その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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策謀の王都

確かめたい事

「お前…… 何をした」




 そんなに睨みつけなくったっていいじゃない。 別に怒られるような事をしたわけじゃないし。 涼しい顔をして、モグモグを続行しているの。 だって、本当にお腹空いているんだもの。 この食事、朝食べてから、初めての食事よ? ホントにお腹空いてるんだもの。


  モグモグ

     モグモグ




「おい、聞いているのか? それに、これはなんだ? どこから持ってきた? 妙に体が軽いのは、何故だ!」




 一杯、いろんな質問が来たね。 いい傾向だわ。 これで、やっと、会話らしい会話になるもの。 一個一個、答えてあげるわ。 簡潔にわかりやすくね―――




「ええ、聞こえているわ。 ベッド等は、錬金魔法で、わたくしが紡ぎ出しました。 あなたは、かなり体力が落ち、体調が悪かったのですね。 奴隷紋から放たれる【電撃】で、一瞬で意識が刈り取られましたものね。 ……【詳細鑑定】を掛けさせてもらいました。 ポーションを調合して、飲んでもらいました。 体が軽いのはその為ですね。 あとは、食べて眠る事で、あなた本来の力が出ます」

「何故だ……」

「そこに苦しむ人がいるから。 病に倒れそうな人がいるから。 私は薬師。 精霊様に誓いを立てた、辺境の薬師ですもの。 だから、あなたの事をほおっては置けなかった。 苦しむあなたを、そのままにして置けなかった。 これで答えになりますか?」

「俺は…… 獣人だぞ? それも、奴隷の。 人族の言葉など、信じられるかっ! 人族などに信は置けない」

「ならば、一つ。 あなたの「奴隷紋」にも手を加えました。 その紋章があなたの首に無ければ、あなたにとって、このファンダリア王国はもっと辛い地に成ると思いましたので。 手を加えたのは、その中身。 もう行動を制限する事も、懲罰としての【電撃】も、あなたを苛むことは無いでしょう」

「一級の「奴隷紋」だぞ? そんな与太話、信じられるか!」

「ならば、わたくしに殺意を向け、森猫族なら誰でも使えるはずの、「爪」を向けてみれば、よろしいのでは? もし、わたくしがお話したことが、嘘であるならば、あなたにはできない筈。 なんですの、懲罰の【電撃】が恐ろしいのですか?  怖くて、幼子の様に震えて、一歩も前に進めず、毛布に潜って、箱の間でつかの間の休息を取る?  の末裔とは、思えませんね。 我が友、シュトカーナよ。 あなたの言った、” 懐かしき匂いの子供 ” とは、貴女の思い違いではないのでしょうか?」




 見る間に、ラムソンさんの表情が強張り、金色の瞳は剣呑な光に満ち、揺れる感情が浮かぶ。 フゥ~~ って、口から息が洩れた。 かなり、煽ったから、相当堪えたみたいね。 森の民はとても誇り高い人たち。 、その誇りを傷つけてみたの。 もし、彼が奴隷紋に傷つけられ、その誇りすら忘れ去られていたら、私にはもうどうすることも出来ないわ。 

 生涯をこの穴倉の中で送るしか無い。 そして、病んで、細って、死んでいくしかない。 薬師に出来ることは、” 生きる ” と云う意思を持つものに手を貸すことだけ。 決して、” 生きさせる ” 事は、出来はしない。 ” 生きる ” と、云う意思は、すなわち命の在り方。 その人の人となり。 



 死を覚悟し、受け入れている人には、安らかに逝くべき時に逝ける様に手助けをする事しか出来ない。



 それが、薬師というものなの。 辺境の生活の中で、私が学んだ最も大事な事柄だったわ。 だから、彼の意思が知りたかった。 彼は ” 生きる ” と、云う意思を持っているのかどうかを。 何事にも怯えず、矜持をもって乗り越える力があるかどうかを。 ピンと張った、緊張の糸。

 そして、その答えは、唐突にやって来たの。 




 キン!!




 とても、澄んだ音が、私の首の前でしたのよ。 鋼同士を叩きつけたような、そんな高く澄んだ音。 青白い放電も、視界に入っている。 


   ――― 彼は示したの。  ” 生きる ” という意思をね。


 ホワテルが、彼のランスで、ラムソンさんの「爪」を、受け止めているの。 驚愕の色が、ラムスンさんの瞳に浮かんでいる。 と、同時にブラウニーが、大きく振りかぶった拳を、ラムスンさんの胸に向けて―――



 ドン!  重い一撃が突き刺さったの。



 大きく吹っ飛んで、ベッドの上に叩きつけられたの。 そのまま跳んで、床に叩きつけられてる。 半眼になって、その姿を見ているのは、レディッシュ。 そのままの表情で、ゆっくりと私に視線を合わせてきたのよ。




