手の届く存在

スカーレット

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本編

大輝編52話~桜子の爆裂料理教室~

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「そういえば私たちって、彼女らしいことしてない気がしない?」
「ん?そうか?」
「彼女らしいことの定義がわからないけど、桜子はどんなのが彼女らしいことだと?」

夏休み中盤のこの日、マンションで繰り広げられた会話。
俺としても彼女らしいことって何だろう、と気にはなるところだが、なら俺は彼氏らしいこともしてるのか、と言われるとあんまり自信はなかったわけだが。

「私としては、やっぱり女子力の代表格と言えば料理じゃないかと思うんだ」
「料理なぁ……」

昔朋美が作ったブラウニーを何故か思い出す。
あれは悪夢の様な出来だったなぁ……。
そういえば、大体のメンツは料理ができるはずだけど桜子って作ってるの見たことない様な気がする。
この時点でもう、既に嫌な予感しかしない。

「なぁ、一ついいか?」
「何?」
「何で料理に行きついた?」
「何でって……あ、大輝くん私の腕を信用してないね?」

漫画とかだと、ギクッとか擬音が入りそうな、鋭い質問。
信用してないというより、未知数のものを手放しに信用しろって言う方が無理だろう。

「じゃ、じゃあ一個聞くけど、得意料理は?」
「……ない」
「ん?」
「ない、って言ったの。だって、家で作っても食べるの大体私だけだから。作り甲斐がないでしょ」
「…………」

だから俺に食わそうって言うのか。
ちゃんと食べられるものが出てくるなら別に文句は言わないけど。

「明日香ちゃんはできるんだっけ?」
「一応、一通りは。和食が得意だけどね」
「朋美も……できるんだったね」
「中学時代の古傷掘り返そうって顔してるわね。あれは汚点で黒歴史だけど、今はもう普通にできるから」
「あ、睦月はあれでしょ。不思議な力でばばーんって」
「残念だったな、睦月はちゃんと自分で料理するぞ。まぁ、時短とか言って一瞬でお湯沸かしたりするけどな。ティ〇ァールもびっくりだよな」
「むむ……」

何だか悔しそうな顔をする桜子。
何故二十代組の二人のことは聞かないんだろうか。
まぁ、二人ともちゃんとしたもの作れるけど。

「面白そうな話してるね」

睦月が寝室から出てきた。
昨日遅くまで本を読んでたとかで、今日は遅いお目覚めの様だ。

「ねね、今日私がごはん作っていい?」
「え?」

睦月が珍しく青い顔をする。
恥じらいとか恐怖って感情とほぼ無縁なこいつが、こんな顔をすること自体がちょっとした異常事態だ。
これは、やばいんじゃないだろうか。

「ダメ?私もたまには作りたいんだよぉ」
「う、うーん」

困った顔をして、睦月が俺を見る。
何でそこで俺に選択を委ねようと思った?
俺がダメとか言える様な強い男に見えるのか?

「はぁ……とりあえず、経験者がついてみてれば大丈夫だろ」
「やったぜ!」

小躍りして喜ぶ桜子。
正直不安しかないが、ちゃんと見てれば大丈夫……なはず。


「じゃあ、今日は……お弁当にでもしようか」
「何でお弁当なの?」
「だって、夏休みだし学校行かないじゃん?そうするとお弁当って食べなくない?」
「いや、別に弁当食いたかったらコンビニなり弁当屋行くなりすればいいと思うんだけど……」
「いいの!お弁当がいいの!!」

桜子が駄々っ子の様に地団駄を踏む。
下の人に迷惑だからやめなさい。

「わ、わかった。お弁当な。でも、結構な人数いるけどそんなに沢山作れるのか?」
「えっと……じゃあ、三人分だけ作る。で、じゃんけんで勝った人二人と大輝くんとで食べてね」

何それ、罰ゲーム臭しかしないんだけど。
まだ昼前ということもあり、作ってる間に昼になるだろうと明日香はあぶれた二人分を買い出しに行った。
残った睦月と朋美とで、桜子の弁当作りを見守る様だ。

「二人とも、手とか出したらダメだからね。口出しも、最低限で」
「あ、うん……大丈夫?」
「何それ!私と料理って結びつかない!?もう、私と言えば料理って感じしかしないと思うんだけど!!」
「どうどう……わかったから、とりあえず作っちゃおう。話はそれからだ」

かくして桜子のドキドキ弁当制作が始まった。

「お弁当って言ったら、卵焼きだよね」
「あ、ああ。簡単そうに見えて案外難しいんだぞ……」
「知ってるもん!」

桜子は少しむくれて冷蔵庫から卵を取り出す。
この時点で既に睦月と朋美が、不安そうな顔をしている。
まだだ、まだわからんから。

こんこん、と卵を割る音が聞こえて、そのあと、べしゃ、と言う音が続いて聞こえた。

「ああ……失敗失敗」

桜子が床に落ちた卵を片付けようとしたところで、睦月がその卵を消し去った。

「ま、このくらいはね。朋美もたまにやるでしょ?」
「まぁ、疲れてるときとかはね」

優しい世界だ。
気を取り直して、再び卵割りにとりかかる。
殻が入ってしまったのか、菜箸で一生懸命取ろうとしている。

手伝ってやりたくなるが、それをすると桜子はおそらく烈火のごとく怒りだすだろうと判断して、俺は見守ることに決めた。
二人も同じ思いの様で、緊張の面持ちで箸を動かす桜子を見守っている。

「と、取れた!」
「おお!!」

卵に入った殻が取れただけで大騒ぎだ。
段々目的が変わってきている気がする。
卵を攪拌して、桜子が取り出したのは、何故かはちみつだった。

「は、はちみつ?」
「甘い卵焼き、嫌い?」
「いや……食べられるけど……」

あれって量が難しいんだよな。
入れすぎるとべとべとになるし、少ないと味のない卵焼きになったりするから。
風味とか食感を滑らかにする程度で入れて、ちょっと砂糖で整えるくらいにした方が無難な気がするんだけど……。

割とどぼどぼ入れてる気がする……。
二人の顔色も、段々悪くなっている気がした。
どぼどぼとはちみつを入れて、それをハンドミキサーでかき混ぜていく。

物凄い泡立ってるけど、何作るんだ?
あ、卵焼きだっけ。
次に取り出したのは生クリーム。 

これは適量……より少し多いくらい入れて、再びかき混ぜる。
メレンゲでも作るつもりか?
だったら黄身と白身分けてやらないと……。
もう何か卵の原型が全くないくらいにかき混ざった液体。

そう、完全にとろっとろになって、液体になっていた。
これ、ちゃんと焼いて固まるのか?

「さて、と」

取り出したのは普通のフライパンだった。
あれ、四角いのここん家ないんだっけ?
桜子はオムレツでも作るのか、バターを熱してフライパンで溶かしていた。

ジュウジュウといい音と共に、おいしそうな匂いがする。
そして、卵を全部投入。
一気に行くのか……巻くの大変そうだな、これ……。
なんて思っていたら、桜子は驚きの動作をして見せた。

「よっと!」

フライパンの上で軽くかき混ぜて、左手でフライパンを、右手は持っている左手をグーにしてリズミカルにたたく。
すると、何とテレビなんかでよく見るふわとろ風オムレツになった。
なったのはいいんだけど、お弁当は?
これどう切っても、弁当箱に入らなそうなんだけど……。

「じゃ、次は……マカロニあるしマカロニサラダかな」
「お、おう」

お湯を沸かして、沸かしている間に玉ねぎとキュウリを切っていく。
意外にも包丁の扱いそのものには不安要素がない。
基本もきちんと守っている様に見える。
切った野菜を水に晒す等の基本も、ちゃんと守っている。
これは、大丈夫か?
湯が沸いたので、マカロニを……一袋……全部だと……!
底の方でくっついたりしそうなんだけど、大丈夫か……?

「まーぜまぜ♪まーぜまぜ♪」

作詞作曲桜子の、オリジナルソングを歌いながら鍋の中を勢いよくかき回す桜子。
そんなに勢いつけると、零れたりして危ないと思うのは俺だけか?
二人を見ると、睦月が何やら難しい顔で鍋を見つめている。
零れそうになっているお湯が、鍋からはみ出しそうになったところで止まって鍋に戻っていくではないか。
なるほど、惨劇だけは避けようということか。
まぁ、本人も楽しそうだしな……。
俺も女の子が痛がったりしてる顔なんて、見たくないし。
茹で上がった大量のマカロニをざるにあけて、水で冷やしていく。
水を切る動作が、完全にラーメン屋の店主のそれだった。

「んで……これと……これ……」

ぶつぶつ言いながら冷蔵庫からマヨネーズと、とんかつソースとケチャップを取り出す。
マヨネーズとコショウとかでよくね?

「普通じゃ面白くないじゃん」

うわ、初心者が一番口にしちゃいけないセリフきた。
何で基本もなしに応用を求めようとするのか、俺には全く理解できない。
取り出した材料を、躊躇なくマカロニサラダの元になるはずだったものにぶっかけていく。
これ、ちゃんと食えるんだろうな……。
そしてまた、箸でぐちゃぐちゃと混ぜる。
もう、どうにでもなれ……。

「そしてぇ、メインディッシュは豚の生姜焼きだぁ!」
「お、おおー……」

みんな、徐々に覇気がなくなっていく。
先ほどまでの調理工程を見る限り、正直良い予感は微塵もしない。
睦月は不測の事態に備えてやや身構えている様に見える。
朋美は出来上がったマカロニサラダを見つめて、目が点になっていた。
確かに色合いがやばい。
何色と表現したら良いのかわからない色をしている。

フライパンに油を敷いて……豚肉から油出るし、ちゃんと加工されてるフライパンだから必要なさそうなんだけど……豚肉を投入する。
ここまでは問題ない様に見える。
塩とコショウを振って、しょうゆと酒、みりんを足す。

ふむ……。
そして、ショウガはチューブのしかなかったのでそれで代用。
本当は生のをおろした方が旨いんだけどなぁ。
箸で混ぜながら時折フライパンを振ったりしているが、動きは素人であることがすぐにわかる。

「ここで隠し味!じゃん!」

何処に隠してあったのか、ウォッカが桜子の手に握られていた。
隠し味……?
いや、待て嫌な予感しかしない。

「ま、待て桜子……」
「いっけぇぇ!!」

勢いよく注がれるウォッカ。
飛び散った油に、ウォッカが混ざったのだろう、勢いよくフライパンから火柱が上がる。

「うわ!?」

驚いた桜子は、まだウォッカの瓶のふたをしていなかった。
そして驚いてウォッカを持った手を振ったか何かして、天井にウォッカが飛び散った。

「あ……」

フランベされた生姜焼きから立ち上る炎が、天井に移る。
天井の炎でスプリンクラーが作動して、全員がびしょびしょになったところで、明日香が帰宅したのだった。


「こ、これはどういう状況なの?」
「あー……なんだ、隠し味が、なぁ?」
「うん、隠し味だね。失敗しちゃったけど」
「ええ……?」

愕然とする明日香だったが、実は明日香は人数分のごはんを買ってきていた様だった。
さすがと言うべきか。

「だって、前に桜子料理あんまりやったことないって言ってたから……」
「そ、そうだったのか」

すっかりと意気消沈した桜子。
睦月にひたすらごめんごめん、と繰り返している。

「大丈夫だよ、桜子。ひとまず完成してる分に関しては水を避けておいたから」
「え?」

見ると、確かにびしょびしょの室内で、桜子の作った卵焼き……いやオムレツと、凄い色をしたマカロニサラダだけが濡れていない。
水くらいなら浴びても問題ないと判断して、咄嗟に料理を守ったのか。
本当、敵わない。
俺なんか茫然としてしまって、体が動かなかったというのに。

「睦月ちゃん……」
「大丈夫だから、今みんなの水滴も取っちゃうね」

さっと手をかざすと、俺たちの体が一瞬で乾く。
床やテーブル、天井や壁と言った箇所についても同様だった。

「せっかく作ってもらったんだし、みんなで食べよう。明日香の買ってきてくれたお弁当もあるしさ」
「ああ、そうだな。……オムレツだけは何だかデザートオムレツっぽいけど」
「卵焼きだもん……」
「あ、ああ、そうだなごめん、卵焼きな」

