557 / 714
聖女の行進
邂逅
暗殺者ギルドって、とっても歴史が長い組織なの。
前世でね…… 万が一の為の王妃教育期間中に、王城の教育室でも、その事を勉強したのよ。 王族とも、高位貴族とも、関係が深い組織で、全貌は全て闇の中。 その上、大陸中の各国に深く秘されているけれど、国や有力都市にその根拠地が在るって云うのも、暗黙の了解とされているってね。
シルフィーが言うには、このク・ラーシキンの街の暗殺者ギルドは、とても特別な存在なんだって。
なんでも、暗殺者ギルドが設立された当初の設立ギルドの一つでね、今では、総元締め的な位置にあるんだって。 そんな事を云うシルフィーもかつて、暗殺者だったしね。 闇の世界の中には、その闇に相応しい複雑な階層やら、因果関係があって、一筋縄ではいかないって……
前世の教育の賜物なのか、私の中には暗殺者ギルドに対する恐怖や忌避感はあんまりないわ。 人の命を奪うのが職業の彼等には、ちょっと思う所が有るのだけれど、積極的に関わらなければ良かっただけなんだもの。
ちょっと意外だったのは、暗殺者ギルドの守護精霊が「闇」の精霊、ノクターナル様だったって事ね。 私には、「 癒し、救い、助けよ 」 と、そう仰ったノクターナル様が、命を奪う組織に崇められているとはね。 死と輪廻を司る精霊様なんだから…… まぁ、そうなんだけど……
違和感が物凄いのよ。
薬師装束に着替えてから、先触れを出したの。 シルフィーにお願いして、この暗殺者ギルドの責任者の方に ”お礼 ” を述べたいと。 だってねぇ…… ほぼ死体の私を匿って、” 最も深き『闇』 ” で包み込んで下さったんだものね。 私の生還が成ったのも、この暗殺者ギルドの方がたのご理解があっての事。
たぶん…… たぶんね、彼等は私が何者か、知っているのよ。 だって、一国の諜報組織や、軍の情報収集を凌駕する能力が彼等には備わっているんだものね。 私が、” 薬師錬金術士リーナ ” であることも、十分に理解している筈なのよ。 言い方を変えれば、私にどんな頸木と鎖が付いているのかを分かった上で、匿ってくれた。
そう云えるのよ。 だから、礼には礼を以て、感謝を述べないといけないわ。 ノクターナル様の御導きとして、考えても、そうするのが一番良い結果を生むと…… 確信しているの。
^^^^^
「リーナ様、準備が整いました。 「闇」の精霊 ノクターナル様の聖壇の間に於いて、御面会になります。 職業柄、面体を付けての御面会になります事、謝罪されておられます」
「シルフィー、ありがとう。 私は、このままで。 ギルドの長様でしょ? 非礼を成す訳には行きませんもの。 フードは落として、御面会致します」
「御意に。 私も北部領域の暗殺者ギルドの末端に居りましたが、この街のギルドには皆、敬意を払っておりました。 ” 手を出すな、詮索するな、目を閉じ、耳を塞ぎ、口を慎め ” と、それはもう……」
「敬意? なんだか、ちょっと、違う」
「ふふふ、良いのです。 暗殺者にとってそれが敬意と云うモノなのです」
若干の戸惑いを持ちつつも、シルフィーに連れられて、隣のお部屋に進むの。 頑丈な木の扉を潜ると、そこには、今までいたお部屋の何倍も大きな空間が広がっていたわ。
お部屋の奥…… 天井から、僅かに零れる外の光が落ちていたの。 かなり地中深くに在るのが…… 何となく理解できたわ。 天井に開いた穴から、一筋の陽光…… その先に有るのが、闇の精霊 ノクターナル様の聖壇。 強い強い闇の気配が、その陽光に少し和らげられているのよ。
聖壇から離れた周囲の石壁は、闇に沈んでいるわ。 当然と云ってもいいわよね。 闇の精霊様への「祈りの間」としては、当然の設えね。 ” 闇を捧げよ ” だったかしら? 歩を進め、聖壇の前に膝を折り、両手を胸の前で組むの。
自然と零れるのは、ノクターナル様への感謝の祈り。
色々な思惑から、私は此処まで来てしまった。 人族ですら無くなった。 でも、わたしは、わたし。 薬師錬金術士リーナでは無く…… ” エスカリーナ ” として、精霊様に感謝の祈りを捧げていたの。
「辺境の聖女様が、『 闇 』に、祈られるか」
「……わたくしの、守護精霊様にございますれば、当然かと? お初にお目にかかります。 薬師錬金術士リーナに御座います」
「……眼の色は情報通りではあるが、御髪の色がちと違いますな」
「本来の色に御座いますれば」
「では、貴女はリーナ殿では在りますまい。 目の色も…… 違うのでしょうな。 此処はノクターナル様の聖域。 偽りは許されませんぞ? そうでは御座いませんか、 ” エスカリーナ=デ=ドワイアル ” 嬢」
クッと息が詰まるの。 ご存知なんだ…… 私が何者で…… あるかを……。 その名で呼ぶと云う事は、私の事は十二分に調査済みって事なのね。 でも、それは、あくまでも、ギルド内…… と云うか彼等の切り札的情報として、深く、深く、隠蔽されていると云事ね。
―――― 流石は、暗殺者ギルド…… 抜け目ないわ。
