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四
1
「わぁ、綺麗!」
着物を着た露がくるっと一回りし「本当にいいの!?」と言った。
「うん」
やはり女児だ、こういうことに興味があるようで。
…いつも、思ったより気を遣ってなかったなと過ぎるけれど、何よりも嬉しそうな露に自然と笑みが零れるし…泣きそうになる。
「別嬪さんだよぅ、露ちゃん」と八兵衛は徳利を傾けている、どうやら今日は女房に許されたらしい。
「タケさん泣きそうじゃねぇか」と文吉も肩を組んでくる。
図星を指され「いやまぁ…」と声が震えそうだ。
「来た時は小さかったもんで、つい…」
集まった人数は少ないかもしれないが、早めに解散は出来そうだ。
「あずきはおいらが見てるよ」
「じゃぁおらぁ鯛飯でも」
「……みなさん、本当にありがとうございます」
「ふふ、そりゃあおいら達が露ちゃんに言ってやりてぇことなんだが?」
「…ん?」
「露ちゃんが来て、タケさんも明るくなった」
そう言われるとなぁ…。
でも、確かにそうだと「おめでとう、露」と改めて伝える。
「…なんだか照れるなぁ」
「では、今日は皆さんに甘えます。
露、向こうの神社に詣ろうか」
七五三まで、健康で穏やかに育ってくれた露。
栄の正装の姿に「おとうがなんか…」と言われてしまえば「え、似合ってないか?」とついギクッとするけれど。
「いいや、粋だよ。なんだか…でも普通というかなんというか…自然な気もするような…」
「あぁ、竹島の旦那、芸者の頃はずっとこんなんだったんだよぅ」
「あーあーハチさんや、昔話より今のタケさんだよ」
「三味線弾いてた頃?」
「待ったその頃の話は少し恥ずかしいし…何より、今日の主役は露ですから…」
ポロッと「露の実父はろくでなし」なんて話が出てしまったら、折角の祝いに水を差す。
文吉も八兵衛も「そうだなそうだな」と、それぞれ家事の準備をしてくれたので「では」と、露と手を繋ぎ親子二人で神社に向かった。
「…おとう」
「ん」
「…ここまでありがとうね」
…涙脆いのは歳だろうか…いや、八兵衛よりは歳下なわけだし、「こちらこそ、」と言葉を考える。
「…七五三は、健康を祝う儀式なんだよ」
「そうなの?」
「私や八兵衛さん…文吉さんもかな、少し馴染みが薄い…というか、私たちが幼い頃には…まだ、これほど流行ってなくてね、私もやったことがない。元は宮中の儀式だったらしい。男児は五歳に“袴着の儀”のみだと」
「へぇ~…」
「露も来た時は…三歳の“髪置きの儀”…だったかな、平安の文化だったからね、三歳から髪を伸ばし始める、というもので…。
向こうの方がよく聞いたかな…私は、元は京あたりの生まれだったから。
今日は帯締めの儀…帯、重くないか?」
「ちょっと違和感はある~、」
「いままで紐で閉めていたのを、帯に変えるという意味なんだよ。少しずつ慣れていこうね」
「……なるほど」
「帯も綺麗な物だな…後ろから見ると縛り目が蝶々みたいだよ」
「……照れるなぁ~」
ぽん、と頭に手を当て「健康でいてくれてありがとう」と…自然な言葉が出る。
「…おとうのおかげだよ」
「互いにね」
…当時。
二人が言う通り、栄には生気がなかった。
恐らく兄の気紛れだろう、少し前に土砂崩れがあったからと、安く買った山を贈与してきた。山の管理をしながら手探りで生計を立てることになり、今の場所に落ち着いている。
新しい生活に慣れてきた頃。
自分の生活と丁度同じ、三歳の子供が来たのかと因果を感じた気がしたのだ。
「何不自由なく過ごせたことに感謝だ」
「そうだね」
「これからの健康を祈る。それが、七五三の真の意味なんだよ」
