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第一部:異世界料理人の目覚め
第4章:特殊料理の開発
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「もう一杯、バーサーカーシチューを!」
「俺には精神強化のスープを追加で!」
「『精神の結晶』はもう作れないのか?」
栄作がギルドの料理人となって一週間が経ち、食堂は常に満員の状態が続いていた。朝から晩まで休む間もなく料理を作り続ける日々。
しかし、栄作の顔には疲労の色はなく、むしろ生き生きとした表情で厨房に立っていた。
「栄作さん、材料がまた足りなくなりそうです」アイリスが心配そうに報告した。
「ギルドマスターに追加の予算を申請したよ」栄作は笑顔で答えた。
「でも、やはり高価な魔物の素材は限りがあるんだ。もっと工夫が必要だな」
トムが興味深そうに聞いてきた。「どんな工夫ですか?」
栄作は手を止め、二人の見習いに向き直った。
「例えば、高価な赤角獣の肉の効果を最大限に引き出す調理法を研究したり、あるいは…」
彼は少し考え込んだ。「魔力の低い一般的な食材でも、組み合わせ次第で特殊効果を生み出せるんじゃないかと考えているんだ」
「それは可能なんですか?」アイリスは驚いた様子で尋ねた。
「わからない」栄作は正直に答えた。「でも、試してみる価値はあるよ」
その時、厨房のドアが開き、マグナスが元気よく入ってきた。
「栄作!無事に戻ったぞ!」
栄作は嬉しそうに微笑んだ。「おかえり、マグナス。ダンジョンはどうだった?」
「大成功だ!」マグナスは胸を張った。
「お前の料理のおかげで、最深部まで到達できた。特にルークが凄かった。あのデザートを食べてから、魔法の詠唱速度が格段に上がったんだ」
「良かった」栄作は心から安堵した。「怪我はなかった?」
「ナディアが少し腕を怪我したが、大したことはない」マグナスは言いながら、何かを探るように栄作を見た。「ところで…何か回復を早める料理とかは作れないか?」
栄作は考え込んだ。回復効果…そういえば、昨日セイジから借りた本に何か書いてあったような…
「試してみよう」栄作は決意を固めた。「午後までに何か用意できるかもしれない」
マグナスは大きく笑った。「さすが栄作!頼りにしてるぞ!」
彼が去った後、栄作はセイジから借りた本を開き、回復効果のある食材や調理法について調べ始めた。
「回復効果…ここだ」
本によると、「月光蓮」という植物の根と「癒しの水晶」を組み合わせることで、強力な回復効果のある料理ができるという。しかし、両方とも希少な素材だった。
「アイリス、食材庫に月光蓮と癒しの水晶はあるかな?」
アイリスは首を振った。「月光蓮は在庫がありますが、癒しの水晶は高価すぎて常備していません」
栄作は思案した。セイジの本には、代替素材についても記述があった。「ミント草の新芽と清水の結晶を特殊な方法で調理すると、弱いながらも似た効果が得られる」とあった。
「ミント草と清水の結晶ならあるはずだ」栄作は決心した。「それで試してみよう」
午後、栄作は新しい料理の開発に没頭していた。月光蓮の根を薄くスライスし、ミント草の新芽をすり潰し、清水の結晶を溶かした液体に漬け込む。そして、弱火で12分間、正確に温度を調整しながら煮込んだ。
出来上がったのは、淡い青色に輝く透明なスープだった。一口飲んでみると、清涼感のある甘みが広がり、身体の中から温かいエネルギーが湧き上がるような感覚があった。
「できた」栄作は小さく呟いた。
ちょうどその時、ナディアが厨房に訪れた。彼女の右腕は包帯で巻かれていた。
「マグナスから聞いたわ。回復の料理が作れるかもって」
栄作は微笑んで椅子を勧めた。「タイミングがいいね。ちょうど完成したところだ。試してみてくれないか?」
ナディアは少し戸惑いながらも、スープを受け取った。一口飲むと、彼女の目が驚きで見開かれた。
「これは…」彼女は右腕の包帯に目をやった。「痛みが引いていく…」
栄作は満足げに頷いた。「『癒しの雫』と名付けたスープだ。回復効果があるはずだよ」
ナディアはスープを飲み干すと、ゆっくりと包帯を解き始めた。現れたのは、すでに治りかけの傷跡だった。
「信じられない…」ナディアは呟いた。「昨日までひどい傷だったのに」
「効いたようだね」栄作は嬉しそうに言った。
「でも、完全に治ったわけではないようだ。高価な癒しの水晶があれば、もっと効果的な料理ができるんだけど」
ナディアは真剣な表情で栄作を見つめた。「もしもっと良い素材があれば、もっと効果的な回復料理が作れるの?」
「ああ」栄作は頷いた。「料理魔法の本によると、最上級の治癒料理には『光の滴』という素材が最適らしい。でも、それは幻の滝に住む特殊な精霊からしか得られないとか…」
ナディアは立ち上がった。「わかったわ。マグナスたちに相談してみる」
彼女が去った後、栄作はさらに研究を続けた。回復料理に成功したことで、他の効果を持つ料理も開発できるのではないかという自信が湧いてきた。
その日の夕方、栄作は「癒しの雫」を正式にメニューに加えた。限られた材料で作るため、一日に提供できる量は少なかったが、怪我をした冒険者たちには優先的に提供することにした。
---
数日後、セイジが栄作を執務室に呼んだ。
「椎名くん、君の評判はますます高まっているよ」セイジは満足げに言った。「特に『癒しの雫』は大きな話題になっている。回復薬を買うよりも効果的だと言われているほどだ」