押し込まれっぱなしって、あまり気分良くないじゃない。 だから、ちょっと反撃する。 ちょっとね。 目に掛けてある、【偏光】の術式を解くの。 きっと、相手には群青色 の瞳が見えて居る筈よね。 ニコリと微笑み、そして紡ぐ言葉。
「改めます。 初めまして、エスカリーナに御座います。 わたくしは、既に貴族籍を脱しておりますので、 ドワイアルの家名は名乗りません。 ファンダリア王国の民、エスカリーナに御座います。 どうぞ、良しなに。 ところで、貴方様は? せめて御姿をお見せいただけませんと、御礼も申し上げられませんわ」
「……剛毅な方だ。 良かろう、エスカリーナ嬢。 我が名は ラディック。 そう呼ぶが良い」
聖壇の傍らの濃い闇の中から、滲みだす様に一人の方の姿が浮かび上がって来たの。 まさしく滲み出して来たって感じね。 よくある、【隠遁】の魔法では無いわ。 姿、気配はおろか、多分重量も隠蔽してしまえる、高度な魔法を使っておられるのが判ったもの。
私は彼の言葉に、【偏光】の術式は解いたけれど、【詳細鑑定】は眼に張り付いたままにして置いたのよ、 だってねぇ…… 彼方だけ判っていて、私が何も判らないなんて、不合理を感じちゃんもの。
――― 嘘偽りない姿 ―――
……だもんね。 ラディック様の御言葉を違えている訳じゃ無いわ。 彼も、多大な闇の精霊様の加護を頂いておられたの。 でも、流石に「愛し子」には及ばない。 彼の纏う、「闇」の結界を素通しして、彼の情報が頭の中に流れ込むも。
へぇ…… この方…… 鼠人族なんだ。 御身体が小さいなって思ったのよ、初見でね。 種族的に大きくは成らないから、さもありなんね。
「ラディック様には、ご機嫌麗しく。 我が身の危機に、十全たる「闇」の腕を用意して頂きました事、感謝申し上げます。 この通り、戻ってまいりました。 もし、そちらに何か不都合や、御要求あらば、闇の精霊様のご判断に基づき、対価として差し出しましょう」
面体から見える、ラディック様の瞳を真っ直ぐに見据えてそう答えるの。 押し込まれたままにするには、相手が悪いモノ。 感謝は感謝として差し出すわ。 でも、それ以上の事を思案されるならば…… 宜しいわね、御覚悟頂きますわ。 そう云った意味合いの視線の応酬。 あちらも手練れの暗殺者ですもの。 こちらの視線の意味は重々分かっておいででしょう?
「流石に辺境の聖女様は御強いな。 いや、心が御強い。 暗殺者ギルドのギルドハウスの中であると、そうそちらの侍女殿がお知らせしていた筈。 にも拘わらず、惧れもせず、ギルドマスターたる私に礼を述べたいと仰る。 押しても、ただ押されたままにせぬ様…… 流石は、ノクターナル様の「愛し子」であられるな」
「そこまでご存知でしたか」
「ノクターナル様よりの託宣があった。 と、云えばお判りいただけようか?」
「はい、ノクターナル様の御加護厚き者ならば、御言葉受け入れなくてはなりませんものね。 それでも、わたくしから、此度の事については、感謝を申し上げるべき事と。 そう、感じております。 同じ精霊様に帰依するモノとして、それは成さねばならぬ、祈りと同義かと?」
「ますます、気に入りましたな。 貴女はあなた自身をどう呼称されたいか。 色々と事情があり、私が辺境の聖女様をお名前で御呼びするのは、いささか不都合が御座いましょうからな」
「では、リーナと。 辺境の薬師錬金術士リーナと、そう御呼び頂ければ幸いに御座います」
「それでは、ファンダリア本領の方々に、貴女の事が直ぐにでも露見してしまうのでは?」
「そちら次第に御座いましょう。 それに、わたくしは西方辺境北方域から、北方辺境西方域の野に向かわねばなりません。 編まねばならぬ広域の魔法術式があるのです。 もとより、半分は見捨てられていた地。 そこに入り込めさえすれば、容易には足取りを掴む事も出来ますまい」
「成程、辺境の聖女様は、辺境に向かわれると。 …………人の思惑を乗り越えるのですかな?」
「敢えて申し上げますが、わたくしが頂いた託宣は、” この世に生きとし生ける者に安寧を与えよ ” に御座いますわ。 人族のみの思惑により、この使命を違える訳にはいきませんもの」
腕を組まれるラディック様。 深く何かを考えられておられるのよ。 沈黙が「祈りの間」一杯に広がり、耳が痛くなる程ね。 この耳になってから、とても小さな音まで拾えるように成っていたにもかかわらず、全く音が拾えないもの。 薄っすらとした気配で、あちら側の方々は、全部で五人の方々が観測出来ているのよ。
そんな手練れの暗殺者の方々。 身動ぎ一つしないんだもの。
対して私の方は、シルフィーと二人っきり。 この沈黙にシルフィーもダンマリを決め込んでいるわ。 そうね、ラディック様は、暗殺者ギルドの中でも相当な位置にある御方。 ご自身も仰っておられたように、この暗殺者ギルドの 『 マスター 』 ですものね。
さて…… 何を御考えなのかしらね。
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました