるのは、ルフーラ殿下の呼び声のみとして……⦆
私の偽経歴は、おばば様とのお話で決まった事。 あちこちに往診に訪れる際に、決まって聞かれる私の素性。 だから、おばば様とお話して、西の森で見つけた、保有魔力量の多い災害孤児だったと、そういう事にしてあるの。 おばば様が時々西の森に薬草採取に行っているのは、街の人も知ってたし、一番無理がなさそうだったからなの。
《リーナは、本気で、エスカリーナを消すんか? この子から?》
《エスカリーナとリーナが同一人物という記憶を消すのよ。 上書きするって云うのかしら。 私が赤ちゃんだった時からの記憶は残る筈ですわよね⦆
《そうやなぁ…… 記憶が混乱して、改竄が入るのは近い記憶って、相場が決まっとるしなぁ……》
《……だったら、いいの。 エスカリーナは、ハンナさんの記憶の中で生きて行けるんだもの》
《そうか…… そこまで、覚悟しとるんやな。 わかった。 ……そろそろ、動き出しよるで》
散々、舐め回すような視線を投げて来ていたショウリットル王子が、下品な笑みを浮かべつつ部屋を出て行こうとしていたの。 サリデストラーデ王子は、上着を脱ぎ棄て、シャツのボタンを外し、ズボンのベルトを緩め始めてる。
パタンと、扉が閉まる音がした。
これで、この部屋の防音は完璧になった筈…… そう云う部屋だもの……
【闇使い】に命じるの。 ハンナさんに掛かっている全ての魔法を解くように。 彼女の半覚醒状態を解いて、今置かれている状況を認識できるように。
【闇使い】によって、彼が掛けていた【幻想】と【意思剥奪】が、剥ぎ取られた、ハンナさん。 完全覚醒したの。 状況が良くつかめない様で、困惑の表情を浮かべているわ。 でも、目の前に知らない男が着衣を解きつつ、接近して来る。 自分は、大きなベットの上で、それを待っている様な恰好をしている。
認識が、彼女を混乱に拍車をかける。 自身の置かれている状況に、その身が穢される危険に気が付く。 息を飲み、必死に湧き上がる恐怖を抑え込もうとしているのが判る。 眼の端に私がボンヤリと座る姿が見えたようね……
ゴメンね、ハンナさん。
―――やらなくちゃならないの。 「貴女の幸せ」が何処にあるかの、見極めでもあるの。
貴女の心が、どれだけ ” あの方に ” 傾むいているか。 そして、あの方の側に立つ事をどれだけ望んでいるか、知る為に必要な事なの。 もし、万が一、この事を貴女が知ってしまったら、罵っていい、激怒してもいい…… でも、それは、ハンナさんの幸せのために、是非とも必要な事なの……
本当に、ごめんなさい。
私は――― 【恐怖】を、ハンナさんに打ち込んだ。 同時に【闇使い】に、部屋の中に居た、この娼館の男達に対して、【幻想】と【意思剥奪】を最高強度で掛ける様に命じたわ。 ハンナさんは、這い上がる恐怖に、みるみる顔色が青白くなり、口から細く甲高い悲鳴が上がるの。
キャァァァァァ!!!
恐怖がハンナさんの心を縛る。 ベッドの上で、後ずさりして、ヘッドボードに張り付く。 嫌々とする様に、顔を横に振る。 私がベッドの側の椅子に、ボンヤリと座っているのもあってか、余計に絶望的な表情となるの……
ゴメンなさい……
悲鳴の後で、漏れる声…… 細く、恐怖に震えながら、紡ぎ出された、人物の名は……
「……ルフーラ様…… た、助けて……」
祈りにも似た、その声を聴いて、私は瞼を閉じたの。
貴女の心は、ルフーラ殿下を求めて…… ご自身の深い場所に居る、大切な人へ求めるのは、悲痛な言葉…… 予定通り、ブラウニーがハンナさんに私の偽経歴を流し込む…… そして、私は彼女に、深く魔法を掛けるの…… 【眠り】を……
呼び覚ませるのは、ただルフーラ殿下の御声のみ。 ” 唯一 ” を、助け出す為に、今、走っている筈の殿下。 彼に渡した護符から、眩い光が紡ぎ出されている事が判った。 符呪した本人だもの、それくらいは判るわ……
条件到達。 符呪護符発動…… 確認……
「なんだ、術式が破れたのか! 詰まらんな! 【闇使い】も、もうちょっとシッカリと術を掛ければよいものを! まぁ、いい…… 嫌がる女を無理矢理と云うのも、興が乗るしな! フハハハ、 ハハハ!」
魔王の様に、邪悪な笑みを浮かべ、ベッドの端まで来るサリデストラーデ…… その手がベッドに着いた時、男を介して、奴に高強度の【幻想】を打ち込んだの。 その場で固まるサリデストラーデ。 奴の中では、ハンナさんへの凌辱が始まっているわ。 あくまで、それは、【幻想】だけど。
深く眠りに就いたハンナさん。
固まって動けなくなり、自分の思い通りの幻想の中に捕らえられている男達。
シンと静まり返った、部屋の中で、
私はやっと……
ホッと一息付けたの。
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