Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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門出

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 確か出会ったころ…元号が元年しかなかった珍しい年か…翡翠は「18でやっています」とほざいていた。本当ならば21か。

「そうやったっけ?」

 というか、3年もいつの間にかやってきたのかと感慨深いが「ご想像にお任せします」だなんてひらりとほざく。

「聞くのは野暮やで」
「あぁ…うーんそうか」
「俺が21なんだけどどうかな?」

 ぴたっと翡翠が黙った。
 …本当にそうだったのかと密かに朱鷺貴は思うが「内緒です」と間の後に貫いていた。

「芸者には御法度ですからね、」
「坊さんじゃん」
「坊さんの従者です」
「よくわかんないね、あんたら」

 川沿いを歩く。
 他愛のない世間話が続いて行く。

 朱鷺貴としては初めての感覚だった。
 女だの、男を上げるだの、やりたいことだのと。唯一自分が過ごしてきていない物だが、多分各々がそうなのだ。

 まるで遠くから眺めるような朱鷺貴に気付く翡翠は、この人は今、何を考えているんやろかとぼんやりと思う。

「坊さん、随分なんつーか仏みたいな面するねぇ。あんたらなんで寺入ったんだ?」
「あー、大将も言ってたが若ぇよな」
「あーいや、まぁ在り来たりな話で、身寄りがなくなったからですよ。こいつもこいつでまぁ複雑で。だから、あんたら見てると本来はこんなもんかなって」

 桜はそろそろつぼむ頃。紫陽花あじさいにはまだ早く。
 水流は変わる。確か、太閤たいこう秀吉ひでよしが変えたのだ。

 そもそも、志士の話は自分達にない物だ。改めてこんな身近に“世”を学ぶ。

「それも苦労してんね」
「うんまぁ多分。
 近藤さんには俺、自分がやらねばならんことと言うより、そんなもんは案外ねぇからね。やりたいことじゃありませんかと言ったんだけど、それはそれで大変そうだな」
「まぁ確かに。しかし、そんな話をねぇ…」
「その苦労をこっちは知らないもんで、珍しく新鮮味があるというか。俺たち相手が死体ばっかだから」

 これは一体なんだろうか。

 これが非常に新鮮で無縁な話題ばかりなのだが、もしかするとそれは在り来たりな普通で、そんなものなのかもしれない。

 翡翠も翡翠で思い出す。

「そういえば藤嶋が言うたことがありますよトキさん。情事が一番生きていると感じると」
「…ふーん変態らしい」

 幹斎の小姓、悠蝉ゆうぜんに「志士と変わりない」と言われたことまで思い出した。相乗か、高杉たかすぎが立て籠った日の熱さまで思い出す。

 どうやら全てが似て非なる。

 別の人間と話すとこうも考えるのかと発見する。生きていればどうやら人間、根は変わらないらしい。

 向島むかいじまより手前で朱鷺貴は一時別れた。一応、そうらしい。

「あぁ、この木からは大体真っ直ぐですから」

 ここからの方がこの道は真っ直ぐなのだ。

「あんさんら江戸からは中仙道なかせんどうを通ったんですかね?」
「ああ」
「なるほど、そんで寺までなんとなくこれたんやね」
「そうかも」
「わてらも中仙道を使いましたよ、あの頃」
「半年くらいだったか、お前ら」
「いやぁ旅自体はもう少し長かったかなぁ…稼ぎながら歩くので」
「坊さんも大変だな」

 いや、きっとこの人たちの方が大変だと思う、というのは特に言わずに。
 街の風景が一気に変わるのに「ホント凄いねー」だなんて、何気なくこいつらも観光はしているようだ。

 あぁ、本能寺ほんのうじ跡なんて見ました?あぁ、まだ全然…と、なんやかんやと話も尽きぬままコロコロと雰囲気も変わり、「ここです」と一度大門を通りすぎてから「八木やぎさん」なる民家へ辿り着いた。

 歓楽街は目と鼻の先だ。余程この浪人たちは出歩かなかったのか、それだけ緊迫していたのか、ふらっと軽い調子ではないらしい。それが意外だ。

 気前よく家主、八木やぎ源之丞げんのじょうさんが近藤を引っ張り出してくれたが、近藤は確かに江戸で会ったときよりも血色悪く「あぁ…お弟子さん…」と魂が抜けていた。
 煎餅が煎餅すぎている。本当に深刻なようだ。

「お久しゅうです近藤さん」
「どうも…挨拶に伺った…のでは?あれ?」
「あぁそうそう。近藤さん、女行こうぜ」
「は?」

 流石に一瞬止まったらしい。
 が、少々の沈黙のあと、「女…」と、じわりじわり染みている。

「女か…」
「今日はもうよかんべな。せめて酒でも」
「…確かに」

 頭がすっからかんだな。見てわかる。逞しかった男がしゃんとしていない。
 先行きは、不安。

「まぁ…精力を付けて…と。
 トキさんから少々雑談を聞いたことがあります」
「雑談?」
「あい。淫らなことを考えると幽霊さんはいなくなるらしいですえ」
「…淫ら?ユーレイ?」
「そうなんか」
「らしいです。精力?生命力?が漲っている場所から幽霊さんは逃げるらしいで。せやからトキさん、あんなんなんですってよ」
「は?胡散臭ぇな」
「トキさん、隠しきれてはいないんやけど、幽霊さん怖いんやて」
「はぁ?」

 間の後、「う……はははは!」三人衆が爆笑した。

「なんでぇあいつ、情けなっ!」
「これでわてらが腹抱えて笑ったのもお相子で。黙っててあげてくださいね。まぁそんな訳で厄落としと…」

 じわじわ染みたらしい。
 近藤が漸く「…はははは!」と取り戻した。

「それはそれは…」
「あいつやっぱおもしれぇ」
「その南條殿は何処へ?」
「仕事を片してから来るそうです」
「それは平気なんですか?」
「わからんですねぇ…」
「まぁ、いいんじゃねぇの?坊主なんて多分俺たちより碌でもねぇよ」
「うーんまぁ遊びを覚えましょ。金があるならなんとかなります」
「まぁ、少しならいいか」

 少々張り詰めた、いや、どんよりした堤防はなくなった。
 まだまだ腕は鈍らんなと、翡翠も密かに満悦する。
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