栄作は謙虚に頭を下げた。「まだまだ改良の余地があります。本当の癒しの料理を作るには、もっと良い素材が必要で…」
「それについてだが」セイジが言葉を挟んだ。「マグナスたちが興味深い提案をしてきたんだ」
「提案、ですか?」
「ああ」セイジは頷いた。「彼らが次に挑むダンジョン『光の峡谷』には、君の言う『光の滴』が存在する可能性があるという。彼らは君を同行させたいと言っている」
栄作は驚いた。「私が…ダンジョンに?」
「そうだ」セイジは静かに微笑んだ。
「料理魔法師として、より高度な料理を作るためには、良質な材料が必要だ。そして、最高の材料はしばしば危険な場所にある」
「でも私は戦えません」栄作は率直に言った。
「もちろんだ」セイジは頷いた。「君は戦う必要はない。マグナスたちが護衛する。君は料理人として、現地で彼らの体力を回復させる料理を作るだけでいい」
栄作は少し考え込んだ。確かに、より良い素材を手に入れるのは魅力的だった。そして、この世界の食材について直接学ぶ絶好の機会でもある。
「わかりました」栄作は決意を固めた。「挑戦してみます」
セイジは満足そうに頷いた。「良い決断だ。旅立ちは三日後だ。それまでに必要な準備をしておくといい」
執務室を出た栄作は、すぐに準備を始めた。まず、携帯用の調理器具を集め、保存食や調味料を用意した。
そして何より、ダンジョン探索中に役立つ特殊料理の研究に取り掛かった。
「ダンジョン内では、すぐに調理できるものが必要だ…」栄作はつぶやきながらレシピを考えていた。
その晩、栄作は食材庫で新たな発見をした。「輝石の粉」という、料理に入れると長時間保存できる特殊な調味料だった。これを使えば、事前に作った料理の効果を持続させることができる。
「これだ!」栄作は興奮して叫んだ。
それから二日間、栄作は次々と新しい料理を開発した。
「力の煎餅」—赤角獣の肉エキスを練り込んだ携帯食。食べると一時的に力が増す。
「集中のドライフルーツ」—青苔茸のエキスを染み込ませた保存食。精神力を高める。
「癒しのジャーキー」—月光蓮のエキスで処理した乾燥肉。緩やかな回復効果がある。
そして、最後に「全能の携帯スープ」。様々な魔法食材のエキスを凝縮し、輝石の粉で安定させた濃縮液体。水で溶くだけで、即座に効果を発揮するスープになる。
出発前日、マグナスたちがギルドを訪れた。
「準備はできたか?」マグナスが尋ねた。
栄作は自信を持って頷いた。「ばっちりだよ。特別な携帯食も開発したんだ」
「さすが栄作!」マグナスは笑った。「明日は早朝出発だ。東の門で待ち合わせだ」
「わかった」栄作は頷いた。「ところで、その『光の峡谷』ってどんな場所なんだ?」
ルークが答えた。「山脈の間にある細い渓谷です。昼間でも暗く、特殊な光を放つ苔やキノコが生えています。その奥には『光の滝』があり、伝説によれば精霊が住んでいるとか…」
「危険な魔物はいるの?」栄作は少し心配になって尋ねた。
「光を嫌う影の生物が多いらしい」ナディアが答えた。「だから、私たちが護衛する。あなたは料理づくりに集中して」
栄作は頷いた。「わかった。全力を尽くすよ」
---
出発の朝、栄作は早くに起き、最後の準備をした。携帯用の調理器具、食材、調味料、そして開発した特殊携帯食をすべてリュックに詰め込んだ。
東の門で待っていると、マグナスたち三人が完全武装で現れた。
「おはよう、栄作!」マグナスが元気よく挨拶した。「準備はいいか?」
「ああ」栄作は頷いた。「だけど、ダンジョン探索は初めてだから、迷惑をかけるかもしれないけど…」
「心配するな」マグナスは肩を叩いた。「お前の料理があれば、どんな危険も乗り越えられる。それに、俺たちはベテラン冒険者だ。必ず守ってみせる」
こうして、栄作の初めてのダンジョン探索が始まった。アーケイディアを出発し、東の山脈に向かって歩き始める。途中、栄作は道端に生える珍しい植物に興味を示し、時々立ち止まっては観察した。
「これは何だろう?」栄作は紫色の葉を持つ小さな植物を指さした。
ルークが答えた。「ナイトシェードです。少量なら眠気を誘う効果がありますが、多すぎると毒になります」
栄作は慎重にその葉に触れてみた。すると、その特性が頭に流れ込んできた。
「なるほど…睡眠導入…過剰摂取で神経麻痺…」
彼は少量の葉を摘み取り、小さな布袋に入れた。「いつか役立つかもしれない」
道中、栄作は次々と珍しい植物や果実を発見し、その都度「味覚分析」能力を使って特性を理解していった。彼のノートはみるみる新しい情報で埋まっていった。
昼食時、彼は開発した携帯食を仲間たちに配った。
「これが『力の煎餅』だ。マグナス、君には特に効果があるはずだよ」
マグナスは一口かじると、目を見開いた。「おお!体に力がみなぎる感じがする!」
「ルーク、君には『集中のドライフルーツ』を。魔法の詠唱が楽になるはずだ」
ルークも感嘆の声を上げた。「すごい…頭がクリアになる感じです」
「ナディア、君には『癒しのジャーキー』を。腕の傷の回復を早めるはずだ」
ナディアは無言で受け取り、食べた後、少し驚いた様子で腕を見つめた。
昼食後、彼らは再び歩き始めた。栄作の料理のおかげで、皆の足取りは軽く、いつもより早いペースで進むことができた。
夕方、彼らは山の麓に到着した。
「ここで野営だ」マグナスが宣言した。「明日の朝、光の峡谷に入る」
栄作は早速、野営用の調理器具を取り出し、夕食の準備を始めた。道中で集めた野草や、近くの小川で捕まえた小魚を使って、素朴だが栄養価の高い夕食を作った。
