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父と 子と 精霊と
境界の盤面
精霊小宮リクロア内部に、狐人族の方々を先頭に入宮したの。 勿論、恐る恐るって感じでね。 本当に長い間、本当に長い間、この場所は『聖なる封印』によって、世俗から隔絶されていた。 私達が問題なく呼吸できる、空気だって有るかどうかも判らない。
…………でも、濃密な精霊様方の息吹は感じられる。
幸いな事に、澱みも無く、清冽な空気が充満していたの。 入口の玄門から続く参道は、真っ直ぐに深部に続いているの。 ゆっくりとした下り坂。
明かりはまだ無い。 玄門から差し込む陽光だけが頼りの、そんな参道。 良く見ると、回廊の様に等間隔に悪しき者を弾く魔方陣が、壁面に打ち込まれていたの。 この場所が如何に神聖な場所か…… その事を如実に示してた。
ショリショリと足元から音がする。 細かい砕石が私たちの行く道に敷かれているわ。 真っ白なその砕石。 よく見ると……
” 石 ” では無かったの…… もっと脆く、崩れる感じの ” なにか ” …… その事実に、足元の違和感が私を包み込む。 そして、その違和感を察知したナジール様がそっと呟く様に御口にされる、驚愕の御言葉。
「参道に敷かれているのは、命を全うした者達の、『魂の器』の残滓。 火の精霊様の祝福を受けし、肉体の末。 精霊小宮の入り口で荼毘に付した魂の抜け殻にございます」
思わず足が止まる。 これは…… 遺骨…… なの…ッ! 足を止め、おののく私にナジール様はゆっくりと言葉を紡がれる。
「本来、これより先は、魂のみが逝く場所。 この世に残すのは、空蝉の抜け殻となり、やがて大地に、そして、空に帰るのです。 それを、早める事が魂の安息に繋がり申す。 連綿と続く獣人族の習わしに御座います」
「し、しかし、それでも…… こうやって、亡骸を足下にするのは、不遜な事。 精霊様もお許しに成りますまいに」
「いいえ、リーナ殿。 これは、精霊様の思し召しに御座います。 遠き時の輪の接する処へ行く魂に、もうこの世界に己の意思で留まらぬよう、そして、帰らぬようにとの。 肉体を灰にし、遺骨を砕き、もうこの世界に、己が魂を受け入れる器が無くなったのだと、そう命終えし魂達に刻み込む為に必要な事。 我ら狐人族の神官は、その魂達の導師。 小白竜様の腕に、そうやって、命を全うした者達をお届けするのです。 いわば、此処は遠き時の輪の接する処へ ” この世を生き抜いた魂が流転 ” する為の参道。 最も暗き、道行。 ならば、昏き闇の精霊様の御意思にも叶う事に御座いましょう」
――― 紡がれた重い言葉。
その「言葉」を紡がれた後、神聖な結印を手に、私を促されるナジール様。 私は、圧倒的な彼の佇まいに何も言えず、そのまま、歩みを進めてしまった。 シャリシャリと乾いた音が、私の足元から響くの。 何とも言えない、そんな気持ち。 種族によって、習慣が違うとは言え、なんとも……
それは、私にとって、とても受け入れる事が出来ない、気まずいモノだったわ。
精霊小宮リクロア内部は、洞窟の様な造りになっていたわ。 参道は地下へ地下へと続く。 入り口からの陽光が届かない所まで来ると、壁面にヒカリゴケの様な発光植物が増えてきた。 まるで日の光を忌避するように繁茂して、暗い参道に一筋の光を放っていた。
まるで誘うが如く。 まるで、道行を照らすがの如く……
やがて到達する、精霊小宮リクロアの最深部。
その玄門には大樹の根で組まれた門があり、その向こう側は聖堂教会の聖堂と同じくらいの空間が広がっていたの。 違う事は、天井まで続く岩壁面。 壁面に繁茂する発光植物が投掛ける淡い光。 そして、その空間の中央床面に有るのは、鏡の様に平滑に磨き抜かれたと思える、黒曜石の円盤。
中央に小さな穴が開いているだけの、そんな円盤があったの。
「彼の世界のとの境界に御座います。 我ら神官の家系に連なる者に、” 鏡界玄門 ” と伝えらし『モノ』に御座います。 ただし、その全貌の半分にしかすぎませぬ。 此処に鍵なるモノを使用し鏡界玄門の開門を成さねば、魂を誘う、昏き道を開く事は叶いません。 我等が父祖達が、この小宮に危機迫りし折り、一命を賭し封印し『厳重に護り通した』 彼の世界との玄門通路に御座います」
「…………圧巻の極みに御座いますね。 其処彼処に居られる、聖なる息吹を纏われし魂が影は…… ナジール様が父祖の御神霊なのでしょうか?」