変なところにこだわり持ってんな……。

結果から言うと、うん、美味しくはなかった。
マカロニサラダは何かしょっぱいし酸っぱいしで、単純に味付けの加減がおかしいのだろう。
オムレツ……じゃなくて卵焼きはまぁ……少なくとも卵焼き食べてる感覚じゃなかった。

そもそも俺はご飯のお供が甘いのが苦手だったりするので、なおさらなわけだが……はっきり自分の好みを伝えなかった俺自身にも責任はある。
みんな口には出さないが、おそらく同様の感想を持っているんだと思う。

桜子もしっかり食べていたが、自分でうええ……とか言ってたからこれはもう仕方ない。
奇跡はないけど、魔法はあるってことがわかった日だった。


「ごめんね、大輝くん……」
「は?何?俺何かされたっけ」
「あんな大口叩いてあんな悲惨なことになって……」
「ああ……別に誰もケガしなかったし、いいんじゃないか?桜子にもケガがなくて俺は安心してるけどな」
「…………」

きちんと慰めてきなさい、とみんなに桜子を押し付けられて、俺は寝室で桜子の頭を撫でる。
何でいつも俺、こういう役回りなの?

「でも、あんな難しいやり方知ってたじゃん。ちゃんとした作り方知れば、もっと美味しくできるんじゃないのか?」
「テレビで見て真似しただけなんだけどね……」
「じゃあ、ちゃんと正しいやり方、教わろうぜ」
「だって、みんなと同じに作っても……」
「桜子、それは違うぞ?お前は俺に食べさせたかったんだよな?だったら、猶更基本は大事にしないと。だってさ、今日みたいに失敗したら材料だってもったいないし、桜子がケガしないとも限らないだろ?俺はそんなの見たくないんだけどな」
「そうだけど……」
「基本を押さえた上で研究するのが、アレンジってやつなんじゃないのか?味だけ知ってても、きっと上手くできないことの方が多いだろうしな。だったら、成功率百パーセントで行きたいじゃん」

別に美味しくはなかったけど、食べられないことはない。
だけど、これから先子どもができたりして、あれを子どもに食べさせるのか……?と思うと、さすがに呑気にしてはいられない。
根気よく、だけど傷つけない様に……本当、世話の焼ける……。

でも一生懸命だったことだけは伝わったので、怒ったりはしなかった。
まぁ、俺が怒る筋の話じゃないしな。
ケガでもしてたら、さすがにちょっとだけ怒ったかもしれない。

「じゃあ大輝くん、教えてくれる?」
「え?俺?睦月辺りに教わった方が……」
「やだ!だって、負けたくないんだもん!!」
「ええ……俺だってあいつに勝てる様な料理はできないぞ……基本的なものくらいしか」
「それでもいいの!負けたくないだけだから!ちゃんと基本的なものから覚えて、いつかすごいって言わせたいんだもん!!」
「……仕方ないやつだなぁ、本当……でもまぁ、やる気は認めるよ。俺の知ってるのなんか高が知れてるけど、まずは基本編ってことで教えてやるかな」
「やった!いつ?いつ教えてくれるの?」


それから桜子は俺の拙い指導の下、肉じゃがをつくったり応用でカレーを作ったり、とんかつを作ったりとレパートリーを広げていった。
頭がいいからか呑み込みも早く、すぐに吸収して自分のものにしていく。
少しすると、自分から食事を作ったりする様になって朋美や明日香は危機感でも覚えたのか、日によって交代で女子勢が食事を作る様になった。

睦月の作る食事に不満などなかったが、これはこれで新鮮だ。
最初の弁当騒動の時はどうなるかと思ったが、ちゃんと教えればちゃんとできる様になってくれるといういい見本がここにいた。
今日の晩御飯は、何だろうか。

段々美味しくなっていく彼女たちの食事が、最近は楽しみで仕方ない。
……でも、太ったりしないかな、俺……。
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