「風味を足すには…」栄作は考えながら、集めたハーブを加えた。すると、料理から淡い光が漏れ出した。
「おお!」ルークは驚いた。「料理が光っている!」
栄作も驚いた。「これは…意図していなかったけど、どうやらこのハーブには発光効果があるようだ」
「便利じゃないか」マグナスが笑った。「明日の峡谷内で役立つかもしれないぞ」
夕食後、栄作は明日のために「全能の携帯スープ」の準備を整えた。
そして、一日の発見を詳細にノートに記録した。
翌朝、彼らは早くに出発し、峡谷の入り口に到着した。入り口は高い岩壁に挟まれ、内部は薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。
「ここからが本番だ」マグナスが真剣な表情で言った。
「栄作、君は常に私たちの間にいるように。決して勝手に動かないでくれ」
栄作は緊張しながらも頷いた。彼の心の中では、料理人としての好奇心と、未知のダンジョンへの恐怖が入り混じっていた。
---
峡谷に一歩足を踏み入れると、周囲の空気が一変した。薄暗い中、岩壁や地面には淡く光る苔やキノコが生え、幻想的な景観が広がっていた。
「すごい…」栄作は思わず声を漏らした。
「美しいだろう」ナディアが小声で言った。「だが、美しいものには危険が潜んでいることも多い。気をつけて」
彼らは慎重に峡谷を進んでいった。マグナスが先頭、ルークとナディアが栄作を挟み、警戒しながら歩を進める。栄作は歩きながらも周囲の光る植物に目を奪われていた。料理人としての直感が、これらが貴重な食材になると告げていた。
一時間ほど歩いたところで、ルークが急に立ち止まった。「待って…何か来る」
暗がりから、黒い影のような生き物が現れた。人の形をしているが、体はまるで濃い霧のようにゆらめいていた。
「影魔だ!」マグナスが剣を抜いた。「栄作、下がっていろ!」
三人の冒険者が素早く陣形を組み、栄作を中央に守る。影魔は不気味な動きで彼らに近づいてきた。
「ルーク、光の魔法を!」ナディアが叫んだ。
ルークは詠唱を始めたが、影魔の動きが予想以上に速く、魔法が完成する前に襲いかかってきた。マグナスが剣で応戦するが、刃が影を通り抜けてしまう。
「物理攻撃が効かない!」マグナスが苦しそうに言った。
栄作は急いでリュックから昨日作った発光するハーブを取り出した。「これを使って!」
ナディアが素早くそれを受け取り、影魔に向かって投げつけた。ハーブが影魔に触れると、まるで日光を浴びたかのように影魔の体が縮んでいった。
「効いた!」ナディアが驚いた声を上げた。
その隙にルークの光の魔法が完成し、まばゆい光が峡谷内を照らした。影魔は悲鳴を上げ、岩陰へと逃げ去った。
しかし戦いの中で、ナディアは右腕に深い傷を負っていた。
「大丈夫か?」マグナスが心配そうに尋ねた。
「たいしたことはないわ」ナディアは傷を押さえながら答えたが、その顔は痛みで引きつっていた。
栄作は道中で集めていた光る植物を取り出した。「これで応急処置ができるかもしれない」
彼は「味覚分析」の能力で植物の特性を調べ、すり潰して軟膏を作った。それをナディアの傷に塗ると、驚くことに傷口が淡い光を放ち、出血がゆっくりと止まった。
「これは…」ナディアは驚いた様子で腕を見つめた。
「完全に治したわけじゃないけど、とりあえず応急処置にはなるはず」栄作は言った。「でも、本物の『光の滴』があればもっと効果的な治療ができるんだろうな」
ナディアは真剣な表情で栄作を見つめた。「この先に進めば、きっと見つかるわ」
「栄作、助かったよ」マグナスが息を整えながら言った。「あのハーブ、偶然の発見だったのに、こんなところで役立つとは」
栄作は安堵の表情を浮かべた。「僕も予想外だったよ。でも、これで分かったことがある」
彼は昨日集めたハーブを取り出し、じっくりと観察した。「このハーブは『光の精髄』と呼ばれるものかもしれない。セイジの本に記述があったよ。光のエネルギーを蓄える特性があるんだ」
「それなら、先に進むにつれ増えるはずだ」ルークが言った。「光の滝に近づくほど、そのような植物は豊富になるだろう」
栄作は頷き、可能な限りハーブを集めながら進むことにした。
峡谷は次第に狭くなり、道のりは険しくなっていった。時折、影魔の群れに襲われることもあったが、栄作の発光ハーブとルークの魔法で何とか対処した。
休憩時間には、栄作は集めたハーブと「全能の携帯スープ」を組み合わせた新しい料理、「光明のスープ」を作った。一口飲むと、体内から淡い光が漏れ出し、影魔を寄せ付けない効果があることが分かった。
「これで安全に進めるはずだ」栄作は自信を持って言った。
半日かけて峡谷の奥へと進み、ついに彼らは「光の滝」に到達した。滝は岩壁から流れ落ちる水ではなく、純粋な光のエネルギーが流れ落ちているかのような光景だった。滝壺の周りには、様々な光る植物が生い茂り、そこだけ別世界のような美しさがあった。
「ここだ…」マグナスは畏敬の念を込めて呟いた。
栄作は滝に近づき、その光を観察した。すると、滝の中から小さな光の玉が現れ、彼らの周りを飛び回り始めた。
「光の精霊だ!」ルークが興奮した声で言った。
光の精霊は好奇心旺盛な様子で、特に栄作の周りをよく飛んでいた。栄作はゆっくりと手を伸ばし、精霊に触れようとした。すると、精霊は彼の手のひらに静かに降り立った。
「なぜ精霊があなたに懐くの?」ナディアが不思議そうに尋ねた。
