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本編
一時の別れ
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新しい年を迎え、とうとうやってきた受験の日。
本当なら朋美も一緒の高校を受ける予定だったが、急遽朋美は九州の長崎にある高校を受けることになった。
この頃には既に朋美は大分忙しくなってしまい、学校に来ない日さえあった。
徐々に、別れの日が近づいているのだと、嫌でも実感してしまう。
俺は当初の予定通り春海と同じ高校を受けた。
春海は先に推薦で入学が決まっていたので、高みの見物というやつだ。
張り詰めた空気をたっぷり満喫して、自分の実力はちゃんと出せたと思う。
後日、合格発表には春海と二人で行った。
無事に自分の番号を発見出来たときは、やり尽くした感にまみれたため息をついた。
「胴上げ、する?」
などとすっとぼけたことを春海は言ったが、一人の女の子に胴上げなんて……できないよな?
……いや、春海なら出来ても驚かない自信がある。
周りを見ると、合格したのか落ちたのかわからないが泣いている者、友達と思しき人と抱き合って喜ぶ者と、三者三様だった。
「それで、大輝は泣かないの?」
「んー……合格、できる様な予感はしてたからな。俺なりに頑張ったし。何より春海がついてるから、落ちるなんて微塵も疑ってなかったかな」
ちょっと臭いこといったか、と思ったが、春海はちょっと嬉しそうな表情をしていた。
「そっか……春から、私たち同じ学校なんだね」
「そうだな……早いかもと思ってたけど、中一から頑張ってきた甲斐あったよ。何か恥ずかしいけど、ありがとう春海。お前がいなかったら、俺はここまで頑張れなかったと思う」
「そうだね。やっぱり愛は強しってやつ?」
「やめろ、こんなとこで……人が見てるだろ……」
本気で恥ずかしくなって、ぷいっと顔を逸らす。
更に追い打ちをかける様に、春海がとんでもないことを言い出す。
「私、結婚できる歳になるんだねぇ」
結婚という言葉に、ドキリとする。
もちろん俺はまだあと二年以上結婚なんて出来ないし、たとえ十八になったからといって、すぐに結婚するという予定もない。
しかしこの中学三年で、すっかりと出るところが出たりで大人びてきた春海を見て、それを思わず連想してしまう。
似合うんだろうなぁ、ドレス……。
だが、このまま結婚したら俺はヒモまっしぐらになってしまう予感しかしない。
せっかく良い高校入れたんだから、これを活かしていい職について少しでも春海を幸せに出来たら、などと妄想していた。
「大輝?」
「あ?ああ、悪い、ぼーっとしてた」
「タコ坊主から貰った、新しい住所のメモちゃんと残ってる?」
「ああ、あるよ。無くしたらいけないと思って、自室の机にしまってある」
「そう、なら良いんだ。絶対なくしたらダメだからね?」
いつになく厳しい顔で、春海が言った。
珍しいな。
やはり春海にとっても朋美は大事なんだよな、くらいにしか思っていなかったのだが、もっと深い意味が隠されていたことを、後になって知ることになる。
そして迎える卒業式。
幸いというべきか、朋美はこの日卒業式に出席できた。
向こうの高校にも無事に合格できた様で、荷物の大半を既に向こうに送ってあるとのことだった。
「大輝……圭織……桜子……」
「朋美……私、何となくわかってた。宇堂と、付き合ってたんでしょ?」
井原が朋美の肩を抱いて、そっと言う。
まぁ、あれでバレない方がどうかしてるよな。
「責めたりするつもりはないんだ。朋美、幸せそうだったし。年末辺りに宇堂がボロボロになってたのも、朋美の為だったんでしょ?」
「お前、凄いな。概ね合ってる。最低男に見えるかも解らんけど、俺は朋美とも春海とも付き合ってたよ。二人も公認でな」
「やっぱりね……」
井原はため息をついて俺を見る。
ため息とは裏腹に、怒ってる様子ではなかった。
「うさぎって確か繁殖力高いんだったよね。やっぱり可愛い顔してる動物は性欲強いのかな」
「おいやめろ、人聞き悪いこと言うな」
「ぷっ!」
野口がたまらず吹き出したのを見て、朋美も井原も吹き出す。
俺もつられて笑ってしまった。
あとでわかったことだが、野口は下ネタクイーンと呼ばれるほどに下ネタ好きで、耳年増な部分もあって、かなりエグい妄想を垂れ流したりすることもあるらしい。
人は見かけによらないもんだ。
そこに良平がやってきて、いきなり井原の肩を抱いた。
「あっ、良平遅いよ」
「いやぁ、悪い悪い。女の子たちが離してくれなくてさ」
「さらっとイヤミ言いやがって、クソイケメン。爆発しろぉ!!」
思わず毒づいてしまうが、もうあと三年間は良平と同じ部屋で過ごすのだと思い直し、もっと言ってやろうかと考えた。
「大輝、メールするからね。たまに電話も」
「ああ、俺もするよ」
「宇堂くん、朋美のお父さんと激しくやり合ったんでしょ?やっぱり凄かった?」
野口が巨大な目をキラキラさせて俺に尋ねる。
その言い方だと違うもの想像するの……やっぱお前くらいだわ、野口。
「お前の言うやりあった、って絶対俺たちの思ってるのと違うだろ」
おでこに軽くチョップを入れる。
まぁ、こんなのもご褒美です!とか言われたらさすがの俺もドン引きしちゃうんだけどね。
「ひどいなぁ、私まだ腐ってはいないよ?たまに宇堂くんと田所くんで妄想する程度で」
「は……?」
いつもは張り付いた笑顔でさらりとかわす、クソイケメンもこればっかりはかわしきれなかった様だ。
かく言う俺も、少々気分が悪くなってくる。
「まぁ、事実無根だし?」
「そういう気分にならないの?」
「残念ながら俺は圭織で手一杯なんだ」
「まぁ、俺も……」
全員がこちらを見る。
言いたいことはわかる。
「蔑みの目、やめよう?俺結構繊細」
