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学院での日々
記憶の中の、人達が今…… 目の前に
その日も、何時もの通り、徒歩で王立ナイトプレックス学院へ向かう。
正門に続く道は、今は閑散としているけれど、朝夕はそれはそれは混雑している筈よね。 前世で私は、ドワイアル大公家から通学していたから知っているのよ。 王都ファンダルの貴族街に屋敷を持つ、高位貴族様、そして、何かしらの栄誉をもって、貴族街に住んでいる、中位、下位の貴族様の子弟は、御邸から通学していたの。
ファンダリア王国は広いわ、王都に住める人なんて、ほんの一握り。 そして、その子弟はさらに少ないの。 でも、その少ない筈の人達が、朝の始業前に一気にこの正門を通り抜けるから、その混雑ぶりは酷いモノだった筈よ。
目端の利く人たちとか、王都に御邸を持てないお家の方々とかは、学院の寮にお部屋を貰っている。 豪華な寮よ。 ミレニアム様も、アンネテーナ様も寮住まい。
そこには意図があるのよ。 王都に住む人たちとの交流は、別に学院では必要がない。 夏季、冬季の長期休暇なんかの時に、夜会とか晩餐会とかがあちこちで行われているものね。
その点、遠くのご領地の方々は、そんな長期休暇には、ご領地に帰られるし、あまり裕福で無いお家の方々は、王立ナイトプレックス学院の寮で過ごされ、未来を夢見て勉学に励んでいるの。
ドワイアル大公のご意志は、そんな遠くの御領の人達の為人を見、感じ、友誼を結んでも良い貴族さん達の見極めを行うって事。
私は…… マクシミリアン様しか興味がなかったから、勉強ならドワイアル大公家の御邸でもできたし、通学を選んでいた。 本当の嫡子ミレニアム様と、お嬢様であるアンネテーナ様は、ガイスト叔父様の意を、完全に理解していたから、寮住まいを選択されていたのよね。
前世では不思議に思っていたけれど、あのアンネテーナ様に甘いポエット大公婦人が、彼女の寮住まいを了承していたって事は、この王立ナイトプレックス学院で、社交を勉強する機会を彼女に与えていたって事なんだと、理解できたのよ。 なにせ、小さな社交場が「礼法の時間」と銘打って、何度も何度も行われているんだものね。
そしてね、一番大事なのは、そんな礼法の時間での失態は、教師の皆さんの目で見極められて、「指導」されるという事。 つまりは、間違っても、失敗しても、誰も困らない事。 本当の社交場や、社交外交の場での失敗は、それこそファンダリア王国の命運にかかわるかもしれないもの。
大人の人達が、必死に雛鳥を守りながら、成長する事を期待している、そんな場所なのよ、この王立ナイトプレックス学院っていうのは。
だから、一見無駄にも思える、「礼法の時間」は、生徒が階級社会に出る前の、実践的な勉強の機会でもある。 時に学年を超え、全生徒が一堂に介する「礼法の時間」が持たれるのも、そういったわけなのよ。
^^^^^
「ごきげんよう。 本日も良い天気でございますね」
「薬師リーナ殿。 左様に御座いますな」
「いつも、お役目ご苦労様です。 あの、些少ですが、コレを」
下街で買い求めた、クッキー。 真面目に作られているソレは、下町では最高のおやつ。 正門を護るこの人達への感謝の気持ち。 彼らのおかげで、外部からの侵入者から学院は護られている。 でも、誰もそれを意識していないのも現実。
だから、せめて、私だけでも……
此処に学ぶ者から、彼らに対して感謝の意を表さねば、との想いからなのよ。
「いつも、ありがとうございます、リーナ殿。 結構、甘党なモノも多いので、彼らも今では楽しみにして居るくらいです。 お気遣い、誠に」
「感謝の気持ちですわ、衛兵長様。 ほんの僅かですが、わたくし達生徒の安全に尽力されていらっしゃる皆様に……」
「勿体なく」
手をヒラヒラとふって、正門を後にする。 目的地は大きな建物。 今日もまた、「礼法の時間」が始まるの。
