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本編
Girls side35話~真相~
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大輝とあいの子供が生まれてから、早くも一週間が経過した。
二人はもちろん、他の女神勢も可愛がっているこの男の子は、玲央と名付けられた。
こういう当て字は最近じゃ珍しくもないし、反対する者はいなかった。
しかし、私たちが今回あいに子どもを生ませたのは、ただただ可愛がる為ではない。
もう一つの目的があって、みんなで相談した結果こうするのがベストであると判断した。
あいの中にある邪悪な感情……感情というよりも心と言った方がいいだろう。
その邪悪な心は、あいの魂とは切り離された部分で活動を始める。
オーディンをあれだけ長いこと恨んでいられたのもそのせいだ。
先日の戦闘で私があれだけ打ちのめし、そのあとで大輝の優しさに触れて影を潜めていたはずの心は、人間界で人間とふれあう内に徐々に復活の兆しを見せ始めた。
最初に気づいたのはノルンだったが、問題になる前に封印できるなら封印してしまうのがいい、と彼女は言う。
しかし、あいそのものを封印するとなるとまず大輝は黙っていないだろう。
そして最悪の場合敵に回ることさえありえる。
そうなってしまっては元も子もない。
かと言って大輝に内緒であいを封印というのも、いささか無理がある。
結果として、あいから邪悪な心だけを切り離してしまうのがいいと私たちは考えた。
というか、これしか思いつかなかった。
切り離して、そのあとどうするのか、という話になるが、上手いことできれば玲央からも心を切り離すことはできるかもしれない、という意見が出る。
これに関しては不確定要素ではあるので、確実性に欠けるものではあるがあいの中に残したままよりは良い。
最悪の最悪は、赤子に手をかけることになってしまうのだが、これに関しては私が汚れ役を引き受けることにした。
正直なところ、卑怯な手を使ったという気持ちはあるし褒められた方法ではないことも自覚はしている。
しかしここでこの心を封印できなくては、私たちに未来はない。
この私たちというのがあいを含まないものであれば、百歩譲ってまだ良かったと言える。
だが今回、私たち全員を含めての話になる以上、大輝にも未来がなくなってしまうということになるのだ。
さすがにそれは望むところではないし、満場一致で反対だった。
なので折を見て、玲央から心を切り離せないかと考えてちょいちょい大輝とあいに用事を言いつけては外出してもらい、その間私たちで玲央の世話をしている。
今日も二人には出かけてもらって、隙を窺っていたのだった。
「あなたが、僕を生む様に母へ進言したんだな?」
突如玲央が口を利き、一同が目を丸くした。
もちろん神の子だから珍しいことではないのだが、今回に関しては心が玲央の体を操っていることが明白だった。
警戒は怠っていないつもりだったが、まさか向こうからコンタクトを取ってくるというのは想定外だったということだ。
「まぁ、そうなるかな。そう言うお前は、あいの中にいた心で間違いないな?」
「そういうことだ。僕を封印する機会を窺っていた。それで間違いないかな?」
「まぁね。さすがに放置しておくことはできないから」
その言葉を聞いて、玲央は特に怯えたり憤ったりということもなく、両手を広げて私たちを見た。
どういうつもりなのだろうか。
「いいと思う。封印するなら、今のうちだ。なぜなら、この体がもう少し成長すれば自我を持つ。そうなると、僕を利用してこの心は増幅される懸念があるからね」
「まぁ、その通りだな。その通りだが……何故お前は自分が封印される話に、そんなに乗り気なんだ?私たちに協力するメリットがあるか?」
「いや、ないよ。だけどね、僕は今もう存在意義を見失ってしまっているんだよ」
「…………」
確かに私があいを打ちのめしたときに、大輝の優しさに触れたときに、必要性はなくなってしまったのかもしれない。
だけど、わざわざ自ら存在を消す様な真似をしようというのが解せなかった。
何か裏があると思っても不思議はないだろう。
「それに、このまま玲央が僕を体内に宿したままでいれば、元の宿主である母は悲しむだけでは済まないだろう?僕は、そうなるのを見たくないんだよ」
「何とも意外な答えだな。信用するかは置いておくとして、お前の話が罠でないという証拠は?」
「そんなものはないよ。信用してもらうしかない。だけど、時間もない。違うかな?」
「まぁ、確かに……」
私は思わず決めかねてみんなを見る。
目が、私に任せると言っている。
こんな大事なことを、私一人で決めろと言うのか……薄情な連中だ。
「さて、どうするんだ?時間がないぞ。じきに母も父も戻ってくるんだろう?今なら誰も傷つかずに済むんだ」
玲央の言葉が、私を追い詰めていく。
もちろんそんなつもりで言っているわけでないことは理解している。
「……わかった。じゃあ、切り離した上で封印させてもらう。後悔や思い残したことはないな?」
「ないこともないけど……まぁ、それはこの体が引き継いでやってくれるだろうさ。それより、急いだ方がいい」
「わかってる……」
私はあらゆる迷いを捨てて、玲央からこの邪悪でなくなりつつある様に見える、邪悪な心を切り離すために集中する。
なんだか拍子抜けしてしまう。
こんなにも簡単に話が進むのであれば、ここまでの厳戒態勢を敷く必要なんかなかったんじゃないか。
そんなことを考えていた、その時だった。
「スルーズ……何をしてるの……?」
何故このタイミングで……!
