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本編
Girls side54話~望月和歌その3~
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帰宅して、まず私がやろうとしたのはゲームアプリのインストールだった。
しかし、タブレットを起動してそのままストアを開いて、と思ったところでお嬢に止められた。
「まさかモバイル回線でインストールするつもりなの?」
「え?ダメなんですか?」
「せっかくWi-fiがあるんだから、接続してからやった方がいいわ。モバイルは月々に使える通信容量が決まっているのだから」
お嬢は何だか物知りで、私にとってはとても頼りに……いやいや、これじゃいけない。
私がお嬢を守る立場だというのに。
とはいえそのWi-fiなるものがよくわからなくて、結局お嬢に設定してもらった。
「まぁ、専門的な勉強までしろとは思わないけど……でも基本的なことはある程度覚えておいて損はないわ。使いながら少しずつ覚えていきなさい」
「あ、ありがとうございます……」
何はともあれ、大輝が入れていた複数のゲームのインストール作業が完了した。
大輝はまだ起きてこないのだろうか。
さっき睦月に連れていかれたということは……まぁそういうことなんだろうと察してはいるが。
先に一人で練習しておこう、と考えて私はアプリの一つを起動した。
そうだ、せっかくハイスペックなものを購入したのだから、と私は同時起動なるものに挑戦してみようと思った。
お嬢が心配そうに私の様子を見守っていたが、これができれば見直すに違いない。
「あの、望月?」
「何でしょう?」
「何をしようとしているの?」
「え?何とは……」
「ゲームアプリはメモリ容量をかなり使うから、同時起動なんかしたら端末がすぐダメになるわよ?それに、ゲームによってはまともに動かないかもしれない」
「え?」
「あなたの考えていることくらいわかるわよ……何年一緒にいると思ってるの」
「あ、はぁ……」
大体あなたは不器用なくせに、何でそんな横着をしようとするの、と散々怒られて、渋々一つずつやってみることにした。
さっきやっていたのは確か、建設三代目というゲームだったはずだ。
大輝が使っていたキャラが……いない。
「ああ、和歌さん。帰ってたんですね」
「ああ、ただいま。それより大輝、おかしいんだ」
「はい?」
「チュートリアルというのが終わって、大輝がさっき使っていたキャラを使おうとしたら……」
「あー……あれはですね、所謂期間限定キャラというやつでして……しかもガチャでしか手に入らないので……」
「ガチャ?何だガチャって」
「ほら、ここにあるじゃないですか。これでキャラクターは基本的に入手するんですよ。まぁ、一部キャラはクエストこなしていくだけで手に入ったりもしますけど」
よくわからない単語がやたらと踊っていて、私の頭は既にパンク寸前だった。
頭から煙でも出すんじゃないかって心配されて、大輝が一つずつかみ砕いた説明をしてくれる。
なるほど、ガチャというのは昔よくあったガチャガチャが由来しているのか。
それを、本来有料であるはずのゲーム内通貨を使って回す、と。
すると闇鍋みたいな中身からアイテムだのキャラクターが出てくる、というものなのか。
「確かに闇鍋って言われることはありますね。アイテムとキャラが分かれてるゲームももちろんありますけど、このゲームの場合はごちゃまぜなので」
「ふむ……」
私はチュートリアルを終えたときにもらえた通貨でそのガチャというのを回す。
今は限定キャラこそいないが、それなりに安定したキャラが多いからある程度なら入手しておいて損はない、とのことだった。
「ここをタップして……」
「よし、こい……」
「…………」
大輝から、おお?と声が漏れる。
画面がフラッシュして、そこに現れたのは……。
「あ、アイテムですね……しかも全部……」
「え?」
「大変申し上げにくいのですが、ハズレというやつで……」
「なん……だと……」
リセマラという方法もあると、丁寧に教えてもらったものだが、一回目のショックで燃え尽きたのでまた今度やる、ということにした。
「あ、じゃあ和歌さんこれやろう?」
桜子が部屋から出てきて、私のタブレットをいじっている。
何やらアプリを入れている様だった。
「何を入れてるんだ?」
「ウィルスとかじゃないから安心して。今若い子の間で流行ってるんだよー」
「ほう、若い子の……」
「望月、言い方がもう若い子じゃなくなってるわ……」
「そ、そんな……」
桜子が入れたのは、チクタクというアプリでとにかく色々なことができるらしいとのことだった。
時計の秒針が刻む音に合わせて色々なポーズをしたりして、それをSNSなるもので共有するんだとかなんとか。
というかSNSって何だろう。
「ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略で……何て言うのかしらね。簡単に言えば、オンラインで近況の報告だったり、とにかく色々できるのよ」
「近況の?」
「あー、和歌さん大食いキャラだし、日々食べてるものを写真に撮ってアップしたらそれなり面白そう」
「あ、アップ?」
またもわからない単語が飛び交って、私が寧ろアップアップしてる感じだ。
……古いか?
