手の届く存在

スカーレット

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本編

大輝の葛藤

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秋になった。
学力テストが学校とは別の施設で開催され、自分の実力を知る良い機会となったわけだ。
普段の成果は大いに発揮できたと思う。

また、朋美も俺と同じ志望校を書いていたが、恐らく既に合格圏内なのだろう。
朋美は春海と違い、一般入試を受けると言っていた。
推薦もその気になればいけるのでは?と思ったのだが、本人曰わく

「大輝と同じ様に受験がしたい」

とのことだった。
マゾなの?
少なくとも俺は好き好んで一般なんか受けようとは思ってない。

春海がいなかったら、まずこんな高望みしてないだろう。
それこそ適当な高校を受けていただろうし、それすら受かっていたかどうか。
本当に神様仏様春海様というわけだ。

春海に、手応えありと報告すると

『当然でしょ。誰が教えてると思ってるの』

と素っ気なく返事がくる。
こんなことを言いながらも春海はちゃんと喜んでくれている。
春海はそういう女だ。

「ご飯食べて帰ろうか」

朋美が一緒にいることは、朋美が大分前に学力テストを受けることを告げているので春海も知っている。

近くのファーストフード店で昼食を済ませ、雑談に耽る。
こうしていると、ただの中学生のデートだなぁと思う。

色恋というより色欲という言葉が相応しい、そんな時期が続いただけにただ食事してぶらつく、みたいなデートが恋しくもあった。
贅沢な悩みと言えなくもないのだが、体の関係は相互にリスクを伴う。
何かあれば、負担は女の側の方が断然大きい。

もちろん行為そのものが嫌いなわけではないけど全てを忘れて溺れる、みたいなことにはどうしてもならない。
ある面ではそれは立派なことと捉えられるのかもしれないが、相手に取ってはやや失礼なんじゃないか、と考える様になっていた。

「大輝、最近悩んでない?」

地元の公園のベンチに腰掛けたところで、朋美が切り出す。

「悩む?俺が?こんなに恵まれてるのにか?」

全部、嘘だ。
自分に嘘をついている。
朋美にも嘘をついている。

「本当にそう思ってる?」

朋美が俺の顔を覗き込んでくる。
全て見透かされてしまいそうで、俺は朋美から目を逸らした。

「大輝、私たちと体の関係になったこと、後悔してるの?」

やっぱりこいつら相手にごまかし続けるのは無理か。
特に朋美は最近、春海の影響が顕著に出ている気がする。
勘の鋭さが以前よりも大分上がってきている。

「してない、って言うのは嘘だな。恵まれてる、ってのは事実だと思ってるけど」
「どうして、って聞いていい?」
「ああ」

下らない。
俺自身が。
そうしたくてもそうできない人も世の中には多くいて、それができる相手が二人もいて。
それに満足できていない。

不満というわけではないにしろ、心から楽しめていない。
春海も朋美も、全力でぶつかってきてくれてるのに。
その原因もある程度わかっているのに、自分一人で抱えて不幸面をしている。

こんなのはもう、終わりにするべきかもしれない。
形を終わらせるのか、俺の心の中を氷解させるのか。
いずれにしろ、話さなければ始めることは出来ない。

「実はな……」

全て、吐き出した。
嗚咽の様に、呪詛の様に。
謝った。

心から楽しめていたわけじゃなかったことなど、全て。
そして少しの間、沈黙が続いた。

「話は、わかった。そんな心配までしてくれてたなんて、そんな風に思わせていたなんて、ごめんなさい」

思わぬ方向から声が聞こえた。
隣に座る朋美からではない。
ベンチの後ろの木陰から、声は聞こえた。
声の主はもちろん……

「春海……」

何でここに……春海だからだよな。
もう、春海となら何が起きても不思議はないと思えた。

「いつからそこにいたんだ?」
「ごめんね、大輝が話し始める、割と最初からだね」
「敵わねぇなぁ……」
「本当は、報告聞いてお疲れ様会でも、って思ってきてみたの。あと、もう一つ謝らないといけないことがあるんだけど」
「謝ること?」
「実はね、大輝がさっき言ってたこと、気付いてた。だから朋美から探りを入れてもらう様に頼んだの。私だと核心突いちゃって、大輝から全てを引き出す結果にならないと思って。それだと大輝自身が吐き出せないから、吐き出せる様にって」
「そうだったのか……」

本当に、春海に隠し事なんて無理だわ。
それに、春海が謝ることでも、朋美が謝ることでもない。

「ごめん、春海。覚悟決めたとか言っといて、あんなこと」
「大輝が優しいことは知っていたし、ある程度心配してくれているのはわかってた。けど、ちょっと想定外な範囲だったってだけなんだよね」
「うん、それに……私たちの覚悟に無理やりついて来てほしい、なんて言うことはしないよ?」
「俺、どうしたら良いんだ?」
「大輝は、どうしたいの?」
「大輝はさ、自分のことなんて二の次なんだよね、いつも」

