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薬師錬金術士の歩む道
北部辺境の安寧の為に (2)
しおりを挟むみんなで移動したのは、聖堂の奥の祭祀場。
お説教とかは聖堂の中でするんだけれど、精霊様へ祈りを捧げるのは、この祭祀場なのよ。 聖堂教会でする儀式もね。 つまりは、此処ナーリン小聖堂で最も精霊様に近い場所なの。
「エスタット司祭様。 ここに居るラディカルさんのように、「身体大変容《メタモルフォーゼ》」を引き起こした、または、引き起こしつつある患者さんは、いかほどいらっしゃるのでしょうか?」
「厳しい事実ながら、数百は下りません。 不治の奇病と、そう広く認識されております…… 罹患すれば、手の施しようも無く……」
「そして、早々に、治療は諦め、そして…… 聖廟にて?」
「はい…… 苦しめぬ様にと。 決断してまいりました。 しかし、この度は…… あの兎人族のモノは、処置が遅れた結果、あのような状態となったと、そう理解しております」
「成程。 では、ラディカルさんが生還されてきたことに関して、聖堂はどうお考えでしょうか?」
「不治の病では無い。 治療法がある。 で、あるならば、救い癒さねばなりません。 聖職者として、助けられる手立てがあるのならば、それを履行しないという選択は御座いません。 手が施せない ” 奇病 ” では、無いのですから。 しかし、その治療方法は未だ未知のモノ。 薬師殿がこの聖堂に滞在していただける間だけの事…… 状況は相変わらずに御座います。 まだ、重篤な状態に成っていない者も多々おります。 しからば……」
「わたくしには、為さねばならぬ、『精霊誓約』がございます。 長期にわたる滞在は不可能に御座います」
あからさまに落胆の表情を浮かべるの。 まぁ、そうなるわよね。 助ける術を見せつけられた、” 高位神官様 ” が、この後も手を拱くばかりなんて、ご自身の矜持が許さないわよね。 だったら、一つ方法があるの。
狙っていたと云っても、過言ではないわ。 その為に、この小聖堂に来たんですもの。
「エスタット司祭様。 一つ方法がございます。 もちろん、聖堂教会が受け入れて戴けるのならば……ですが」
「どのような事でしょうか。 貴女の御力をお借りすることが出来ぬと云われたばかりですが?」
「はい、この祭祀場に、一つ…… 聖壇を置かせていただきたく。 その聖壇には、特殊な魔法陣が刻み込まれております。 エスタット司祭様が仰る奇病を癒す魔法陣…… 符呪師としての私が言うならば、『身体大変容』を逆転させ、異界の魔力を昇華させる、【妖気浄化】が符呪された、魔道具を設置することにございます」
「っ!」
「アレは、まさに『呪い』ともいうべきモノ。 しかし、通常の【解呪】では、払えません。 特殊な術式を挟み込まないと、効果は望めません。 そして、もう一つ」
「な、なんでしょうか?」
「完全に『身体大変容』を引き起こしてしまったモノは、還ってこれません。 人格が破壊され、魂が遠き時の輪の接するところに流されていきますから。 わたくし達の体内の臓器である、『魔力回復回路』が変質してしまえば、どうやっても無理なのです」
「し、しかし…… そこな、女性はッ!」
「彼女に関しては…… 特別なのです。 精霊様の真なる思し召し。 お導きにして、この世界の理に関する、大切な ” 女性 ” であったのです。 それに、” 生きたい ” と真摯に望まれる『魂』必要もございました。 ラディカルさんが生還できたのは、まさに奇跡としか言いようがございません。 わたくしに、もう一度同じことをと望まれましても…… 不可能かと。 多くの幸運が重なり、その幸運を精霊様が引き寄せて戴けた事すら奇跡だったのだと、改めて思います」
「…………左様でしたか。 では、わたくしが、注意せねば成らぬ事は? 何かしら制約が有るのでしょうか?」
「薬師として、治癒師としての見解を申し上げれば、魔力回復回路が変質する前までならば、治癒することが可能かと、思われます。 患者さんのお体がどれ程 ” 痛んで ” 居るかにより、その後の回復の鍵になります。 症状が進んでいれば、進んでいるほど、体躯の欠損は多く、回復に支障をきたします。 しかし、少なくとも ” 人 ” には、戻れます」
「…………その『夢の様な』魔道具ならば、莫大な魔力を消費してしまうのではないでしょうか?」
そうよ、莫大な魔力を消費するわ。 特に【妖気浄化】が、機能したらね。 でも、ほら、有るのよ。 その莫大な量の魔力を供給する方法が。
―――― そして、それこそが ” 私の願い ” なの。
「王都ファンダルに於いて、現在稼働中のミルラス防壁。 あの術式も莫大な魔力を必要とします」
「存じております。 しかし、それが薬師殿の仰られる『聖壇』と、何の関係があるのですか?」
「同じ術式を組み込んであります。 とある ” 縁” が、それを可能としました。 エスタット司祭様は、ミルラス防壁の事はご存じですか?」
「ええ、勿論に。 …………歴代の聖職者や神官達が、『魔力』の供給をしておりました。 効率的に大量の魔力を如何にして送り込むか…… 相当に努力と研鑽に明け暮れた事か…… 同じ聖堂教会の聖職者としても、存じております。 秘事として、大聖堂からの『お話』で…… たしか…… 前王妃様が…… ” 人の魂 ” を以て…… 『贄』を差し出すことにより、魔力を供給する様に変更されたとか…… それまでとは桁違いの魔力を送り込むことが可能になったと…… そう聞き及んでおります。 歴史的な快挙であったと。 我ら聖職者の負担が、大きく軽減されと」
「そうでしたね。 エリザベート=ファル=ファンダリアーナ前王妃殿下の、御研鑽の成果でした。 ファンダリア王国の安寧を一心に求め続けられた、前王妃殿下の、偉業でした。」
自分自身の紡ぐ言葉に、心が……
心が軋んで……
とても、痛かった。
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