『それじゃーチクタク始めるよっ!はいはいはいはいっ!』
何となくハイテンション気味の女の子の声がタブレットから聞こえてきて、画面に私と何故かお嬢が映る。
先ほどの意味不明な単語についてはあとで説明するから、ということでまずはやってみよう、という話になった。
昔ヤク中でぶっ壊れた女があんな感じのテンションで話していたのを、何故か思い出した。
『全速力連続笑顔!』
も、物凄い早口だ。
そして語呂が悪いなんてレベルじゃない。
何より噛まずに言えるのがすごい。
「何ぼさっとしてるの、こうよ、こう!!」
「え……え?」
お嬢がタブレットに向かって笑顔を向けたかと思ったら、その笑顔がとんでもない速さで違う表情に切り替わっていく。
お、お嬢……いつの間にこんな特技を……。
「ほら、真似でいいからやってみる!」
「あ、は、はい!」
言われるがままに、お嬢の真似をして顔を歪めて見るが、誰がどう見てもメンチを切っている様にしか見えない。
しかもそれが連続で、意味の分からない速さで展開されていくものだから、もう何というかカオスだ。
「ぶは……」
「な、何だ大輝、言いたいことがあるならはっきり言ってもいいんだぞ……」
「い、いえ……」
そう言って顔を背けた大輝だが、肩から背中くらいまでがプルプルと震えている。
何がそんなにおかしいんだ……なんて思っていたら、桜子も吹き出した。
「た、大輝くん、ずるいよ……」
「わ、悪い……でも見てたら俺死んじゃうかもしれない……」
「望月……笑顔の練習、した方がいいかもしれないわね」
「れ、練習?笑顔のですか?」
「そうよ……だって、さっきのなんかずっと眉間に皺寄せて、画面睨みつけてる様にしか見えなかったじゃない……」
くっ……悔しいが何一つ言い返せない……。
しかし、笑顔の練習って一体何をすれば……。
「あ、チクタクやってるの?和歌さんもチクタクデビュー?」
睦月も出てきて興味を示す。
またこいつは私を笑うつもりなんだろうな。
こいつは大輝や桜子と違って隠さずゲラゲラ笑ってくれるから、寧ろ清々しい。
「どんなだったの?記録残ってる?」
これよ、とお嬢が睦月に先ほどのを見せる。
というかあれ、動画で残ってるのか……恥ずかしすぎないか?