二人に詰め寄られる。
こんな時なのに何故かドキドキしてしまう。

「自分のことを大事に出来ない人に、誰かを心から大事にすることは出来ないよ?」

そんな意識を持ったことはないが、何故か突き刺さる言葉だった。
俺は、俺自身を大事にしてない?
蔑ろにしてる、ということだろうか。

「他人を大事にするにはさ、結局自分がある程度万全である必要があると思わない?」

春海が言う。
その通りだと思う。
誰かを守るとか、そういうのもちゃんと動く体や脳みそがあってこそなんだろう。

「それにね、大輝は理性的であろうと、自分を押し殺そうとしてるみたいだけど、その実すっごい我が儘なんだよ?気付いてる?」

俺が我が儘?
それはちょっとだけ心外だったが、春海の続きの言葉を待つことにした。

「心外って顔してる。けどね、大輝ってさ、自分が納得してないことは絶対しないでしょ。あ、勘違いしないでね?責めてるんじゃないの」

言われてみれば、確かにそういう節はある気がする。

「もちろん、理解があるつもりだから私たちはそれに合わせていけるけど、そうじゃない人もいるとは思う。今知り合ってないだけで。納得する暇もなく、前に進まないといけないことだって、これからいくらでも出てくるよ」
「それが、一線超えることに繋がったわけだね」

朋美が付け加え、春海が首肯する。

「大輝の言う様に、リスクは伴うよね。私たち女の子の側の負担も大きいとは思う、そうなるときは」
「そこが、一番の問題で、俺の不安材料ではあるな」
「んー……というかね、そうなったら逃げちゃいそうな自分自身が不安なんじゃない?違う?」

眉間にとてつもなく重い一撃を、くらった様な衝撃が走った気がした。
そうか、流されやすいことを自覚しているくせに、こんな簡単なことに気付かないなんて。

「逃げちゃっても、いいと私は思う」
「は?良いわけないだろ?」
「まぁ聞いてよ。だって、私が大輝を、逃がすと思う?」

真っ直ぐに俺を見る春海。
吸い込まれそうな瞳だった。
直視するのが辛い。

にも関わらず、目を逸らすことが出来ない。
説得力に満ちた、そんな瞳。
まばたきすらできない。

「地の果てまでだって追いかけるし、それこそ逃げ回る間に休む暇なんか与えないもん。そしたら体力勝負で絶対大輝は私に捕まるよ。そうでしょ?」

滅茶苦茶だ……滅茶苦茶だよこの女は……。

「それにね」

春海が俺に近寄ってくる。
頭を、軽く抱きかかえられた。

「私が、大輝を離すわけないじゃない。言ったでしょ?大輝は私の人生の全部だって」

涙が、こぼれた。
これはほとんどまばたきできなかったから、目が乾いたんだ、きっと。
きっと、そうだ。

これは本当に、中学生の女の子の口から出る言葉なのか?
女の成長は男より数段早いと言われるが、これはあまりにも差がありすぎる。
俺の心配など杞憂であったことが、一瞬で理解出来てしまった。

「ごめんね、不安にさせて。もっと早く言ってあげるべきだったよね」

そのまま頭を撫でられた。
久しく、誰にもこんなことをさせたことはなかった。
こんな心地よさを、俺は知らなかった。
春海の反対側から、朋美が俺の頭を抱く。

「何かあっても、三人なら乗り越えられるって、私は今でも思ってるよ」

今度は嗚咽の様に、ではなく本当の嗚咽が漏れた。
本当の意味で、二人に俺の心を見せることがこの日、出来たのかもしれなかった。


「さて、じゃ改めて」
「まずは学力テスト、お疲れ様!」

二人の仕切りでお疲れ様会が開催される。
場所は何と、それなりの規模のホテルの一室だった。
春喜さんの経営する会社の系列のホテルの一部屋を、使わせてくれているらしい。
参加者は俺と春海と朋美だけだが、十分幸せだった。

先ほどまでくすぶっていた思いは、何処かに消えてしまっている。
春海と、朋美とが俺のわだかまりをぶち壊してくれた。
それだけで、俺はこの二人とずっと一緒にいようと思える。

感情が追い付かないと思ったこともある。
体の関係が怖く思えたこともあった。
その全ての不安を吹き飛ばしてくれた。

「大輝、もう大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。本当、ありがとう」
「朋美、大丈夫だってさ」
「よーし」
「え?」

何が、よーしなの?
お疲れ様ってことで、いきなりおっぱじめるつもりなの?
いくらここがホテルだからって……。

春海は飢えた猛獣みたいな目してる。
朋美も似た様なもんだ。
俺ごときかよわい人間が、猛獣二頭相手にして勝てるわけない。

やはり俺は、こいつらに敵わないと思い知った。
けど、前までみたいな抵抗はもうない。
俺も、全力で相手をするときがきたみたいだ。
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