その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 18

  閑話 1 王太子府 思惑の渦






「さて…… どうしたものか……」



 うっそりとそう言葉を発したのは、ニトルベイン大公。 渋面に憂いの表情を載せ、更に困惑の態度を示す。 彼をして、その様な態度を表に出すのは、とても珍しい事であった。 その様子を見た、ドワイアル大公が苦い笑みを浮かべながら、言葉を繋ぐ。



「老公でも、その様な表情を浮かべられる事が有るとは、中々に状況は混沌としていると、そう判断しても宜しいのか?」

「ガイスト…… 言うな。 おぬしも御同様であろう? すべての鍵を握るのが、卿が後ろ盾に成っている、ではないか……」

「その様ですな。 しかし、アレの後ろ盾になったのは、『海道の賢女』様の願い出。 わたくしの意思では御座いませんぞ? 難しい判断を僅か十五歳の少女がどう捌くか、興味深くもありますな。 ニトルベイン老公の御令孫も相当に肩入れされているのは、王城で知らぬ者はおりませんしな、老公」



 二人の嫌味の応酬。 深く何かを考えていた、ウーノル王太子は、突然顔を上げ、そんな二人に言葉を掛ける。




「……両卿。 この場では、そこまでとして頂きたい。 ティカ。 皆に茶を振舞って呉れぬか? 一息つかねば、良き案も浮かばない。 皆に座ってもらう。 楽にして欲しい。 彼女が何らかの答えを以て、この場に再度来るまでは、どうしようも無い。 そう、わたしが望んだ。 各方面に、これ程の影響力を持つ者であるのだから……な。 まずは、暫しの休憩を挟もう」

「「「 御意に 」」」





 緊張が最高潮に達していた。 王太子府執務室の中は、様々な思惑が渦巻き、混沌の様相を呈している。 誰もが、この先、どのような事態に発展するか、予想しその予想に誰しもが戦慄している。 


 国内的には、先の国王陛下の宣下の元、北への出兵が決定してしまっている。

 対外的には、二つの重大案件が発生してしまった。

  ――― 今後のベネディクト=ベンスラ連合王国との外交。

  ――― そして、マグノリア王国の侵攻に対する策……


 ロマンスティカが、用意された茶道具を使い、その場にいる面々に紅茶を淹れていく。 馥郁たる香りが、執務室に流れ出す。 侍従達が用意した椅子に、執務室に詰めていた者達が腰を下ろし、ロマンスティカの淹れる紅茶を受け取っていく。



 ―――― 茶器の出す音。



 多くの者が居るにもかかわらず、静かな執務室。 誰しもが思い浮かべる、これからの未来…… 陰鬱とも云うべき空気が流れる。

 ウーノル王太子が、そんな重苦しい空気を切る様に言葉を発する。




「” 薬師リーナ ” の件はさておき、今、考え得ることを考えよう。 まず、ルフーラ殿。 ベネディクト=ベンスラ連合王国に於かれては、マグノリアの暴挙に対する姿勢を御聞かせ願いたい」

「そうですね…… 拙は上級王太子として、様々な事を勘案せねばなりますまい。 しかし、第二王家の出先を接収しようとした事は、我が国に対する明確な敵対行為に他なりません。 ならば、対峙するしか、方法は御座いませんね。 彼の国は我が国との『信義』を踏みにじった。 この事だけは、間違いない事ですので」

「つまりは、現マグノリアの政権に対しては、協力しないと?」

「協力する意味を見出せませんね。 第二王家との取り決めを一方的に破棄したのは、あちら側。 であるならば、粛々と対応せねばなりますまい。 彼の国に対する我が国の姿勢は、中立から敵対となりました。 情報の収集は怠ることなく続けます」

「ファンダリア王国とは、いかなる姿勢にて?」

「拙が妻の言にある通りに。 ” あの方 ” に対する、ファンダリア王国の出方次第かと……」




 財務寮、調査局のリベロット=エイムソン=ミストラーベ宮廷伯爵が殊更大きな溜息を吐く。 ” また、くだんの少女の動向が 『 鍵 』 になるのか ” との、” 言外の意 ” を過たず、周囲の者達は理解した。 苦笑するウーノル王太子。




「まずは、その件に関しては置いておきましょう。 ベネディクト=ベンスラ連合王国は、ファンダリア王国に対しては、少なくとも中立。 あわよくば、ご協力を願えるかもしれない…… で、宜しいか?」

