その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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学院での日々

学院の廊下にて……



 女史と約束していた、登校日。


 課題を提出しに行くの。 まぁ、礼法の課題だからね。 お手紙の書き方とか、綴り方帳とかそんなものばかりなのよ。 でも、やらないと上手くならないし、文字が綺麗に書けないと、困る事もあるし…… とりあえず頑張ってみたの。


 前世の時も、こういった「見栄な部分」の、授業はちゃんと受けていたのよ。 


 マクシミリアン殿下に恥ずかしくないようにってね。 だから、礼法とダンスには力を入れていたの。 ドワイアル大公閣下にお願いして、優秀と云われる先生方に師事してね。 おかげで、王妃教育が始まった頃には、その手の授業は必要が無かったくらい。

 そのほかは、ボロボロだったけれどね。 王宮に上がって勉強を始めて、物凄く苦労したもの。 出来なきゃ、殿下のお側に立てないと思って、頑張って、頑張って、頑張って……

 ホントに何をしていたんだろうね。 知識を詰め込んでも、全体を観察する目が無いと、直ぐに古ぼけて役に立たない知識に成る。 予想して、こうなるだろうって、そういうの…… 全くなかったものね。 そう、空気が読めない、先が見えない、そんな女性だったのよ、前世の私は。 空回りする努力? そういうものね。



 現世では良く判るもの、そういった事。 



 反対に、現世ではダンスの授業など、受けていない。 今、踊れと命じられても、無理だと思うの。 ステップだって、大半を忘れちゃってるしね。 でも、もうそんな事に煩わされるような事はないはずよね。 いいの。 今は、一生懸命、薬師のお仕事を全うするんだから。


 午前中のお仕事もすぐに終わっちゃったし、急ぎのお仕事も無かったから、お昼ご飯をラムソンさんと食堂で食べてから、学院に向かったの。 ラムソンさん、今日は一人で冒険者ギルドに行くの。 ちょっと、確認したい事があってね。 お使いをお願いしたの。 ラムソンさん…… 大丈夫だよね。




 私はその間に、学院に課題を提出に行ったの。 期日前のも一杯あったけど、終わちゃったしね。




 *********************************




 提出も何事も無く終わり、帰り道。 学院のシンとした廊下。 コツコツ云うのは私の足音だけ。 ローブを着こんだ私。 全く場違いな装いなんだけれど、私は学生じゃないものね。 視線は真っすぐ。 背筋を伸ばして、歩いているの。

 廊下の曲がり角。 教室に続く廊下がある辺り。 まっすぐ行けば、表に通じるそんな場所。 何人かの女性の声が聞こえるの。




「準男爵? 平民じゃないの」
「なんでそんな下賤の者が、この学院に居るのよ」

「…………べ、勉強がしたくて……」

「街ですればいいじゃない、目障りなのよ」
「何か匂うわね…… あぁ、ドブネズミの匂いね」

「…………」

「どうせ、貴族の御子息が狙いなんでしょ!」
「薄汚い!」

「…………」

「何とか言ったらどうなの? 本当に目障り。 あんたみたいな人が、この学院に居る事が間違いなのよ」
「同じ制服を着ている事すら、迷惑なのよ。 栄えある、学院の権威に泥を塗る気なの?」




    ドンッ





 押されたのか、突き飛ばされたのか、一人の女生徒が、廊下に倒れ込んでいるの。 真新しい制服、ふわりと香る、良い匂い。 あぁ………… お貴族様が、オイタしてるね。 で、目標が、準男爵令嬢。 という事は、オイタしているのは、男爵家以上の家格のお嬢様方。

 周囲には、衛兵さんも居ないし、先生方の姿も無い。

 学院が休校状態なんだから、当たり前。 でも、この人達はここにいるって事は、学院の寮に入っている方なのね。 それで…… この準男爵令嬢を見つけてオイタしていると。


 はぁぁぁ……


 つかつかと歩を進める。 倒れ込んでいる女性を見ると、どこかで、見た覚えが……




「グランクラブ準男爵の娘って言われたかしら? そんな貴族など、この栄光あるファンダリア王国にはいないわ!」




 ん? そうか、あの時の娘さんかぁ…… 元気に成れたんだ。 良かったわ。 病が快癒し、学院で学べるようになったんだ。 ……でも、これは無いよね。 学院がきちんとしていたら、問題なく学院生活を楽しめた筈なんだけれど、今は休校中。

 ……なんか、責任感じちゃうわ。

 それに、このお馬鹿さん達、どうにかしないとね。




「あら、貴族名鑑をご覧になっていないのですか、お嬢様方。 準男爵位の方も記載されておられますわよ? 不勉強では、「礼法の時間」でお困りに成るのは、貴女方の方。 それに、現在、学院の警備体制の見直し中。 グランクラブ準男爵様のお嬢様に危害が加えられた様に見えますが?」