「そっか、」
生きる意味をくれた。
喧騒から離れ自然に触れてみると、意外と人は一人でなんとかなるものだと…寂しいような、あれだけ守ってきた全てが崩れるような心境で過ごしていた頃。
気紛れでやることを与えてきた兄の歪んだ情すら足枷にしか感じなかったし、かと言って自分がそれ程必要な人間だと思えていなかった。
しかし際限もない山の生命力に…良くも悪くも全てがどうでもよくなる…無に等しいのだと見せつけられた気がしたのだ。
慣れない生活の最中、足を滑らせ落ちたことがあった。それを助けてくれたのが文吉や八兵衛といった、周りの人たちで。
山から落ちて三日程は起きなかったらしい。
起きた際、正直どこかで「いつ死んでもいい、寧ろ…」と考えた隙に落ちたと自覚はあった。
文吉か八兵衛…どっちだったか「折角繋いだ命になんてこと言うんだ」と叱ってくれたことに、やっと有難みを感じ噛み締める事が出来たのは、自分の前に小さな命が現れてからだったと思う。
こんな自分でも、今のこの子は生きていけないと手を伸ばした。これが、繋ぐ縁なのかと…握る手を見てやはり思う。
少し先の神社に行き、そんなことを考えたが、祈るのはやはり、これからも露が、皆が笑って暮らせますようにと手を合わせていて。
「…露」
「はい、」
「…これから何があっても、自分を捨て去ってはいけないよ」
「…ん~?」
「私の娘だからね、露に何かあれば私も皆も…露を思っているから、さ…」
「私もだけど?」
「…はは、そうだね」
健康で逞しく。
慎ましやかに、穏やかに時が流れれば良い。今ならそう思う。
「……さ、帰ろうか。八兵衛さんが酔って寝てしまう前に」
病める時も、健やかなる時も。
「………嫁に出たとしても、露の父でいていいかな?私は」
「当たり前じゃん!何言ってんの!」
「……よかった」
明るくて良い子だと、ついつい甘やかして少しだけ繁華街近くに寄り、色々買ってしまった。
着物を着た露がくるっと一回りし「本当にいいの!?」と言った。
「うん」
やはり女児だ、こういうことに興味があるようで。
…いつも、思ったより気を遣ってなかったなと過ぎるけれど、何よりも嬉しそうな露に自然と笑みが零れるし…泣きそうになる。
「別嬪さんだよぅ、露ちゃん」と八兵衛は徳利を傾けている、どうやら今日は女房に許されたらしい。
「タケさん泣きそうじゃねぇか」と文吉も肩を組んでくる。
図星を指され「いやまぁ…」と声が震えそうだ。
「来た時は小さかったもんで、つい…」
集まった人数は少ないかもしれないが、早めに解散は出来そうだ。
「あずきはおいらが見てるよ」
「じゃぁおらぁ鯛飯でも」
「……みなさん、本当にありがとうございます」
「ふふ、そりゃあおいら達が露ちゃんに言ってやりてぇことなんだが?」
「…ん?」
「露ちゃんが来て、タケさんも明るくなった」
そう言われるとなぁ…。
でも、確かにそうだと「おめでとう、露」と改めて伝える。
「…なんだか照れるなぁ」
「では、今日は皆さんに甘えます。
露、向こうの神社に詣ろうか」
七五三まで、健康で穏やかに育ってくれた露。
栄の正装の姿に「おとうがなんか…」と言われてしまえば「え、似合ってないか?」とついギクッとするけれど。
「いいや、粋だよ。なんだか…でも普通というかなんというか…自然な気もするような…」
「あぁ、竹島の旦那、芸者の頃はずっとこんなんだったんだよぅ」
「あーあーハチさんや、昔話より今のタケさんだよ」
「三味線弾いてた頃?」
「待ったその頃の話は少し恥ずかしいし…何より、今日の主役は露ですから…」
ポロッと「露の実父はろくでなし」なんて話が出てしまったら、折角の祝いに水を差す。
