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本編
Girls side32話~神界での戦い 前編~
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<Side M>
『スルーズ、困ったことになった。申し訳ないんだが、至急神界まで来られないか?』
『は?何で私が。お前の言うことをきいてやる理由とか全く見当たらないんだが』
ロキから連絡を受けたのは、夏休みも終盤に差し掛かろうかと言う週末のことだった。
差し迫った感じであることは何となく雰囲気で察することができたが、どうもこいつのお願いというのは私にとって利益がないことばかりな気がする。
『大輝との扱いが違いすぎると思うんだけど……』
『お前ごときが大輝と同列だと思ってるのか?あんまり調子に乗るなよ。滅すぞ』
『本当に口が悪いなぁ……大輝はよく君に愛想尽かさないね』
『当たり前だろう。普段こんな喋り方しないし。ああ、そういう意味ではお前は特別だぞ。良かったな、英語で言ったらスペシャルだ』
『ちっとも嬉しくないな……それより、頼むよ。力を貸してほしい。できれば、ノルンとフレイヤとロヴンにも力を借りたい。大輝は……君に任せるけど。できれば力を貸してもらえたらとは思う』
こっちについてる女神全員の名前が出るあたり、ロキに余裕がないことが窺える。
だが、何となく素直に聞いてやるのは癪だ。
『何をやったんだ?』
『いや、やったというか、やらなかったからこうなったと言うか……』
ロキのこの要領を得ない言い方にも、ちょっとイラっとさせられる。
そもそもこいつの不始末が原因なんだとしたら、その尻拭いを私がする理由とかないだろうに。
大輝を巻き込みたくないという気持ちがある一方、大輝がいたら少しは状況が好転するのかもしれない、という思いもある。
いずれにしても、大輝に何も言わないで行くなんてことはできないだろう。
『簡潔に、要点をまとめて話せ。行くか行かないかは、それを聞いた上で大輝と相談して決める』
『そうか、とりあえずこれは僕の恥なんだけど……』
あまり気は進まないという様子でロキが話し始める。
要点をまとめると、ロキは先日用事があって冥界に行っていた。
だが、冥界からこちらに戻る際にゲートを閉じ忘れてしまったのだとか。
凡ミスにもほどがある。
仮にも冥界を束ねている立場の神が、何をやっているのか。
そして、向こうで息をひそめていた冥王が、この機にと魔獣やらを引き連れて神界への進攻を始めたという。
この時点で既に、こいつもう追放でよくね?とか思ってしまった。
今のところ地球であるとか、コピーであるとか、そういうところへの分岐は確認されていないらしいが、神界は半防戦状態とのこと。
オーディンとかトールとか、戦闘要員になりそうな神はほぼ神界にいるはずなのに何で?と思ったのだが、オーディンの指示を待つ間、実はオーディンが昼寝をしていたこともあって、起こすに起こせなかったのが一つ。
指示を待つ間に勝手に攻撃に打って出ることもできなかったとかで、結果として防戦状態になってしまった、とロキは語った。
ここから何とかして盛り返したいらしいが、戦力的に突破口を開けるだけの余力が今ない。
なので、私や大輝、フレイヤやノルンと言った神への打診が来ているのだとか。
ちなみに先ほど名前が挙がった女神は全員、タイミング悪くこちらにきている。
『事情は理解した。少し待ってろ』
私はロキとの通信を切って、みんなをリビングに集めた。
簡単に事情を説明して、長ければ数日、神界から帰ってこられないという旨を伝える。
「おいおい、迷う様なことじゃなくないか?」
大輝は予想していた通りの答えを返す。
まぁ、こういうやつだよね、大輝は。
私とロキの確執とか大輝には関係ないし、もっと言えば今回の件に持ち込む様なことではない。
だが、滅ぼされる様な心配はないにしても故郷が脅かされているとなればやはり行かない訳には行かない、というのがノルンやフレイヤの言い分だった。
二人にもかなり世話になっているし、大輝も行くというのであれば行かない訳に行かないよなぁ……。
「じゃあ、一緒に来てくれるの?」
「当たり前だろ。お前やノルンさんたちの故郷のピンチなんだろ?急がないと」
「何日も帰れないかもしれないよ?それに、相手が相手だから……かなり危険なことだと思うんだけど」
「……まぁ、それでも俺だってもう戦うだけの力は持ってる。世話になってる人たちもいる。仮に睦月が行かないとしても俺は行くよ。恩返ししたいし」
嬉しいことを言ってくれる。
あとでロキには、きついお仕置きをしておくからね。
「ねぇ大輝、大丈夫なの?いくら睦月の故郷が、って言っても……」
「朋美、気持ちはありがたい。だけど、俺たちが行かないと世界がどうなるかわからないんだ。俺や他のみんなが平和に暮らせる様な世界を守っていけるのが、俺たちなんだとしたら俺たちは行かないと。戦える力があるのに何もしないのは、やっぱり違うと思うから」
心配そうな声を漏らす朋美と、それを宥める大輝。
人間は今回連れていけない。
大輝が女神化していられる時間は大体半日か……戦闘が絡んだらどうなるんだろう。
「いざとなったら大輝には一旦避難してもらうのがいいでしょうね」