栄作はしばらく考えてから答えた。「多分…僕が創り出す料理のエネルギーを感じ取ったのかもしれない。料理の中に込められた思いや意図が…」
精霊は栄作の手から飛び立ち、滝の方へと戻っていった。
しばらくすると、さらに大きな光の玉が滝から現れ、彼らの前に浮かんだ。それは人の形へと変化し、半透明の美しい女性の姿となった。
「私は、この峡谷を守る『光の女王』」穏やかな声が彼らの心に直接響いた。「あなた方は何の目的でここに来たのですか?」
マグナスが一歩前に出て、丁寧に答えた。「私たちは『光の滴』を求めています。我らの料理魔法師が回復の料理を作るためです」
光の女王は栄作に視線を向けた。「あなたが料理魔法師なのですね。あなたの心に闇はなく、料理に込める思いは純粋です」
栄作は恐縮しながらも、女王に向かって頭を下げた。「はい、私は料理を通じて、人々を助けたいと思っています」
女王は微笑んだ。「あなたの作った料理を味わわせてください」
栄作は緊張しながらも、「光明のスープ」を女王に差し出した。女王はそれを受け取り、一口飲んだ。
「素晴らしい」女王は感嘆の声を上げた。「あなたの料理には、真の魔法が宿っています。材料の力を引き出すだけでなく、あなた自身の想いがエネルギーとなっている」
女王は手を滝に向けて伸ばすと、滝から小さな光の粒子が集まり、彼女の手のひらに一滴の輝く液体が形成された。
「これが『光の滴』です。あなたの料理と想いに応え、授けましょう」
栄作は震える手で、その貴重な素材を受け取った。「ありがとうございます」
「さらに」女王は続けた。「あなたにひとつの贈り物を」
女王は栄作の前に手をかざすと、淡い光が彼の体を包み込んだ。
「これからあなたは、料理に込めた意図をより強く反映させることができるでしょう。あなたの想いが、料理の効果を高めるのです」
光が消えると、栄作は体の中に何かが変化したのを感じた。料理の素材と対話する能力が、より鮮明になったような感覚だった。
「光の滴を大切に使ってください。それは単なる材料ではなく、生命のエネルギーそのものなのですから」
女王はそう言い残すと、再び光の粒子となり、滝へと還っていった。
「栄作…」マグナスは言葉を失ったように彼を見つめていた。「お前、すごいぞ」
栄作は恥ずかしそうに笑った。「運が良かっただけだよ。さあ、帰ろう。この『光の滴』で、もっと多くの人を助ける料理を作るんだ」
帰路は来た道を戻ったが、不思議なことに影魔の姿は見られなかった。光の女王の力が彼らを守っているのかもしれなかった。
アーケイディアに戻ると、セイジが彼らを出迎えた。
「無事に帰還したようだな」セイジは満足そうに言った。「収穫はあったか?」
栄作は大切に保管していた「光の滴」を取り出し、セイジに見せた。滴は今も変わらぬ輝きを放っていた。
「見事だ」セイジは感嘆の声を上げた。「この『光の滴』があれば、最高級の回復料理が作れるだろう」
「はい」栄作は頷いた。「それだけではなく、光の女王から特別な力も授かりました」
彼は自分の体験を詳しく説明した。セイジは興味深そうに聞き入り、時折頷いていた。
「なるほど…料理に込める意図を増幅する能力か」セイジは考え込んだ。「それは非常に珍しい祝福だ。料理魔法の真髄に触れたと言っていい」
その晩、栄作はすぐに厨房へと向かい、「光の滴」を使った新しい回復料理の準備を始めた。最も大切な目的があったからだ。
「ナディア、来てくれてありがとう」
ギルドの食堂で待っていたナディアは、まだ包帯で巻かれた腕を気にしながら立ち上がった。峡谷での戦いで負った傷は、応急処置で安定はしていたものの、完全には治っていなかった。
「新しい料理ができたと聞いたわ」彼女は小さく微笑んだ。
栄作は慎重に、淡い光を放つ透明な液体が入った小さな椀を彼女の前に置いた。その輝きは周囲の空気までも清らかに変えているようだった。
「『女王の祝福』と名付けたんだ」栄作は真剣な表情で言った。「光の滴を使った初めての料理…君のために作ったよ」
ナディアは少し驚いた様子で栄作を見つめた。「私のために?でも、こんな貴重な材料を…」
「君が怪我をしたのは、僕を守ってくれたからだ」栄作は静かに言った。「それに…光の女王からもらった力を最初に使うなら、君の役に立てたいんだ」
ナディアは黙ってうなずき、ゆっくりとその料理を口にした。一口飲んだ瞬間、彼女の体が淡く輝き始めた。驚きの表情を浮かべるナディアの腕から、包帯がゆっくりとほどけ落ちた。現れたのは、傷跡すら残っていない完璧に治った肌だった。
「信じられない…」ナディアは自分の腕を見つめ、そっと触れてみた。「痛みも、傷も、完全に消えている…」
彼女の目には涙が浮かんでいた。「ありがとう、栄作。あなたの料理は本当に奇跡ね」
栄作は照れくさそうに笑った。「光の女王の力だよ。それに、君たちが僕を連れて行ってくれたおかげだ」
ナディアは治った腕を動かしながら、嬉しそうに言った。「これで明日からの任務も万全よ。本当にありがとう」
マグナスとルークも加わり、彼らは栄作の新しい料理の成功を祝った。
「女王の祝福」のレシピは厳重に保護され、特別な場合にのみ提供されることになったが、その技法の一部は他の料理にも応用され、ギルドの料理は全体的にレベルアップした。
栄作の評判はギルドの外にも広がり、遠方から彼の料理を求めて冒険者が集まるようになった。
しかし栄作の心の中で最も大切な記憶は、ナディアの傷が完全に癒えた瞬間の、あの喜びに満ちた表情だった。
