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第4章 もふもふ日常
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ルミアを仲間に迎えて一週間が経った。五大元素の守護獣たちが揃ったことで、森の開発は飛躍的に進んだ。
朝、アーレンはいつものように最初に目を覚ました。彼の周りには守護獣たちが寄り添うように眠っていた。エリアはいつも通り彼の胸の上、セレナは足元、ミストは枕元、フロートは横に大きな体を横たえ、そしてルミアは彼の腕に翼を広げるように抱きついていた。
「皆、おはよう」アーレンは静かに声をかけた。
守護獣たちが次々と目を覚まし、伸びをしたり、あくびをしたりした。
「今日も良い天気になりそうだね」アーレンは窓から差し込む朝日を見ながら言った。
「はい!私が昨日、良い天気になるように祈っておきました!」ルミアが誇らしげに言った。
「さすがは空の守護獣だね」アーレンはルミアの頭を撫でた。
朝食の準備が始まり、それぞれが自分の役割を果たす。セレナが水を汲み、ミストが香りの良い植物を集め、フロートが調理用の石を温め、エリアが幻術で火を灯し、ルミアが優しい風を送って部屋を快適にする。アーレンは皆が持ってきた食材で朝食を作った。
「今日の予定は?」セレナが優雅に尋ねた。
「今日はルミアの力を使って、畑に雨を降らせてもらおうと思う」アーレンは計画を説明した。「それから、フロートと一緒に新しい鉱脈を探索するつもりだ」
「雨降らし、頑張ります!」ルミアは元気に返事をした。
「鉱脈探しなら任せろ」フロートも頼もしく答えた。
「ミストとエリアは?」アーレンが尋ねた。
「私は森の東側を探索します!」エリアが元気よく言った。
「私は…ハーブ園を」ミストは小さな声で答えた。
「セレナは?」
「浄化池の拡張を進めます」セレナはエレガントに応じた。
朝食後、アーレンは守護獣たちとともに一日の活動を始めた。まずはルミアとの畑への雨降らしだ。
「どうすればいいの?」ルミアは少し緊張した様子で尋ねた。
「君の能力を使って、畑の上だけに小さな雨雲を作れるかな?」
「や、やってみます!」
ルミアは空を見上げ、小さな翼を広げた。彼女の額の紫色の紋様が輝き始め、上空に魔力が集中していく。次第に小さな雲が形成され、畑の上にだけ位置するように動いていった。
「すごい!」アーレンは驚きの声を上げた。
やがて、雲から優しい雨が降り始めた。絶妙な強さで、作物を傷つけることなく、土壌にしっかりと水を与えていく。
「ルミア、完璧だよ」アーレンは感嘆した。
「ほ、本当ですか?」ルミアは嬉しそうに尋ねた。「まだ上手くコントロールできる自信がなくて…」
「いや、素晴らしい制御だよ」アーレンは彼女を抱き上げ、頭を撫でた。「本当にありがとう」
ルミアはアーレンの胸に顔をうずめ、嬉しそうに小さな声で鳴いた。彼女の翼が喜びに小刻みに震えている。
畑の水やりを終えると、アーレンはフロートと共に鉱脈探索に向かった。他の守護獣たちはそれぞれの任務に散っていった。
「フロート、君の能力で鉱物を感知できるって本当にすごいね」アーレンはうさぎの背中に手を置きながら歩いた。
「基本的な能力だ」フロートは謙虚に答えた。「でも、確かに役立つ」
彼らは森の西側にある小さな丘に向かった。フロートによれば、そこに良質な鉄鉱石の鉱脈があるという。
丘に到着すると、フロートは目を閉じ、全身を使って地中の様子を感じ取っていた。
「ここだ」フロートが前足で地面を叩いた。「深さ3メートルほどのところに、鉄の鉱脈が走っている」
「掘れそう?」アーレンが尋ねた。
「ああ」フロートは地面に前足を置き、魔力を流し込んだ。地面がゆっくりと動き、まるで水面のように波打ち始める。やがて、地中から鉄鉱石の塊が浮かび上がってきた。
「これは…」アーレンは塊を手に取り、驚いた。「とても純度の高い鉄鉱石だ!」
「この森は魔力に満ちている」フロートが説明した。「鉱物も魔力を帯び、純度が高くなるのだ」
彼らは数時間かけて、必要な分の鉄鉱石を採掘した。フロートの能力のおかげで、通常なら数週間かかる作業が、わずか半日で完了した。
「これで鍛冶道具を作れるね」アーレンは満足げに言った。「ありがとう、フロート」
「どういたしまして」フロートは静かに答えた。
帰り道、アーレンはフロートの背中に手を置き、その柔らかな毛を撫でながら歩いた。フロートは最初警戒心が強かったが、今では完全にアーレンに心を開いているようだった。
「アーレン、何か聞きたいことがある」フロートが珍しく会話を始めた。
「なんだい?」
「君はなぜ私たち全員を平等に扱うのだ?」フロートは真剣な表情で尋ねた。「通常のテイマーなら、一番強い獣を優遇するものだが」
アーレンは少し考えてから答えた。「君たちは私にとって、単なる契約した魔獣じゃない。かけがえのない家族だからだよ」
「家族…」フロートは意外そうな顔をした。
「そうだよ」アーレンは優しく微笑んだ。「私は君たち全員を同じように大切に思っている。エリアの明るさも、セレナの優雅さも、ミストの静かさも、君の頼もしさも、ルミアの素直さも、全て愛おしいんだ」
