その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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思惑の迷宮

ベラルーシア=フォースト=ミストラーベ大公令嬢の興味(3)



 誰が好き好んで、あんな場所王族の側に身を置きたい?



 勿論、この人達は、そんな事知らない。 また、此処にいるのは、傲慢、我儘なエスカリーナでもない。 辺境の薬師リーナだもの。


 ――― 私は薬師。 王族の側近にも、妃にも、なりたくない  ―――


 信じるかどうかは、そちらの判断。 目を伏せる事も無く、しっかりとお二人を見据え、私の心の内を吐き出したのよ。 




「私の従軍薬師への異動が覆らないとすれば、私と殿下を会わせない方法があります。 ウーノル殿下は、王太子に立太子した後、第四軍の総司令に任命されると、ミレニアム様から伺いました。 しかし、殿下が前線の兵の間に入られる事など、もってのほかでは、御座いませんか? 皆様が、ウーノル殿下を戦野に出されなければ、よいのです。「従軍薬師」は、戦闘部隊に帯同いたします。 それだけで、殿下とお会いする可能性は消せますわ。 如何?」

「………………ふっうぅぅ。 何もかも見通しておられると、云う訳ですね」




 ノリステン子爵様がとがった溜息を吐かれた。 お話、続けるよ。




「この倉庫に、大公家令嬢と、現宰相閣下の御子息が見えられた。 それも、非公式、公事でとなれば、想像はつきます。 殿下を二度 ” 護った ” 出自の怪しい庶民がこれ以上殿下の周囲に居る事は、看過できない。 その前に釘を刺しに来られた。 そう考えるのが妥当です」




 ベラルーシア様が、ふと笑顔を浮かべられる。 なんか、だんだん腹立ってきた。




「……その見識、どこで得られました? 普通ならば、その栄誉に舞い上がり、” 殿下のお側に” と、思われるようなモノでしょうに?」

「わたくしの師は、海道の賢女様。 王宮にて、先代国王陛下の御相談役を拝命されていた方。 宮廷のやり方、思惑、そして、なにより、現国王陛下の周辺の方々の為人も良くご存知で御座いますわ。 おばば様の健康状態にかかわらず、一旦、認められた隠居願いを反故にされそうになり、代わりにわたくしが王都に参りましたのよ。 薫陶は受けております」

「…………そうでしたね。 リーナ様は海道の賢女様の愛弟子でした。 ファンダリア王国の中枢とは距離を置き、辺境にて民に尽くす…… そう、仰って王都より退去された、あの賢女様ですものね…… わたくし達は…… 「疑いの迷宮」に居たのかもしれませんね。 そうですわね、エドワルド様」

「…………そうですね、ベラルーシア様。 近くで、友人らしく ” 装う ” 事で、薬師リーナを観察する。 お茶会のあの事件の後で、話し合った事は、杞憂だったのかもしれませんね」




 とても、疲れた顔をされて、私を見ているのよ、ノリステン子爵はね。 緊張を重ね、笑顔の仮面をかぶり続け、その奥で私を見極めようと、眼を皿の様にして観察してたのよね。 無駄な事してたのね。 キツイわたしの視線を受けて、なにやら恥じ入る様な顔になられたよ、お二人とも。




「お話はこれで?」




 冷たく言い放つと、ベラルーシア様が、顔を上げられたの。




「……もうひとつ。  お尋ねしたい事が御座いますの」

「なんなりと」




 いいよ、こうなったら、何でも聞いといてね。 あんまり、関わりたくないもの。 一度に済ませたいじゃない。 だから、聞いてあげる。




「コレなのですが……」




 そっと差し出される、四冊の本。 えっと、なんだ、これ? 手元に引き寄せて、パラパラと内容を確認する。 あぁ…… 此れかぁ。 ダクレール男爵様の御邸で、作った経理教本。 初級、中級、上級、実務と四冊もあるね。 憶えてるよ。 あの時は、ほんとにこんがらがってたものね。 で、なにコレ?