「まぁ、それしかないか。あとは……黄金リンゴでも食べさせる?」
「最悪の手段として考えておかないとね。でも、急がないとその原産地も狙われてたりするかもしれない」
耳馴染みのない言葉に大輝は不思議そうな顔をしているが、今は説明してる場合じゃない。
とりあえず女神勢全員で神界に向かうことにする。
留守番はみんなに任せることにするが、仕事のある愛美さんや和歌さんに関しては各自自由にしてもらう様伝えた。
「何これ……すごい有様ね」
フレイヤが驚きの声を漏らす。
他のメンバーも同様の様で、言葉になっていない。
神界はすっかりと、以前来た時とは様変わりしてしまっている。
荒れて焦土と化している大地に割れた海、所々で黄色い光と黒い光が交錯していた。
「あのあたりか。俺の活動時間が限られてる以上、長期戦は望めないから、一気に行こう」
大輝が我先にと飛び出していく。
状況が把握できていない現状で闇雲に動くべきではないと思うが、それでも私たちは後に続いた。
各地で起こる轟音と、大気の揺れが戦闘の激しさを物語っている。
「うおっ!?」
突如激しい落雷が大輝を襲った。
すんでのところで回避はできたが、食らっていたらひとたまりもない一撃。
「大輝か、すまない、敵かと思った」
「トール、状況は?」
「芳しくないな。正直じり貧になりつつある」
雷槌ミョルニルを振りかざし、向かい来る敵を打ち落としていくトール。
私たちも加勢して、トールの周囲の敵を薙ぎ払っていく。
「さすがだな、スルーズ」
「気を抜かないで。ロキはどこ?あとオーディン」
「あの辺じゃないか?あの黒い光がぶつかってるところ。あそこにロキはいるだろうな。オーディン様はヨトゥンヘイムにいるはずだ」
「そうか……じゃあ、二手に分かれよう。私とノルンはロキのところ、大輝とフレイヤ、ロヴンはオーディンのところに行ってもらいたい」
とりあえずロキをぶん殴ってやろう。
それから全部薙ぎ払って、こんなくだらない争いをとっとと終わらせる。
決意を新たに私とノルンは、ロキのいると思われるアースガルズに向かった。
<Side T>
正直、状況がほとんど呑み込めていない。
神界が危ないというのは、何となく理解した。
自分で迷う余地があるのか、なんて偉そうなことを言ってしまったが、ぶっちゃけ感情に任せてしまった感が否めない。
普段動じることのない睦月が、あんなにも顔色を変えていること自体が、俺からしてみれば相当な異常なことだと判断した。
俺みたいな半人前の女神が、こんな大規模な戦闘で役に立つのかと言われるとあんまり自信はないが、それでも自分にできることがあるのであれば動いておかないと後悔する。
しかし、時間制限に関しては一つだけ考えがあった。
「フレイヤ、もしくはロヴンさん。母さんが今どこにいるか、わかるか?」
「ソールのこと?だとすると、ここからはかなり距離が……あ、なるほどね」
「俺の時間制限に関しては、母さんが何とかできると思うんだ。だから、できるなら先にそっちに向かう方がいいかなって」
「正直私も今は戦闘が専門ではないからねぇ……変身させてもらってもいい?それなら蹴散らしながら向かうことができると思うの」
「変身?スーパーフレイヤにでもなるのか?」
元々金色の髪をしているフレイヤだが、この長い髪が逆立ったりするのだろうか。
スーパーフレイヤスリーとか、そんな感じ?
眉毛ないのはちょっと怖いんだけど。
「そういうのも面白いんだけどね。普段は抑制利かなくなるからやらないんだけど……そんなこと言ってる場合じゃないわよね」
「人格変化だったか。あれになるのか、フレイヤ」
ロヴンさんは知っている様だ。
人格変化って、どんなんだ?
全くイメージが掴めない。
「私にはもう一つ、魔女の人格が眠っているのよ。所謂戦闘モードね。時間がないから解放しちゃうわね」
フレイヤが何やらぶつぶつと詠唱を始める。
「大輝、少し離れた方がいい。彼女はもうじきグルヴェイグという人格に変貌するが、魔力が半端じゃないんだ」
「え、何それ怖い」
ロヴンさんの忠告に従って、俺も少し距離を取る。
フレイヤの……いやもうグルヴェイグ?なのか?の魔力に惹かれて魔獣が飛来するが、俺たちはそれを打ち落とした。
フレイヤの美しい顔が見る見る歪み、髪の色が紫色に変わっていく。
普段淫靡で、しかし穏やかなオーラを持つフレイヤの体から膨大な、どす黒い魔力があふれ出してくるのを感じた。
これはもう、魔力というよりも瘴気に近い。
何だか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「完了よ。初めまして、大輝」
「は、初めまして?」
「あなたが普段接しているフレイヤは今眠りについているわ。多重人格みたいなものではあるけど、こうして話すのは初めてよ」
「そ、そうか……じゃあ初めましてだな。とりあえず状況の把握はできてるってことでいいのか?」
「今記憶を辿ってるけど、大体は把握できた。じゃ、まずはソールの元へ向かいましょうか。ああ、私にはあまり近づかない方がいいわ。瘴気の耐性、あんまりないんでしょ?私に夢中になっちゃうとフレイヤに戻った時が怖いから」
「わ、わかった。覚えとくよ」
フレイヤからグルヴェイグへと変貌した目の前の女神……魔女?