フレイヤやロヴン、ノルンもマジか、という顔であいを見ている。
大輝もよくわかっていない様だったが、ただ事でない空気は察知した様だ。
「私と大輝の子に、何をしているのかと聞いている……」
「あい、待て……」
大輝が止めに入ろうとした瞬間、あいの体から先日の戦闘の時の様なオーラがあふれ出した。
その反動を受けて大輝が吹き飛ばされ、壁に全身を打ち付けていた。
「スルーズ、ここは私たちで何とかするから、早く!」
ノルンが飛び出して、あいの前に立ちはだかる。
フレイヤとロヴンもそれに倣うが、この三人でどうにかできるものなのか……。
しかし三人の意志を無駄にはできない。
今やらなければもう機会はないのだ。
「答えろ、スルーズ!」
「あい、やめろ……」
大輝も呻きながら立ち上がってあいの前に立ちはだかった。
「睦月、何か必要性がある、そうなんだろ?」
「…………」
集中するために答えないでいたら、あいは更に激昂して目の色を変えた。
一時的なものではあるが、ここは四人に尊い犠牲になってもらってでも、私は集中しなければ。
「必要どころか、これをやらなければ私たちにも、お前にも未来はないぞ、大輝……」
「どういうことですか?」
「今は詳しいことを説明している時間はない……くるぞ!とにかくスルーズを守れ!!」
四人が、私の部屋で暴れまわる。
壊れたところなんかはあとで直したらいいか……。
あと少し……もう少しだけ持ちこたえてくれれば……。
「スルーズゥゥゥ!!!」
我を失ったあいが、遠慮なしに大輝をはじめとする面々を攻撃していく。
危ないところで大輝も女神化して応戦している様だが、このフェミニストにあいをどうにかできると思えない。
現に、大輝はあいの容赦ない一撃を受けて昏倒してしまっている。
戦闘タイプでない三人が必死で応戦するが、象対アリの戦いみたいな戦力差だ。
「離せ!玲央を、返せ!!」
血まみれになりながらノルンが、あいを羽交い絞めにしている。
あと十秒……!
「スルーズ……まだ……!?」
「もうすぐだ、もうすぐ終わる……」
あと二秒……よし!!