 私が、経理教本を眺めていると、ベラルーシア様が言葉を紡ぎ出されたの。




「本領では、このような教本は存在いたしません。 とても良く出来ております。 コレを入手した先は、南方辺境域、ダクレール領です。 リーナ様の御出身の御領と伺っております。 あちらでは、コレが原則として使われているようなのです。 リーナ様はあちらでは、商家とも親しくされていたとか。 ご存知ですか?」




 伺う様な視線。 まぁ、知ってる。 というよりも、作ったからね。 「百花繚乱」でも、「イグバール商会」でも、この会計原則で経理をしていたのよ。 でも、コレを作ったのは、あくまでエスカリーナだから、私じゃない。 だけど、ちょっと、お話しておくかな。




「この教本は、ダクレール領の商工ギルドが使用している経理教本です。 御領の全ての商家、技術職の方々、さらには、領政を司る部門の方々もこの教本に従って、経理を行っております。 理由は簡単です。 あちらでは、南の王国との貿易が非常に盛んです。 バラバラの経理では統計すらとれません」

「はい」

「ベネディクト=ペンスラ連合王国との貿易は、熾烈な経済戦争ともいえます。 その戦いを有利に進める為に、” 土台 ” となる、経理教本が必要になりました。 商家の不正も、かなり防ぐことが出来る様になったと聞き覚えがあります。 御領の税収が上がっているのも、そういった事が有るのでしょうね」

「そうですわね。 わたくしが知りたいのは、コレが誰の手に寄って編纂されたかという事です。 是非、王城にお招きして、その知識を王国全土に広めたいとおもいました。 リーナ様は、その方をご存知かと思いまして。 何分と、南方辺境領域は遠いうえ、このような情報はなかなかと流れてきませんの。 調べましても、調査報告には、その方のお名前は……」

「エスカリーナ=デ=ドワイアル様に御座います」

「えっ?」




 私が被せる様に言い切った、その名前。 そりゃ、本領には言えないよね。 なにせ、エリザベート前王妃の「不義密通」疑惑を打ち消し、その潔白を国王陛下に認めさせたうえ、不敬な言葉を吐いた ” 一般庶民 ” の名前なんだもんね。

 ほら、「不義の子」とか、「忌み子」とか、言ってみてよ。 冷たく笑ってあげるから。 アナタたち、本領の人達が ” 不要 ” と断じた人物だよ? 庶民に落ちた、「悲劇の王女」とか、外国では言われている人物だよ? どう? なんか、言える?




「そ、それは…… あのエスカリーナ様に御座いましょうか?」

「ドワイアル大公家より、ダクレール男爵家に預かりの身として、王都より来られたと、そう聞き及びます。 庶民になる為に勉強した一環とも聞き及びます。 表向きは、編纂した人物はたくさんおられますが、原案を示されたと。 そして、その名を編纂人に連ねなかったと」

「え、エスカリーナ様は今、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」

「あの方の消息は、分かりません。  ダクレール男爵家のハンナお嬢様と一緒に捕らえられ、あの方のみ、行方が分からないそうです。 一説には魔力暴走の光芒に消えたとも……」




 半目になり、冷たく見ておくのよ。 だってねぇ、今更そんなこと言われたってねぇ…… ほら、なんとか言えばいいのでは? 散々、陰口叩いていたんでしょ? 前世でも、現世でも。 貴方たちがそうだったとは言わないけれど、それでも、多くの高位貴族様の間では、有名だったんでしょ?


 ――― 不義の子 ―――


 だったって。 ドワイアル大公閣下にも、かなりの圧力があったんでしょ? そんな、不義の子を養育するのは如何なモノかって。 八歳までしか、居なかったけど、その陰口とか嫌な噂は耳に届いていたよ?  




      気分が悪い。




「申し訳ございませんが、残念ながら、ベラルーシア様のご希望には沿えないと、そう思われますわ。 ベラルーシア様のお目に叶うような、教本でしたのに、残念ですわ」

「そ……そう。 エスカリーナ様が…… コレを…… 幼少の頃より優れた御方だとは、聞いてはおりましたが……」




 何を言っているの? ならば、そのように遇すれは良かったのではないのかしら? あまりの酷い噂に、ドワイアル大公の御邸から一歩も出られなかったのに? お茶会はおろか、” お遊び ” にすら、招かれない、そんな女児が? ” 優れた御方 ”?




   吐きそう……    暴言を吐きそう……




「お話は、もうありませんか? 少し、気分が悪いので」


「え、ええ…… 申し訳ございません」
「済まない」


「では、ここ迄とさせて頂きますね」


「はい、お迎えくださりありがとう」
「また…… な」


「ごきげんよう」




 お二人を扉の外まで、お見送りして…… 扉を閉め、ガッチリと【施錠】【重防御】を掛けたの。 ついでに、【防音】もね。 もう、ノックしたって出てあげない。 聞こえなかったで、すべてを済ますの。




 記憶が、私を苛むの。


 前世の記憶では無く……


 現世の記憶。


 八歳までの記憶……






 だから、貴族って嫌いなのよ!!


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