これだけの力があれば、望みはあるかもしれない。
<Side M>
大輝は上手いこと向かえているだろうか。
離れると途端に心配になってしまう。
無理しないでロヴン辺りと代わってもらうんだった。
「見えてきたよ、スルーズ」
「ああ、あれだね……巻き込んでもいいよね、ロキだし」
大輝と離れたイライラから、私は八つ当たりの様に直径三十メートルはある光弾を撃ち出して、ロキもろとも魔獣を吹き飛ばした。
「ちょ、ちょっと……やりすぎなんじゃ……」
「いいんだよ、仮に吹き飛んでもすぐ復元するでしょ」
ロキがいたであろう場所に降り立つと、ロキのオーラが見える。
ああ、やっぱ咄嗟にバリア張ってたんだ。
勘のいいやつだ。
「……死ぬかと思ったよ」
「ちっ、生きてたか。まぁそんな冗談言えるなら大丈夫そうだね。私たちまず死なないんだし」
「そういう問題じゃないんだけどね……」
「冥王とオーディン様が戦ってるはずなんだけど、君はこっちにきちゃったんだね」
「はぁ?何でそれ先に言わないわけ?お前これ終わったらマジで覚えとけよ」
「す、スルーズ落ち着いて……冥王って私会ったことないんだけど、昔からこんなこと考えてたわけ?」
「どうも、最近の様なんだよ。僕も詳しい話は聞けないままこの状態だったから……」
「つっかえない……。ヘイムダルとかどうした?」
「オーディン様の近くで魔獣とやり合ってたかな。バルドルが援護してるって聞いてるけど」
バルドルか……強いんだけど、融通利かないんだよなぁ。
なら先にイズンのとこ行った方がいいかな。
「イズンは今、フリッグと共にリンゴを守ってるはずだ。あればっかりはさすがにやられるわけ行かないからね」
「なるほど。ここ空けたらまずいのか?」
「いや、もうここらから魔獣の気配は感じない……君が吹き飛ばしたからね」
「そうか。ならお前も来い。まずはフリッグの援護だ」
フリッグはオーディンの奥さんで、オーディンすらも恐れる女神ではあるが戦闘がそもそもそこまで強いわけではない。
最近では女に頭の上がらない人間が目立つが、神の世界でもその法則はよく見かける。
北欧神話ではフレイヤと同一人物なんて記述もあるが、実際には別人物だ。
バルドルはこのフリッグの息子でもあるが、母への敬愛の情が強すぎて堅物になってしまったと考えられている。
おそらくは仲良しお茶仲間のイズンを守ろうと考えたんだろうけど、今回に限っては悪手であるといわざるを得ない。
戦闘に不向きな二人が、どこまで魔獣の猛攻に耐えられるのか。
私たちが到着するまで持ってくれたらいいんだけど……。
「ワープで行かないのかい?」
「アホか。魔獣の目の前にワープとかしてみろ、そのまま攻撃くらってゲームオーバーなんて冗談じゃない。わざわざ飛んできたのはその為さ」
「ある程度冷静な様で安心したよ。ヴァルハラにある武器はもうほとんど、他の神が使ってしまってるけど、問題ないかい?」
「私の力がまだわからないって言うなら、もう一個二個攻撃を食らってみる?」
「いや、やめとくよ。というかそんな場合でもないしね」
空の旅をしながらロキが顔を青くする。
そんなやりとりを見て、ノルンが呑気に笑いを漏らしていた。
「何がおかしいの?」
「いや、相変わらず仲良いなぁって」
「バカ言わないでくれる?こんなのと仲良くするくらいなら、バルドル口説きに行くわ」
「それはちょっとひどくないかい?」
「まぁまぁ……とりあえず、見えてきたね。かなり劣勢っぽい……」
「さっきみたいに光弾で吹き飛ばそうとするのはやめてくれよ?」
「あれはお前限定だから。良かったな、スペシャルだぞ」
「さっきも聞いたよ、それ……ちっともありがたみ無いけど……」
フリッグとイズンが囲まれているど真ん中に、私たちは降り立つ。
魔獣どもがやや驚いたのか、囲んでいた円が少し広がった。
「フリッグ、イズン、久しぶり」
「おお、戦闘の専門家きた!!」
イズンが大喜びで私たちを見た。
ノルンは専門じゃないけど、まずはこの二人の手当てさせないといけないな。
イズンは黄金リンゴの農園管理をしている女神だ。
ある程度の力は持っているが、体力のなさに定評がある。
半分死にかけに見える彼女だったが、私たちを見て少しだけ気力を回復させた様だった。
「フリッグ、大丈夫かい?」
「大丈夫。だけど、あなたたちがきたなら、ここは任せてもいい気がする」
「そうだね、少し下がってて……」
そう言いながら私は魔獣の円の一角に光弾を打ち込む。
割れた円から次々魔獣を蹴散らし、この一帯の魔獣を殲滅した。
ロキも咄嗟に飛び、無数の槍を飛ばして魔獣を次々駆逐していく。
「ノルン、ここにバリア張って二人とリンゴを守ってもらってていい?」
「任された。二人とも、手当するからこっちに」
私とロキはバリアの外に出て、次に行く場所を探す。
さすがにこれ以上分断するのは愚策だと理解している。
たとえパートナーがこのロキであっても。
「言いたいことはわかるよ。まぁ、ここから先はちょっと戦力の覚束ないところから回って駆逐していこう」
ロキの提案に乗るなんて、反吐が出そうだったが仕方ない。
私も同じ様なことを考えていたからな。
「あそこに見えるのはフレイじゃないか?」
「あいつ、珍しく戦ってるのか……行こう」
完全に多勢に無勢のフレイの戦場へと、私たちは向かうことにした。