フロートは黙って前を見つめ続けたが、その耳がわずかに動いたのをアーレンは見逃さなかった。感動しているのだろうか。
「私も…アーレンを家族だと思っている」フロートはようやく静かに言った。
アーレンは嬉しさのあまり、思わずフロートの背中に抱きついた。「ありがとう、フロート」
家に戻ると、他の守護獣たちも次々と帰ってきた。エリアは森で見つけた珍しい果実を、ミストは新しく育てたハーブを、セレナは浄化した水晶を、ルミアは雲から集めた天水を持ち帰った。
「みんな、収穫があったみたいだね」アーレンは嬉しそうに言った。
夕食の準備が始まり、アーレンと守護獣たちは協力して料理を作った。シチューと焼きたてのパン、新鮮なサラダと果物のデザート。魔力を帯びた食材は普通のものより味が濃く、栄養価も高かった。
食事中、彼らは一日の発見や成果について語り合った。エリアは森で見つけた小さな滝について、ミストは珍しい薬草の群生地について、セレナは新たに浄化された泉について、ルミアは高空から見た森の全景について話した。
「この森はどんどん元の姿を取り戻しているね」アーレンは満足げに言った。「皆のおかげだよ」
「違います!」エリアが元気よく反論した。「アーレン様がいなければ、私たちは今も眠ったままでした。全部アーレン様のおかげです!」
「そうですね」セレナも静かに同意した。「アーレン様の優しさと導きがあったからこそ」
アーレンは照れくさそうに笑った。「お互い様だよ。一人では何もできなかった。みんなと一緒に作り上げた領地だ」
食事の後、アーレンは守護獣たちのグルーミングタイムを設けた。これは彼らの日課となっていた。
「さて、今日は誰から始める?」アーレンはブラシを手に尋ねた。
「私!私!」エリアが真っ先に手を挙げた。
「いつも最初はエリアだな」アーレンは笑いながら言った。「みんな順番に、ね」
エリアはアーレンの膝に飛び乗り、幸せそうに身を任せた。アーレンはブラシを彼女の赤い毛に優しく当て、丁寧に梳かしていく。
「気持ちいい?」
「はい!最高です!」エリアは目を細め、喉を鳴らした。
次はセレナの番。彼女は優雅にアーレンの前に座り、静かに頭を下げた。アーレンは彼女の白い毛を丁寧にブラシでとかしていく。絹のような彼女の毛は、ブラシで梳かすと美しく輝いた。
「セレナの毛並みはいつも美しいね」アーレンは感嘆した。
「ありがとうございます」セレナは静かに答えた。「アーレン様のケアのおかげです」
次にミストが少し恥ずかしそうにやってきた。彼女は今でも少し内気だったが、アーレンのグルーミングは大好きなようだった。黒猫の体を丁寧にブラシでとかしていくと、彼女は気持ちよさそうに体を伸ばした。
「ミストの毛は本当に滑らかだね」アーレンは感心した。
「…気持ちいいです」ミストは小さな声で答えた。
フロートの番になると、アーレンは特別な硬めのブラシを使った。彼の厚い毛皮には、このブラシが最適だった。フロートは黙って目を閉じ、アーレンのブラッシングを楽しんでいるようだった。
「フロートの毛は密度があるから、ブラッシングするのも一苦労だけど」アーレンは言いながら、うさぎの大きな耳の周りも丁寧にとかした。「でも、終わった後の満足感はひとしおだね」
「ああ」フロートは簡潔だが、満足げに答えた。
最後はルミアの番。彼女の毛皮は他の守護獣たちとまた少し違っていた。鱗と毛の中間のような質感で、特に翼の部分は繊細な扱いが必要だった。
「ルミアの翼、とても美しいね」アーレンは彼女の翼を丁寧にブラシでとかしながら言った。
「そ、そうですか?」ルミアは嬉しそうに言った。「実は羽づくろいが一人ではなかなか難しくて…アーレン様にやってもらえるのが嬉しいです」
グルーミングタイムが終わると、皆の毛並みは艶やかに輝き、部屋中が心地よい香りで満たされた。守護獣たちはそれぞれお気に入りの場所でくつろぎ始めた。
アーレンは暖炉の前の椅子に座り、本を開いた。この世界の魔術について学ぶため、彼は家を出る前に何冊かの本を持ってきていたのだ。
「アーレン様、何の本を読んでいるんですか?」エリアが好奇心いっぱいに尋ねた。
「魔力の流れについての本だよ」アーレンは説明した。「この森の魔力を完全に回復させるには、もっと知識が必要だと思ってね」
「読んであげましょうか?」セレナが提案した。
「え?」アーレンは驚いた。
「私たち守護獣は長い歴史を持っています」セレナは説明した。「その中で多くの知識を蓄えてきました」
「そうなの?それは助かるよ」
アーレンがページをめくると、セレナはそれを覗き込み、解説を始めた。他の守護獣たちも集まってきて、それぞれの視点から知識を共有した。エリアは火の魔力について、ミストは植物との共鳴について、フロートは鉱物の魔力について、ルミアは空気と風の流れについて詳しく説明してくれた。
「皆、本当に博識だね」アーレンは感心した。「これは私にとっても、とても価値のある勉強会だよ」
夜も更けていき、アーレンは本を閉じた。「そろそろ寝よう」
守護獣たちは彼の周りに集まり、いつものように寝床に就いた。アーレンは一人ひとりの頭を撫で、「おやすみ」と言った。
「明日も良い一日になりますように」