文吉も八兵衛も「そうだなそうだな」と、それぞれ家事の準備をしてくれたので「では」と、露と手を繋ぎ親子二人で神社に向かった。
「…おとう」
「ん」
「…ここまでありがとうね」
…涙脆いのは歳だろうか…いや、八兵衛よりは歳下なわけだし、「こちらこそ、」と言葉を考える。
「…七五三は、健康を祝う儀式なんだよ」
「そうなの?」
「私や八兵衛さん…文吉さんもかな、少し馴染みが薄い…というか、私たちが幼い頃には…まだ、これほど流行ってなくてね、私もやったことがない。元は宮中の儀式だったらしい。男児は五歳に“袴着の儀”のみだと」
「へぇ~…」
「露も来た時は…三歳の“髪置きの儀”…だったかな、平安の文化だったからね、三歳から髪を伸ばし始める、というもので…。
向こうの方がよく聞いたかな…私は、元は京あたりの生まれだったから。
今日は帯締めの儀…帯、重くないか?」
「ちょっと違和感はある~、」
「いままで紐で閉めていたのを、帯に変えるという意味なんだよ。少しずつ慣れていこうね」
「……なるほど」
「帯も綺麗な物だな…後ろから見ると縛り目が蝶々みたいだよ」
「……照れるなぁ~」
ぽん、と頭に手を当て「健康でいてくれてありがとう」と…自然な言葉が出る。
「…おとうのおかげだよ」
「互いにね」
…当時。
二人が言う通り、栄には生気がなかった。
恐らく兄の気紛れだろう、少し前に土砂崩れがあったからと、安く買った山を贈与してきた。山の管理をしながら手探りで生計を立てることになり、今の場所に落ち着いている。
新しい生活に慣れてきた頃。
自分の生活と丁度同じ、三歳の子供が来たのかと因果を感じた気がしたのだ。
「何不自由なく過ごせたことに感謝だ」
「そうだね」
「これからの健康を祈る。それが、七五三の真の意味なんだよ」
「そっか、」
生きる意味をくれた。
喧騒から離れ自然に触れてみると、意外と人は一人でなんとかなるものだと…寂しいような、あれだけ守ってきた全てが崩れるような心境で過ごしていた頃。
気紛れでやることを与えてきた兄の歪んだ情すら足枷にしか感じなかったし、かと言って自分がそれ程必要な人間だと思えていなかった。
しかし際限もない山の生命力に…良くも悪くも全てがどうでもよくなる…無に等しいのだと見せつけられた気がしたのだ。
慣れない生活の最中、足を滑らせ落ちたことがあった。それを助けてくれたのが文吉や八兵衛といった、周りの人たちで。
山から落ちて三日程は起きなかったらしい。
起きた際、正直どこかで「いつ死んでもいい、寧ろ…」と考えた隙に落ちたと自覚はあった。
文吉か八兵衛…どっちだったか「折角繋いだ命になんてこと言うんだ」と叱ってくれたことに、やっと有難みを感じ噛み締める事が出来たのは、自分の前に小さな命が現れてからだったと思う。
こんな自分でも、今のこの子は生きていけないと手を伸ばした。これが、繋ぐ縁なのかと…握る手を見てやはり思う。
少し先の神社に行き、そんなことを考えたが、祈るのはやはり、これからも露が、皆が笑って暮らせますようにと手を合わせていて。
「…露」
「はい、」
「…これから何があっても、自分を捨て去ってはいけないよ」
「…ん~?」
「私の娘だからね、露に何かあれば私も皆も…露を思っているから、さ…」
「私もだけど?」
「…はは、そうだね」
健康で逞しく。
慎ましやかに、穏やかに時が流れれば良い。今ならそう思う。
「……さ、帰ろうか。八兵衛さんが酔って寝てしまう前に」
病める時も、健やかなる時も。
「………嫁に出たとしても、露の父でいていいかな?私は」
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