<Side T>
「死屍累々ってやつだな……」
「あら、久しいですね大輝」
母さんのいる場所は、以前と変わっていなかった。
変わったところがあるとすれば、それは母の周りに転がってる無数の魔獣の、黒焦げになった死体があるということだけか。
「あ、ああ……久しぶり。あの、相談があるんだけど」
「お金ですか?ちょっと待っていてください」
「ストップ!違うから!俺、まだ数時間しか女神でいられないんだけど、力の増幅とかできない?この戦いの間だけでもいいんだけど、今のままじゃ足引っ張っちゃうからさ」
「ああ、そうでしたか。早とちりしてごめんなさいね。息子に小遣いをあげるのが少し楽しみだったものだから」
「そ、そう……それなら今度またもらいにくるから。で、どうなの?できそう?」
「簡単ですよ。私があなたの器を広げればいいんです」
「器?」
「神力の器を、通常なら時間をかけて大きくしていくところを、強制的に広げます。ただし、これはいい方法ではないのですが……構いませんか?」
「何か副作用とかあるの?」
「修練を怠ると、器は今の大きさに戻ってしまいます。なので、絶対量を増やすということなら、日々何かしらの力を使っている必要性は出てくるのではないでしょうか」
なるほど、そんなことだったら……まぁ、戦いが終わってから考えればいいか。
「なら、お願いするよ。母さんのくれた力で、俺もみんなの役に立ちたいから」
「本当にソールの子どもだったなんてね……さすがに驚きだわ」
「まぁ、子どもがいたというのは以前から聞いていたからな。それに大輝の力も相当なものだから、納得ではある」
「では、ロヴンに……その姿はグルヴェイグですか。少し離れていてください」
母さんに言われて二人は俺から距離を取る。
さっきのフレイヤの時の俺版か。
「行きますよ」
母さんが俺の頭に手を当てて、何やらぶつぶつ言っている。
頭が熱くなってくるのを感じたと思ったら、下腹の辺りも熱を持ち始めるのを感じる。
「おお、こんなに大きくなるのですね。大輝、あなたはやはり私の子どもです。大したものですよ」
「そ、そう……実感はないけど……」
「で、ここに私の力を……」
母さんが俺の体内に力を流し込む。
空腹が満たされていく様な、奇妙な感覚。
体の中を、血管を、神経を、膨大な神力が巡っていくのがわかる。
「おお……」
「ソール、顔色一つ変わってないけど……本当に化け物だね」
「まぁ、太陽の神だからな。太陽が消えたりしない限りはずっと力をもらい続けられるとか昔聞いたことがあるぞ」
「夢の永久機関ってやつねぇ……羨ましい限りだこと」
母さんが手を放して、俺をじっと見る。
うんうん、と一人頷いて俺の様子を確かめている様だった。
「これでいいでしょう。時間があまりないかもしれません、早く行きなさい」
「ありがとう、母さん。今度また暇見つけてくるから」
母さんに手を振って、俺たちはオーディン様の元へ急いだ。
<Side M>
「いや、助かった。どうにも戦闘は苦手でね」
「こちらもそのつもりで乗り込んできてるからね。無事で何よりだよ。あと、フレイヤの魂の件、大輝がよろしくってさ」
「ああ、あの程度のこと、今助けてもらったのに比べたら全然」
このあたりの魔獣は粗方殲滅したはずだが、フレイはさすがに何処かに隠れてもらった方が……ノルンのところに連れていくか。
ノルンも私ほどではないにせよ戦うことはできる。
さすがにそれなりの力を持った女神が三人もいるところなら、そこまでの危険もないだろうと思う。
「妹は元気にしてるかい?」
「まぁ、今のところね。さっきグルヴェイグの気配を感じたけど」
「ああ、僕も一瞬だけど感じたよ」
「あのモードになったら、基本相手は死ぬからなぁ。僕もあれと一緒に行動はしたくない」
「同感だね。戦って負けることはないと思うけど……色々と厄介だからね」
フレイヤがグルヴェイグを出すのは基本的に相当追い詰められているときだけだ。
以前の私との戦闘で出さなかったのは、おそらく出さなければならない事態でなかったのと、私との戦闘に勝利することが目的ではなかったからだと考えられる。
今回は何が何でも勝たないといけないし、相手を排除する必要もある。
だから変身したのだろう。
「けど、まだ戦闘にはなっていないみたいだね。大輝の力がさっき強まったみたいだけど、先にソールのところに行ったのかな」
「きっとそうだね。母親なら何とかできるかも、って考えたんだろう。さすが、追い詰められると頭が回るよ、大輝は」
実際その選択自体は正解だったと思う。
今後またこういうことがないとも限らないし、普段から神力を使うことに慣れてもらってる方がこちらとしても色々助かる。
問題は、オーディンの状況だ。
勝利できる様な状況であれば問題はないが、そういう気配がない。
もし冥王がオーディンと拮抗するだけの力を持っているんだとすれば、さすがに大輝だけでは危険かもしれない。
ロヴンのサポートがあっても、正直オーディンを超えるだけの力があるかと言われると少し不安ではある。
これは最悪の状況も視野に入れておかないと、うっかり足元を掬われかねない気がする。
「フレイ、あんたはここで三人と一緒に待っていてくれ。三人が一緒なら、おそらくは安全だから」
「わかった、情けないけど戦闘じゃ役に立てなさそうだからね」
