その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 3

 断章 行いと、償いと、想いと、刑罰と

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 ゲルン=マンティカ連合王国とファンダリア王国 聖堂教会所属の聖堂騎士団が引き起こした、北方領域での小競り合いのを、外交的手腕で、強引にではあるが収束させようとしていた、ガイスト=ランドルフ=ドワイアル大公の元に、驚愕の事実がもたらされた。

 莫大な賠償金を支払う事を条件に、何とか北方の強国ゲルン=マンティカ連合王国との講和交渉がまとまりそうな時だった。 莫大な賠償金を、国庫からの捻出する事を財務を司るヘリオス=フィスト=ミストラーベ大公からは、難色を示されてはいたが、早期に講和を結ぶには何としても、必要な「金」であった。

 教会所属の聖堂騎士団の所業は、ファンダリア王国内でも問題視されているが、辺境領の端にある教会の安寧の為と奏上され、それを良しとした国王陛下の裁可に反論は出来ない。

 現在も尚、火種は残ってはいる。 残ってはいるが、これ以上の追及や処断は、教会の高位聖職者と対立する事になる。 それは、いかなガイストでも、排除されてしまう。 それ程までに、教会上層部が国王陛下に近しくなっている事に、懸念を覚えてもいるが、今はまだ時期では無いと、他の三大公家当主より慰撫されてもいた。

 北方辺境領に自ら出向き、ゲルン=マンティカ連合王国の外務官と折衝に継ぐ折衝を重ね、ファンダリア王国の財務大臣である、ミストラーベ大公の同意も取り付け、やっとなんとか合意を取り付ける事に成功した矢先の出来事だった。 疲れ切った溜息と共に、吐き出した言葉は、どこか投げやりなモノを含んでいた。




「今度は南か…… 何があった」

「ベネディクト=ペンスラ連合王国 第四王家による侵略にございます。 さらに、ダクレール男爵の御息女ハンナ様を誘拐。 幸いなことに、助け出されましたが、その際、付き人が一人連れ去れたと」

「そうか…… それだけでは有るまい」

「はい、ベネディクトの第四王家による侵略は、相当進んで居ったとあります。 今回の事で、事が露見し、あちらの王家より陳謝の書状が届いていると」

「ふむ。 その非を認めたと? 解せんな。 あの国は、容易く頭を垂れる様な国では無い。 何ゆえか」

「その…… 情報が交錯しておりますが…… 内々の書状がフランシス=ダクレール男爵様より届いております」

「……フランシスから? 面妖な。 そのような大事ならば、南部辺境侯爵からなのでは無いか…… その書状は?」

「こちらに」




 手渡された書状を読むに連れ、ガイストの顔が歪み、怒りに満ちた表情が浮かんだ。 獅子の咆哮を思わせる、絶叫が執務室に響き渡る。 




「奴は、何をしておったのだ!!!」




 早々に、南部に向かおうとする彼を押しとどめるのは、宰相ケー二ス=アレス=ノリステン公爵。 ベネディクト=ベンスラ連合王国 カローン上級王陛下から全権を委任された、リッカ=ショマーン=グランディアント上級王妃殿下の御名御璽入りの謝罪と賠償を確約する公文書。

 その総額は、北の小競り合いで生まれようとしている、国庫の穴を十分に埋め合わせる事が可能であった。 急遽、四大公家の当主がファンダリア国王の元に招集され、御前会議が開かれる事となった。 侵略行為と秘密裏な泊地の造営その上、私掠の許可証、要人誘拐となれば、その賠償額も天文学的な数字になる事は明白。

 その上、今回の南の事変では、相手国であるベネディクト=ベンスラ連合王国が全面的に非を認めているときている。 これに乗じ、賠償を取り決めてしまえば、北の事変で必要とされる賠償額をうわ回る「金銭」を手に入れられる事になる。



 唯一、怒りを表しているのが、ガイスト=ランドルフ=ドワイアル大公



 誘拐され、その上、未だその所在が分かっていない、人物の名が、彼の心を千々に乱れさせていた。




 エスカリーナ




 ダクレール男爵よりの書状で知らされた、ハンナと一緒に誘拐され、そして、未だ見つかっていない、彼の姪の名。 故に、ガイストは知った。 何故、彼の国の上級王妃がこれ程低姿勢になったのか。 何故、この事変の非をすべて認めたのか。

 全ては、事変の被害者に、ガイストの姪の名が其処に有ったからだった。

 慈しみ、愛し、大切に育てた、エスカリーナ。 悲劇の王妃たる、姉、エリザベート=ファル=ファンダリアーナの名誉を回復し、そして、市井に自ら進んで降りた、秘匿されし王女。 あれほど、王家の特徴を持つにもかかわらず、誰も認めなかった、悲劇の王女。