 〈リーナ。 無茶苦茶やよ。 あんたねぇ…… いくら心を諮る為とは言え、貴女の命を懸けることは無いんやないの?〉

 〈ある意味…… 真剣勝負なのよ。 レディッシュ…… いいえ、精霊女王様。 これは、彼が ” 生きる ” 意思を持っているか、それとも、廃人になっているかの試金石。 だから、私も真摯に、誇りと矜持を掛けたの。 それが、辺境の薬師の姿よ?〉

 〈……ほんまにもう!! で、どうなん〉

 〈合格よ。 彼は、死んでいない。 ちゃんと ” 生きる ” 意思を持っている。 ならば、薬師として、彼が生きる手助けができるわ〉




 頭を振り振り、ラムソンさんが体を起こし、私を用心深く見つめている。 フュゥゥ って、口からまた息が漏れ聞こえてくるの。 手からは長い爪が生えていた。 怒りに満ちた、双眸から殺気が迸っているの。 う~ん、どうしようかなっ! その時、ふわりと左腕から、シュトカーナが具現化したの―――




「ラムソン。 爪を納めよ。 聖域の主たる、パエシア一族が一樹、シュトカーナが命ずる。 ラムソンが森の民であるならば、ジュバリアン王国の末裔ならば、我が命に従え」




 高貴で冷たく威厳に満ちた声が響くの。 直接頭にね。 樹人族が持つ、【精神感応】なんだよね。 どんな種族でも、直接頭の中に語り掛けるから、言葉の意味を取り違えることはないものね。 ラムソンさん、云われた言葉を理解するまでに、ちょっと時間がかかったみたい。 そりゃね、突然、失われた彼らが守護すべき聖域の主たる、樹人さんに声を掛けられたたんだもの。 混乱するわよね。

 彼の表情が大きく変わったわ。 爪がスルスルと手の中に納まり、真摯で真剣な表情が浮かび上がるの。 そして、首を垂れ、胸に手を置き膝をつくの…… 恭順の礼ね。




「森の民ラムソン。 其方の示した勇気と矜持、誠に嬉しく思う。 人の子にして、「精霊が愛し子」 辺境の薬師リーナは、我が盟友。 その者の言葉、我が言葉と心得よ」

「はっ!」



 そ、そうじゃなくて………………


    

 まぁ、仕方ないか。 獣人族にとって、ファンダリ王国の民は、云わば故郷の森を焼いた張本人。 すなわち敵だものね。 殺したい程、恨まれたって、仕方ないものね。 まして、彼の首に打った「奴隷紋」は、人族がしでかした事なんだものね。 まぁ、試したのは私。 そこは、ちゃんと謝っておくわ。 




「ラムソンさん。 ごめんなさい。 試すような事を言って。 あなたの矜持を傷つけるようなことを言ってしまった事、謝罪します。 本当にごめんなさい」

「……薬師リーナ。 感情が押さえつけられていた筈なのに、こうやって、貴女を攻撃出来た。 つまり、貴女の言は、真。 さらに、パエシア一族の盟友と言われた…… これまでの事、平にご容赦の程を……」




 首を垂れて、私にそういうの。 あ、あのね、そうじゃないのよ。 私はね―――




「ラムソンさんが、あなたらしく生きる事が出来るように、お手伝いしますわ。 だって…… わたくしは、薬師。 辺境の薬師ですもの。 さぁ、御夕飯にしましょう! もし、よろしければ、こちらにいらしてください。 一緒に御夕飯を頂きましょう。 あなたの分も、ちゃんと用意してありますのよ」




 そういうと、彼はかんばせを上げてくれた。 まだまだ、猜疑心むき出しの表情だったけれども、それでも、殺気は抑えてくれたわ。 まずは、第一歩。 これで、やっと落ち着いてお話が出来るし、彼もきちんと栄養のあるご飯が食べられる。




 ^^^^^



 彼の分のバゲットを、テーブルの上に乗せて、ボールにシチューをよそうの。 魔法で温めて、木製の匙スプーンを置く。 いい香りが、あたりに漂うのよ。 ラムソンさんの鼻がヒク付き、お耳がソワソワと動いているわ。




「どうぞ、これはあなたの分よ。 食べて」




 私は、そう言ってから、自分の分を、また同じようにモグモグし始めたの。

 その様子を見てね、


 ブラウニーも、
 レディッシュも、
 ホワテルも、
 そして、シュトカーナまでが……



 呆れかえっていたわ。





 なんでよ!!






 だって、お腹空いちゃってるんだもん!!!



 仕方ないじゃないの!!












           …………アチッ!










 本日、見つけた重要な事: 森猫族は、思っていた以上の、相当な猫舌だったって事。






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