その言葉と共に、彼らは穏やかな眠りについた。星明かりが窓から差し込み、静かな森の音が子守唄のように響く中、アーレンと守護獣たちは幸せな夢を見ていた。
---
季節は少しずつ移り変わり、アーレンたちが森に来てから三ヶ月が経った。初夏を迎え、森はさらに生き生きとし、動植物も増えてきた。
ある朝、アーレンは家の前のベンチに座り、森の風景を眺めていた。かつての荒れた森は見る影もなく、今は美しい緑と色とりどりの花々で彩られていた。
「アーレン様、素敵な朝ですね」セレナが彼の横に座った。
「ああ、本当に」アーレンは微笑んだ。「ここに来て正解だったよ」
「そういえば」セレナが言った。「アーレン様を追放した家族のことは、もう恨んでいないのですか?」
アーレンは空を見上げ、少し考えてから答えた。「不思議なことに、あまり恨んでいないんだ。むしろ、感謝しているくらいかな」
「感謝?」セレナは驚いた様子だった。
「うん。もし追放されていなければ、君たちと出会うこともなかったし、この美しい森を見つけることもなかった」アーレンは静かに言った。「時には人生の挫折が、新たな幸せへの扉を開くことがあるんだね」
「深い考えですね」セレナは感心した様子で言った。
「前世でも、不当に解雇されたことがあったんだ」アーレンは続けた。「その時は本当に落ち込んだけど、今思えば、それも人生の一部だったんだな」
「アーレン様は強い方です」セレナは優しく言った。「そして、優しい」
「ありがとう、セレナ」アーレンは彼女の頭を撫でた。「君たちと出会えたことが、私の人生最大の幸運だよ」
二人が話している間に、他の守護獣たちも順番に外に出てきた。エリアは元気よく駆け回り、ミストは静かに花々を観察し、フロートは大地の様子を確かめ、ルミアは空を舞った。
「アーレン様!見てください!」ルミアが空から呼びかけた。「森の向こうに人が来ています!」
「人?」アーレンは驚いて立ち上がった。これまで彼らの元を訪れる人間はいなかった。
「どこ?」
「西の方角からです。五人ほどの集団です」
「みんな、警戒態勢をとって」アーレンは守護獣たちに指示した。「敵対的でなければ歓迎するけど、念のために」
エリアは幻術の準備を、セレナは浄化結界を、ミストは植物を使った警戒網を、フロートは地中からの監視を、ルミアは空からの偵察を始めた。アーレンは家に戻り、簡単な武具を身に着けた。
彼らは森の西側の入り口に向かい、来訪者を待った。まもなく、五人の姿が見えてきた。アーレンは目を凝らし、その姿をよく観察した。
驚いたことに、それは人間ではなく獣人たちだった。狐のような特徴を持つ女性が二人、猫のような特徴の女性が一人、そして子供が二人。彼らは疲れた様子で、緊張した表情を浮かべていた。
「こんにちは」アーレンは優しく声をかけた。「私はアーレン・グレイヘイブン。この森の領主です」
「領主…様?」狐の特徴を持つ年長の女性が、不安そうに尋ねた。その顔には傷跡があり、身なりも粗末だった。
「ええ。どうしたのですか?何かお困りごとがあれば、お手伝いします」
女性たちは互いに顔を見合わせ、やがて年長の女性が一歩前に出た。
「私の名はリーシャと申します。私たちは西の人間の村から逃げてきました」
「逃げてきた?」
「はい」リーシャの表情は暗く沈んだ。「獣人は人間の村では差別されています。特に最近、新しい領主が着任してからは迫害が酷くなり…」
「私の店は壊され」猫耳の女性が言った。「子供たちは学校にも行けなくなりました」
その女性は猫のような細い目と耳を持ち、神経質そうに周囲を警戒していた。彼女の名前はミラというらしい。
「それは酷い」アーレンは真剣な表情で言った。「で、どうしてこの森に?」
「噂を聞いたのです」リーシャが答えた。「呪われた森が変わり始めている、と。そして新しい領主が来て、不思議な魔獣たちと共に住んでいるという噂を…」
「その噂は本当ですね」セレナが静かに言った。
アーレンは考えずにはいられなかった。自分の評判が近隣の村まで広がっていたとは知らなかった。それだけこの数ヶ月での変化が大きかったということか。
「私たちを受け入れていただけないでしょうか」リーシャが切実な表情で懇願した。「働きますし、何でも言うことを聞きます。ただ、安全に暮らせる場所が欲しいのです」
アーレンは迷わず答えた。「もちろん歓迎します。この森には差別などありません。みなさんの能力を活かして、一緒に暮らしましょう」
女性たちの顔に驚きの表情が広がり、次第に安堵と喜びへと変わっていった。
「本当ですか?」
「ええ。こちらへどうぞ」アーレンは笑顔で招き入れた。「我が家へご案内します」
獣人たちはまだ半信半疑の様子だったが、アーレンと守護獣たちについていった。子供たちは最初は怯えていたが、エリアが寄っていき、友好的に尻尾を振ると、少しずつ緊張が解けていった。
アーレンの家に到着すると、獣人たちは驚きの声を上げた。
「こんな素敵な家が、呪われた森の中に…」リーシャは信じられないといった表情で言った。
「ここはもう呪われてはいませんよ」セレナが静かに説明した。「アーレン様と私たちが森を浄化しました」
アーレンは彼らを家の中に招き入れ、温かい食事と飲み物を用意した。獣人たちは最初は遠慮がちだったが、アーレンの温かい歓迎と守護獣たちの友好的な態度に、次第に安堵の表情を見せ始めた。