「……ぶっ!!和歌さん、これ誰かに喧嘩でも売ってるの?……ぐふ……あっははははは!!し、白目剥いてる!!眉間に皺寄せて……口!口引きつり過ぎ!!」
ほらきた……。
そんなにおかしかったのだろうか、と気になって私もその動画を見せてもらう。
「こ、これは……」
お嬢もたまに白目になっていることはあるものの、その何倍もの頻度で私は白目を剥いて、しかも動画の九割以上カメラに向かってメンチを切っている。
「こ、これが私……」
「そうよ。改めて見直してみると、すごいわね……」
何というか、もうひどいなんてレベルはとっくに超越していて、何を目指しているのか、と自分でも疑問に思う。
ここまで重症だったのか、私は……。
「望月、想像してみましょうか」
「な、何をでしょうか……」
「あなた、将来大輝くんの子どもとかほしくないの?」
「え?」
「仮にも……という言い方は少し申し訳ないけど、あなたは女性なのよ?大輝くんとの間に子どもができて、その子どもをあやすときにもあんな風に眉間に皺を寄せて白目剥いて口を引きつらせるつもりなの?」
「…………」
お嬢に言われて、私は想像してみる。
泣き止まない我が子をあやそうとするときの、先ほどの顔を。
いや待て……あれで泣き止んだら色々とおかしくないか?
外で泣かれたらどうする?
あれを外でやるのか……?
「……お、お嬢、私は……」
「少しはみんなが笑った理由がわかったかしら?」
「あ、あの和歌さん……和歌さんが悪い、ってことじゃないですからね?」
「大輝……」
「あんなに笑ってたくせに、大輝がそれ言うんだ?」
睦月がニヤニヤしながら大輝の脇腹をつつく。
「お、お前こそあんだけ……というか腹抱えて笑ってたくせにそれ言うのか」
「ほう、そういう生意気なこと言っちゃうんだ?」
「な、生意気ってお前な……」
「和歌さん、次は大輝とやってみなよ」
「え?」
「きっと面白いことにする……じゃなくて、なるから」
「おい、お前今面白いことにする、とか言ってなかったか?」
「聞き間違いじゃないかな?耳掃除してあげようか?」
「!!……い、いや聞き間違いだな、うん。よし、和歌さんやりましょう!!」
一瞬引きつった顔をした大輝が、逃げる様にして私のところにくる。
耳掃除に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
「よ、よし、今度は……大丈夫なはずだ」
「本当にそうかしら……」
多少の不安はあるが、大輝と一緒なら……!
『全速力連続泣き顔!』
な、泣き顔!?
さっき笑顔じゃなかったか?
「ああ、言い忘れていたけど……これ毎回お題が変わるから。そうじゃなかったらすぐ飽きちゃうでしょ」
「そ、それもそうですね……」
大輝が意外にも器用に、バリエーションに富んだ泣き顔を展開していく。
こいつ、こんなことできるやつだったのか……?
だが、私だって……!!
「ぶっ!!」
「な、何がおかしい!!」
私と並んで泣き顔を展開していた大輝が私を見て、いきなり吹き出した。
「わ、和歌さんその顔はずるいですよ……」
「な、何がだ!私はこれでも一生懸命……」
見ると、睦月や桜子、果てはお嬢までもが笑い死にしかけている。
一体、何がいけなかったというんだ……。
「わ、和歌さん……さっきの顔、もう一回やってみて……」
「む?い、いいだろう……」
何となく釈然としないが、先ほどやった通りに顔を動かすと、睦月が転げまわって笑っている。
ここまでくると、もう怒る気も失せてくる。
「そ、その顔……物まね四天王の一人にしか見えないから……え、演歌歌手の物まねとか何処で覚えてきたの……」
震えながら涙目で言う睦月の言葉に、大輝も桜子もお嬢も再び吹き出す。
物まね四天王とは何だ?と思ってアプリを終了して、検索バーに物まね四天王と入力する。