ノルンたちにフレイを任せて、私たちもオーディンの元へ向かう。
あまりいい予感はしないが、早いところ到着した方がいい。
これ以上追い詰められると大輝自身が迷走するおそれもある。
私は己の中の焦りを必死で抑えながらオーディンのいるヨトゥンヘイムへの道を急いだ。
『スルーズ、困ったことになった。申し訳ないんだが、至急神界まで来られないか?』
『は?何で私が。お前の言うことをきいてやる理由とか全く見当たらないんだが』
ロキから連絡を受けたのは、夏休みも終盤に差し掛かろうかと言う週末のことだった。
差し迫った感じであることは何となく雰囲気で察することができたが、どうもこいつのお願いというのは私にとって利益がないことばかりな気がする。
『大輝との扱いが違いすぎると思うんだけど……』
『お前ごときが大輝と同列だと思ってるのか?あんまり調子に乗るなよ。滅すぞ』
『本当に口が悪いなぁ……大輝はよく君に愛想尽かさないね』
『当たり前だろう。普段こんな喋り方しないし。ああ、そういう意味ではお前は特別だぞ。良かったな、英語で言ったらスペシャルだ』
『ちっとも嬉しくないな……それより、頼むよ。力を貸してほしい。できれば、ノルンとフレイヤとロヴンにも力を借りたい。大輝は……君に任せるけど。できれば力を貸してもらえたらとは思う』
こっちについてる女神全員の名前が出るあたり、ロキに余裕がないことが窺える。
だが、何となく素直に聞いてやるのは癪だ。
『何をやったんだ?』
『いや、やったというか、やらなかったからこうなったと言うか……』
ロキのこの要領を得ない言い方にも、ちょっとイラっとさせられる。
そもそもこいつの不始末が原因なんだとしたら、その尻拭いを私がする理由とかないだろうに。
大輝を巻き込みたくないという気持ちがある一方、大輝がいたら少しは状況が好転するのかもしれない、という思いもある。
いずれにしても、大輝に何も言わないで行くなんてことはできないだろう。
『簡潔に、要点をまとめて話せ。行くか行かないかは、それを聞いた上で大輝と相談して決める』
『そうか、とりあえずこれは僕の恥なんだけど……』
あまり気は進まないという様子でロキが話し始める。
要点をまとめると、ロキは先日用事があって冥界に行っていた。
だが、冥界からこちらに戻る際にゲートを閉じ忘れてしまったのだとか。
凡ミスにもほどがある。
仮にも冥界を束ねている立場の神が、何をやっているのか。
そして、向こうで息をひそめていた冥王が、この機にと魔獣やらを引き連れて神界への進攻を始めたという。
この時点で既に、こいつもう追放でよくね?とか思ってしまった。
今のところ地球であるとか、コピーであるとか、そういうところへの分岐は確認されていないらしいが、神界は半防戦状態とのこと。
オーディンとかトールとか、戦闘要員になりそうな神はほぼ神界にいるはずなのに何で?と思ったのだが、オーディンの指示を待つ間、実はオーディンが昼寝をしていたこともあって、起こすに起こせなかったのが一つ。
指示を待つ間に勝手に攻撃に打って出ることもできなかったとかで、結果として防戦状態になってしまった、とロキは語った。
ここから何とかして盛り返したいらしいが、戦力的に突破口を開けるだけの余力が今ない。
なので、私や大輝、フレイヤやノルンと言った神への打診が来ているのだとか。
ちなみに先ほど名前が挙がった女神は全員、タイミング悪くこちらにきている。
『事情は理解した。少し待ってろ』
私はロキとの通信を切って、みんなをリビングに集めた。
簡単に事情を説明して、長ければ数日、神界から帰ってこられないという旨を伝える。
「おいおい、迷う様なことじゃなくないか?」
大輝は予想していた通りの答えを返す。
まぁ、こういうやつだよね、大輝は。
私とロキの確執とか大輝には関係ないし、もっと言えば今回の件に持ち込む様なことではない。
だが、滅ぼされる様な心配はないにしても故郷が脅かされているとなればやはり行かない訳には行かない、というのがノルンやフレイヤの言い分だった。
二人にもかなり世話になっているし、大輝も行くというのであれば行かない訳に行かないよなぁ……。
「じゃあ、一緒に来てくれるの?」
「当たり前だろ。お前やノルンさんたちの故郷のピンチなんだろ?急がないと」
「何日も帰れないかもしれないよ?それに、相手が相手だから……かなり危険なことだと思うんだけど」
「……まぁ、それでも俺だってもう戦うだけの力は持ってる。世話になってる人たちもいる。仮に睦月が行かないとしても俺は行くよ。恩返ししたいし」
嬉しいことを言ってくれる。
あとでロキには、きついお仕置きをしておくからね。
「ねぇ大輝、大丈夫なの?いくら睦月の故郷が、って言っても……」
「朋美、気持ちはありがたい。だけど、俺たちが行かないと世界がどうなるかわからないんだ。俺や他のみんなが平和に暮らせる様な世界を守っていけるのが、俺たちなんだとしたら俺たちは行かないと。戦える力があるのに何もしないのは、やっぱり違うと思うから」
心配そうな声を漏らす朋美と、それを宥める大輝。
人間は今回連れていけない。
大輝が女神化していられる時間は大体半日か……戦闘が絡んだらどうなるんだろう。
「いざとなったら大輝には一旦避難してもらうのがいいでしょうね」