「すみません、リーシャさん」アーレンは夕食の席で尋ねた。「差し支えなければ、なぜそんな酷い扱いを受けたのか、もう少し詳しく教えていただけますか?」
リーシャは一度深呼吸し、話し始めた。
「私たちの村は、元々は獣人と人間が共存していた場所でした。確かに完全な平等ではなかったものの、互いに尊重し合って暮らしていました」
彼女は一口食事を取り、続けた。
「しかし半年前、新しい領主が着任してから状況が変わりました。彼は獣人を『下等生物』と呼び、重い税を課しました。さらに、獣人だけが従うべき様々な制限を設けたのです」
「それは…」アーレンは眉をひそめた。
「最初は耐えていました。しかし先月、領主は『純血政策』を発表し、獣人は人間居住区から出て行くよう命じたのです。従わない者の店や家は壊され、抵抗する者は捕まえられました」
リーシャの目に涙が浮かんだ。「私の夫は抵抗して…殺されました」
「なんて酷い」アーレンは心から同情した。「本当に申し訳ない」
「いいえ、アーレン様は関係ありません」リーシャは首を振った。「むしろ、こんな避難所を用意してくださり、感謝しています」
アーレンは決意を固めた。「ここでは安心して暮らせますよ。明日から、みなさんの家の建設を始めましょう」
「家を?」ミラが驚いた表情で言った。「私たちのために?」
「もちろん」アーレンは頷いた。「ここはこれから皆さんの村でもあるのですから」
獣人たちの目に涙が浮かんだ。長い迫害の日々の後、ようやく安全な場所を見つけたという安堵感だろう。
その晩、アーレンは守護獣たちと新たな計画を話し合った。
「明日から獣人たちの家を建設しよう」アーレンは言った。「フロート、君の能力で地盤を整えて、建材を集められるかな?」
「任せろ」フロートは頷いた。
「ミスト、家の周りに植える木や花も選んでほしい」
「…はい」ミストは静かに答えた。
「セレナは水源の確保、エリアは警戒、ルミアは天候管理でお願いできるかな?」
全員が同意し、翌朝から作業が始まった。
獣人たちも積極的に手伝い、わずか一週間で二軒の小さな家が完成した。リーシャ一家と、ミラと子供たちが、それぞれの家に住むことになった。
「アーレン様」リーシャは新居の前で深く頭を下げた。「こんな素晴らしい家を…本当にありがとうございます」
「どういたしまして」アーレンは微笑んだ。「これからはみんなで協力して、この森をもっと素晴らしい場所にしていきましょう」
リーシャは目に涙を浮かべ、思い切ったように一歩前に出た。そして、アーレンの頬にそっとキスをした。
「これは感謝の印です」彼女は少し顔を赤らめて言った。
アーレンも顔を赤くし、言葉に詰まった。「あ、ありがとう」
その場面を見ていたエリアが、嬉しそうに跳ね回った。「アーレン様に恋人ができる~!」
「え、違うよ!」アーレンは慌てて否定した。「これは単なる感謝の気持ちだろう?」
リーシャは微笑み、何も言わなかったが、その目には特別な光が宿っていた。
その後、ミラも自分なりの方法で感謝を示した。彼女は得意の織物で、アーレンと守護獣たち全員のために、暖かな毛布を作ってくれたのだ。
「これは凄い!」アーレンは柔らかな毛布に触れながら感嘆した。「こんな素晴らしい技術をお持ちなんですね」
「こ、これくらい…」ミラは恥ずかしそうに言った。彼女は人見知りが激しいようで、目を合わせるのも難しそうだった。
「本当にありがとう。大切に使わせていただきます」
アーレンの言葉に、ミラの耳がピクピクと動いた。彼女も顔を赤らめ、小さく「どういたしまして」と答えた。
その夜、アーレンはいつものように守護獣たちと共に寝床に就いた。しかし、彼の心はリーシャの柔らかな唇の感触と、ミラの差し出した毛布の温かさで満たされていた。
「アーレン様、考え事ですか?」セレナが静かに尋ねた。
「ああ、少しね」アーレンは正直に答えた。「今日は色々あって…」
「リーシャさんのキスのこと?」エリアがからかうように言った。
「う、うん…」アーレンは照れくさそうに認めた。「前世でも、こんな風に女性から好意を示されたことはなかったから、どう反応していいか…」
「自然に振る舞えばいいのです」セレナが優雅に言った。「アーレン様は素晴らしい方ですから、女性に好かれるのは当然です」
「そうですよ!」ルミアも同意した。「アーレン様は優しくて、強くて、頼りになって…」
「そんなに褒めるなよ」アーレンは恥ずかしくなって言った。「僕はただ…彼女たちが安全に暮らせるようにしたいだけだから」
「それが素敵なところです」ミストが小さな声で言った。彼女がこんな風に自分から話すのは珍しかった。
「ミスト…」
「アーレン様は誰に対しても平等に優しい」彼女は続けた。「私たちも、リーシャさんたちも、みんな同じように大切にしてくれる。だから…好かれるのです」
フロートも静かに頷いた。「そういうことだ」
アーレンは守護獣たちの言葉に心が温かくなるのを感じた。彼らは彼の最も親しい家族であり、友人だった。その彼らが自分を認めてくれているという事実が、何よりも嬉しかった。
「ありがとう、みんな」アーレンは心からの笑顔を見せた。「これからも一緒に、この森の村を作っていこうね」