朋美の出発は翌日ということらしく、今日は壮行会を催すことになった。
謝恩会なるものが別会場で行われている様だが、そんな堅苦しいものより、ということで仲良くバックレた。
今回は井原に野口、良平も一緒だ。
春海も合流し、近所のファミレスへ。
今度は俺だけでなく、良平も忌々しいという様な視線を向けられる。
軽く食事をとると、雑談に華が咲く。
良平が中学時代だけで何人の女の子から告白されたとか、その中に一人男子が混ざっていたとか、話題は良平を中心に……と思っていたのだが。
「それより、大輝は結局ハーレムエンドになったの?圭織も大輝も、その辺詳しく教えてくれなかったから、よく知らないんだよね」
と、無理やり話題を俺に向けてきた。
この野郎……余計なことを。
「ああ、そうなるな……」
「私はそうなんじゃないかって思ってただけで、確信があったわけじゃないから……」
「なるほどね、虫も殺さない顔してやるもんだなぁ」
良平が感心する。
失礼だな、俺だって鬱陶しいと思えば虫くらい殺すさ。
「そうかね、世間的には誉められたことじゃないだろ。ここはアラブじゃないんだし」
「けど、なかなか度胸の要ることなんじゃない?田所くんも含めたらもう何でもありになっちゃうね!」
野口はウキウキだ。
混ぜてほしいなら、春海に相談してくれよな。
俺に決定権なんかないんだから。
「どうしてもそっち方面に持っていきたいみたいね」
朋美が苦笑し、良平が顔を青くする。
「良平は一回も絡んだことないけどな。春海と会うの、確か二、三回めくらいじゃないかな」
「そうだな、二人が付き合い始める少し前に何度か会ったきりだったと思うわ」
「そうなのかぁ、いやぁ、朋美か春海ちゃんが、あいつはホモなんだぜ!だってあいつの○○○からはクソの臭いがするんだ!とか言ったりしてたら面白いなーって」
総員ドン引きで野口を見る。
何でそんなコピペ知ってんだよお前……。
「ねーわ……いや、マジねーわ……」
「ていうか、こんな昼間から生々しいのはちょっと……」
「あはは、ごめんごめん」
俺たちの深いところまで探られることはなく、ファミレスでの歓談は終わりを告げた。
このあと、みんなでカラオケに行こうということになった。
春海はあまり良い顔をしなかったが、反対もしなかった。
空気を読んだのだろうか。
「そういえば、カラオケって初めてだよね。前に行こうって言ったら春海、凄い勢いで拒否ってたし」
「……あの時も軽く言ったけど、歌があまり得意でないだけだよ」
「意外だよな。万能だと思ってたけど」
俺も気にはなってた。
音痴とかそういう感じか?
だが俺もそんなに歌は得意ではない。
音楽の歌のテストなんかはもう苦痛ですらあった。
卒業シーズンということもあり、カラオケ店は賑わっている様だった。
六人入れる部屋となると少し大きめの部屋になるが、運良く一つ空いていたので待つことなく入ることができた。
「さて、誰から歌うんだ?」
「当然、言い出しっぺの法則だよね」
井原、ナイス。
「しゃーねー、行くか」
全然仕方なく見えないのは何故だろう。
そういえば良平の歌って聞いたことないな。
テレビで流れる様な有名な歌を、良平は歌った。
時折井原に向かってウインクを飛ばしたりしているのを見ると、やはりイラっとする。
「田所くん上手いねぇ」
春海が感心する。
彼女が他の男を誉めてるのを見るのって、何か複雑だわ。
「お、万能少女の春海ちゃんからお褒めの言葉頂きました」
良平は満更でもなさそうだ。
歌い終えた良平が、俺にマイクを手渡す。
「え、俺?」
「男が先陣切らなくてどーすんの。ほら、早く入れろって」
「マイク渡して、入れろなんて……」
「桜子、あんた底無しの妄想力ね……」
井原が呆れた様子で、もう止める気力もないと言った感じになっていた。
さすがにマイクを、って言うのは予想しなかったな……。
俺は、少し考えた結果七十年代のフォークソングを入れることにした。
というか、単に最近のポップスとかよく知らないだけなんだが。
「渋っ!」
朋美はこの曲を知っている様だ。
昔実在したボクサーを題材に歌った曲で、当時大ヒットしたそうなのだが、当然ながら俺はその頃生まれてすらないので、背景まではよく知らない。
一時期先生が施設で聞いていたのを、俺も覚えたに過ぎない。
「ちょっと、大輝……何処からそんな声出るの……」
低めの声が特徴の歌だったので、ちょっと似せてみようと頑張ったら笑われた。
元々高めの俺の声だと全然違う曲になりそうだから、と思ったんだけど……。
「地声で歌ってみなよ」
春海に提案され、渋々地声で歌うことに。
キーを把握するのが難しかったが、なんとか歌いきる。
「何だろう、ボーイソプラノって言うのかな」
「別の歌聞いてる感じがして新鮮だったよ」
「素直に下手だったって言えば……」
「そこまで拗ねるほどのもんじゃなかったよ」
「慰めなどいらん!次だ次!次誰?」
女子はジャンケンの末に春海に決まった様だった。
とうとう聴けるのか、春海の歌……。
楽しみな様な、ちょっと怖い様な。
春海は何故か、某国民的アニメの主題歌を入れていた。
るーるるるるーるー、のあれだ。
みんなが、春海に注目していた。
結果から言おう。
何だろう、凄かった。
音程という概念が如何に下らないものか、ということを思い知らされた。
みんなも思い思いに聴いていた様だが、恐らく似た感想を持ったと思う。
「耳じゃなく、心で聴いた気がする」
朋美はそう言った。
よく言った。
「素直に下手って言えばいいのに……」
珍しく凹んだ春海を見ることができた。
「へ、下手じゃないだろ、新次元……そう!歌の新次元開拓って感じでさ!なぁ!みんな!」
「あ、ああ!サザ○さん見るとき、今までと違う目で見れる気がする」
「音程なんてのは、所詮目安でしかないよ、うん」
「歌は自分が楽しむ為のものだよ」
春海、楽しそうに歌ってたか?