と思ったところで私は左頬に衝撃を受けて、吹き飛ばされた。
「ぐ……」
「玲央!!」
あいがその手に我が子を抱きしめて、蹲る。
そして私をにらみつけ、更にオーラを大きくした。
「何をした……答えろ……」
「あい……落ち着け……玲央を抱いたまま誰かを傷つけるつもりなのか……?」
大輝が再び立ち上がって、あいの前に立った。
はっとした顔をしてあいは、ぎゅっと玲央を抱きしめる。
「睦月、それにみんな……説明してくれないか?このままじゃ収拾がつかないだろ」
あいが暴れたおかげで部屋の中がめちゃくちゃだが、とりあえず椅子とテーブルだけ直して二人に座る様促す。
あまり話したい内容ではなかったが、こうなってしまった以上黙っているという選択を取ることもできなくなってしまった。
「……じゃあ、元々は私のせいってこと……?」
私やノルン、フレイヤにロヴンが事情を説明すると、あいは絶望に満ちた表情を浮かべる。
大輝も、にわかには信じられないと言った面持ちだった。
「厳密には、あいだけのせいじゃない。オーディンにも責任はあるよ」
「だけど、私がその心をずっと放置していたから……」
「それはそうだけど、あいは認識してなかったんだろう?」
大輝も何とかしてあいに責任を感じさせまいとして、必死で庇おうとしている。
気持ちはわからないでもないが、ここはもうあいの意志に一任するしかないのかもしれない、と私は思っていた。
どう取り繕っても、あれが元々あいの中に宿っていたという事実は揺るがない。
「ここにいる誰もが、悪くない話じゃないか。何であいが責任感じないといけないんだよ」
「大輝、そういうことじゃないんだよ」
「だけど!」
「大輝……」
大輝も薄々は感じていたのだろう。
無自覚であったとしても、責任が発生することなんかいくらでもあるということを。
唇を噛んで、言いたいことを堪えている様だ。
「そうだって知ってたら……私はこっちに残る選択なんか……」
「それじゃ全く意味なかった。結局また同じことをいつか繰り返すだけになってたよ」
「そうだね。あいには、ここで優しさについて知ってもらう必要があった。そのうえでなければ、きっとまた邪悪な心を生み出していたはずだから」
「元々あいは、優しさに溢れる女神だったはずなんだよね。誰よりも仲間思いで、愛情と優しさに満ちていた」
「……私は、そんな……」
「まぁ、それはいいんだ。そこまで辿れば、あいだけが原因でないってことはわかる。ただ、無関係でもない。これはわかるよね?」
「…………」
別に怒ってるつもりはない。
いや、痛い目にあったし怒ってないこともないんだけど、それはこの際いい。
あいにはまず優しさに触れてもらって、その上で邪悪な心を取り出す必要があった。
そして、その為に子どもを利用する形になってしまった。
それについては私たちも深々と謝罪した。
「私は、どうしたら……」
「別に、どうもしなくていいよ。全部終わったんだから」
「だけど……」
結局、この日からあいは塞ぎこんでいることが多くなった。
大輝が様子を見に行っても上の空であることが多く、見かねて大輝が玲央の世話を焼いたりということが増えてきた。
どうにも、上手くいかないものだと思う。
「なぁ、あいは大丈夫かな……」
「あいが、自分で乗り越えるなりしないとどうにもならないと思う。私たちが何かしても、多分負い目感じるだけだよ」
「そんなの……冷たいじゃないか……」
「気持ちはわかるが……だけどな、大輝。優しさだけじゃ救われない、ってこともこの世にはたくさんあるんだ」
ロヴンが諭す様に言うが、大輝は納得できていない。
自分たちにできることがあるなら、精一杯やるべきだと目が言っていた。
私としても大輝のこういうところは好きだが、この局面でそれを発揮するのはちょっと違うと感じている。
手が届いて、目に留まる範囲のものであれば何でも助けてやりたい、なんてのはエゴだ。
大輝には申し訳ないが、そういう経験も大輝をこれから成長させることに繋がるはずだと私は割り切ることにした。
あいと大輝が玲央を連れて駆け落ちをする、という選択をするのであれば、それも仕方ない。
私たちにできるのは見守ることだけなのだということを、今回はわかってもらう必要があった。
そうでなければ、ここまでした意味がなくなってしまう。
「なぁ、スルーズ……さすがにちょっと厳しすぎやしないか?」
ロヴンもまた、大輝が可愛くて仕方ないのだということがわかる。
他の面々にしても、それは同じはずで……私だって、そんなのは同じにきまってる。
「じゃあロヴンは、大輝に何か納得させられるだけのことを言ってあげられる?ならロヴンに任せるよ」
「それは……」
「それに、言葉の上でだけ納得したって、心が納得しなかったら同じじゃない」
「…………」
ここまで言うつもりはなかったが、つい言葉尻が強くなってしまう。
私にも、何もできないというのが歯がゆいという思いはある。
だけど、答えを見つけて立ち上がれるのは大輝だけ。
他の誰かが手を貸そうとしたって、大輝はその手をきっと掴まない。
それどころかきっと、大輝は意固地になってしまう。
あいにしても、結局どこで折り合いをつけるのかは本人次第なのだ。
今日も大輝は甲斐甲斐しく、あいと玲央の世話に出払っている。
私たちとしても、何かできることがあるならしてやりたいという気持ちがあったが、ここは大輝に任せるしかないのだと悟っていた。
「睦月!」
大輝が突然、部屋に飛び込んできた。
一体何があったというのか。
あいと玲央の姿も見えない。
「あいと玲央が、いなくなった」
大輝の言葉を、私たちはどこか他人事の様に聞いていた。
あいと玲央が、って……この間の件を気にして?