守護獣たちは同意し、彼らは穏やかな眠りについた。外では満月が森を優しく照らし、微風が木々を揺らしていた。
朝、アーレンはいつものように最初に目を覚ました。彼の周りには守護獣たちが寄り添うように眠っていた。エリアはいつも通り彼の胸の上、セレナは足元、ミストは枕元、フロートは横に大きな体を横たえ、そしてルミアは彼の腕に翼を広げるように抱きついていた。
「皆、おはよう」アーレンは静かに声をかけた。
守護獣たちが次々と目を覚まし、伸びをしたり、あくびをしたりした。
「今日も良い天気になりそうだね」アーレンは窓から差し込む朝日を見ながら言った。
「はい!私が昨日、良い天気になるように祈っておきました!」ルミアが誇らしげに言った。
「さすがは空の守護獣だね」アーレンはルミアの頭を撫でた。
朝食の準備が始まり、それぞれが自分の役割を果たす。セレナが水を汲み、ミストが香りの良い植物を集め、フロートが調理用の石を温め、エリアが幻術で火を灯し、ルミアが優しい風を送って部屋を快適にする。アーレンは皆が持ってきた食材で朝食を作った。
「今日の予定は?」セレナが優雅に尋ねた。
「今日はルミアの力を使って、畑に雨を降らせてもらおうと思う」アーレンは計画を説明した。「それから、フロートと一緒に新しい鉱脈を探索するつもりだ」
「雨降らし、頑張ります!」ルミアは元気に返事をした。
「鉱脈探しなら任せろ」フロートも頼もしく答えた。
「ミストとエリアは?」アーレンが尋ねた。
「私は森の東側を探索します!」エリアが元気よく言った。
「私は…ハーブ園を」ミストは小さな声で答えた。
「セレナは?」
「浄化池の拡張を進めます」セレナはエレガントに応じた。
朝食後、アーレンは守護獣たちとともに一日の活動を始めた。まずはルミアとの畑への雨降らしだ。
「どうすればいいの?」ルミアは少し緊張した様子で尋ねた。
「君の能力を使って、畑の上だけに小さな雨雲を作れるかな?」
「や、やってみます!」
ルミアは空を見上げ、小さな翼を広げた。彼女の額の紫色の紋様が輝き始め、上空に魔力が集中していく。次第に小さな雲が形成され、畑の上にだけ位置するように動いていった。
「すごい!」アーレンは驚きの声を上げた。
やがて、雲から優しい雨が降り始めた。絶妙な強さで、作物を傷つけることなく、土壌にしっかりと水を与えていく。
「ルミア、完璧だよ」アーレンは感嘆した。
「ほ、本当ですか?」ルミアは嬉しそうに尋ねた。「まだ上手くコントロールできる自信がなくて…」
「いや、素晴らしい制御だよ」アーレンは彼女を抱き上げ、頭を撫でた。「本当にありがとう」
ルミアはアーレンの胸に顔をうずめ、嬉しそうに小さな声で鳴いた。彼女の翼が喜びに小刻みに震えている。
畑の水やりを終えると、アーレンはフロートと共に鉱脈探索に向かった。他の守護獣たちはそれぞれの任務に散っていった。
「フロート、君の能力で鉱物を感知できるって本当にすごいね」アーレンはうさぎの背中に手を置きながら歩いた。
「基本的な能力だ」フロートは謙虚に答えた。「でも、確かに役立つ」
彼らは森の西側にある小さな丘に向かった。フロートによれば、そこに良質な鉄鉱石の鉱脈があるという。
丘に到着すると、フロートは目を閉じ、全身を使って地中の様子を感じ取っていた。
「ここだ」フロートが前足で地面を叩いた。「深さ3メートルほどのところに、鉄の鉱脈が走っている」
「掘れそう?」アーレンが尋ねた。
「ああ」フロートは地面に前足を置き、魔力を流し込んだ。地面がゆっくりと動き、まるで水面のように波打ち始める。やがて、地中から鉄鉱石の塊が浮かび上がってきた。
「これは…」アーレンは塊を手に取り、驚いた。「とても純度の高い鉄鉱石だ!」
「この森は魔力に満ちている」フロートが説明した。「鉱物も魔力を帯び、純度が高くなるのだ」
彼らは数時間かけて、必要な分の鉄鉱石を採掘した。フロートの能力のおかげで、通常なら数週間かかる作業が、わずか半日で完了した。
「これで鍛冶道具を作れるね」アーレンは満足げに言った。「ありがとう、フロート」
「どういたしまして」フロートは静かに答えた。
帰り道、アーレンはフロートの背中に手を置き、その柔らかな毛を撫でながら歩いた。フロートは最初警戒心が強かったが、今では完全にアーレンに心を開いているようだった。
「アーレン、何か聞きたいことがある」フロートが珍しく会話を始めた。
「なんだい?」
「君はなぜ私たち全員を平等に扱うのだ?」フロートは真剣な表情で尋ねた。「通常のテイマーなら、一番強い獣を優遇するものだが」
アーレンは少し考えてから答えた。「君たちは私にとって、単なる契約した魔獣じゃない。かけがえのない家族だからだよ」
「家族…」フロートは意外そうな顔をした。
「そうだよ」アーレンは優しく微笑んだ。「私は君たち全員を同じように大切に思っている。エリアの明るさも、セレナの優雅さも、ミストの静かさも、君の頼もしさも、ルミアの素直さも、全て愛おしいんだ」
フロートは黙って前を見つめ続けたが、その耳がわずかに動いたのをアーレンは見逃さなかった。感動しているのだろうか。
「私も…アーレンを家族だと思っている」フロートはようやく静かに言った。
アーレンは嬉しさのあまり、思わずフロートの背中に抱きついた。「ありがとう、フロート」