……割と苦痛っぽかった様な……。
そんなこんなで時間は流れ、解散の時間が迫る。
外はもう、すっかりと暗い。
「もう、こんな時間なのか」
「早いねぇ……楽しかったからかな」
「またちゃんと、会えるよね?」
各々が、朋美に群がる。
別れの時はもう、すぐそこまで迫っている。
「大丈夫、死ににいくわけじゃないから……」
伏し目がちに朋美が言う。
戦地へ行くというのであれば、俺だって死ぬ気で止めるのにな……。
「大輝、ちゃんと迎えに行けよ」
「わかってるよ、バイトする予定だし」
「そうなの?」
春海が少し驚いた様な表情を見せる。
俺だっていつまでも甘えてはいられない。
朋美を迎えに行くいつかを、一日でも早められる様に、自分でも少しずつ貯金しておかないと。
「伝えるのが遅れてごめんな。でもちゃんと、会える時間は作るから」
「そう……詳しいことが決まったら教えてね?」
「もちろん」
「大輝、目瞑って」
「あ、ああ」
朋美の意図するところを瞬時に理解し、躊躇いながらも目を閉じる。
少し間があって、唇に触れるものがある。
数人が息を呑むのが気配でわかった。
「ん、もういいよ」
続けて、朋美は春海にもキスをした。
やはり何度見ても……こういうときだと言うのに少し興奮する。
不謹慎なのは承知の上だ。
「朋美……これは別れじゃない。朋美はまた、いつか戻ってくる。大輝が連れ戻してくれる」
春海が少し涙を浮かべて言う。
朋美もつられて涙ぐんでいる。
井原はもうほぼ泣いていた。
野口は……何かあの巨大な目に溜まった涙の量が半端ない。
洪水にでもなりそうだ。
良平はあくびを繰り返していた。
俺は……泣かない。
これは今生の別れじゃない。
泣くのは不吉だ。
何かの本で読んだ内容を思い出して必死で耐えた。
「明日の早朝、出発するから……とりあえずこれでバイバイ、だね」
何か決意めいたものを目に滲ませ、朋美が言った。
これでバイバイ、か。
割とあっさりしてるな。
「大輝、待ってるからね」
「ああ、必ず行くから待っててくれよ」
「じゃあ、みんな!ありがとう!またね!!」
朋美は軽く叫んで、歩き出した。
これ以上は蛇足だ。
それをみんなもわかっているのか追うことはしない。
ただ、朋美が見えなくなるまで見送っていた。
「行っちゃったか」
井原がため息と共に呟く。
少し睨まれてる気がするのは気のせいですか。
「宇堂、絶対迎えに行きなさいよ。朋美が悲しむ様なことしたら、許さないからね」
「大丈夫、信じろとは言わないけど、安心しててくれ」
「私も同じ高校だしね」
「実は私も同じ高校なんだよね、知ってた?」
野口が言う。
知るはずがない。
てか試験会場にいた?
「えっ?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「ああ、そういえばそうだったね」
井原はどうやら知っていた様だ。
知ってたなら教えてくれればいいのに。
俺のハーレムに加えられたら困るとか思ってた?
「桜子、成績良かったからね。学年トップクラスだったし」
「そ、そうなのか……お手柔らかに頼むよ」
主に下ネタとかな。
あんなエグいの毎日聞かされるのはちょっときつい。
「宇堂くんの手に、私の胸当てればいいの?」
「お前それ……柔らかさより胸板の硬さが目立って柔らかくないだろ、結果的に」
「宇堂くんひどいよ!」
後ろから後頭部をひっぱたかれる。
叩いたのは春海だった。
「女の子に失礼なこと言わないの」
春海が野口を擁護する。
持つものは持たざるものに慈悲を、ってやつ?
「……何となく、大丈夫そうな気がするわ」
井原が苦笑混じりに言う。
俺はその日、春海の家に泊まりに行くことになり、普段通り食事、風呂等々済ませてベッドに入っていた。
割と熟睡していたと思う。
夢を見たりもしてなかった。
そんなとき、ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚があった。
「大輝、起きて」
「ん?……どうした、トイレか?」
「それはさっき済ませた。いいから起きて」
何だよ…まだ外暗いじゃん……。
時間はまだ朝四時すぎだった。
「支度して。出かけるから」
「は?今から……?」
「そう。既に割とギリギリだから急いでね」
まだ頭が回っておらず、よくわからないまま顔を洗って着替えを済ませる。
普段寝坊助の春海がこんな時間に起きてるのもびっくりだ。
「ほら、これ飲んで」
「あ、ああありがと」
春海が淹れてくれたコーヒーを口にする。
あっつい。
俺猫舌なんだよな……。
「飲んだ?飲んだよね、さ、行くよ」
「お、おう」
家の外に出ると、既に春喜さんが車を回していた。
何で春喜さんまで?