私の言葉に、御神霊様達が穏やかな視線を向けて来られるのを感じたわ。 暖かく迎え入れて下さった、そんな感じのする視線だったの。 まるで精霊様の御顕現に出会ったかの様な、しかし、紛れも無く精霊様では無い存在感の方々の気配。 肉体を捨て、魂と成っても、この場を護ると云う強烈な意思の発露なのか、確固たる自意識を持ち続ける魂の強さなのか……
” 鏡界玄門 ” の周囲に十数もある、その姿なき影の皆様に……
思わず頭を垂れ、祝福と感謝の祈りを捧げる。 影の方々のお慶びの感情が流れる。
「誠、リーナ殿は良く感じられる。 左様です。 彼等こそが、この精霊小宮リクロアがかつての導師達に相違ありません。 この精霊小宮を封印する際、敢えてこちらに留まった、老師様方に相違ありません。 ……幸いな事に、この精霊小宮リクロアを統べる「狐人族」の家系の者が、居ります。 ルペル。 前へ」
狐人族のルペル様。 神妙な面持ちの儘、” 鏡界玄門 ” の側迄歩みを進めるの。 いつの間にか、そして、何処からともなく取り出した、細長い棒状のモノが、ルペル様の手に握られていたわ。 私の立っている処からも判るくらい、その細長い棒状のモノに、精霊様の息吹を纏いつかせているのよ。
「ルペル。 お前の役目、判っておるな」
「ナジール。 判っている。 コレは私の魂であり、肉体であり、信仰の全てである。 私の全てを以て、封印されし、” 鏡界玄門 ” 解き放たん」
「誓約の時と…… 感じたか」
「時が満ちたと」
頷き合う狐人族のお二人。 荘厳な佇まいが、強い決意を私に意識させるの。 ルペル様が仰った言葉はどういう意味? 彼の全てをもって? つまり… それって………
ルペル様は手に持たれた棒状のモノを、黒曜石の円盤の中央に穿たれた穴に落とされる。 鏡面のように磨き抜かれた黒曜石の円盤が、目に見えない光に包まれ、立ち上る暴風のような冷気が頬を叩く。
ルペル様のお姿は、その目に見えぬ光の中に消え失せ…… 冷気の暴風が収まると、混沌の海のような漣が黒曜石の盤面をたゆっていた。
ナジール様や他の狐人族の方々は、盤面に向かい跪拝し、手に呪印を固く結ばれている。
ルペル様は? …………彼の御方は何処に?
視線が泳ぐ私の眼に入ったのは、御神霊の方々の傍らに、新たな御神霊が一人。
穏やかな表情を浮かべられたルペル様だった。 私に限りなく優しい視線を送られ、そして、両手を掲げられる。 私達の後を追うように、この精霊小宮に入って…… そして、戸惑うように浮かんでいた、浄化された迷える魂達に向かって、際限の無い慈しみの心を以て……
洞穴の入り口から、迷える魂達が誘われる様に、ふわふわと漂ってくるの。 そんな迷いし魂を一つ一つ、御神霊達は抱きしめ、漣漂う黒曜石の盤面にそっと差し出すの。
跪拝を解いたナジール様が仰られる。
「ルペルは、この精霊小宮が老師が末裔。 そして、神明を以て、その命を以て、その役目を果たしたということです。 嘆くことはございません。 これは、我等 「狐人族」 の神官たる者の、『命の誓約』に他なりません。 運命に導かれ、やっと辿り着くことができた、『聖地』なのです。 この地、この宮において、ルペルは永遠を得たのです。 徳を積み、『魂』を慈しみ、遠き時の輪の接する処へ、魂を返す導師たらんとする、我等神官の『命の誓約』を果たしたのです。 それが我等、狐人族の神官にうまれし者の、『本望』なのです」
「それでは、ルペル様は……」
「永遠となり申した」
言葉を失った。 次々と迎えられる無垢なる魂。 ぼんやりと光る盤面。 数十と数える御神霊の皆々様方。 森の誓約はなんと過酷なことを要求されるのか。 そして、それを 『本望』として受け入れられる、狐人族様方の何と気高き事か…………
言葉を失い立ち尽くす私。 そんな中、一つの感覚が私に生まれるの。 その深淵の盤面に向かって、遠き時の輪の接する処へ誘われる魂の数々に逆らい、何かが盤面から私の中に注ぎ込まれる感覚。 力強い「闇の精霊様」の息吹にも似た何か……
ただ、今、それが何かは判らなかったの。
ただ…… とても、暖かく、満たされたの。
とても…… とても不思議な感覚だったわ。
「リーナ殿。 済まないが、俺等からも願いが有る」
突然、森狼族のタンゴさん、チヌールさんが、言葉を紡いだの。 なにか、とても思い詰めた表情を浮かべて居られたのがとても印象深かったわ。
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