「俺には精神強化のスープを追加で!」
「『精神の結晶』はもう作れないのか?」
栄作がギルドの料理人となって一週間が経ち、食堂は常に満員の状態が続いていた。朝から晩まで休む間もなく料理を作り続ける日々。
しかし、栄作の顔には疲労の色はなく、むしろ生き生きとした表情で厨房に立っていた。
「栄作さん、材料がまた足りなくなりそうです」アイリスが心配そうに報告した。
「ギルドマスターに追加の予算を申請したよ」栄作は笑顔で答えた。
「でも、やはり高価な魔物の素材は限りがあるんだ。もっと工夫が必要だな」
トムが興味深そうに聞いてきた。「どんな工夫ですか?」
栄作は手を止め、二人の見習いに向き直った。
「例えば、高価な赤角獣の肉の効果を最大限に引き出す調理法を研究したり、あるいは…」
彼は少し考え込んだ。「魔力の低い一般的な食材でも、組み合わせ次第で特殊効果を生み出せるんじゃないかと考えているんだ」
「それは可能なんですか?」アイリスは驚いた様子で尋ねた。
「わからない」栄作は正直に答えた。「でも、試してみる価値はあるよ」
その時、厨房のドアが開き、マグナスが元気よく入ってきた。
「栄作!無事に戻ったぞ!」
栄作は嬉しそうに微笑んだ。「おかえり、マグナス。ダンジョンはどうだった?」
「大成功だ!」マグナスは胸を張った。
「お前の料理のおかげで、最深部まで到達できた。特にルークが凄かった。あのデザートを食べてから、魔法の詠唱速度が格段に上がったんだ」
「良かった」栄作は心から安堵した。「怪我はなかった?」
「ナディアが少し腕を怪我したが、大したことはない」マグナスは言いながら、何かを探るように栄作を見た。「ところで…何か回復を早める料理とかは作れないか?」
栄作は考え込んだ。回復効果…そういえば、昨日セイジから借りた本に何か書いてあったような…
「試してみよう」栄作は決意を固めた。「午後までに何か用意できるかもしれない」
マグナスは大きく笑った。「さすが栄作!頼りにしてるぞ!」
彼が去った後、栄作はセイジから借りた本を開き、回復効果のある食材や調理法について調べ始めた。
「回復効果…ここだ」
本によると、「月光蓮」という植物の根と「癒しの水晶」を組み合わせることで、強力な回復効果のある料理ができるという。しかし、両方とも希少な素材だった。
「アイリス、食材庫に月光蓮と癒しの水晶はあるかな?」
アイリスは首を振った。「月光蓮は在庫がありますが、癒しの水晶は高価すぎて常備していません」
栄作は思案した。セイジの本には、代替素材についても記述があった。「ミント草の新芽と清水の結晶を特殊な方法で調理すると、弱いながらも似た効果が得られる」とあった。
「ミント草と清水の結晶ならあるはずだ」栄作は決心した。「それで試してみよう」
午後、栄作は新しい料理の開発に没頭していた。月光蓮の根を薄くスライスし、ミント草の新芽をすり潰し、清水の結晶を溶かした液体に漬け込む。そして、弱火で12分間、正確に温度を調整しながら煮込んだ。
出来上がったのは、淡い青色に輝く透明なスープだった。一口飲んでみると、清涼感のある甘みが広がり、身体の中から温かいエネルギーが湧き上がるような感覚があった。
「できた」栄作は小さく呟いた。
ちょうどその時、ナディアが厨房に訪れた。彼女の右腕は包帯で巻かれていた。
「マグナスから聞いたわ。回復の料理が作れるかもって」
栄作は微笑んで椅子を勧めた。「タイミングがいいね。ちょうど完成したところだ。試してみてくれないか?」
ナディアは少し戸惑いながらも、スープを受け取った。一口飲むと、彼女の目が驚きで見開かれた。
「これは…」彼女は右腕の包帯に目をやった。「痛みが引いていく…」
栄作は満足げに頷いた。「『癒しの雫』と名付けたスープだ。回復効果があるはずだよ」
ナディアはスープを飲み干すと、ゆっくりと包帯を解き始めた。現れたのは、すでに治りかけの傷跡だった。
「信じられない…」ナディアは呟いた。「昨日までひどい傷だったのに」
「効いたようだね」栄作は嬉しそうに言った。
「でも、完全に治ったわけではないようだ。高価な癒しの水晶があれば、もっと効果的な料理ができるんだけど」
ナディアは真剣な表情で栄作を見つめた。「もしもっと良い素材があれば、もっと効果的な回復料理が作れるの?」
「ああ」栄作は頷いた。「料理魔法の本によると、最上級の治癒料理には『光の滴』という素材が最適らしい。でも、それは幻の滝に住む特殊な精霊からしか得られないとか…」
ナディアは立ち上がった。「わかったわ。マグナスたちに相談してみる」
彼女が去った後、栄作はさらに研究を続けた。回復料理に成功したことで、他の効果を持つ料理も開発できるのではないかという自信が湧いてきた。
その日の夕方、栄作は「癒しの雫」を正式にメニューに加えた。限られた材料で作るため、一日に提供できる量は少なかったが、怪我をした冒険者たちには優先的に提供することにした。
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数日後、セイジが栄作を執務室に呼んだ。
「椎名くん、君の評判はますます高まっているよ」セイジは満足げに言った。「特に『癒しの雫』は大きな話題になっている。回復薬を買うよりも効果的だと言われているほどだ」
栄作は謙虚に頭を下げた。「まだまだ改良の余地があります。本当の癒しの料理を作るには、もっと良い素材が必要で…」
「それについてだが」セイジが言葉を挟んだ。「マグナスたちが興味深い提案をしてきたんだ」