「さ、乗って」
「え、春喜さん?」
「ほら、急いで」
何処へ行くと言うのだろうか、こんな時間に。
まさか、山でも登るの?
寒いしこの装備じゃ遭難しそうだけど。
「少し飛ばすからね、シートベルト閉めといて」
かなりギリギリのスピードで走り出し、途中高速道路を使っている様だった。
この方向は……地元?
まさか。
「朋美の見送りか?」
「ご明察」
「春喜さん、こんな時間に起きてて大丈夫なんです?」
「なぁに、うちのお姫様の為だしね」
軽く窓を開けて、春喜さんはタバコを口にして火をつけた。
カッコいいよなぁ。
俺はタバコとか興味なかったが、春喜さんが吸ってるのを見るのは嫌いじゃない。
「パパ、あとどれくらい?」
「んー……さすがにこの時間だと道空いてるからね。もうあと十五分から二十分てとこかな」
「良かった、間に合いそう」
「また急だな、しかし。昨夜のうちに言ってくれたら良かったのに」
「言ったら大輝はきっと、そわそわして眠れなくなっちゃうと思って。おかげでよく眠れたでしょ?寝る前に運動もしたし」
「えっと……」
娘の爆弾発言にも春喜さんはニコニコしながら運転に集中している。
父親の前でそういうこと言わんでもらえますかね……。
それとも普段からそういうこと言ったりしてるのだろうか。
だとすると、途端に恥ずかしさが込み上げてくるのがわかった。
道が空いていたおかげで、やや早く着くことが出来たみたいだ。
「パパ、とりあえず帰りは電車で大丈夫だから」
「わかったよ、気をつけて帰っておいで」
「ありがとうございます、春喜さん」
「春海をよろしく」
俺に軽くウインクして、春喜さんは車で帰って行った。
時刻は五時過ぎ。
「行こう」
春海が俺の手を取り、地下鉄の駅に向かう。
改札前に、人影が見えた。
あれは……井原?と野口、良平もいる。
「お前らも来てたのか」
「当たり前じゃない」
「昨日のあれでバイバイなんて、味気ないよ」
「愛しの彼女の親友だしな、見送りくらいはするさ」
くせぇんだよ、全く……。
いちいちカッコつける必要があるのか?
「えっ……みんな?」
少しして、声がした。
この声は、朋美だよな。
「何でここにいるの?」
朋美が驚いた様子でこっちを見る。
俺はサムズアップして、朋美にウインクした。
良平の病気がうつったかな。
「来ないわけあるか」
ついさっき起きたばっかりのくせに俺はカッコつけて言う。
春海は軽く吹き出しそうになっていたが、無視だ。
「朋美の見送りに来てくれたのか」
タコ坊主が、相変わらずのいかつさで言う。
何度見てもごついなこの人。
「いいお友達を持ったのね」
朋美のお母さんも少し、感動してる様だ。
「大輝、約束忘れてねぇな?」
「当然。死んでも行くよ」
「じゃあ大丈夫だな。だが、死ぬなよ」
タコ坊主が拳を突き出す。
俺も、その拳に自分の拳を突き合わせる。
「「男の、約束だ」」
野口が何だか目をキラキラさせている。
だからいちいちそういう意味に取らないでもらえますかね。
「お前が考えてる様なのと違うから……」
「いやぁ、熱い男の約束いいなぁって」
春海が俺の肩を叩き、朋美のところへ行く様促す。
「朋美」
俺は右手を差し出す。
朋美が俺の顔を見て、その後微笑む。
そして俺の手を握り返してきた。
「昨日も言ったけど、必ず行くから待っててくれ」
左手も添えて朋美の手を包み込む。
少しひんやりした手が、体温高めの俺の手に心地良い。
「……親の前でそうイチャイチャしないでもらえるか……」
軽くタコ坊主が凹んでいる様子が見て取れた。
少し笑いそうになったが、朋美はまた涙を浮かべた。
「もう……泣かないつもりだったのになぁ……」
左手を離して、朋美は涙を拭っている。
「そろそろね、行かないと」
「あっ……うん」
俺がゆっくりと手を離すと、朋美は名残惜しそうにしていたが、ふっと笑って荷物を手にした。
「大輝、春海、圭織、桜子、田所くん」
朋美がみんなをそれぞれ見る。
「またね!」
タコ坊主も背中ごしに手を上げ、お母さんは丁寧にお辞儀をしていた。
俺は手を振り、頭を下げる。
地下鉄のホームへ一家が消えて行った。
これがサプライズってやつだろうか。
俺にも隠してるなんて……まぁ、春海の言う通り、聞いてたら寝られなかったかもな。
「お前ら眠くねぇの?」
「いや眠いよ。圭織が寝かせてくれなくてさ」
「ちょっと良平!?」
「おー、お熱いこって」
「お前のとこもだろ?暫くは春海ちゃんだけを愛してやれよな」
野口はまたも目をキラキラさせている。
嫌な予感がする。
「二人とも、どんなプレイしてたの!?ちょっと詳しく聞かせてよ、後学の為に!」
ほらきた。
「ノーコメントだ。勝手に想像してくれ……」
俺は眠気もあってぶっきらぼうに返す。
「昨夜はね、大輝割と元気で後ろから……」
「おいいいいぃぃぃぃぃ!!!勝手に答えようとしない!!」
春海は色々開けっぴろげなところが多過ぎてちょっと心配になる。
これから、新しい生活が始まろうとしている。
こんな調子でこれからも楽しくやっていけるだろう。
このとき、俺はそう信じて疑うこともせず、呑気なものだったと、割とすぐ後で思い知ることとなる。
本当なら朋美も一緒の高校を受ける予定だったが、急遽朋美は九州の長崎にある高校を受けることになった。
この頃には既に朋美は大分忙しくなってしまい、学校に来ない日さえあった。
徐々に、別れの日が近づいているのだと、嫌でも実感してしまう。
俺は当初の予定通り春海と同じ高校を受けた。
春海は先に推薦で入学が決まっていたので、高みの見物というやつだ。
張り詰めた空気をたっぷり満喫して、自分の実力はちゃんと出せたと思う。
後日、合格発表には春海と二人で行った。
無事に自分の番号を発見出来たときは、やり尽くした感にまみれたため息をついた。
「胴上げ、する?」
などとすっとぼけたことを春海は言ったが、一人の女の子に胴上げなんて……できないよな?