本日の課題は…… そう、女史の仰っていた 「お茶会」形式。 初めて他の生徒様方と絡む授業になったわ。 庶民が貴族の中に入る日なのよ。 あぁ、そうか、単なる庶民じゃなかったわ。
私は…… 辺境の薬師リーナ。 「王宮薬師院 第九位の薬師」だったけ……
肩書って…… なんなんだろうね。 胸に付けている記章が重く感じられたの。
^^^^^
大広間には幾つものテーブルと椅子が設置されていたわ。 多くの生徒さんが、「礼法の時間」の開始を待っていたわ。 すでに、同じテーブルに着く人たち毎に、集団が出来つつあったの。 高位貴族の御子息、御令嬢様方には、それは多くの生徒さんが、取り巻いておられたわ。
私はその様子を眺めていた。 身の置き場が無いって感じかな。 入口近くの、ぽっかりと空いた場所。 そんな場所に私は佇んでいたのよ。
「アレをごらんなさい。 高位貴族との友誼を結ぼうとして、あのように…… それだけでは無いでしょうに」
ふわりと香る、上品な香水の香り。 スコッテス女史が、足音もさせずに私の側におられたの。
「高位貴族様との知己を得る為には、多少強引でも…… では、無いのでしょうか?」
「理解があるわね。 でも、アレは頂けないわ。 何のための礼法だと思っているのかしら?」
女史の視線の先では、中位貴族様の子息様お二人が、にらみ合いをされておられたの。 まさに一触即発。 その近くには、侯爵家の御令嬢が、眉を下げて佇んでおられたわ。
「知己以上のモノを求められたように御座いますね」
「はぁぁぁ…… あの女生徒は、侯爵家の長女。 彼女の兄弟はすべて女児…… つまりは、取り入って、侯爵家の継嗣ならんとしようと……」
「……本人同士で、お話が進んでも、家門としてそれが受け入れられるとは、限りませんのに?」
「この場、「礼法の時間」の意義を取り違えておられるのですよ。 教師としては、甚だ、情けなく思います」
「……左様に御座いますわね。 大勢の方がいらっしゃいますが、どれほどの方が、この「礼法の時間」の意義を、きちんと理解されておられるのかしら」
「リーナ、貴女には、少し期待しております。 ……わたくしが云うのも、おかしな話ではあります。 が、貴女は庶民。 しかし、その身に受けしモノは、この場に居る殆どの者よりも上位者。 貴女が試金石になるやもしれないと」
「……渦巻く、思惑の沼に投げ入れた、石礫の一石、という訳ですね」
「理解が早くて助かります。 さて…… 貴女の行くべき席は、用意してあります。 私に続いて貰います」
「どうぞ、良しなに」
礼法の時間の開始を合図する鐘が鳴る。 ざわついた大広間に、秩序が生まれる。 用意されている、多くのテーブル席に着席された。 一部では、なにか不穏な雰囲気もあったのだけれど…… 私は、女史について、部屋の最奥の所まで進んだの。
円テーブルに着いた、この国でも最高位の方々が居られたわ。 この中に入るの? マジで?
「あの…… 本当に?」
小声でそう問いかけると、にっこりと微笑まれる女史…… そりゃさ、あの小冊子を渡された時点で気は付いていたのだけれど、本当にこのテーブルに着かされるとは思わなかった。
だって、そのテーブルに居たのって……
第一王子、ウーノル殿下
マクシミリアン殿下
エドワルド=バウム=ノリステン子爵
ユーリ=カネスタント=デギンズ助祭
アンソニー=ルーデル=テイナイト子爵
ミレニアム=ファウ=ドワイアル子爵
ドワイアル 大公令嬢 アンネテーナ様
ミストラーベ 大公令嬢 ベラルーシア様
ニトルベイン 大公令嬢 ロマンスティカ様
という、この国の再上層部に位置する、そんな方々だったんだもの。
そして……
この人達……
前世で私を追い詰めた……
そんな人達なんですものね。
顔が強張り、笑顔なんて……
とても浮かべる事は出来なかった。
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