家に戻ると、他の守護獣たちも次々と帰ってきた。エリアは森で見つけた珍しい果実を、ミストは新しく育てたハーブを、セレナは浄化した水晶を、ルミアは雲から集めた天水を持ち帰った。
「みんな、収穫があったみたいだね」アーレンは嬉しそうに言った。
夕食の準備が始まり、アーレンと守護獣たちは協力して料理を作った。シチューと焼きたてのパン、新鮮なサラダと果物のデザート。魔力を帯びた食材は普通のものより味が濃く、栄養価も高かった。
食事中、彼らは一日の発見や成果について語り合った。エリアは森で見つけた小さな滝について、ミストは珍しい薬草の群生地について、セレナは新たに浄化された泉について、ルミアは高空から見た森の全景について話した。
「この森はどんどん元の姿を取り戻しているね」アーレンは満足げに言った。「皆のおかげだよ」
「違います!」エリアが元気よく反論した。「アーレン様がいなければ、私たちは今も眠ったままでした。全部アーレン様のおかげです!」
「そうですね」セレナも静かに同意した。「アーレン様の優しさと導きがあったからこそ」
アーレンは照れくさそうに笑った。「お互い様だよ。一人では何もできなかった。みんなと一緒に作り上げた領地だ」
食事の後、アーレンは守護獣たちのグルーミングタイムを設けた。これは彼らの日課となっていた。
「さて、今日は誰から始める?」アーレンはブラシを手に尋ねた。
「私!私!」エリアが真っ先に手を挙げた。
「いつも最初はエリアだな」アーレンは笑いながら言った。「みんな順番に、ね」
エリアはアーレンの膝に飛び乗り、幸せそうに身を任せた。アーレンはブラシを彼女の赤い毛に優しく当て、丁寧に梳かしていく。
「気持ちいい?」
「はい!最高です!」エリアは目を細め、喉を鳴らした。
次はセレナの番。彼女は優雅にアーレンの前に座り、静かに頭を下げた。アーレンは彼女の白い毛を丁寧にブラシでとかしていく。絹のような彼女の毛は、ブラシで梳かすと美しく輝いた。
「セレナの毛並みはいつも美しいね」アーレンは感嘆した。
「ありがとうございます」セレナは静かに答えた。「アーレン様のケアのおかげです」
次にミストが少し恥ずかしそうにやってきた。彼女は今でも少し内気だったが、アーレンのグルーミングは大好きなようだった。黒猫の体を丁寧にブラシでとかしていくと、彼女は気持ちよさそうに体を伸ばした。
「ミストの毛は本当に滑らかだね」アーレンは感心した。
「…気持ちいいです」ミストは小さな声で答えた。
フロートの番になると、アーレンは特別な硬めのブラシを使った。彼の厚い毛皮には、このブラシが最適だった。フロートは黙って目を閉じ、アーレンのブラッシングを楽しんでいるようだった。
「フロートの毛は密度があるから、ブラッシングするのも一苦労だけど」アーレンは言いながら、うさぎの大きな耳の周りも丁寧にとかした。「でも、終わった後の満足感はひとしおだね」
「ああ」フロートは簡潔だが、満足げに答えた。
最後はルミアの番。彼女の毛皮は他の守護獣たちとまた少し違っていた。鱗と毛の中間のような質感で、特に翼の部分は繊細な扱いが必要だった。
「ルミアの翼、とても美しいね」アーレンは彼女の翼を丁寧にブラシでとかしながら言った。
「そ、そうですか?」ルミアは嬉しそうに言った。「実は羽づくろいが一人ではなかなか難しくて…アーレン様にやってもらえるのが嬉しいです」
グルーミングタイムが終わると、皆の毛並みは艶やかに輝き、部屋中が心地よい香りで満たされた。守護獣たちはそれぞれお気に入りの場所でくつろぎ始めた。
アーレンは暖炉の前の椅子に座り、本を開いた。この世界の魔術について学ぶため、彼は家を出る前に何冊かの本を持ってきていたのだ。
「アーレン様、何の本を読んでいるんですか?」エリアが好奇心いっぱいに尋ねた。
「魔力の流れについての本だよ」アーレンは説明した。「この森の魔力を完全に回復させるには、もっと知識が必要だと思ってね」
「読んであげましょうか?」セレナが提案した。
「え?」アーレンは驚いた。
「私たち守護獣は長い歴史を持っています」セレナは説明した。「その中で多くの知識を蓄えてきました」
「そうなの?それは助かるよ」
アーレンがページをめくると、セレナはそれを覗き込み、解説を始めた。他の守護獣たちも集まってきて、それぞれの視点から知識を共有した。エリアは火の魔力について、ミストは植物との共鳴について、フロートは鉱物の魔力について、ルミアは空気と風の流れについて詳しく説明してくれた。
「皆、本当に博識だね」アーレンは感心した。「これは私にとっても、とても価値のある勉強会だよ」
夜も更けていき、アーレンは本を閉じた。「そろそろ寝よう」
守護獣たちは彼の周りに集まり、いつものように寝床に就いた。アーレンは一人ひとりの頭を撫で、「おやすみ」と言った。
「明日も良い一日になりますように」
その言葉と共に、彼らは穏やかな眠りについた。星明かりが窓から差し込み、静かな森の音が子守唄のように響く中、アーレンと守護獣たちは幸せな夢を見ていた。
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季節は少しずつ移り変わり、アーレンたちが森に来てから三ヶ月が経った。初夏を迎え、森はさらに生き生きとし、動植物も増えてきた。