だとしても、一体何処へ行こうと言うのか。
いや、あいが行けるところなんか限られてる。
せいぜい近所のスーパーやらが関の山というところだろう。
そうじゃなければ、あとは……。
「神界に戻った、とか?」
フレイヤがおそるおそる口を開く。
可能性としては、割と高めかもしれない。
だけど、玲央を抱えたままで神界へ飛んだんだとして、どうやって生きていくつもりなのか。
「ノルン、あいの居場所サーチかけられる?」
「今やってみてる……だけど、阻害関連の術使ってるっぽい……全然尻尾が掴めない」
ノルンの目さえも欺けるほどの力を使ってまで、私たちから離れようというのか。
しかし、私たちだってこのままというわけにはいかない。
「大輝、凹んでる暇はないよ」
「え?」
「探すの。あいと、玲央を。このままお別れでいいの?」
「…………」
「大輝、あんな風にお前とあいを利用した私たちがこんなことを言うのは烏滸がましいかもしれないが……私はこのままでいいと思えない。仮にあいが別れを心から望んでいたんだとしても、私はきちんと話し合うべきだと思う」
「…………」
「大輝が探さないなら、私たちは私たちで勝手に探すだけだよ」
ノルンもロヴンも、そして私も、自責の念から逃れたいだけかもしれない。
というか、その思いが強い。
あれだけ凹んだ二人を見て、何も思わない方がどうかしている。
朋美たちだって、凹んだ大輝を見て不思議そうな顔をしていたし、このままでいいとは思えない。
「大輝は、ここで待ってて。私たちがあいと玲央を連れ戻してくるから」
そう言って部屋を出ようとしたところで、大輝が私の服の裾を掴んだ。
「勝手なこと言うなよ……俺も行くに決まってんだろ」
その言葉を待ってた、と私たちが笑いかけたところで、オーディンから連絡が入った。
少し困った様なその声、そして内容。
結局私たちは、神界へ行くことになった。
二人はもちろん、他の女神勢も可愛がっているこの男の子は、玲央と名付けられた。
こういう当て字は最近じゃ珍しくもないし、反対する者はいなかった。
しかし、私たちが今回あいに子どもを生ませたのは、ただただ可愛がる為ではない。
もう一つの目的があって、みんなで相談した結果こうするのがベストであると判断した。
あいの中にある邪悪な感情……感情というよりも心と言った方がいいだろう。
その邪悪な心は、あいの魂とは切り離された部分で活動を始める。
オーディンをあれだけ長いこと恨んでいられたのもそのせいだ。
先日の戦闘で私があれだけ打ちのめし、そのあとで大輝の優しさに触れて影を潜めていたはずの心は、人間界で人間とふれあう内に徐々に復活の兆しを見せ始めた。
最初に気づいたのはノルンだったが、問題になる前に封印できるなら封印してしまうのがいい、と彼女は言う。
しかし、あいそのものを封印するとなるとまず大輝は黙っていないだろう。
そして最悪の場合敵に回ることさえありえる。
そうなってしまっては元も子もない。
かと言って大輝に内緒であいを封印というのも、いささか無理がある。
結果として、あいから邪悪な心だけを切り離してしまうのがいいと私たちは考えた。
というか、これしか思いつかなかった。
切り離して、そのあとどうするのか、という話になるが、上手いことできれば玲央からも心を切り離すことはできるかもしれない、という意見が出る。
これに関しては不確定要素ではあるので、確実性に欠けるものではあるがあいの中に残したままよりは良い。
最悪の最悪は、赤子に手をかけることになってしまうのだが、これに関しては私が汚れ役を引き受けることにした。
正直なところ、卑怯な手を使ったという気持ちはあるし褒められた方法ではないことも自覚はしている。
しかしここでこの心を封印できなくては、私たちに未来はない。
この私たちというのがあいを含まないものであれば、百歩譲ってまだ良かったと言える。
だが今回、私たち全員を含めての話になる以上、大輝にも未来がなくなってしまうということになるのだ。
さすがにそれは望むところではないし、満場一致で反対だった。
なので折を見て、玲央から心を切り離せないかと考えてちょいちょい大輝とあいに用事を言いつけては外出してもらい、その間私たちで玲央の世話をしている。
今日も二人には出かけてもらって、隙を窺っていたのだった。
「あなたが、僕を生む様に母へ進言したんだな?」
突如玲央が口を利き、一同が目を丸くした。
もちろん神の子だから珍しいことではないのだが、今回に関しては心が玲央の体を操っていることが明白だった。