「まぁ、それしかないか。あとは……黄金リンゴでも食べさせる?」
「最悪の手段として考えておかないとね。でも、急がないとその原産地も狙われてたりするかもしれない」
耳馴染みのない言葉に大輝は不思議そうな顔をしているが、今は説明してる場合じゃない。
とりあえず女神勢全員で神界に向かうことにする。
留守番はみんなに任せることにするが、仕事のある愛美さんや和歌さんに関しては各自自由にしてもらう様伝えた。
「何これ……すごい有様ね」
フレイヤが驚きの声を漏らす。
他のメンバーも同様の様で、言葉になっていない。
神界はすっかりと、以前来た時とは様変わりしてしまっている。
荒れて焦土と化している大地に割れた海、所々で黄色い光と黒い光が交錯していた。
「あのあたりか。俺の活動時間が限られてる以上、長期戦は望めないから、一気に行こう」
大輝が我先にと飛び出していく。
状況が把握できていない現状で闇雲に動くべきではないと思うが、それでも私たちは後に続いた。
各地で起こる轟音と、大気の揺れが戦闘の激しさを物語っている。
「うおっ!?」
突如激しい落雷が大輝を襲った。
すんでのところで回避はできたが、食らっていたらひとたまりもない一撃。
「大輝か、すまない、敵かと思った」
「トール、状況は?」
「芳しくないな。正直じり貧になりつつある」
雷槌ミョルニルを振りかざし、向かい来る敵を打ち落としていくトール。
私たちも加勢して、トールの周囲の敵を薙ぎ払っていく。
「さすがだな、スルーズ」
「気を抜かないで。ロキはどこ?あとオーディン」
「あの辺じゃないか?あの黒い光がぶつかってるところ。あそこにロキはいるだろうな。オーディン様はヨトゥンヘイムにいるはずだ」
「そうか……じゃあ、二手に分かれよう。私とノルンはロキのところ、大輝とフレイヤ、ロヴンはオーディンのところに行ってもらいたい」
とりあえずロキをぶん殴ってやろう。
それから全部薙ぎ払って、こんなくだらない争いをとっとと終わらせる。
決意を新たに私とノルンは、ロキのいると思われるアースガルズに向かった。
<Side T>
正直、状況がほとんど呑み込めていない。
神界が危ないというのは、何となく理解した。
自分で迷う余地があるのか、なんて偉そうなことを言ってしまったが、ぶっちゃけ感情に任せてしまった感が否めない。
普段動じることのない睦月が、あんなにも顔色を変えていること自体が、俺からしてみれば相当な異常なことだと判断した。
俺みたいな半人前の女神が、こんな大規模な戦闘で役に立つのかと言われるとあんまり自信はないが、それでも自分にできることがあるのであれば動いておかないと後悔する。
しかし、時間制限に関しては一つだけ考えがあった。
「フレイヤ、もしくはロヴンさん。母さんが今どこにいるか、わかるか?」
「ソールのこと?だとすると、ここからはかなり距離が……あ、なるほどね」
「俺の時間制限に関しては、母さんが何とかできると思うんだ。だから、できるなら先にそっちに向かう方がいいかなって」
「正直私も今は戦闘が専門ではないからねぇ……変身させてもらってもいい?それなら蹴散らしながら向かうことができると思うの」
「変身?スーパーフレイヤにでもなるのか?」
元々金色の髪をしているフレイヤだが、この長い髪が逆立ったりするのだろうか。
スーパーフレイヤスリーとか、そんな感じ?
眉毛ないのはちょっと怖いんだけど。
「そういうのも面白いんだけどね。普段は抑制利かなくなるからやらないんだけど……そんなこと言ってる場合じゃないわよね」
「人格変化だったか。あれになるのか、フレイヤ」
ロヴンさんは知っている様だ。
人格変化って、どんなんだ?
全くイメージが掴めない。
「私にはもう一つ、魔女の人格が眠っているのよ。所謂戦闘モードね。時間がないから解放しちゃうわね」
フレイヤが何やらぶつぶつと詠唱を始める。
「大輝、少し離れた方がいい。彼女はもうじきグルヴェイグという人格に変貌するが、魔力が半端じゃないんだ」
「え、何それ怖い」
ロヴンさんの忠告に従って、俺も少し距離を取る。
フレイヤの……いやもうグルヴェイグ?なのか?の魔力に惹かれて魔獣が飛来するが、俺たちはそれを打ち落とした。
フレイヤの美しい顔が見る見る歪み、髪の色が紫色に変わっていく。
普段淫靡で、しかし穏やかなオーラを持つフレイヤの体から膨大な、どす黒い魔力があふれ出してくるのを感じた。
これはもう、魔力というよりも瘴気に近い。
何だか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「完了よ。初めまして、大輝」
「は、初めまして?」
「あなたが普段接しているフレイヤは今眠りについているわ。多重人格みたいなものではあるけど、こうして話すのは初めてよ」
「そ、そうか……じゃあ初めましてだな。とりあえず状況の把握はできてるってことでいいのか?」
「今記憶を辿ってるけど、大体は把握できた。じゃ、まずはソールの元へ向かいましょうか。ああ、私にはあまり近づかない方がいいわ。瘴気の耐性、あんまりないんでしょ?私に夢中になっちゃうとフレイヤに戻った時が怖いから」
「わ、わかった。覚えとくよ」
フレイヤからグルヴェイグへと変貌した目の前の女神……魔女?
