その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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学院での日々

「お茶会」の時間にて (1)

 スコッテス女史が、さりげなく ” その円テーブル ” に、私を誘導してくださった。 周囲の視線が突き刺さってきているけど、私のせいじゃないもの。 今は、そんな視線を無視して、女史の後に続く。 




「皆さま、本日はこちらの方を、ご一緒させていただきます」

「そうか。 スコッテス女史がそういうのならば、良いでしょう。 一脚、椅子が多いと思っていましたが、そういう事でしたか」

「はい。 殿下どうぞ、よろしく」




 えっ? ご紹介無いの? そこから? 自己紹介するの? うえぇぇぇ……… とにかく、この場を切り抜けないと始まらない。 小冊子の記述通りに、ご挨拶するかぁ……

 この「礼法の時間」に学院の制服を着てくるような人はいない。 男性は式服。 女性はドレス。 相応の格式を持った装いで、この授業を受ける事になっているわ。 それが、たとえ下位の貴族であったとしてもね。 だた、私は庶民の薬師。 ドレスなんか持っていないし、相応って言っても、薬師の服装だしね。

 そう、黒のスラックスに、白いコットンシャツ。 濃い灰色のウエストニッパーを付け、腰には例の如くウエストポーチ。 薬師錬金術師のローブは、入り口で預けているから、今はそんなものよ。 【自動修復オートリペア】と、【清浄クリーン】は常時発動しているから、汚れているわけでも、匂う訳でも無い。 薬師としては、十分な装いな筈。

 胸には、一応、例の二つの記章をくっつけているしね。 女史から、見える様に必ず付けて来るように言いつかっているから、そうしているんだけれど…… なにか、落ち着かないわ。




「本日の「礼法の時間」に際し、こちらのテーブルに着くよう、命じられました。 薬師リーナに御座います。 お見知りおきを」




 最低限のご挨拶。 胸に手を置き、左ひざを地に着け、首を垂れる。 王族の方が同席する場合の、臣下の礼。 この「お茶会」もどきは、言ってみれば ” 無礼講 ” に近い形式なのだけれど、最低限の礼は捧げなければならない。 そう、小冊子には記載されていたわ。




「ふむ、私は、ウーノル。 この場のホストと云う事になっている。 薬師リーナ、席に着かれよ。 ここに集う者達を紹介しよう」

「有難き幸せ。 御前、お目汚し致します」




 臣下の礼を解いて、用意された椅子に浅く腰を下ろし、背筋を伸ばして、改めてテーブルに着いた面々の御尊顔を見てみる。 綺羅星の如く、その高貴なる御姿をさらす、お茶会出席者。 遠い前世の記憶が呼び起こされたわ。

 女史はテーブル奥に下がり、いよいよ「お茶会」の本番。 給仕の方々が、お茶を出してくださった。 テーブル上には、色々なお菓子も。 焼き菓子、生菓子、フルーツ…… 頂くにも手順があり、モノによっては、食べる際のマナーがとても難しいモノも出されているわね。


 全てが、教育の為なんだろうね。


 ウーノル殿下が席についている方々をご紹介してくださったわ。 マクシミリアン殿下は、記憶の中にある通りに、若干影を背負った表情のまま、優し気な微笑みを浮かべ迎えて下さった。 その笑顔を見て、私は前世の感情がほんの少しだけ、浮かんできたの。 


 ほんの少しだけね。


 自分でも驚く程に冷静だった。 取り込んだ魂の欠片の為に、私の心は震えるかもしれないと、そう思っていた。 でも、そんな事は全くなく、真正面から彼の笑顔を捕らえても、感情は凪いだ海の様に平坦だったの。 多少のうねりはあるけれど、それは、端正なお顔をした、王族の方に見詰められたら、誰でもそうなる事は、当たり前だもの。

 次々をご紹介を頂ける。 男性陣続き、女性陣も。 この席に着いている女性陣はすべて、大公家の御令嬢様方。 際立って美しく聡明そうな方々。 ご紹介の最後は、アンネテーナ様。 実に四年ぶりの再会ですわね。 でも、ここでは、彼女との面識は無い事になっているの。

 だって、面識があったのは、エスカリーナであって、リーナでは無いモノね。 貼り付けた、笑顔を作り、軽く頭を下げる。 いと美しく成長されたアンネテーナ様。 微笑みを浮かべてはいらしけれど、その笑みには違う意味合いが込められているのが、何となくではあったのだけれども、わかってしまった。