「提案、ですか?」
「ああ」セイジは頷いた。「彼らが次に挑むダンジョン『光の峡谷』には、君の言う『光の滴』が存在する可能性があるという。彼らは君を同行させたいと言っている」
栄作は驚いた。「私が…ダンジョンに?」
「そうだ」セイジは静かに微笑んだ。
「料理魔法師として、より高度な料理を作るためには、良質な材料が必要だ。そして、最高の材料はしばしば危険な場所にある」
「でも私は戦えません」栄作は率直に言った。
「もちろんだ」セイジは頷いた。「君は戦う必要はない。マグナスたちが護衛する。君は料理人として、現地で彼らの体力を回復させる料理を作るだけでいい」
栄作は少し考え込んだ。確かに、より良い素材を手に入れるのは魅力的だった。そして、この世界の食材について直接学ぶ絶好の機会でもある。
「わかりました」栄作は決意を固めた。「挑戦してみます」
セイジは満足そうに頷いた。「良い決断だ。旅立ちは三日後だ。それまでに必要な準備をしておくといい」
執務室を出た栄作は、すぐに準備を始めた。まず、携帯用の調理器具を集め、保存食や調味料を用意した。
そして何より、ダンジョン探索中に役立つ特殊料理の研究に取り掛かった。
「ダンジョン内では、すぐに調理できるものが必要だ…」栄作はつぶやきながらレシピを考えていた。
その晩、栄作は食材庫で新たな発見をした。「輝石の粉」という、料理に入れると長時間保存できる特殊な調味料だった。これを使えば、事前に作った料理の効果を持続させることができる。
「これだ!」栄作は興奮して叫んだ。
それから二日間、栄作は次々と新しい料理を開発した。
「力の煎餅」—赤角獣の肉エキスを練り込んだ携帯食。食べると一時的に力が増す。
「集中のドライフルーツ」—青苔茸のエキスを染み込ませた保存食。精神力を高める。
「癒しのジャーキー」—月光蓮のエキスで処理した乾燥肉。緩やかな回復効果がある。
そして、最後に「全能の携帯スープ」。様々な魔法食材のエキスを凝縮し、輝石の粉で安定させた濃縮液体。水で溶くだけで、即座に効果を発揮するスープになる。
出発前日、マグナスたちがギルドを訪れた。
「準備はできたか?」マグナスが尋ねた。
栄作は自信を持って頷いた。「ばっちりだよ。特別な携帯食も開発したんだ」
「さすが栄作!」マグナスは笑った。「明日は早朝出発だ。東の門で待ち合わせだ」
「わかった」栄作は頷いた。「ところで、その『光の峡谷』ってどんな場所なんだ?」
ルークが答えた。「山脈の間にある細い渓谷です。昼間でも暗く、特殊な光を放つ苔やキノコが生えています。その奥には『光の滝』があり、伝説によれば精霊が住んでいるとか…」
「危険な魔物はいるの?」栄作は少し心配になって尋ねた。
「光を嫌う影の生物が多いらしい」ナディアが答えた。「だから、私たちが護衛する。あなたは料理づくりに集中して」
栄作は頷いた。「わかった。全力を尽くすよ」
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出発の朝、栄作は早くに起き、最後の準備をした。携帯用の調理器具、食材、調味料、そして開発した特殊携帯食をすべてリュックに詰め込んだ。
東の門で待っていると、マグナスたち三人が完全武装で現れた。
「おはよう、栄作!」マグナスが元気よく挨拶した。「準備はいいか?」
「ああ」栄作は頷いた。「だけど、ダンジョン探索は初めてだから、迷惑をかけるかもしれないけど…」
「心配するな」マグナスは肩を叩いた。「お前の料理があれば、どんな危険も乗り越えられる。それに、俺たちはベテラン冒険者だ。必ず守ってみせる」
こうして、栄作の初めてのダンジョン探索が始まった。アーケイディアを出発し、東の山脈に向かって歩き始める。途中、栄作は道端に生える珍しい植物に興味を示し、時々立ち止まっては観察した。
「これは何だろう?」栄作は紫色の葉を持つ小さな植物を指さした。
ルークが答えた。「ナイトシェードです。少量なら眠気を誘う効果がありますが、多すぎると毒になります」
栄作は慎重にその葉に触れてみた。すると、その特性が頭に流れ込んできた。
「なるほど…睡眠導入…過剰摂取で神経麻痺…」
彼は少量の葉を摘み取り、小さな布袋に入れた。「いつか役立つかもしれない」
道中、栄作は次々と珍しい植物や果実を発見し、その都度「味覚分析」能力を使って特性を理解していった。彼のノートはみるみる新しい情報で埋まっていった。
昼食時、彼は開発した携帯食を仲間たちに配った。
「これが『力の煎餅』だ。マグナス、君には特に効果があるはずだよ」
マグナスは一口かじると、目を見開いた。「おお!体に力がみなぎる感じがする!」
「ルーク、君には『集中のドライフルーツ』を。魔法の詠唱が楽になるはずだ」
ルークも感嘆の声を上げた。「すごい…頭がクリアになる感じです」
「ナディア、君には『癒しのジャーキー』を。腕の傷の回復を早めるはずだ」
ナディアは無言で受け取り、食べた後、少し驚いた様子で腕を見つめた。
昼食後、彼らは再び歩き始めた。栄作の料理のおかげで、皆の足取りは軽く、いつもより早いペースで進むことができた。
夕方、彼らは山の麓に到着した。
「ここで野営だ」マグナスが宣言した。「明日の朝、光の峡谷に入る」
栄作は早速、野営用の調理器具を取り出し、夕食の準備を始めた。道中で集めた野草や、近くの小川で捕まえた小魚を使って、素朴だが栄養価の高い夕食を作った。
「風味を足すには…」栄作は考えながら、集めたハーブを加えた。すると、料理から淡い光が漏れ出した。
「おお!」ルークは驚いた。「料理が光っている!」
栄作も驚いた。「これは…意図していなかったけど、どうやらこのハーブには発光効果があるようだ」
「便利じゃないか」マグナスが笑った。「明日の峡谷内で役立つかもしれないぞ」
夕食後、栄作は明日のために「全能の携帯スープ」の準備を整えた。
そして、一日の発見を詳細にノートに記録した。
翌朝、彼らは早くに出発し、峡谷の入り口に到着した。入り口は高い岩壁に挟まれ、内部は薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。
「ここからが本番だ」マグナスが真剣な表情で言った。
「栄作、君は常に私たちの間にいるように。決して勝手に動かないでくれ」
栄作は緊張しながらも頷いた。彼の心の中では、料理人としての好奇心と、未知のダンジョンへの恐怖が入り混じっていた。
---
峡谷に一歩足を踏み入れると、周囲の空気が一変した。薄暗い中、岩壁や地面には淡く光る苔やキノコが生え、幻想的な景観が広がっていた。
「すごい…」栄作は思わず声を漏らした。
「美しいだろう」ナディアが小声で言った。「だが、美しいものには危険が潜んでいることも多い。気をつけて」
彼らは慎重に峡谷を進んでいった。マグナスが先頭、ルークとナディアが栄作を挟み、警戒しながら歩を進める。栄作は歩きながらも周囲の光る植物に目を奪われていた。料理人としての直感が、これらが貴重な食材になると告げていた。
一時間ほど歩いたところで、ルークが急に立ち止まった。「待って…何か来る」
暗がりから、黒い影のような生き物が現れた。人の形をしているが、体はまるで濃い霧のようにゆらめいていた。
「影魔だ!」マグナスが剣を抜いた。「栄作、下がっていろ!」
三人の冒険者が素早く陣形を組み、栄作を中央に守る。影魔は不気味な動きで彼らに近づいてきた。
「ルーク、光の魔法を!」ナディアが叫んだ。
ルークは詠唱を始めたが、影魔の動きが予想以上に速く、魔法が完成する前に襲いかかってきた。マグナスが剣で応戦するが、刃が影を通り抜けてしまう。
「物理攻撃が効かない!」マグナスが苦しそうに言った。
栄作は急いでリュックから昨日作った発光するハーブを取り出した。「これを使って!」
ナディアが素早くそれを受け取り、影魔に向かって投げつけた。ハーブが影魔に触れると、まるで日光を浴びたかのように影魔の体が縮んでいった。
「効いた!」ナディアが驚いた声を上げた。
その隙にルークの光の魔法が完成し、まばゆい光が峡谷内を照らした。影魔は悲鳴を上げ、岩陰へと逃げ去った。
しかし戦いの中で、ナディアは右腕に深い傷を負っていた。
「大丈夫か?」マグナスが心配そうに尋ねた。
「たいしたことはないわ」ナディアは傷を押さえながら答えたが、その顔は痛みで引きつっていた。
栄作は道中で集めていた光る植物を取り出した。「これで応急処置ができるかもしれない」
彼は「味覚分析」の能力で植物の特性を調べ、すり潰して軟膏を作った。それをナディアの傷に塗ると、驚くことに傷口が淡い光を放ち、出血がゆっくりと止まった。
「これは…」ナディアは驚いた様子で腕を見つめた。
「完全に治したわけじゃないけど、とりあえず応急処置にはなるはず」栄作は言った。「でも、本物の『光の滴』があればもっと効果的な治療ができるんだろうな」
ナディアは真剣な表情で栄作を見つめた。「この先に進めば、きっと見つかるわ」
「栄作、助かったよ」マグナスが息を整えながら言った。「あのハーブ、偶然の発見だったのに、こんなところで役立つとは」
栄作は安堵の表情を浮かべた。「僕も予想外だったよ。でも、これで分かったことがある」
彼は昨日集めたハーブを取り出し、じっくりと観察した。「このハーブは『光の精髄』と呼ばれるものかもしれない。セイジの本に記述があったよ。光のエネルギーを蓄える特性があるんだ」
「それなら、先に進むにつれ増えるはずだ」ルークが言った。「光の滝に近づくほど、そのような植物は豊富になるだろう」
栄作は頷き、可能な限りハーブを集めながら進むことにした。
峡谷は次第に狭くなり、道のりは険しくなっていった。時折、影魔の群れに襲われることもあったが、栄作の発光ハーブとルークの魔法で何とか対処した。
休憩時間には、栄作は集めたハーブと「全能の携帯スープ」を組み合わせた新しい料理、「光明のスープ」を作った。一口飲むと、体内から淡い光が漏れ出し、影魔を寄せ付けない効果があることが分かった。
「これで安全に進めるはずだ」栄作は自信を持って言った。
半日かけて峡谷の奥へと進み、ついに彼らは「光の滝」に到達した。滝は岩壁から流れ落ちる水ではなく、純粋な光のエネルギーが流れ落ちているかのような光景だった。滝壺の周りには、様々な光る植物が生い茂り、そこだけ別世界のような美しさがあった。
「ここだ…」マグナスは畏敬の念を込めて呟いた。
栄作は滝に近づき、その光を観察した。すると、滝の中から小さな光の玉が現れ、彼らの周りを飛び回り始めた。
「光の精霊だ!」ルークが興奮した声で言った。
光の精霊は好奇心旺盛な様子で、特に栄作の周りをよく飛んでいた。栄作はゆっくりと手を伸ばし、精霊に触れようとした。すると、精霊は彼の手のひらに静かに降り立った。
「なぜ精霊があなたに懐くの?」ナディアが不思議そうに尋ねた。
栄作はしばらく考えてから答えた。「多分…僕が創り出す料理のエネルギーを感じ取ったのかもしれない。料理の中に込められた思いや意図が…」