出てきた画像を見て、私は先ほど消えたはずの怒りを思い出す。
「こ、こんな顔……私は……」
「いやいや……さっきの動画、残ってると思うから見てみなよ」
はぁはぁ言いながら睦月がタブレットの動画フォルダを漁る。
「あ、これこれ……」
「…………」
再生された動画を見て、私は雷に打たれた様な思いになった。
まさしく、私がゴキひろしの物まねをしている様に見える。
「ね?ほとんど同じでしょ?」
「も、もうやめてあげて、睦月……望月のライフはもうゼロよ……」
「ぶっ!!明日香ちゃん、ここでそのセリフ、ずるいよ!!」
「お、おいお前らその辺で……」
私の中で何かが切れる音がした。
そして二週間が経過した。
「どうした、私に一度も勝てないじゃないか、大輝」
「……まさかここまで突き詰めてくるなんて……」
あの屈辱のゴキひろし事件から私は、必死で表情を変える練習に勤しんだ。
そして、わからないことは極力自分で調べる等しながら、大輝がやっているゲームも完璧以上にこなせる様になっていた。
「ほら大輝、マルチやるぞ。限定キャラ使ってまで、私の足を引っ張ることはないよな?」
「え、ええ……お手柔らかにお願いします……」
「望月って、きっかけがあれば極めるタイプの人間だったのね……」
「元々明日香の護衛がしたいって言って武術とかも極めてたみたいだし、そんな予感はしてたけどね」
あれから私は、人から……とは言っても主に組員からだが、表情豊かになったと言われる様になった。
おやっさんにも、大分感じがいいと褒められて、正直悪い気はしなかった。
だが……。
「わ、和歌さん……その笑いながら怒るの、やめませんか……?正直素直に怒ってもらった方が……」
「ほう?何だ、より怖い、とでも言いたいのか?」
「い、いえ……笑顔はとっても素敵なんですが……」
そう、努めて怒るまいと頑張った挙句、私はこんな特技を身に着けてしまった。
今までは鬼の望月、とか言われていたのだがその鬼よりも怖い、という噂が広まって、相手を威嚇する様な仕事は漏れなく呼ばれる様になった。
笑顔がより怖いということから仕事の効率が上がり、給料も少し上がった。
そして私は無課金でやろうと決めていたゲームも無課金から無(理のない)課金に変わり、大輝に追いつくことができた。
今ではあのお嬢からわからないことを聞かれることもあるほど知識も深まって、周りの私への認識は一気に変わったと言える。
睦月が言った、光り輝くというのがこの結果なのかはわからないが、私はこれから子どもができたとしてももう、大丈夫だろう。
しかし、タブレットを起動してそのままストアを開いて、と思ったところでお嬢に止められた。
「まさかモバイル回線でインストールするつもりなの?」
「え?ダメなんですか?」
「せっかくWi-fiがあるんだから、接続してからやった方がいいわ。モバイルは月々に使える通信容量が決まっているのだから」
お嬢は何だか物知りで、私にとってはとても頼りに……いやいや、これじゃいけない。
私がお嬢を守る立場だというのに。
とはいえそのWi-fiなるものがよくわからなくて、結局お嬢に設定してもらった。
「まぁ、専門的な勉強までしろとは思わないけど……でも基本的なことはある程度覚えておいて損はないわ。使いながら少しずつ覚えていきなさい」
「あ、ありがとうございます……」
何はともあれ、大輝が入れていた複数のゲームのインストール作業が完了した。
大輝はまだ起きてこないのだろうか。
さっき睦月に連れていかれたということは……まぁそういうことなんだろうと察してはいるが。
先に一人で練習しておこう、と考えて私はアプリの一つを起動した。
そうだ、せっかくハイスペックなものを購入したのだから、と私は同時起動なるものに挑戦してみようと思った。