……いや、春海なら出来ても驚かない自信がある。
周りを見ると、合格したのか落ちたのかわからないが泣いている者、友達と思しき人と抱き合って喜ぶ者と、三者三様だった。
「それで、大輝は泣かないの?」
「んー……合格、できる様な予感はしてたからな。俺なりに頑張ったし。何より春海がついてるから、落ちるなんて微塵も疑ってなかったかな」
ちょっと臭いこといったか、と思ったが、春海はちょっと嬉しそうな表情をしていた。
「そっか……春から、私たち同じ学校なんだね」
「そうだな……早いかもと思ってたけど、中一から頑張ってきた甲斐あったよ。何か恥ずかしいけど、ありがとう春海。お前がいなかったら、俺はここまで頑張れなかったと思う」
「そうだね。やっぱり愛は強しってやつ?」
「やめろ、こんなとこで……人が見てるだろ……」
本気で恥ずかしくなって、ぷいっと顔を逸らす。
更に追い打ちをかける様に、春海がとんでもないことを言い出す。
「私、結婚できる歳になるんだねぇ」
結婚という言葉に、ドキリとする。
もちろん俺はまだあと二年以上結婚なんて出来ないし、たとえ十八になったからといって、すぐに結婚するという予定もない。
しかしこの中学三年で、すっかりと出るところが出たりで大人びてきた春海を見て、それを思わず連想してしまう。
似合うんだろうなぁ、ドレス……。
だが、このまま結婚したら俺はヒモまっしぐらになってしまう予感しかしない。
せっかく良い高校入れたんだから、これを活かしていい職について少しでも春海を幸せに出来たら、などと妄想していた。
「大輝?」
「あ?ああ、悪い、ぼーっとしてた」
「タコ坊主から貰った、新しい住所のメモちゃんと残ってる?」
「ああ、あるよ。無くしたらいけないと思って、自室の机にしまってある」
「そう、なら良いんだ。絶対なくしたらダメだからね?」
いつになく厳しい顔で、春海が言った。
珍しいな。
やはり春海にとっても朋美は大事なんだよな、くらいにしか思っていなかったのだが、もっと深い意味が隠されていたことを、後になって知ることになる。
そして迎える卒業式。
幸いというべきか、朋美はこの日卒業式に出席できた。
向こうの高校にも無事に合格できた様で、荷物の大半を既に向こうに送ってあるとのことだった。
「大輝……圭織……桜子……」
「朋美……私、何となくわかってた。宇堂と、付き合ってたんでしょ?」
井原が朋美の肩を抱いて、そっと言う。
まぁ、あれでバレない方がどうかしてるよな。
「責めたりするつもりはないんだ。朋美、幸せそうだったし。年末辺りに宇堂がボロボロになってたのも、朋美の為だったんでしょ?」
「お前、凄いな。概ね合ってる。最低男に見えるかも解らんけど、俺は朋美とも春海とも付き合ってたよ。二人も公認でな」
「やっぱりね……」
井原はため息をついて俺を見る。
ため息とは裏腹に、怒ってる様子ではなかった。
「うさぎって確か繁殖力高いんだったよね。やっぱり可愛い顔してる動物は性欲強いのかな」
「おいやめろ、人聞き悪いこと言うな」
「ぷっ!」
野口がたまらず吹き出したのを見て、朋美も井原も吹き出す。
俺もつられて笑ってしまった。
あとでわかったことだが、野口は下ネタクイーンと呼ばれるほどに下ネタ好きで、耳年増な部分もあって、かなりエグい妄想を垂れ流したりすることもあるらしい。
人は見かけによらないもんだ。
そこに良平がやってきて、いきなり井原の肩を抱いた。
「あっ、良平遅いよ」
「いやぁ、悪い悪い。女の子たちが離してくれなくてさ」
「さらっとイヤミ言いやがって、クソイケメン。爆発しろぉ!!」
思わず毒づいてしまうが、もうあと三年間は良平と同じ部屋で過ごすのだと思い直し、もっと言ってやろうかと考えた。
「大輝、メールするからね。たまに電話も」
「ああ、俺もするよ」
「宇堂くん、朋美のお父さんと激しくやり合ったんでしょ?やっぱり凄かった?」
野口が巨大な目をキラキラさせて俺に尋ねる。
その言い方だと違うもの想像するの……やっぱお前くらいだわ、野口。
「お前の言うやりあった、って絶対俺たちの思ってるのと違うだろ」
おでこに軽くチョップを入れる。
まぁ、こんなのもご褒美です!とか言われたらさすがの俺もドン引きしちゃうんだけどね。
「ひどいなぁ、私まだ腐ってはいないよ?たまに宇堂くんと田所くんで妄想する程度で」
「は……?」
いつもは張り付いた笑顔でさらりとかわす、クソイケメンもこればっかりはかわしきれなかった様だ。
かく言う俺も、少々気分が悪くなってくる。
「まぁ、事実無根だし?」
「そういう気分にならないの?」
「残念ながら俺は圭織で手一杯なんだ」
「まぁ、俺も……」
全員がこちらを見る。
言いたいことはわかる。
「蔑みの目、やめよう?俺結構繊細」
朋美の出発は翌日ということらしく、今日は壮行会を催すことになった。
謝恩会なるものが別会場で行われている様だが、そんな堅苦しいものより、ということで仲良くバックレた。
今回は井原に野口、良平も一緒だ。
春海も合流し、近所のファミレスへ。
今度は俺だけでなく、良平も忌々しいという様な視線を向けられる。
軽く食事をとると、雑談に華が咲く。
良平が中学時代だけで何人の女の子から告白されたとか、その中に一人男子が混ざっていたとか、話題は良平を中心に……と思っていたのだが。