精霊は栄作の手から飛び立ち、滝の方へと戻っていった。
しばらくすると、さらに大きな光の玉が滝から現れ、彼らの前に浮かんだ。それは人の形へと変化し、半透明の美しい女性の姿となった。
「私は、この峡谷を守る『光の女王』」穏やかな声が彼らの心に直接響いた。「あなた方は何の目的でここに来たのですか?」
マグナスが一歩前に出て、丁寧に答えた。「私たちは『光の滴』を求めています。我らの料理魔法師が回復の料理を作るためです」
光の女王は栄作に視線を向けた。「あなたが料理魔法師なのですね。あなたの心に闇はなく、料理に込める思いは純粋です」
栄作は恐縮しながらも、女王に向かって頭を下げた。「はい、私は料理を通じて、人々を助けたいと思っています」
女王は微笑んだ。「あなたの作った料理を味わわせてください」
栄作は緊張しながらも、「光明のスープ」を女王に差し出した。女王はそれを受け取り、一口飲んだ。
「素晴らしい」女王は感嘆の声を上げた。「あなたの料理には、真の魔法が宿っています。材料の力を引き出すだけでなく、あなた自身の想いがエネルギーとなっている」
女王は手を滝に向けて伸ばすと、滝から小さな光の粒子が集まり、彼女の手のひらに一滴の輝く液体が形成された。
「これが『光の滴』です。あなたの料理と想いに応え、授けましょう」
栄作は震える手で、その貴重な素材を受け取った。「ありがとうございます」
「さらに」女王は続けた。「あなたにひとつの贈り物を」
女王は栄作の前に手をかざすと、淡い光が彼の体を包み込んだ。
「これからあなたは、料理に込めた意図をより強く反映させることができるでしょう。あなたの想いが、料理の効果を高めるのです」
光が消えると、栄作は体の中に何かが変化したのを感じた。料理の素材と対話する能力が、より鮮明になったような感覚だった。
「光の滴を大切に使ってください。それは単なる材料ではなく、生命のエネルギーそのものなのですから」
女王はそう言い残すと、再び光の粒子となり、滝へと還っていった。
「栄作…」マグナスは言葉を失ったように彼を見つめていた。「お前、すごいぞ」
栄作は恥ずかしそうに笑った。「運が良かっただけだよ。さあ、帰ろう。この『光の滴』で、もっと多くの人を助ける料理を作るんだ」
帰路は来た道を戻ったが、不思議なことに影魔の姿は見られなかった。光の女王の力が彼らを守っているのかもしれなかった。
アーケイディアに戻ると、セイジが彼らを出迎えた。
「無事に帰還したようだな」セイジは満足そうに言った。「収穫はあったか?」
栄作は大切に保管していた「光の滴」を取り出し、セイジに見せた。滴は今も変わらぬ輝きを放っていた。
「見事だ」セイジは感嘆の声を上げた。「この『光の滴』があれば、最高級の回復料理が作れるだろう」
「はい」栄作は頷いた。「それだけではなく、光の女王から特別な力も授かりました」
彼は自分の体験を詳しく説明した。セイジは興味深そうに聞き入り、時折頷いていた。
「なるほど…料理に込める意図を増幅する能力か」セイジは考え込んだ。「それは非常に珍しい祝福だ。料理魔法の真髄に触れたと言っていい」
その晩、栄作はすぐに厨房へと向かい、「光の滴」を使った新しい回復料理の準備を始めた。最も大切な目的があったからだ。
「ナディア、来てくれてありがとう」
ギルドの食堂で待っていたナディアは、まだ包帯で巻かれた腕を気にしながら立ち上がった。峡谷での戦いで負った傷は、応急処置で安定はしていたものの、完全には治っていなかった。
「新しい料理ができたと聞いたわ」彼女は小さく微笑んだ。
栄作は慎重に、淡い光を放つ透明な液体が入った小さな椀を彼女の前に置いた。その輝きは周囲の空気までも清らかに変えているようだった。
「『女王の祝福』と名付けたんだ」栄作は真剣な表情で言った。「光の滴を使った初めての料理…君のために作ったよ」
ナディアは少し驚いた様子で栄作を見つめた。「私のために?でも、こんな貴重な材料を…」
「君が怪我をしたのは、僕を守ってくれたからだ」栄作は静かに言った。「それに…光の女王からもらった力を最初に使うなら、君の役に立てたいんだ」
ナディアは黙ってうなずき、ゆっくりとその料理を口にした。一口飲んだ瞬間、彼女の体が淡く輝き始めた。驚きの表情を浮かべるナディアの腕から、包帯がゆっくりとほどけ落ちた。現れたのは、傷跡すら残っていない完璧に治った肌だった。
「信じられない…」ナディアは自分の腕を見つめ、そっと触れてみた。「痛みも、傷も、完全に消えている…」
彼女の目には涙が浮かんでいた。「ありがとう、栄作。あなたの料理は本当に奇跡ね」
栄作は照れくさそうに笑った。「光の女王の力だよ。それに、君たちが僕を連れて行ってくれたおかげだ」
ナディアは治った腕を動かしながら、嬉しそうに言った。「これで明日からの任務も万全よ。本当にありがとう」
マグナスとルークも加わり、彼らは栄作の新しい料理の成功を祝った。
「女王の祝福」のレシピは厳重に保護され、特別な場合にのみ提供されることになったが、その技法の一部は他の料理にも応用され、ギルドの料理は全体的にレベルアップした。
栄作の評判はギルドの外にも広がり、遠方から彼の料理を求めて冒険者が集まるようになった。
しかし栄作の心の中で最も大切な記憶は、ナディアの傷が完全に癒えた瞬間の、あの喜びに満ちた表情だった。
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