お嬢が心配そうに私の様子を見守っていたが、これができれば見直すに違いない。
「あの、望月?」
「何でしょう?」
「何をしようとしているの?」
「え?何とは……」
「ゲームアプリはメモリ容量をかなり使うから、同時起動なんかしたら端末がすぐダメになるわよ?それに、ゲームによってはまともに動かないかもしれない」
「え?」
「あなたの考えていることくらいわかるわよ……何年一緒にいると思ってるの」
「あ、はぁ……」
大体あなたは不器用なくせに、何でそんな横着をしようとするの、と散々怒られて、渋々一つずつやってみることにした。
さっきやっていたのは確か、建設三代目というゲームだったはずだ。
大輝が使っていたキャラが……いない。
「ああ、和歌さん。帰ってたんですね」
「ああ、ただいま。それより大輝、おかしいんだ」
「はい?」
「チュートリアルというのが終わって、大輝がさっき使っていたキャラを使おうとしたら……」
「あー……あれはですね、所謂期間限定キャラというやつでして……しかもガチャでしか手に入らないので……」
「ガチャ?何だガチャって」
「ほら、ここにあるじゃないですか。これでキャラクターは基本的に入手するんですよ。まぁ、一部キャラはクエストこなしていくだけで手に入ったりもしますけど」
よくわからない単語がやたらと踊っていて、私の頭は既にパンク寸前だった。
頭から煙でも出すんじゃないかって心配されて、大輝が一つずつかみ砕いた説明をしてくれる。
なるほど、ガチャというのは昔よくあったガチャガチャが由来しているのか。
それを、本来有料であるはずのゲーム内通貨を使って回す、と。
すると闇鍋みたいな中身からアイテムだのキャラクターが出てくる、というものなのか。
「確かに闇鍋って言われることはありますね。アイテムとキャラが分かれてるゲームももちろんありますけど、このゲームの場合はごちゃまぜなので」
「ふむ……」
私はチュートリアルを終えたときにもらえた通貨でそのガチャというのを回す。
今は限定キャラこそいないが、それなりに安定したキャラが多いからある程度なら入手しておいて損はない、とのことだった。
「ここをタップして……」
「よし、こい……」
「…………」
大輝から、おお?と声が漏れる。
画面がフラッシュして、そこに現れたのは……。
「あ、アイテムですね……しかも全部……」
「え?」
「大変申し上げにくいのですが、ハズレというやつで……」
「なん……だと……」
リセマラという方法もあると、丁寧に教えてもらったものだが、一回目のショックで燃え尽きたのでまた今度やる、ということにした。
「あ、じゃあ和歌さんこれやろう?」
桜子が部屋から出てきて、私のタブレットをいじっている。
何やらアプリを入れている様だった。
「何を入れてるんだ?」
「ウィルスとかじゃないから安心して。今若い子の間で流行ってるんだよー」
「ほう、若い子の……」
「望月、言い方がもう若い子じゃなくなってるわ……」
「そ、そんな……」
桜子が入れたのは、チクタクというアプリでとにかく色々なことができるらしいとのことだった。
時計の秒針が刻む音に合わせて色々なポーズをしたりして、それをSNSなるもので共有するんだとかなんとか。
というかSNSって何だろう。
「ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略で……何て言うのかしらね。簡単に言えば、オンラインで近況の報告だったり、とにかく色々できるのよ」
「近況の?」
「あー、和歌さん大食いキャラだし、日々食べてるものを写真に撮ってアップしたらそれなり面白そう」
「あ、アップ?」
またもわからない単語が飛び交って、私が寧ろアップアップしてる感じだ。
……古いか?