 他の出席者様達とは、少し離れた位置の椅子。 この中に入るのは…… ちょっと無理だと思う。 女史の考える、「 牽制 」 は、何を意味しているのかは、分かるんだけど、それは、少し無理があると思うのよ。

 だって、この中にも、あからさまに蔑視の視線を向けてくる方がいらっしゃるのですものね。 テイナイト子爵と、デギンズ助祭。 何となくだけど…… その視線の意味は分かる。 なんで、下賤なモノと一緒のテーブルに着かなければならないのか。 そう、言っている。 

 まぁ、そんなモノね。

 そして、お茶会は始まったの。





 ^^^^^^




 お茶会のお話は、あたりさわりの無いもの。 まして、殿下お二人がいらっしゃるものだから、明け透けな取り入りも出来ないし、また、そんな事する必要も無いような方々が集まっておられるもの。 だから、話題は必然的に本来の社交界のお話。 

 どの貴族様がどの貴族様とのつながりを強く求めてらっしゃるとか、婚姻の手筈と整えつつあるのかとか、御領での豊作、不作で、どの貴族様が影響を受けておられるか、とかね。 もう一つは、北の荒野での膠着状態。 デギンズ助祭様が聖堂騎士団の活躍を褒め称え、テイナイト子爵様が国軍の支援を喧伝している。

 ミレニアム様は、北との交渉が上手くいっていないと話され、ノリステン子爵が貴族間の温度差について、懸念を示されていた。 また、ミストラーベ大公令嬢ベラルーシア様が、父上であるヘリオス様の愚痴をこの場で披露して、出席者様方の苦笑を引き出しておられた。


 曰く、聖堂も国軍も、口を開けば国庫を減ずる話ばかりだ。


 と。 そのミストラーベ大公閣下が高く評せられているのが、ドワイアル大公閣下。 外交を一手に引き受け、南の大国との通商条約を締結するに至った経緯が、その評価の原因だった。 ” アレが無ければ、国庫は干上がっていた ” と、深刻そうに話されていたとか……

 これは、このような「礼法の時間」を通して、直接に殿下たちに想いを伝える為に、わざと漏らされたとそう思えるほどにね。 その話を聞いて、豪快に笑い飛ばすのが、テイナイト子爵。 




「ご懸念には及びません。 我ら国軍が一丸となって戦えば、北の暴威なぞ恐れるに足りませぬ!」




 さらに、続くのがデギンズ助祭。




「蛮族どもは、北方の教会を狙っておりますが、そこは聖堂騎士団が固く守っております! あ奴らに容易く抜けるような、者達ではございません。 すぐにでも、ドラゴンバック山脈に、我が国の威光は届く事で在りましょう!」




 などと、ほざいている…… その様子を、苦笑とも云えない、苦い表情で見ているのは、ミレニアム様と、ノリステン子爵。 紅茶を頂きながら、彼らのお話を伺っていたの。 口出しするような事はしない。 小賢しい真似をしただけでも、いらぬ誤解と懸念を買う。

 だから、静かにまったりと、お茶を楽しんでいたの。 お菓子の類は、食べない。 これは、この方々に特別の供せられたものだし、私がこのテーブルに着くのは、想定していない筈だしね。 だけど、薬師として見過ごせない事があったの。




「これは、北の大地より、彼の地の教会より寄進されました。 どうぞ、ご賞味ください」




 彼の背後に、二人の聖職者のローブを着た人が、その手に銀盆を捧げつつ、現れたのよ。 その銀盆の上には、小皿に乗った焼き菓子があったの。 これってちょっとまずい。 スッと立ち上がり、その人たちの前に行くの。




「なんだ、小娘」




 デギンズ助祭から、鋭い視線が私に向かうの。 でもね、これ、一応お役目に含まれているから……




「デギンズ助祭様、一つお尋ねしたい議がございます」

「なんだ」

「こちらの捧げものに御座いますが、デギンズ助祭様が御自らお持ちになり、この場に供せられるモノに御座いましょうか」

「そうだか?」




 私は、周囲にいた給仕様達を見渡す。 その仕草だけで、給仕様達は私の言わんとする事を理解され、首を横に振られた。 つまりはこうよ。 この食べ物は、王立ナイトプレックス学院の承認を受けた食べ物ですか? デギンズ助祭が直接持ち込まれて、誰かが確認したモノですか って事。 その返事が、首を横に振った。 つまりは、直接持ち込み、毒物鑑定、毒見を経てい無い食べ物って事。