「その認識で、間違い御座いません、ウーノル殿。 拙は、協力体制が出来る事を願うばかりに御座います」




 頷くウーノル王太子。 暫し瞑目し、カッと開いた視線の先にマクシミリアン王子が居た。




「マックス。 薬師リーナに関しては、今は許可出来ない。 するつもりもない。 あの者が自身で決めるべき事柄であるからな。 しかし、我が義兄の決断に、ファンダリア王国の王太子として助力する。 マグノリア王国の反旗を翻そうとする者達は、未だ烏合の衆。 それは、理解出来るな」

「はい、殿下…… それは、十分に理解しているつもりです。 ですらか、我らには、彼女の助力が……」

くどい。 それは、彼女が決める事だと、言った筈だ。 出来る事をする。 先程も言いかけていた事柄でもある。 フルブラント卿、第四軍、三個師団で東部国境を護り抜く事は可能か?」



 鋭い視線が、軍務大臣である、フルブラント大公に向けられる。 戦塵を知る者が浮かべる、不敵な笑みを浮かべつつ、大公は言葉を綴る。



「国王陛下が、北への侵攻に第四軍将兵を動員する事が無ければ、可能に御座います。 ……第四師団に御座いますか?」

「あぁ…… 確か、指揮官は……」

「アルバート=フェンサー=エドアルド伯爵に御座います。 あの者では…… 少々、気がかりでは御座いますな」

「オフレッサー卿から、聞いている。 では、エドアルド卿には、王城外苑にて後方支援に廻って貰い、第四師団を統括するべき者として、俊英の誉れ高いグスタフ=ノリス=アントワーヌ子爵を任ずるのはどうか?」

「……まぁ、妥当でしょうな。 あ奴ならば、過不足なく殿下の期待に沿える行動をするでしょうな。 ただしッ!」

「なんだ?」

「アントワーヌ子爵はエドアルド伯爵の連枝。 功多く、誉れが高くなりますれば、本家と分家の確執にもつながりかねません。 ……そうですな、他国にて、その素性を隠しつつ、任務に就き、存在を公にせざる事を条件とするならば、エドアルド伯爵家も納得する……か。 しかし、長期に渡る師団の離脱は、エドアルド伯爵家の体面にも疵をつけますな…… どうでしょう、期限を決めては?」




 腕を組み、眼を閉じ、思い巡らすウーノル王太子。 様々な想い、そして、彼だけにしか持ち得ぬ ” 記憶 ” から、答えを引き摺り出す。 瞼を開き、視線をマクシミリアン王子と公女リリアンネに向ける。




「三年間だ。 本日只今より、三年間でマグノリア王国の玉座を獲れ。 それ以上の時間が掛かるとすれば、民を含め、多大な犠牲が発生する。 勿論、その期間内に、マグノリア王国の全てをその手に。 さらに、統一聖堂の動きも封じる事が絶対条件になる。 覚悟は聞いた。 マックス。 第四軍第四師団を、近衛として使え。 マックスの側に置き、マグノリアの反旗を翻す者達の核として使え。 良いか」

「で、殿下…… それでは、ファンダリア王国がマグノリア王国に対し、全面的に侵攻するのと同義…… 宜しいのですか?」

「マックスが覚悟を決めて、王座を獲るのであろう? マグノリアとの友好は、変わらぬよ」

「殿下…… 御意に……」

「フルブラント卿。 準備はどれ程掛かる?」

「二週間…… いえ、一週間にて。 オフレッサー卿との合議、エドアルド伯爵の後送、アントワーヌ子爵の代理指揮官としての権限移譲。 国籍、人員の秘匿…… やるべき事は山ほど御座いますが、達成して見せましょう」

「無理を云う。 宜しく頼む。 マックス。 心して欲しい。 お前に、ファンダリアの精兵を預ける。 良く、アントワーヌ卿の進言を聞き、王座を獲れ。 良いな」

「御意に……」



 息を飲むのは、公女リリアンネと、その随身達。 ウーノル王太子の決断は、現マグノリア政権との決別を示している。 そして、その決断に、なんら異議を唱えないファンダリアの重臣たち。 つまりは…… この日が来ることを、彼等は予見していたと云う事に他ならない。
 


「これで、蛆虫共の掃除が出来ますな。 獅子王が御世より、暗がりでゴソゴソと…… まこと、鬱陶しい連中であったな。 王太子殿下が、まとも・・・で在ることを、精霊様に感謝申し上げねばな……」