ある朝、アーレンは家の前のベンチに座り、森の風景を眺めていた。かつての荒れた森は見る影もなく、今は美しい緑と色とりどりの花々で彩られていた。
「アーレン様、素敵な朝ですね」セレナが彼の横に座った。
「ああ、本当に」アーレンは微笑んだ。「ここに来て正解だったよ」
「そういえば」セレナが言った。「アーレン様を追放した家族のことは、もう恨んでいないのですか?」
アーレンは空を見上げ、少し考えてから答えた。「不思議なことに、あまり恨んでいないんだ。むしろ、感謝しているくらいかな」
「感謝?」セレナは驚いた様子だった。
「うん。もし追放されていなければ、君たちと出会うこともなかったし、この美しい森を見つけることもなかった」アーレンは静かに言った。「時には人生の挫折が、新たな幸せへの扉を開くことがあるんだね」
「深い考えですね」セレナは感心した様子で言った。
「前世でも、不当に解雇されたことがあったんだ」アーレンは続けた。「その時は本当に落ち込んだけど、今思えば、それも人生の一部だったんだな」
「アーレン様は強い方です」セレナは優しく言った。「そして、優しい」
「ありがとう、セレナ」アーレンは彼女の頭を撫でた。「君たちと出会えたことが、私の人生最大の幸運だよ」
二人が話している間に、他の守護獣たちも順番に外に出てきた。エリアは元気よく駆け回り、ミストは静かに花々を観察し、フロートは大地の様子を確かめ、ルミアは空を舞った。
「アーレン様!見てください!」ルミアが空から呼びかけた。「森の向こうに人が来ています!」
「人?」アーレンは驚いて立ち上がった。これまで彼らの元を訪れる人間はいなかった。
「どこ?」
「西の方角からです。五人ほどの集団です」
「みんな、警戒態勢をとって」アーレンは守護獣たちに指示した。「敵対的でなければ歓迎するけど、念のために」
エリアは幻術の準備を、セレナは浄化結界を、ミストは植物を使った警戒網を、フロートは地中からの監視を、ルミアは空からの偵察を始めた。アーレンは家に戻り、簡単な武具を身に着けた。
彼らは森の西側の入り口に向かい、来訪者を待った。まもなく、五人の姿が見えてきた。アーレンは目を凝らし、その姿をよく観察した。
驚いたことに、それは人間ではなく獣人たちだった。狐のような特徴を持つ女性が二人、猫のような特徴の女性が一人、そして子供が二人。彼らは疲れた様子で、緊張した表情を浮かべていた。
「こんにちは」アーレンは優しく声をかけた。「私はアーレン・グレイヘイブン。この森の領主です」
「領主…様?」狐の特徴を持つ年長の女性が、不安そうに尋ねた。その顔には傷跡があり、身なりも粗末だった。
「ええ。どうしたのですか?何かお困りごとがあれば、お手伝いします」
女性たちは互いに顔を見合わせ、やがて年長の女性が一歩前に出た。
「私の名はリーシャと申します。私たちは西の人間の村から逃げてきました」
「逃げてきた?」
「はい」リーシャの表情は暗く沈んだ。「獣人は人間の村では差別されています。特に最近、新しい領主が着任してからは迫害が酷くなり…」
「私の店は壊され」猫耳の女性が言った。「子供たちは学校にも行けなくなりました」
その女性は猫のような細い目と耳を持ち、神経質そうに周囲を警戒していた。彼女の名前はミラというらしい。
「それは酷い」アーレンは真剣な表情で言った。「で、どうしてこの森に?」
「噂を聞いたのです」リーシャが答えた。「呪われた森が変わり始めている、と。そして新しい領主が来て、不思議な魔獣たちと共に住んでいるという噂を…」
「その噂は本当ですね」セレナが静かに言った。
アーレンは考えずにはいられなかった。自分の評判が近隣の村まで広がっていたとは知らなかった。それだけこの数ヶ月での変化が大きかったということか。
「私たちを受け入れていただけないでしょうか」リーシャが切実な表情で懇願した。「働きますし、何でも言うことを聞きます。ただ、安全に暮らせる場所が欲しいのです」
アーレンは迷わず答えた。「もちろん歓迎します。この森には差別などありません。みなさんの能力を活かして、一緒に暮らしましょう」
女性たちの顔に驚きの表情が広がり、次第に安堵と喜びへと変わっていった。
「本当ですか?」
「ええ。こちらへどうぞ」アーレンは笑顔で招き入れた。「我が家へご案内します」
獣人たちはまだ半信半疑の様子だったが、アーレンと守護獣たちについていった。子供たちは最初は怯えていたが、エリアが寄っていき、友好的に尻尾を振ると、少しずつ緊張が解けていった。
アーレンの家に到着すると、獣人たちは驚きの声を上げた。
「こんな素敵な家が、呪われた森の中に…」リーシャは信じられないといった表情で言った。
「ここはもう呪われてはいませんよ」セレナが静かに説明した。「アーレン様と私たちが森を浄化しました」
アーレンは彼らを家の中に招き入れ、温かい食事と飲み物を用意した。獣人たちは最初は遠慮がちだったが、アーレンの温かい歓迎と守護獣たちの友好的な態度に、次第に安堵の表情を見せ始めた。
「すみません、リーシャさん」アーレンは夕食の席で尋ねた。「差し支えなければ、なぜそんな酷い扱いを受けたのか、もう少し詳しく教えていただけますか?」