警戒は怠っていないつもりだったが、まさか向こうからコンタクトを取ってくるというのは想定外だったということだ。
「まぁ、そうなるかな。そう言うお前は、あいの中にいた心で間違いないな?」
「そういうことだ。僕を封印する機会を窺っていた。それで間違いないかな?」
「まぁね。さすがに放置しておくことはできないから」
その言葉を聞いて、玲央は特に怯えたり憤ったりということもなく、両手を広げて私たちを見た。
どういうつもりなのだろうか。
「いいと思う。封印するなら、今のうちだ。なぜなら、この体がもう少し成長すれば自我を持つ。そうなると、僕を利用してこの心は増幅される懸念があるからね」
「まぁ、その通りだな。その通りだが……何故お前は自分が封印される話に、そんなに乗り気なんだ?私たちに協力するメリットがあるか?」
「いや、ないよ。だけどね、僕は今もう存在意義を見失ってしまっているんだよ」
「…………」
確かに私があいを打ちのめしたときに、大輝の優しさに触れたときに、必要性はなくなってしまったのかもしれない。
だけど、わざわざ自ら存在を消す様な真似をしようというのが解せなかった。
何か裏があると思っても不思議はないだろう。
「それに、このまま玲央が僕を体内に宿したままでいれば、元の宿主である母は悲しむだけでは済まないだろう?僕は、そうなるのを見たくないんだよ」
「何とも意外な答えだな。信用するかは置いておくとして、お前の話が罠でないという証拠は?」
「そんなものはないよ。信用してもらうしかない。だけど、時間もない。違うかな?」
「まぁ、確かに……」
私は思わず決めかねてみんなを見る。
目が、私に任せると言っている。
こんな大事なことを、私一人で決めろと言うのか……薄情な連中だ。
「さて、どうするんだ?時間がないぞ。じきに母も父も戻ってくるんだろう?今なら誰も傷つかずに済むんだ」
玲央の言葉が、私を追い詰めていく。
もちろんそんなつもりで言っているわけでないことは理解している。
「……わかった。じゃあ、切り離した上で封印させてもらう。後悔や思い残したことはないな?」
「ないこともないけど……まぁ、それはこの体が引き継いでやってくれるだろうさ。それより、急いだ方がいい」
「わかってる……」
私はあらゆる迷いを捨てて、玲央からこの邪悪でなくなりつつある様に見える、邪悪な心を切り離すために集中する。
なんだか拍子抜けしてしまう。
こんなにも簡単に話が進むのであれば、ここまでの厳戒態勢を敷く必要なんかなかったんじゃないか。
そんなことを考えていた、その時だった。
「スルーズ……何をしてるの……?」
何故このタイミングで……!
フレイヤやロヴン、ノルンもマジか、という顔であいを見ている。
大輝もよくわかっていない様だったが、ただ事でない空気は察知した様だ。
「私と大輝の子に、何をしているのかと聞いている……」
「あい、待て……」
大輝が止めに入ろうとした瞬間、あいの体から先日の戦闘の時の様なオーラがあふれ出した。
その反動を受けて大輝が吹き飛ばされ、壁に全身を打ち付けていた。
「スルーズ、ここは私たちで何とかするから、早く!」
ノルンが飛び出して、あいの前に立ちはだかる。
フレイヤとロヴンもそれに倣うが、この三人でどうにかできるものなのか……。
しかし三人の意志を無駄にはできない。
今やらなければもう機会はないのだ。
「答えろ、スルーズ!」
「あい、やめろ……」
大輝も呻きながら立ち上がってあいの前に立ちはだかった。
「睦月、何か必要性がある、そうなんだろ?」
「…………」
集中するために答えないでいたら、あいは更に激昂して目の色を変えた。
一時的なものではあるが、ここは四人に尊い犠牲になってもらってでも、私は集中しなければ。
「必要どころか、これをやらなければ私たちにも、お前にも未来はないぞ、大輝……」
「どういうことですか?」
「今は詳しいことを説明している時間はない……くるぞ!とにかくスルーズを守れ!!」
四人が、私の部屋で暴れまわる。
壊れたところなんかはあとで直したらいいか……。
あと少し……もう少しだけ持ちこたえてくれれば……。
「スルーズゥゥゥ!!!」
我を失ったあいが、遠慮なしに大輝をはじめとする面々を攻撃していく。
危ないところで大輝も女神化して応戦している様だが、このフェミニストにあいをどうにかできると思えない。
現に、大輝はあいの容赦ない一撃を受けて昏倒してしまっている。
戦闘タイプでない三人が必死で応戦するが、象対アリの戦いみたいな戦力差だ。
「離せ!玲央を、返せ!!」
血まみれになりながらノルンが、あいを羽交い絞めにしている。
あと十秒……!