これだけの力があれば、望みはあるかもしれない。
<Side M>
大輝は上手いこと向かえているだろうか。
離れると途端に心配になってしまう。
無理しないでロヴン辺りと代わってもらうんだった。
「見えてきたよ、スルーズ」
「ああ、あれだね……巻き込んでもいいよね、ロキだし」
大輝と離れたイライラから、私は八つ当たりの様に直径三十メートルはある光弾を撃ち出して、ロキもろとも魔獣を吹き飛ばした。
「ちょ、ちょっと……やりすぎなんじゃ……」
「いいんだよ、仮に吹き飛んでもすぐ復元するでしょ」
ロキがいたであろう場所に降り立つと、ロキのオーラが見える。
ああ、やっぱ咄嗟にバリア張ってたんだ。
勘のいいやつだ。
「……死ぬかと思ったよ」
「ちっ、生きてたか。まぁそんな冗談言えるなら大丈夫そうだね。私たちまず死なないんだし」
「そういう問題じゃないんだけどね……」
「冥王とオーディン様が戦ってるはずなんだけど、君はこっちにきちゃったんだね」
「はぁ?何でそれ先に言わないわけ?お前これ終わったらマジで覚えとけよ」
「す、スルーズ落ち着いて……冥王って私会ったことないんだけど、昔からこんなこと考えてたわけ?」
「どうも、最近の様なんだよ。僕も詳しい話は聞けないままこの状態だったから……」
「つっかえない……。ヘイムダルとかどうした?」
「オーディン様の近くで魔獣とやり合ってたかな。バルドルが援護してるって聞いてるけど」
バルドルか……強いんだけど、融通利かないんだよなぁ。
なら先にイズンのとこ行った方がいいかな。
「イズンは今、フリッグと共にリンゴを守ってるはずだ。あればっかりはさすがにやられるわけ行かないからね」
「なるほど。ここ空けたらまずいのか?」
「いや、もうここらから魔獣の気配は感じない……君が吹き飛ばしたからね」
「そうか。ならお前も来い。まずはフリッグの援護だ」
フリッグはオーディンの奥さんで、オーディンすらも恐れる女神ではあるが戦闘がそもそもそこまで強いわけではない。
最近では女に頭の上がらない人間が目立つが、神の世界でもその法則はよく見かける。
北欧神話ではフレイヤと同一人物なんて記述もあるが、実際には別人物だ。
バルドルはこのフリッグの息子でもあるが、母への敬愛の情が強すぎて堅物になってしまったと考えられている。
おそらくは仲良しお茶仲間のイズンを守ろうと考えたんだろうけど、今回に限っては悪手であるといわざるを得ない。
戦闘に不向きな二人が、どこまで魔獣の猛攻に耐えられるのか。
私たちが到着するまで持ってくれたらいいんだけど……。
「ワープで行かないのかい?」
「アホか。魔獣の目の前にワープとかしてみろ、そのまま攻撃くらってゲームオーバーなんて冗談じゃない。わざわざ飛んできたのはその為さ」
「ある程度冷静な様で安心したよ。ヴァルハラにある武器はもうほとんど、他の神が使ってしまってるけど、問題ないかい?」
「私の力がまだわからないって言うなら、もう一個二個攻撃を食らってみる?」
「いや、やめとくよ。というかそんな場合でもないしね」
空の旅をしながらロキが顔を青くする。
そんなやりとりを見て、ノルンが呑気に笑いを漏らしていた。
「何がおかしいの?」
「いや、相変わらず仲良いなぁって」
「バカ言わないでくれる?こんなのと仲良くするくらいなら、バルドル口説きに行くわ」
「それはちょっとひどくないかい?」
「まぁまぁ……とりあえず、見えてきたね。かなり劣勢っぽい……」
「さっきみたいに光弾で吹き飛ばそうとするのはやめてくれよ?」
「あれはお前限定だから。良かったな、スペシャルだぞ」
「さっきも聞いたよ、それ……ちっともありがたみ無いけど……」
フリッグとイズンが囲まれているど真ん中に、私たちは降り立つ。
魔獣どもがやや驚いたのか、囲んでいた円が少し広がった。
「フリッグ、イズン、久しぶり」
「おお、戦闘の専門家きた!!」
イズンが大喜びで私たちを見た。
ノルンは専門じゃないけど、まずはこの二人の手当てさせないといけないな。
イズンは黄金リンゴの農園管理をしている女神だ。
ある程度の力は持っているが、体力のなさに定評がある。
半分死にかけに見える彼女だったが、私たちを見て少しだけ気力を回復させた様だった。
「フリッグ、大丈夫かい?」
「大丈夫。だけど、あなたたちがきたなら、ここは任せてもいい気がする」
「そうだね、少し下がってて……」
そう言いながら私は魔獣の円の一角に光弾を打ち込む。
割れた円から次々魔獣を蹴散らし、この一帯の魔獣を殲滅した。
ロキも咄嗟に飛び、無数の槍を飛ばして魔獣を次々駆逐していく。
「ノルン、ここにバリア張って二人とリンゴを守ってもらってていい?」
「任された。二人とも、手当するからこっちに」
私とロキはバリアの外に出て、次に行く場所を探す。
さすがにこれ以上分断するのは愚策だと理解している。
たとえパートナーがこのロキであっても。
「言いたいことはわかるよ。まぁ、ここから先はちょっと戦力の覚束ないところから回って駆逐していこう」
ロキの提案に乗るなんて、反吐が出そうだったが仕方ない。
私も同じ様なことを考えていたからな。
「あそこに見えるのはフレイじゃないか?」
「あいつ、珍しく戦ってるのか……行こう」
完全に多勢に無勢のフレイの戦場へと、私たちは向かうことにした。
<Side T>
「死屍累々ってやつだな……」
「あら、久しいですね大輝」
母さんのいる場所は、以前と変わっていなかった。