「申し訳ございませんが、「王宮薬師院の薬師」の職務上、王族の方々に供せられる食べ物はすべて、鑑定を掛ける事になっております。 それが、たとえ、この「礼法の時間」の事であっても、変わりません。 わたくしは、王宮薬師院、第九位薬師に御座いますれば、コレを確認する義務が御座います。 宜しいですね」

「えっ、あっ、そ、そうだな。 ……か、確認か」

「はい、鑑定魔法を使い、内容物を確認させていただきます」




 無詠唱で、【詳細鑑定】魔方陣を紡ぎ出しす。 銀盆の上に載った、焼き菓子をそれで鑑定するの。 間違いがあっては、いけないしね。 高位貴族様の御口に入るものだしね。 念の為って事で……




 あちゃぁぁぁぁ~~




 ダメだよ、コレ……




「あの、デギンズ助祭様。 これは、どこからの寄進に御座いますか?」

「あぁ、先ほど話した、北方の教会からの物だ」

「……これは、この場には供せられませんわ」

「ん? 何故だ? 何を根拠に?!」

「はい、只今【詳細鑑定】を実施いたしました。 この焼き菓子に内包されている小麦ですが、汚染されております。 焼き菓子の焼成温度では、毒素は抜けませぬ故。 コレを食されますと、内腑に重大な損傷が引き起こされます。 彼の地で出来た小麦については、確か…… 焼却処分と…… なっていた筈では?」




 顔色がどんどん青ざめて行くデギンズ助祭。 銀盆を持っている聖職者の衣を持っている人達も同じようなモノね。 過失か故意か。 そんなモノは、どうとでもなる。 事実は、このテーブルに毒物が混入した、焼き菓子を供せようとしたこと。




「テーブルにお出しする前で、ようございました。 過失にしろ、にしろ、殿下のお口に入る前で…… 薬師院、もしくは、聖堂教会薬師長様に、ご確認をして頂く事を推奨いたします」




 私は手で、銀盆を持っている人達に、下がれの合図を送るの。 多分知っている筈よね、この手サイン。 オトナシク下がってくれたわ。 きっと、アレは怒られるね。 王立ナイトプレックス学院の人にも、聖堂教会の人にも。 

 そして、ノリステン子爵を通じて、宰相様にもこのお話は通じるし、ミレニアム様は絶対にドワイアル大公閣下にお話に成られる。 どうするの? デギンズ助祭。 ここで何らかの行動とか陳謝をしないと、貴方だけでは無く、聖堂教会も巻き込むわよ?




「み、みんな! い、いや、済まない!!  薬師リーナ、その…… なんだ。 役目、ご苦労だった。 アレは、兄上に渡し、精査し、寄進した者を特定する。 間違いがどこで起こったのかを、しかと調べる。 …………ウーノル殿下、並びに、この場の皆様に対して、陳謝致す。 誠に済まなかった」

「うむ…… 以後、きちんと規則を守り、学院を通し供する事を遵守せよ」

「ハハッ! 御意に!!」




 あぁ~あ、許しちゃったよ…… ウーノル殿下。 まっ、いいか。 たしか…… 前世の私は、こうやって、規則破りしてお菓子とか持ち込んでてね。 それで、その持ってきたお菓子…… 誰かにすり替えられてて…… この場に居た人達が、お腹壊しちゃって……

 前世の断罪の時に、それもまた、罪状の一つに挙げられたのよ。 たしか…… 「王族暗殺未遂」とかなんとか言われたっけ…… 必死に否定しても、最初に規則破りしたの私だったから、なにも証拠が無くてね。 だから、良く知っているの。 こんな事もあるんだよって……


 自分に与えられた席に着く。


 ホッと一息ついて、お茶を一口頂いた。 はぁ…… 大事にならなくてよかったよ。 ツッって視線を上げると、ウーノル殿下とアンネテーナ様が私を見つめていたの。 他の方々は、デギンズ助祭の言い訳とか、言い訳とか、言い訳に対応されていたんだけどね。

 何かしら、思う所があるのか、厳しい目をした、アンネテーナ様が、手サインを送ってこられた。 




 ” 後程、時間を…… 話があります ”




 ってね。

 なんだかね……


 困っちゃったよ。


 知らんぷりも出来ない者ね。 だって、さっき手サインで、聖職者様方を下がらせたんだものね……


 ちょっと、殺気だった視線を向けられたの。


 いいえ、殺気とは違うわね。 


 それは、疑念って感情だと思う。








 仕方なく、私は、” 了解いたしました。 ” ってね、


 手サインを、アンネテーナ様に送ったのよ。







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