「スルーズ……まだ……!?」
「もうすぐだ、もうすぐ終わる……」
あと二秒……よし!!
と思ったところで私は左頬に衝撃を受けて、吹き飛ばされた。
「ぐ……」
「玲央!!」
あいがその手に我が子を抱きしめて、蹲る。
そして私をにらみつけ、更にオーラを大きくした。
「何をした……答えろ……」
「あい……落ち着け……玲央を抱いたまま誰かを傷つけるつもりなのか……?」
大輝が再び立ち上がって、あいの前に立った。
はっとした顔をしてあいは、ぎゅっと玲央を抱きしめる。
「睦月、それにみんな……説明してくれないか?このままじゃ収拾がつかないだろ」
あいが暴れたおかげで部屋の中がめちゃくちゃだが、とりあえず椅子とテーブルだけ直して二人に座る様促す。
あまり話したい内容ではなかったが、こうなってしまった以上黙っているという選択を取ることもできなくなってしまった。
「……じゃあ、元々は私のせいってこと……?」
私やノルン、フレイヤにロヴンが事情を説明すると、あいは絶望に満ちた表情を浮かべる。
大輝も、にわかには信じられないと言った面持ちだった。
「厳密には、あいだけのせいじゃない。オーディンにも責任はあるよ」
「だけど、私がその心をずっと放置していたから……」
「それはそうだけど、あいは認識してなかったんだろう?」
大輝も何とかしてあいに責任を感じさせまいとして、必死で庇おうとしている。
気持ちはわからないでもないが、ここはもうあいの意志に一任するしかないのかもしれない、と私は思っていた。
どう取り繕っても、あれが元々あいの中に宿っていたという事実は揺るがない。
「ここにいる誰もが、悪くない話じゃないか。何であいが責任感じないといけないんだよ」
「大輝、そういうことじゃないんだよ」
「だけど!」
「大輝……」
大輝も薄々は感じていたのだろう。
無自覚であったとしても、責任が発生することなんかいくらでもあるということを。
唇を噛んで、言いたいことを堪えている様だ。
「そうだって知ってたら……私はこっちに残る選択なんか……」
「それじゃ全く意味なかった。結局また同じことをいつか繰り返すだけになってたよ」
「そうだね。あいには、ここで優しさについて知ってもらう必要があった。そのうえでなければ、きっとまた邪悪な心を生み出していたはずだから」
「元々あいは、優しさに溢れる女神だったはずなんだよね。誰よりも仲間思いで、愛情と優しさに満ちていた」
「……私は、そんな……」
「まぁ、それはいいんだ。そこまで辿れば、あいだけが原因でないってことはわかる。ただ、無関係でもない。これはわかるよね?」
「…………」
別に怒ってるつもりはない。
いや、痛い目にあったし怒ってないこともないんだけど、それはこの際いい。
あいにはまず優しさに触れてもらって、その上で邪悪な心を取り出す必要があった。
そして、その為に子どもを利用する形になってしまった。
それについては私たちも深々と謝罪した。
「私は、どうしたら……」
「別に、どうもしなくていいよ。全部終わったんだから」
「だけど……」
結局、この日からあいは塞ぎこんでいることが多くなった。
大輝が様子を見に行っても上の空であることが多く、見かねて大輝が玲央の世話を焼いたりということが増えてきた。
どうにも、上手くいかないものだと思う。
「なぁ、あいは大丈夫かな……」
「あいが、自分で乗り越えるなりしないとどうにもならないと思う。私たちが何かしても、多分負い目感じるだけだよ」
「そんなの……冷たいじゃないか……」
「気持ちはわかるが……だけどな、大輝。優しさだけじゃ救われない、ってこともこの世にはたくさんあるんだ」
ロヴンが諭す様に言うが、大輝は納得できていない。
自分たちにできることがあるなら、精一杯やるべきだと目が言っていた。
私としても大輝のこういうところは好きだが、この局面でそれを発揮するのはちょっと違うと感じている。
手が届いて、目に留まる範囲のものであれば何でも助けてやりたい、なんてのはエゴだ。
大輝には申し訳ないが、そういう経験も大輝をこれから成長させることに繋がるはずだと私は割り切ることにした。
あいと大輝が玲央を連れて駆け落ちをする、という選択をするのであれば、それも仕方ない。
私たちにできるのは見守ることだけなのだということを、今回はわかってもらう必要があった。