「それより、大輝は結局ハーレムエンドになったの?圭織も大輝も、その辺詳しく教えてくれなかったから、よく知らないんだよね」
と、無理やり話題を俺に向けてきた。
この野郎……余計なことを。
「ああ、そうなるな……」
「私はそうなんじゃないかって思ってただけで、確信があったわけじゃないから……」
「なるほどね、虫も殺さない顔してやるもんだなぁ」
良平が感心する。
失礼だな、俺だって鬱陶しいと思えば虫くらい殺すさ。
「そうかね、世間的には誉められたことじゃないだろ。ここはアラブじゃないんだし」
「けど、なかなか度胸の要ることなんじゃない?田所くんも含めたらもう何でもありになっちゃうね!」
野口はウキウキだ。
混ぜてほしいなら、春海に相談してくれよな。
俺に決定権なんかないんだから。
「どうしてもそっち方面に持っていきたいみたいね」
朋美が苦笑し、良平が顔を青くする。
「良平は一回も絡んだことないけどな。春海と会うの、確か二、三回めくらいじゃないかな」
「そうだな、二人が付き合い始める少し前に何度か会ったきりだったと思うわ」
「そうなのかぁ、いやぁ、朋美か春海ちゃんが、あいつはホモなんだぜ!だってあいつの○○○からはクソの臭いがするんだ!とか言ったりしてたら面白いなーって」
総員ドン引きで野口を見る。
何でそんなコピペ知ってんだよお前……。
「ねーわ……いや、マジねーわ……」
「ていうか、こんな昼間から生々しいのはちょっと……」
「あはは、ごめんごめん」
俺たちの深いところまで探られることはなく、ファミレスでの歓談は終わりを告げた。
このあと、みんなでカラオケに行こうということになった。
春海はあまり良い顔をしなかったが、反対もしなかった。
空気を読んだのだろうか。
「そういえば、カラオケって初めてだよね。前に行こうって言ったら春海、凄い勢いで拒否ってたし」
「……あの時も軽く言ったけど、歌があまり得意でないだけだよ」
「意外だよな。万能だと思ってたけど」
俺も気にはなってた。
音痴とかそういう感じか?
だが俺もそんなに歌は得意ではない。
音楽の歌のテストなんかはもう苦痛ですらあった。
卒業シーズンということもあり、カラオケ店は賑わっている様だった。
六人入れる部屋となると少し大きめの部屋になるが、運良く一つ空いていたので待つことなく入ることができた。
「さて、誰から歌うんだ?」
「当然、言い出しっぺの法則だよね」
井原、ナイス。
「しゃーねー、行くか」
全然仕方なく見えないのは何故だろう。
そういえば良平の歌って聞いたことないな。
テレビで流れる様な有名な歌を、良平は歌った。
時折井原に向かってウインクを飛ばしたりしているのを見ると、やはりイラっとする。
「田所くん上手いねぇ」
春海が感心する。
彼女が他の男を誉めてるのを見るのって、何か複雑だわ。
「お、万能少女の春海ちゃんからお褒めの言葉頂きました」
良平は満更でもなさそうだ。
歌い終えた良平が、俺にマイクを手渡す。
「え、俺?」
「男が先陣切らなくてどーすんの。ほら、早く入れろって」
「マイク渡して、入れろなんて……」
「桜子、あんた底無しの妄想力ね……」
井原が呆れた様子で、もう止める気力もないと言った感じになっていた。
さすがにマイクを、って言うのは予想しなかったな……。
俺は、少し考えた結果七十年代のフォークソングを入れることにした。
というか、単に最近のポップスとかよく知らないだけなんだが。
「渋っ!」
朋美はこの曲を知っている様だ。
昔実在したボクサーを題材に歌った曲で、当時大ヒットしたそうなのだが、当然ながら俺はその頃生まれてすらないので、背景まではよく知らない。
一時期先生が施設で聞いていたのを、俺も覚えたに過ぎない。
「ちょっと、大輝……何処からそんな声出るの……」
低めの声が特徴の歌だったので、ちょっと似せてみようと頑張ったら笑われた。
元々高めの俺の声だと全然違う曲になりそうだから、と思ったんだけど……。
「地声で歌ってみなよ」
春海に提案され、渋々地声で歌うことに。
キーを把握するのが難しかったが、なんとか歌いきる。
「何だろう、ボーイソプラノって言うのかな」
「別の歌聞いてる感じがして新鮮だったよ」
「素直に下手だったって言えば……」
「そこまで拗ねるほどのもんじゃなかったよ」
「慰めなどいらん!次だ次!次誰?」
女子はジャンケンの末に春海に決まった様だった。
とうとう聴けるのか、春海の歌……。
楽しみな様な、ちょっと怖い様な。
春海は何故か、某国民的アニメの主題歌を入れていた。
るーるるるるーるー、のあれだ。
みんなが、春海に注目していた。
結果から言おう。
何だろう、凄かった。
音程という概念が如何に下らないものか、ということを思い知らされた。
みんなも思い思いに聴いていた様だが、恐らく似た感想を持ったと思う。
「耳じゃなく、心で聴いた気がする」
朋美はそう言った。
よく言った。
「素直に下手って言えばいいのに……」
珍しく凹んだ春海を見ることができた。
「へ、下手じゃないだろ、新次元……そう!歌の新次元開拓って感じでさ!なぁ!みんな!」
「あ、ああ!サザ○さん見るとき、今までと違う目で見れる気がする」
「音程なんてのは、所詮目安でしかないよ、うん」
「歌は自分が楽しむ為のものだよ」
春海、楽しそうに歌ってたか?