『それじゃーチクタク始めるよっ!はいはいはいはいっ!』
何となくハイテンション気味の女の子の声がタブレットから聞こえてきて、画面に私と何故かお嬢が映る。
先ほどの意味不明な単語についてはあとで説明するから、ということでまずはやってみよう、という話になった。
昔ヤク中でぶっ壊れた女があんな感じのテンションで話していたのを、何故か思い出した。
『全速力連続笑顔!』
も、物凄い早口だ。
そして語呂が悪いなんてレベルじゃない。
何より噛まずに言えるのがすごい。
「何ぼさっとしてるの、こうよ、こう!!」
「え……え?」
お嬢がタブレットに向かって笑顔を向けたかと思ったら、その笑顔がとんでもない速さで違う表情に切り替わっていく。
お、お嬢……いつの間にこんな特技を……。
「ほら、真似でいいからやってみる!」
「あ、は、はい!」
言われるがままに、お嬢の真似をして顔を歪めて見るが、誰がどう見てもメンチを切っている様にしか見えない。
しかもそれが連続で、意味の分からない速さで展開されていくものだから、もう何というかカオスだ。
「ぶは……」
「な、何だ大輝、言いたいことがあるならはっきり言ってもいいんだぞ……」
「い、いえ……」
そう言って顔を背けた大輝だが、肩から背中くらいまでがプルプルと震えている。
何がそんなにおかしいんだ……なんて思っていたら、桜子も吹き出した。
「た、大輝くん、ずるいよ……」
「わ、悪い……でも見てたら俺死んじゃうかもしれない……」
「望月……笑顔の練習、した方がいいかもしれないわね」
「れ、練習?笑顔のですか?」
「そうよ……だって、さっきのなんかずっと眉間に皺寄せて、画面睨みつけてる様にしか見えなかったじゃない……」
くっ……悔しいが何一つ言い返せない……。
しかし、笑顔の練習って一体何をすれば……。
「あ、チクタクやってるの?和歌さんもチクタクデビュー?」
睦月も出てきて興味を示す。
またこいつは私を笑うつもりなんだろうな。
こいつは大輝や桜子と違って隠さずゲラゲラ笑ってくれるから、寧ろ清々しい。
「どんなだったの?記録残ってる?」
これよ、とお嬢が睦月に先ほどのを見せる。
というかあれ、動画で残ってるのか……恥ずかしすぎないか?
「……ぶっ!!和歌さん、これ誰かに喧嘩でも売ってるの?……ぐふ……あっははははは!!し、白目剥いてる!!眉間に皺寄せて……口!口引きつり過ぎ!!」
ほらきた……。
そんなにおかしかったのだろうか、と気になって私もその動画を見せてもらう。
「こ、これは……」
お嬢もたまに白目になっていることはあるものの、その何倍もの頻度で私は白目を剥いて、しかも動画の九割以上カメラに向かってメンチを切っている。
「こ、これが私……」
「そうよ。改めて見直してみると、すごいわね……」
何というか、もうひどいなんてレベルはとっくに超越していて、何を目指しているのか、と自分でも疑問に思う。
ここまで重症だったのか、私は……。
「望月、想像してみましょうか」
「な、何をでしょうか……」
「あなた、将来大輝くんの子どもとかほしくないの?」
「え?」
「仮にも……という言い方は少し申し訳ないけど、あなたは女性なのよ?大輝くんとの間に子どもができて、その子どもをあやすときにもあんな風に眉間に皺を寄せて白目剥いて口を引きつらせるつもりなの?」
「…………」
お嬢に言われて、私は想像してみる。
泣き止まない我が子をあやそうとするときの、先ほどの顔を。
いや待て……あれで泣き止んだら色々とおかしくないか?
外で泣かれたらどうする?
あれを外でやるのか……?
「……お、お嬢、私は……」
「少しはみんなが笑った理由がわかったかしら?」
「あ、あの和歌さん……和歌さんが悪い、ってことじゃないですからね?」
「大輝……」
「あんなに笑ってたくせに、大輝がそれ言うんだ?」
睦月がニヤニヤしながら大輝の脇腹をつつく。
「お、お前こそあんだけ……というか腹抱えて笑ってたくせにそれ言うのか」
「ほう、そういう生意気なこと言っちゃうんだ?」
「な、生意気ってお前な……」
「和歌さん、次は大輝とやってみなよ」
「え?」
「きっと面白いことにする……じゃなくて、なるから」
「おい、お前今面白いことにする、とか言ってなかったか?」
「聞き間違いじゃないかな?耳掃除してあげようか?」
「!!……い、いや聞き間違いだな、うん。よし、和歌さんやりましょう!!」
一瞬引きつった顔をした大輝が、逃げる様にして私のところにくる。
耳掃除に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
「よ、よし、今度は……大丈夫なはずだ」
「本当にそうかしら……」
多少の不安はあるが、大輝と一緒なら……!
『全速力連続泣き顔!』
な、泣き顔!?
さっき笑顔じゃなかったか?