そうでなければ、ここまでした意味がなくなってしまう。
「なぁ、スルーズ……さすがにちょっと厳しすぎやしないか?」
ロヴンもまた、大輝が可愛くて仕方ないのだということがわかる。
他の面々にしても、それは同じはずで……私だって、そんなのは同じにきまってる。
「じゃあロヴンは、大輝に何か納得させられるだけのことを言ってあげられる?ならロヴンに任せるよ」
「それは……」
「それに、言葉の上でだけ納得したって、心が納得しなかったら同じじゃない」
「…………」
ここまで言うつもりはなかったが、つい言葉尻が強くなってしまう。
私にも、何もできないというのが歯がゆいという思いはある。
だけど、答えを見つけて立ち上がれるのは大輝だけ。
他の誰かが手を貸そうとしたって、大輝はその手をきっと掴まない。
それどころかきっと、大輝は意固地になってしまう。
あいにしても、結局どこで折り合いをつけるのかは本人次第なのだ。
今日も大輝は甲斐甲斐しく、あいと玲央の世話に出払っている。
私たちとしても、何かできることがあるならしてやりたいという気持ちがあったが、ここは大輝に任せるしかないのだと悟っていた。
「睦月!」
大輝が突然、部屋に飛び込んできた。
一体何があったというのか。
あいと玲央の姿も見えない。
「あいと玲央が、いなくなった」
大輝の言葉を、私たちはどこか他人事の様に聞いていた。
あいと玲央が、って……この間の件を気にして?
だとしても、一体何処へ行こうと言うのか。
いや、あいが行けるところなんか限られてる。
せいぜい近所のスーパーやらが関の山というところだろう。
そうじゃなければ、あとは……。
「神界に戻った、とか?」
フレイヤがおそるおそる口を開く。
可能性としては、割と高めかもしれない。
だけど、玲央を抱えたままで神界へ飛んだんだとして、どうやって生きていくつもりなのか。
「ノルン、あいの居場所サーチかけられる?」
「今やってみてる……だけど、阻害関連の術使ってるっぽい……全然尻尾が掴めない」
ノルンの目さえも欺けるほどの力を使ってまで、私たちから離れようというのか。
しかし、私たちだってこのままというわけにはいかない。
「大輝、凹んでる暇はないよ」
「え?」
「探すの。あいと、玲央を。このままお別れでいいの?」
「…………」
「大輝、あんな風にお前とあいを利用した私たちがこんなことを言うのは烏滸がましいかもしれないが……私はこのままでいいと思えない。仮にあいが別れを心から望んでいたんだとしても、私はきちんと話し合うべきだと思う」
「…………」
「大輝が探さないなら、私たちは私たちで勝手に探すだけだよ」
ノルンもロヴンも、そして私も、自責の念から逃れたいだけかもしれない。
というか、その思いが強い。
あれだけ凹んだ二人を見て、何も思わない方がどうかしている。
朋美たちだって、凹んだ大輝を見て不思議そうな顔をしていたし、このままでいいとは思えない。
「大輝は、ここで待ってて。私たちがあいと玲央を連れ戻してくるから」
そう言って部屋を出ようとしたところで、大輝が私の服の裾を掴んだ。
「勝手なこと言うなよ……俺も行くに決まってんだろ」
その言葉を待ってた、と私たちが笑いかけたところで、オーディンから連絡が入った。
少し困った様なその声、そして内容。
結局私たちは、神界へ行くことになった。
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システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。
人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。
人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。
しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。
基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!
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