変わったところがあるとすれば、それは母の周りに転がってる無数の魔獣の、黒焦げになった死体があるということだけか。
「あ、ああ……久しぶり。あの、相談があるんだけど」
「お金ですか?ちょっと待っていてください」
「ストップ!違うから!俺、まだ数時間しか女神でいられないんだけど、力の増幅とかできない?この戦いの間だけでもいいんだけど、今のままじゃ足引っ張っちゃうからさ」
「ああ、そうでしたか。早とちりしてごめんなさいね。息子に小遣いをあげるのが少し楽しみだったものだから」
「そ、そう……それなら今度またもらいにくるから。で、どうなの?できそう?」
「簡単ですよ。私があなたの器を広げればいいんです」
「器?」
「神力の器を、通常なら時間をかけて大きくしていくところを、強制的に広げます。ただし、これはいい方法ではないのですが……構いませんか?」
「何か副作用とかあるの?」
「修練を怠ると、器は今の大きさに戻ってしまいます。なので、絶対量を増やすということなら、日々何かしらの力を使っている必要性は出てくるのではないでしょうか」
なるほど、そんなことだったら……まぁ、戦いが終わってから考えればいいか。
「なら、お願いするよ。母さんのくれた力で、俺もみんなの役に立ちたいから」
「本当にソールの子どもだったなんてね……さすがに驚きだわ」
「まぁ、子どもがいたというのは以前から聞いていたからな。それに大輝の力も相当なものだから、納得ではある」
「では、ロヴンに……その姿はグルヴェイグですか。少し離れていてください」
母さんに言われて二人は俺から距離を取る。
さっきのフレイヤの時の俺版か。
「行きますよ」
母さんが俺の頭に手を当てて、何やらぶつぶつ言っている。
頭が熱くなってくるのを感じたと思ったら、下腹の辺りも熱を持ち始めるのを感じる。
「おお、こんなに大きくなるのですね。大輝、あなたはやはり私の子どもです。大したものですよ」
「そ、そう……実感はないけど……」
「で、ここに私の力を……」
母さんが俺の体内に力を流し込む。
空腹が満たされていく様な、奇妙な感覚。
体の中を、血管を、神経を、膨大な神力が巡っていくのがわかる。
「おお……」
「ソール、顔色一つ変わってないけど……本当に化け物だね」
「まぁ、太陽の神だからな。太陽が消えたりしない限りはずっと力をもらい続けられるとか昔聞いたことがあるぞ」
「夢の永久機関ってやつねぇ……羨ましい限りだこと」
母さんが手を放して、俺をじっと見る。
うんうん、と一人頷いて俺の様子を確かめている様だった。
「これでいいでしょう。時間があまりないかもしれません、早く行きなさい」
「ありがとう、母さん。今度また暇見つけてくるから」
母さんに手を振って、俺たちはオーディン様の元へ急いだ。
<Side M>
「いや、助かった。どうにも戦闘は苦手でね」
「こちらもそのつもりで乗り込んできてるからね。無事で何よりだよ。あと、フレイヤの魂の件、大輝がよろしくってさ」
「ああ、あの程度のこと、今助けてもらったのに比べたら全然」
このあたりの魔獣は粗方殲滅したはずだが、フレイはさすがに何処かに隠れてもらった方が……ノルンのところに連れていくか。
ノルンも私ほどではないにせよ戦うことはできる。
さすがにそれなりの力を持った女神が三人もいるところなら、そこまでの危険もないだろうと思う。
「妹は元気にしてるかい?」
「まぁ、今のところね。さっきグルヴェイグの気配を感じたけど」
「ああ、僕も一瞬だけど感じたよ」
「あのモードになったら、基本相手は死ぬからなぁ。僕もあれと一緒に行動はしたくない」
「同感だね。戦って負けることはないと思うけど……色々と厄介だからね」
フレイヤがグルヴェイグを出すのは基本的に相当追い詰められているときだけだ。
以前の私との戦闘で出さなかったのは、おそらく出さなければならない事態でなかったのと、私との戦闘に勝利することが目的ではなかったからだと考えられる。
今回は何が何でも勝たないといけないし、相手を排除する必要もある。
だから変身したのだろう。
「けど、まだ戦闘にはなっていないみたいだね。大輝の力がさっき強まったみたいだけど、先にソールのところに行ったのかな」
「きっとそうだね。母親なら何とかできるかも、って考えたんだろう。さすが、追い詰められると頭が回るよ、大輝は」
実際その選択自体は正解だったと思う。
今後またこういうことがないとも限らないし、普段から神力を使うことに慣れてもらってる方がこちらとしても色々助かる。
問題は、オーディンの状況だ。
勝利できる様な状況であれば問題はないが、そういう気配がない。
もし冥王がオーディンと拮抗するだけの力を持っているんだとすれば、さすがに大輝だけでは危険かもしれない。
ロヴンのサポートがあっても、正直オーディンを超えるだけの力があるかと言われると少し不安ではある。
これは最悪の状況も視野に入れておかないと、うっかり足元を掬われかねない気がする。
「フレイ、あんたはここで三人と一緒に待っていてくれ。三人が一緒なら、おそらくは安全だから」
「わかった、情けないけど戦闘じゃ役に立てなさそうだからね」
ノルンたちにフレイを任せて、私たちもオーディンの元へ向かう。
あまりいい予感はしないが、早いところ到着した方がいい。
これ以上追い詰められると大輝自身が迷走するおそれもある。
私は己の中の焦りを必死で抑えながらオーディンのいるヨトゥンヘイムへの道を急いだ。
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