……割と苦痛っぽかった様な……。
そんなこんなで時間は流れ、解散の時間が迫る。
外はもう、すっかりと暗い。
「もう、こんな時間なのか」
「早いねぇ……楽しかったからかな」
「またちゃんと、会えるよね?」
各々が、朋美に群がる。
別れの時はもう、すぐそこまで迫っている。
「大丈夫、死ににいくわけじゃないから……」
伏し目がちに朋美が言う。
戦地へ行くというのであれば、俺だって死ぬ気で止めるのにな……。
「大輝、ちゃんと迎えに行けよ」
「わかってるよ、バイトする予定だし」
「そうなの?」
春海が少し驚いた様な表情を見せる。
俺だっていつまでも甘えてはいられない。
朋美を迎えに行くいつかを、一日でも早められる様に、自分でも少しずつ貯金しておかないと。
「伝えるのが遅れてごめんな。でもちゃんと、会える時間は作るから」
「そう……詳しいことが決まったら教えてね?」
「もちろん」
「大輝、目瞑って」
「あ、ああ」
朋美の意図するところを瞬時に理解し、躊躇いながらも目を閉じる。
少し間があって、唇に触れるものがある。
数人が息を呑むのが気配でわかった。
「ん、もういいよ」
続けて、朋美は春海にもキスをした。
やはり何度見ても……こういうときだと言うのに少し興奮する。
不謹慎なのは承知の上だ。
「朋美……これは別れじゃない。朋美はまた、いつか戻ってくる。大輝が連れ戻してくれる」
春海が少し涙を浮かべて言う。
朋美もつられて涙ぐんでいる。
井原はもうほぼ泣いていた。
野口は……何かあの巨大な目に溜まった涙の量が半端ない。
洪水にでもなりそうだ。
良平はあくびを繰り返していた。
俺は……泣かない。
これは今生の別れじゃない。
泣くのは不吉だ。
何かの本で読んだ内容を思い出して必死で耐えた。
「明日の早朝、出発するから……とりあえずこれでバイバイ、だね」
何か決意めいたものを目に滲ませ、朋美が言った。
これでバイバイ、か。
割とあっさりしてるな。
「大輝、待ってるからね」
「ああ、必ず行くから待っててくれよ」
「じゃあ、みんな!ありがとう!またね!!」
朋美は軽く叫んで、歩き出した。
これ以上は蛇足だ。
それをみんなもわかっているのか追うことはしない。
ただ、朋美が見えなくなるまで見送っていた。
「行っちゃったか」
井原がため息と共に呟く。
少し睨まれてる気がするのは気のせいですか。
「宇堂、絶対迎えに行きなさいよ。朋美が悲しむ様なことしたら、許さないからね」
「大丈夫、信じろとは言わないけど、安心しててくれ」
「私も同じ高校だしね」
「実は私も同じ高校なんだよね、知ってた?」
野口が言う。
知るはずがない。
てか試験会場にいた?
「えっ?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「ああ、そういえばそうだったね」
井原はどうやら知っていた様だ。
知ってたなら教えてくれればいいのに。
俺のハーレムに加えられたら困るとか思ってた?
「桜子、成績良かったからね。学年トップクラスだったし」
「そ、そうなのか……お手柔らかに頼むよ」
主に下ネタとかな。
あんなエグいの毎日聞かされるのはちょっときつい。
「宇堂くんの手に、私の胸当てればいいの?」
「お前それ……柔らかさより胸板の硬さが目立って柔らかくないだろ、結果的に」
「宇堂くんひどいよ!」
後ろから後頭部をひっぱたかれる。
叩いたのは春海だった。
「女の子に失礼なこと言わないの」
春海が野口を擁護する。
持つものは持たざるものに慈悲を、ってやつ?
「……何となく、大丈夫そうな気がするわ」
井原が苦笑混じりに言う。
俺はその日、春海の家に泊まりに行くことになり、普段通り食事、風呂等々済ませてベッドに入っていた。
割と熟睡していたと思う。
夢を見たりもしてなかった。
そんなとき、ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚があった。
「大輝、起きて」
「ん?……どうした、トイレか?」
「それはさっき済ませた。いいから起きて」
何だよ…まだ外暗いじゃん……。
時間はまだ朝四時すぎだった。
「支度して。出かけるから」
「は?今から……?」
「そう。既に割とギリギリだから急いでね」
まだ頭が回っておらず、よくわからないまま顔を洗って着替えを済ませる。
普段寝坊助の春海がこんな時間に起きてるのもびっくりだ。
「ほら、これ飲んで」
「あ、ああありがと」
春海が淹れてくれたコーヒーを口にする。
あっつい。
俺猫舌なんだよな……。
「飲んだ?飲んだよね、さ、行くよ」
「お、おう」
家の外に出ると、既に春喜さんが車を回していた。
何で春喜さんまで?