「ああ、言い忘れていたけど……これ毎回お題が変わるから。そうじゃなかったらすぐ飽きちゃうでしょ」
「そ、それもそうですね……」
大輝が意外にも器用に、バリエーションに富んだ泣き顔を展開していく。
こいつ、こんなことできるやつだったのか……?
だが、私だって……!!
「ぶっ!!」
「な、何がおかしい!!」
私と並んで泣き顔を展開していた大輝が私を見て、いきなり吹き出した。
「わ、和歌さんその顔はずるいですよ……」
「な、何がだ!私はこれでも一生懸命……」
見ると、睦月や桜子、果てはお嬢までもが笑い死にしかけている。
一体、何がいけなかったというんだ……。
「わ、和歌さん……さっきの顔、もう一回やってみて……」
「む?い、いいだろう……」
何となく釈然としないが、先ほどやった通りに顔を動かすと、睦月が転げまわって笑っている。
ここまでくると、もう怒る気も失せてくる。
「そ、その顔……物まね四天王の一人にしか見えないから……え、演歌歌手の物まねとか何処で覚えてきたの……」
震えながら涙目で言う睦月の言葉に、大輝も桜子もお嬢も再び吹き出す。
物まね四天王とは何だ?と思ってアプリを終了して、検索バーに物まね四天王と入力する。
出てきた画像を見て、私は先ほど消えたはずの怒りを思い出す。
「こ、こんな顔……私は……」
「いやいや……さっきの動画、残ってると思うから見てみなよ」
はぁはぁ言いながら睦月がタブレットの動画フォルダを漁る。
「あ、これこれ……」
「…………」
再生された動画を見て、私は雷に打たれた様な思いになった。
まさしく、私がゴキひろしの物まねをしている様に見える。
「ね?ほとんど同じでしょ?」
「も、もうやめてあげて、睦月……望月のライフはもうゼロよ……」
「ぶっ!!明日香ちゃん、ここでそのセリフ、ずるいよ!!」
「お、おいお前らその辺で……」
私の中で何かが切れる音がした。
そして二週間が経過した。
「どうした、私に一度も勝てないじゃないか、大輝」
「……まさかここまで突き詰めてくるなんて……」
あの屈辱のゴキひろし事件から私は、必死で表情を変える練習に勤しんだ。
そして、わからないことは極力自分で調べる等しながら、大輝がやっているゲームも完璧以上にこなせる様になっていた。
「ほら大輝、マルチやるぞ。限定キャラ使ってまで、私の足を引っ張ることはないよな?」
「え、ええ……お手柔らかにお願いします……」
「望月って、きっかけがあれば極めるタイプの人間だったのね……」
「元々明日香の護衛がしたいって言って武術とかも極めてたみたいだし、そんな予感はしてたけどね」
あれから私は、人から……とは言っても主に組員からだが、表情豊かになったと言われる様になった。
おやっさんにも、大分感じがいいと褒められて、正直悪い気はしなかった。
だが……。
「わ、和歌さん……その笑いながら怒るの、やめませんか……?正直素直に怒ってもらった方が……」
「ほう?何だ、より怖い、とでも言いたいのか?」
「い、いえ……笑顔はとっても素敵なんですが……」
そう、努めて怒るまいと頑張った挙句、私はこんな特技を身に着けてしまった。
今までは鬼の望月、とか言われていたのだがその鬼よりも怖い、という噂が広まって、相手を威嚇する様な仕事は漏れなく呼ばれる様になった。
笑顔がより怖いということから仕事の効率が上がり、給料も少し上がった。
そして私は無課金でやろうと決めていたゲームも無課金から無(理のない)課金に変わり、大輝に追いつくことができた。
今ではあのお嬢からわからないことを聞かれることもあるほど知識も深まって、周りの私への認識は一気に変わったと言える。
睦月が言った、光り輝くというのがこの結果なのかはわからないが、私はこれから子どもができたとしてももう、大丈夫だろう。
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ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
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