 私の声に、緊張を走らせるお嬢様方。 

 やっと、全員を視界におさめる事が事が出来た。 倒れ込んでいるお嬢様一人、取り巻いていたのは三人。 三対一かぁ………… 




「な、なにを仰っているのかしら? す、すこし「お話」を、していただけよ!」




 中央の、金髪縦巻きロールのお嬢様が、上擦った声でそんなことを口走るの。 ハハァン、やっている事に後ろめたさは、あるんだ。 じゃぁ、退路は用意してあげる。 でも、怖い思いも一緒にしてもらうわよ。




「そうなのですか、部外者な私が云うのも、おかしなお話ではございますが、フルーリー=グランクラブ男爵令嬢を、貴女方は御存じなかった…… という事に、ございましょうか?」

「えっ? 何を仰っているの? それに、貴女は………… !!」

「左様に御座いますわ。 でも、それは今は関係御座いますまい。 貴女方が、「お話」 されていたのは、フェレオ=グランクラブ準男爵様の娘御。 王宮への憶えめでたい、豪商グランクラブ商会の会頭様の御息女なのですよ? 貴女方が「お話」していたのは。 「お話」の御相手の事をよく知らず、ご指導されているのでは? わたくしには、マネの出来ない「お考え」に御座いますわね。 ファンダリア王国の物流を一手に引き受けているような方を敵に回す様な事。 ……よくよく、お考えなさいませ」




 私が、薄く目を細めると、その縦巻きロールのお嬢様が、顔を真っ白にして、うつむいたの。 さて、退路は作ってあげるわ。 懲りたら、だれかれ構わず、「お話」する事は出来ないでしょうね。




「フルーリーお嬢様が、この「お話」に教訓を得れば、単なるご指導に御座いましょう。 ねっ、そうにございましょ、フルーリー様?」

「え、ええ、そうですわね。 ご、ご指導、ありがとうございました、ネーブルトン子爵令嬢様」

「ネーブルトン子爵の御令嬢でしたか。 なるほど」




 さらに、目を細めるの。 北方域の子爵家。 聖堂教会に多大な貢献をしていると、「貴族名鑑」に記載されていた、あのお家ね。 荒地の教会建設に、相当ご尽力されたとか。 まぁ、聖堂教会のお零れに預かろうとした行為なのは、衆目の一致するところね。 




「え、ええ、そうね。 お、お話した甲斐が御座いましたわ」

「では、フルーリー様をお連れしても?」

「え、ええ、そうね!」

「それは、良かった。 念の為に、救護所に参りますので」




 さらに、ネーブルトン子爵令嬢の御顔の色が白くなる。 学園にフルーリー様がこの事を話されたら、それこそ、大変な事になるものね。 倒れ込んでいた、フルーリー様に手を差し出し、助け起こしたの。 少し足を捻ったかな? ゆっくりとエスコート。 もと来た道を引き返しながら、救護室に行ったのよ。




「あの…… ありがとうございました。 まだ、学院の生活に慣れなくて」

「お身体の方は、快癒されましたか?」

「えっ?」

「お忘れですか? 薬師リーナに御座います。 危うい所でしたので、心配しておりました。 学院で学ばれる事、それが貴女が病に打ち勝ったのですよね」

「!!」

「さぁ、到着しました。 救護教員はいらっしゃる筈です。 では、フェレオ様によろしくお伝えくださいませ」

「はい!!」




 可愛いよね。 ほんと、可愛い。 政商の娘様だから、貴族様とのアレヤコレヤは、良くご存知なんだろうね。 さり気に相手の名前を言って来るのなんて、良く判ってらっしゃる。 怪我の有無なんてどうでもいいの。 救護教員に見せたという事実が有れば、あのお嬢様方は、相当圧力に感じる筈。

 だって、同じ学院の生徒同士で、暴力案件となれば、加害者がなんて云ったって、罰せられるのはあちら側。 それに、警護体制の見直しをしている現在、彼女たちのしたことは、「お話」では、済まなくなるのは必定。


 フルーリー様が、学院にご報告申し上げればね。


 さてと、それをどう使うのかは、お嬢様次第だけれど、大事にしたくなさそうだし、わたしも口を挟むことは、制限に引っ掛かる。 ここは、速やかに退散するべきよね。




「リーナ様!」

「なにか?」

「あ、有難うございました! お、お礼は!!! お礼は必ず!!!」




 うっすらと微笑んでから、言葉を紡ぐの。




「また、ね」




 救護室から、踵を返し、今度こそ第十三号棟お家に帰ろう。 はぁ………… どこにでもある話ね。 前世での私は、あちら側。 マクシミリアン殿下に近寄ろうとするお嬢様方によく 「お話」 していたものね。

 せめてもの、罪ほろぼし…… に、なるのかな。

 階級意識とか、差別とか……

 今の私には、無用なのよ。


 さて、ラムソンさんの方はどうなったのかしら。


 調べもの、お願いしてたけれど……


 冒険者ギルドの資料室…… 使わせてもらったかしら。


 なんのかんの、言われたら、「薬師リーナの使い」 って、


 「お話」してねってお願いしてあったけれど……


 それも、帰ったら判る事よね。


 じゃぁ、帰ろう……





 第十三号棟お家にね。






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