「さ、乗って」
「え、春喜さん?」
「ほら、急いで」
何処へ行くと言うのだろうか、こんな時間に。
まさか、山でも登るの?
寒いしこの装備じゃ遭難しそうだけど。
「少し飛ばすからね、シートベルト閉めといて」
かなりギリギリのスピードで走り出し、途中高速道路を使っている様だった。
この方向は……地元?
まさか。
「朋美の見送りか?」
「ご明察」
「春喜さん、こんな時間に起きてて大丈夫なんです?」
「なぁに、うちのお姫様の為だしね」
軽く窓を開けて、春喜さんはタバコを口にして火をつけた。
カッコいいよなぁ。
俺はタバコとか興味なかったが、春喜さんが吸ってるのを見るのは嫌いじゃない。
「パパ、あとどれくらい?」
「んー……さすがにこの時間だと道空いてるからね。もうあと十五分から二十分てとこかな」
「良かった、間に合いそう」
「また急だな、しかし。昨夜のうちに言ってくれたら良かったのに」
「言ったら大輝はきっと、そわそわして眠れなくなっちゃうと思って。おかげでよく眠れたでしょ?寝る前に運動もしたし」
「えっと……」
娘の爆弾発言にも春喜さんはニコニコしながら運転に集中している。
父親の前でそういうこと言わんでもらえますかね……。
それとも普段からそういうこと言ったりしてるのだろうか。
だとすると、途端に恥ずかしさが込み上げてくるのがわかった。
道が空いていたおかげで、やや早く着くことが出来たみたいだ。
「パパ、とりあえず帰りは電車で大丈夫だから」
「わかったよ、気をつけて帰っておいで」
「ありがとうございます、春喜さん」
「春海をよろしく」
俺に軽くウインクして、春喜さんは車で帰って行った。
時刻は五時過ぎ。
「行こう」
春海が俺の手を取り、地下鉄の駅に向かう。
改札前に、人影が見えた。
あれは……井原?と野口、良平もいる。
「お前らも来てたのか」
「当たり前じゃない」
「昨日のあれでバイバイなんて、味気ないよ」
「愛しの彼女の親友だしな、見送りくらいはするさ」
くせぇんだよ、全く……。
いちいちカッコつける必要があるのか?
「えっ……みんな?」
少しして、声がした。
この声は、朋美だよな。
「何でここにいるの?」
朋美が驚いた様子でこっちを見る。
俺はサムズアップして、朋美にウインクした。
良平の病気がうつったかな。
「来ないわけあるか」
ついさっき起きたばっかりのくせに俺はカッコつけて言う。
春海は軽く吹き出しそうになっていたが、無視だ。
「朋美の見送りに来てくれたのか」
タコ坊主が、相変わらずのいかつさで言う。
何度見てもごついなこの人。
「いいお友達を持ったのね」
朋美のお母さんも少し、感動してる様だ。
「大輝、約束忘れてねぇな?」
「当然。死んでも行くよ」
「じゃあ大丈夫だな。だが、死ぬなよ」
タコ坊主が拳を突き出す。
俺も、その拳に自分の拳を突き合わせる。
「「男の、約束だ」」
野口が何だか目をキラキラさせている。
だからいちいちそういう意味に取らないでもらえますかね。
「お前が考えてる様なのと違うから……」
「いやぁ、熱い男の約束いいなぁって」
春海が俺の肩を叩き、朋美のところへ行く様促す。
「朋美」
俺は右手を差し出す。
朋美が俺の顔を見て、その後微笑む。
そして俺の手を握り返してきた。
「昨日も言ったけど、必ず行くから待っててくれ」
左手も添えて朋美の手を包み込む。
少しひんやりした手が、体温高めの俺の手に心地良い。
「……親の前でそうイチャイチャしないでもらえるか……」
軽くタコ坊主が凹んでいる様子が見て取れた。
少し笑いそうになったが、朋美はまた涙を浮かべた。
「もう……泣かないつもりだったのになぁ……」
左手を離して、朋美は涙を拭っている。
「そろそろね、行かないと」
「あっ……うん」
俺がゆっくりと手を離すと、朋美は名残惜しそうにしていたが、ふっと笑って荷物を手にした。
「大輝、春海、圭織、桜子、田所くん」
朋美がみんなをそれぞれ見る。
「またね!」
タコ坊主も背中ごしに手を上げ、お母さんは丁寧にお辞儀をしていた。
俺は手を振り、頭を下げる。
地下鉄のホームへ一家が消えて行った。
これがサプライズってやつだろうか。
俺にも隠してるなんて……まぁ、春海の言う通り、聞いてたら寝られなかったかもな。
「お前ら眠くねぇの?」
「いや眠いよ。圭織が寝かせてくれなくてさ」
「ちょっと良平!?」
「おー、お熱いこって」
「お前のとこもだろ?暫くは春海ちゃんだけを愛してやれよな」
野口はまたも目をキラキラさせている。
嫌な予感がする。
「二人とも、どんなプレイしてたの!?ちょっと詳しく聞かせてよ、後学の為に!」
ほらきた。
「ノーコメントだ。勝手に想像してくれ……」
俺は眠気もあってぶっきらぼうに返す。
「昨夜はね、大輝割と元気で後ろから……」
「おいいいいぃぃぃぃぃ!!!勝手に答えようとしない!!」
春海は色々開けっぴろげなところが多過ぎてちょっと心配になる。
これから、新しい生活が始まろうとしている。
こんな調子でこれからも楽しくやっていけるだろう。
このとき、俺はそう信じて疑うこともせず、呑気なものだったと、割とすぐ後で思い知ることとなる。
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