「ニトルベイン老公が、そう仰るのも無理は無いですな。 かねてより、内調は終えております。 誰が、どのように策謀を巡らしておったかも、此方には入っております。 聖堂教会が余計な事をしなければ、もっと早くに……」




 呟かれたニトルベイン大公の言葉に、ドワイアル大公が直ぐに反応して言葉を紡ぐ。 その言に、異を唱える者が居る。




「ドワイアル卿、異なことを申される。 聖堂教会では御座いますまい。 余計な策謀を巡らす者は、我が分家の愚か者。 聖堂教会は、常に精霊様に心を捧げ申し上げております」




 セトロアレンティア大聖堂 神官長パパフォーバス=ヅゥーイ=デギンズ枢機卿が、静かに怒りを込めて、そう口にした。 ハッとなり、ドワイアル大公は、枢機卿に黙礼する。 






「済まぬ…… そうであったな。 すべては、国王陛下に取り付く佞臣…… か。 あやつには、色々と煮え湯を飲まされて続けていたからな。 聖堂教会と同一視するのは、間違いであった。 許せ」

神官長パパパウレーロにより、デギンズ枢機卿は、聖堂教会より切り離され申した。 ” 唯一神 ” とやらの教えに従い、北の荒野にアレの掌握する聖堂騎士団なる破落戸ならずもの共と送り込まれ申す。 そこで、精霊様の加護無き者達がどのような仕儀になるかは、精霊様の御心のまま。 どのような怒りに触れようと、聖堂教会は関知は、致しませぬ故、よろしいな」

「そうか…… まさに精霊様の鉄槌を受けるか…… その道程で、本来の道に立ち戻られる事を切に願うしかあるまい」

「…………で、ありますな」



 不気味な笑みを浮かべつつ、応酬する ドワイアル大公と、神官長パパデギンズ枢機卿。 断ち切られた、思惑の蜘蛛の巣を思うのか。 やっと…… やっと…… 長年の懸案である事が、解消出来るのか…… ドワイアル大公の顔に浮かぶ深い陰影は、若干の仄暗い喜びと、これから起こり得る、外交問題に対する決意に彩られていた。



「ガイストよ、おぬし…… 父親と同じ表情をしておるぞ…… あの・・ファンダリアの悪鬼とよばれし漢とな」

「それは、嬉しき御言葉ですな、老公。 父の背を追いかけるわたくしには、福音とも呼べる御言葉。 有難く」

「いや、待て! 褒めてはおらぬ」

「いえいえ、十分にお褒め頂いたと」

「……喰えぬ漢になったな、ガイスト。 その手腕を見せて貰おうか…… おぬしが肚を決めたのならば、ファンダリア国内は、任せよ。 後顧の憂いの無きよう、尽力しよう」

「老公の御言葉、百人力。 ウーノル王太子殿下が御世が始まる前に、是非とも礎を置かねば」

「あぁ…… そうだ。 老人には、若人の為に成さねばならぬ事が有るのだ。 成すべきを成す。 それが、この国の未来の為に成るのならば、幾らでも泥を被ろうぞ」




 二人の重臣の言葉。 ウーノル王太子は、表情を緩めず聞いていた。 ファンダリア王国の両輪として、王家を…… 国を支え続けていた漢達の言葉。






” この現状はどうだ。 何度も、何度も、繰り返した人生において、これ程、この二人が近しい事があっただろうか? この道は私が知らぬ道。 すべてにおいて、加速している現状ではあるが…… 心強く感じる。 マックスに提示した、三年の期限。 前世においても、さらに、その前、……その前 ……その前においても、私が十七歳になるその日が、ファンダリア崩壊の時だった…… すべて後手に回り、何をしても、如何にしても、避け得なかった、ファンダリア王国の崩壊…… 現世では先手を打てた……

 早すぎる動きに翻弄されつつも…… 何とか……


 この状況を引き寄せたのは…… 


 一体、何が原因だったのだろうか……

 
 精霊様のご加護としか…… 思えないな。 感謝申し上げます。 この状況を作り出された全ての精霊様に…… わたくしウーノル=ランドルフ=ファンダリアーナ…… 一心に感謝を…… ”





 先程までは違う、覇気と云うべき空気が、王太子府 執務室の中にロマンスティカの淹れた紅茶の香と共に…… 




  ――――― 漲り始めた。







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