リーシャは一度深呼吸し、話し始めた。
「私たちの村は、元々は獣人と人間が共存していた場所でした。確かに完全な平等ではなかったものの、互いに尊重し合って暮らしていました」
彼女は一口食事を取り、続けた。
「しかし半年前、新しい領主が着任してから状況が変わりました。彼は獣人を『下等生物』と呼び、重い税を課しました。さらに、獣人だけが従うべき様々な制限を設けたのです」
「それは…」アーレンは眉をひそめた。
「最初は耐えていました。しかし先月、領主は『純血政策』を発表し、獣人は人間居住区から出て行くよう命じたのです。従わない者の店や家は壊され、抵抗する者は捕まえられました」
リーシャの目に涙が浮かんだ。「私の夫は抵抗して…殺されました」
「なんて酷い」アーレンは心から同情した。「本当に申し訳ない」
「いいえ、アーレン様は関係ありません」リーシャは首を振った。「むしろ、こんな避難所を用意してくださり、感謝しています」
アーレンは決意を固めた。「ここでは安心して暮らせますよ。明日から、みなさんの家の建設を始めましょう」
「家を?」ミラが驚いた表情で言った。「私たちのために?」
「もちろん」アーレンは頷いた。「ここはこれから皆さんの村でもあるのですから」
獣人たちの目に涙が浮かんだ。長い迫害の日々の後、ようやく安全な場所を見つけたという安堵感だろう。
その晩、アーレンは守護獣たちと新たな計画を話し合った。
「明日から獣人たちの家を建設しよう」アーレンは言った。「フロート、君の能力で地盤を整えて、建材を集められるかな?」
「任せろ」フロートは頷いた。
「ミスト、家の周りに植える木や花も選んでほしい」
「…はい」ミストは静かに答えた。
「セレナは水源の確保、エリアは警戒、ルミアは天候管理でお願いできるかな?」
全員が同意し、翌朝から作業が始まった。
獣人たちも積極的に手伝い、わずか一週間で二軒の小さな家が完成した。リーシャ一家と、ミラと子供たちが、それぞれの家に住むことになった。
「アーレン様」リーシャは新居の前で深く頭を下げた。「こんな素晴らしい家を…本当にありがとうございます」
「どういたしまして」アーレンは微笑んだ。「これからはみんなで協力して、この森をもっと素晴らしい場所にしていきましょう」
リーシャは目に涙を浮かべ、思い切ったように一歩前に出た。そして、アーレンの頬にそっとキスをした。
「これは感謝の印です」彼女は少し顔を赤らめて言った。
アーレンも顔を赤くし、言葉に詰まった。「あ、ありがとう」
その場面を見ていたエリアが、嬉しそうに跳ね回った。「アーレン様に恋人ができる~!」
「え、違うよ!」アーレンは慌てて否定した。「これは単なる感謝の気持ちだろう?」
リーシャは微笑み、何も言わなかったが、その目には特別な光が宿っていた。
その後、ミラも自分なりの方法で感謝を示した。彼女は得意の織物で、アーレンと守護獣たち全員のために、暖かな毛布を作ってくれたのだ。
「これは凄い!」アーレンは柔らかな毛布に触れながら感嘆した。「こんな素晴らしい技術をお持ちなんですね」
「こ、これくらい…」ミラは恥ずかしそうに言った。彼女は人見知りが激しいようで、目を合わせるのも難しそうだった。
「本当にありがとう。大切に使わせていただきます」
アーレンの言葉に、ミラの耳がピクピクと動いた。彼女も顔を赤らめ、小さく「どういたしまして」と答えた。
その夜、アーレンはいつものように守護獣たちと共に寝床に就いた。しかし、彼の心はリーシャの柔らかな唇の感触と、ミラの差し出した毛布の温かさで満たされていた。
「アーレン様、考え事ですか?」セレナが静かに尋ねた。
「ああ、少しね」アーレンは正直に答えた。「今日は色々あって…」
「リーシャさんのキスのこと?」エリアがからかうように言った。
「う、うん…」アーレンは照れくさそうに認めた。「前世でも、こんな風に女性から好意を示されたことはなかったから、どう反応していいか…」
「自然に振る舞えばいいのです」セレナが優雅に言った。「アーレン様は素晴らしい方ですから、女性に好かれるのは当然です」
「そうですよ!」ルミアも同意した。「アーレン様は優しくて、強くて、頼りになって…」
「そんなに褒めるなよ」アーレンは恥ずかしくなって言った。「僕はただ…彼女たちが安全に暮らせるようにしたいだけだから」
「それが素敵なところです」ミストが小さな声で言った。彼女がこんな風に自分から話すのは珍しかった。
「ミスト…」
「アーレン様は誰に対しても平等に優しい」彼女は続けた。「私たちも、リーシャさんたちも、みんな同じように大切にしてくれる。だから…好かれるのです」
フロートも静かに頷いた。「そういうことだ」
アーレンは守護獣たちの言葉に心が温かくなるのを感じた。彼らは彼の最も親しい家族であり、友人だった。その彼らが自分を認めてくれているという事実が、何よりも嬉しかった。
「ありがとう、みんな」アーレンは心からの笑顔を見せた。「これからも一緒に、この森の村を作っていこうね」
守護獣たちは同意し、彼らは穏やかな眠りについた。外では満月が森を優しく照らし、微風が木々を揺らしていた。
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