 激昂する気持ちの裏側で、冷静な自分が分析する。




 ―――よく見ていると。




 エスカリーナを盾に取られれば、自分には相手の要求を呑む他、無くなってしまう事は、想像に難くない。 なんとしても取り返すと、どの様な無茶な要求にも答えたかもしれない。 よく、自分ガイストという漢との事を理解していると。

 他の大公家の当主、及び、宰相はこの事変が未然に防がれた事を歓び、さらに、天文学的な賠償金の支払いを用意するとの宣言に、ニヤリと頬を緩めている。 国か個人か…… 忠誠を誓い、藩屏たるを宣誓したガイストには、反論すべき言葉が無かった。

 御前会議の結果、謝罪を受け入れる事が決定し、その通達を成す事を陛下から命じられた。 ” この際だ、とことん上から言ってやれ ” と。 憤懣やるかたない想いが競り上がる。 しかし、表情には出さない、いや、出せない。  宰相の言葉が、胸の内を焼いた―――




 ” あの娘、あちらでは相当高く評価されて居られたのだな…… ”




 何を今更…… その想いが、どす黒く渦巻く。 それでも彼は、その想いを抑えつけなければならない立場であった。 取り急ぎ親書をしたためる。 ファンダリア王国の正式な文書として。



 個人的な想いは別に……



 文書をしたため、送りつけると同時に、彼はダクレール領に向うために、王都を出発したのだった。






 *******************************





 ダクレール領、領都アレステン、領城ムーアサイド 断罪の庭。

 一人の女性武官が、その場に引き出されていた。 既に、正規の軍礼装では無く、重罪人の着る粗末な囚人服を纏い、両手を後ろ手に括られ、両肩を掴まれて蹲っていた。 顔だけは上げ、美しくも凄惨な顔に掛かる髪は乱れ、大きく息を吐いている。 彼女の同僚だった者達が、彼女を取り押さえ、侮蔑の視線を投げかけている。



 彼女の名は、フルーレイ=エンズバッハ公爵令嬢。 



 幼い時から、第二王子ルフーラ=エミル=グランディアントの側に仕えし者だった。 彼女の前には、第一王家、王妃リット=ショセ=グランディアント妃が、その美しい顔に嫌悪を表情を載せ佇んでいた。




「エンズバッハ公爵は、第一王家に古くから使える重臣。 公から、そなたに告げて欲しいのと言葉があります」

「……」

「アレの育て方を間違えたと。 エンズバッハ家は、全てを第一王家に返すと…… むろん、留意いたしました。 エンズバッハは、我等第一王家にとって、無くてはならない者達。 そなたもそうであったと、思っておりました。 残念というより他、ありません。 よもや私的な想いをもって、我等が信を裏切る様な者であったとは」

「っ!! そ、それは!!」

「見苦しい。 そなたには、なにも反論出来る余地はないのです。 証拠ならば、此処に…… この魔石に記録された、そなたの言には、呆れ果てました。 いかな斟酌も、出来ますまい。 救いがたき、愚か者…… 罰は、その命のもって…… そなたを、ルフーラの側に置いたのはわたくしです。 よって、わたくしが、そなたを断罪し、その最後を見届けます。 名誉も……栄誉も……そして、そなたのベネディクト=ベンスラ連合王国民としての矜持も、何もかも自身で投げ捨てた、愚かな娘…… フルーレイ…… そなたの家名を剥奪し、反逆者として処断します」

「妃殿下! リット妃殿下!! わたくしは! わたくしは! 一心に、殿下を!!」

「そなたの献身は本物でした。 最後の慈悲です。 苦しめぬ様、やりなさい」

「「 はっ! 」」




 振り下ろされる衛剣。 転がる頭部。 噴き出す血潮。 その断首刑を痛ましげに、しかし、しっかりと見詰めるリット妃殿下。




「わたくしの見る目が、無かったのです。 フルーレイ…… そなたには、悪い事をしてしまいましたね」




 冷たく転がる頭部を見詰め、そして、踵を返した。 

 これから先、ルフーラの側に置く者の人選は、更に厳しくせねば、と。 

 なにより、ルフーラの ” 唯一 ”の安全に、心を砕かねば、と。

 第一王家、リット=ショセ=グランディアント妃は、心に誓った。





 ” 二度と間違いは犯しますまい。 フルーレイが、命を掛けてわたくしを諭してくれました…… ”





 青く澄み渡った空に、 柔らかな風が吹いていた……







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