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子猫の世話をしていた露に「出掛けてくるよ」と伝えると、「……あの店?」と嫌そうに言った。
「…流石にこれは伝えねばならないよ。
あの男は恐らく…これをあの店で買い、直して高値で売るか…店主はまぁ、三味線の善し悪しがわかる男だ。場合によっては後にこちらに難癖をつけかねないし…なんだか、私も良い気がしないんだ」
「まぁ、そうだよね…」
「その他も…もし窃盗だったら、今頃持ち主も困っているだろうし」
詮索する気はないが、あの体臭に入り交じった香。遊び人特有のものだ。
郭の下男と言われ納得が出来ない訳でもないが、それよりも件の鞣し屋に関わりがあるならいい加減困っている。
溜息が出た。
何より、ここに役者やらが出入りするのは、真庭の口添えもあるからだ。
…丁度先日、露の脚絆と着物を頼んだことだし。
三味線を背負い、「気を付けてね」と露に見送られ襖を閉める。
少し考えたが、縁下から木材を何本か持ち街へ向かった。
…露があの男を嫌うのは、栄に対しての態度だそうだ。随分前に決別したのも知っているからだろう。
彼は、幼い露に「こいつの妻を寝取った男だ」と自己紹介したのだ。
露には本来の意味は分からないだろうし、若干事実としては歪曲している…と思っているが、この真相はわからない、意図もそう。
露には「人の物を奪っても、ねだってもいけない」と教えている。
露は「だからこそ、山や食べ物に感謝をするんだよ」というのを守っている。
少なからず「おとうから奥さんを奪った」という認識ではあるのだろう。
この付近で一番盛り上がり、栄えているのが山の二本後ろにある、現在の真庭林蔵が経営する表長屋がある通りだ。
向かいの長屋には劇場もあり昔から華やかであったが、その相乗として地価や物価が高く、長屋の半数以上は役者や金持ちが通うような店ばかりだった。
しかし大衆娯楽を楽しむ客は、何も金持ちばかりではない。
真庭は始め、その劇場向かいの長屋に入っていた呉服屋を買取り、次期店主とされていた職人を残して質屋に改装した。
この呉服屋は役者宗家の御用達で、京の老舗から暖簾分けをした店だったそうだ。
大衆娯楽の本場である京の老舗の着物とくれば、江戸の庶民が下手に手を出せる値段でもなく、閑古鳥が鳴くような状態になってしまっていたのだ。
そこから売れない役者を中心に利益を上げてゆき、あっという間に長屋一棟を押え、今では一風代わって老若男女金持ち貧乏関係がなく立ち寄るような通りへと様変わりしている。
兄にはそういった地頭があった。金持ちばかりを相手にしてきたからこその成功だろう。
そして自身も役者だったのだから、人が何を求めるか、求めていないのならどうやって人を惹きつけるかという勘も冴えているのだ。
…だがそうして客層が変われば弊害だってある。それが今、栄が面している問題に繋がってきているのだろう。
向かいの、繁華街や真庭の長屋、そして露が手伝いに出ている一本手前の通りの長屋と、商売において情報は共有した方がいい。
まずは一本手前、薬屋がある長屋の楽器屋に寄ろうと通りを歩けば、薬屋の前を通ることになる。
案の定、薬屋が先に「竹島さん」と声を掛けてきた。
「こんにちは。先日はどうも助かりました。帰りにまた寄ります」
「いやぁいいんだよ、あの猫は…」
担いでいる三味線と手にした木材を見て口を閉ざした薬屋に「あれから豆富屋にも行きました。本日は大忙しで…」と言っておく。
「そうかいそうかい、わかったよ」と下がってくれたので、長屋の真ん中あたりに構える楽器屋に行き、念の為確認を取った。
「確かにウチのもんではあるがわかんねぇな…棹以外は…そんなに古くねぇんだな……」
「そうなんですよね。
最近こちらでは質の悪い皮を持ち込む業者が増えまして、今回…朔太と名乗った男は、最近数日で三本も持ち込んできました。今日はついに安皮も持参されたので、これはと…」
「部品も盗まれてねぇか確認はしてくるか…」
「朔太と名乗った男は、行商人の格好と言われれば確かに…という出で立ちではありましたが、もう少し土臭さはなく、むしろ香が混じる、露骨な遊び人と言いますか…。行商人にしては少し安い着物でしたし…」
「…元の皮は悪くねぇよなぁ…。こうなるとなんとも分からねぇがまだ売らないんじゃねぇかな…。
鞣し屋、そっちにも来てんのか。ったく楽器屋ナメやがって。ウチが追い返してんのがそっち行っちまってんのかなぁ…。役者まで持ち込む始末よ。主に修行中のとか、あの茶屋の連中がな…。
あの中古屋に行くんだろ?そのへんはあっちの方が詳しいだろうよ。
ありがとうな栄。こっちも見張ってみるよ」
「はい。
また何かあれば来ますね」
「あいよー」と作業に戻る楽器屋を後にし、質屋の通りへ向かう。
…溜息が出そう。
この通りとは雰囲気も違うし、結局、何かあれば自分が赴くことが多い…だからこそ楽器屋にもこちらが情報を流す訳だが…。
あの楽器屋の品だというのは、正直、聞かなくても分かっていた。
しかも練習用ではない、組み立て式の三味線。演者でもそうでなくても数日で何本も買える品ではない。
質屋の向かいの茶屋の話題が出た、ということは強ち、かもしれない。そこは治安が良いとは言えない場所だ。
いよいよきな臭くなってきた。
「…流石にこれは伝えねばならないよ。
あの男は恐らく…これをあの店で買い、直して高値で売るか…店主はまぁ、三味線の善し悪しがわかる男だ。場合によっては後にこちらに難癖をつけかねないし…なんだか、私も良い気がしないんだ」
「まぁ、そうだよね…」
「その他も…もし窃盗だったら、今頃持ち主も困っているだろうし」
詮索する気はないが、あの体臭に入り交じった香。遊び人特有のものだ。
郭の下男と言われ納得が出来ない訳でもないが、それよりも件の鞣し屋に関わりがあるならいい加減困っている。
溜息が出た。
何より、ここに役者やらが出入りするのは、真庭の口添えもあるからだ。
…丁度先日、露の脚絆と着物を頼んだことだし。
三味線を背負い、「気を付けてね」と露に見送られ襖を閉める。
少し考えたが、縁下から木材を何本か持ち街へ向かった。
…露があの男を嫌うのは、栄に対しての態度だそうだ。随分前に決別したのも知っているからだろう。
彼は、幼い露に「こいつの妻を寝取った男だ」と自己紹介したのだ。
露には本来の意味は分からないだろうし、若干事実としては歪曲している…と思っているが、この真相はわからない、意図もそう。
露には「人の物を奪っても、ねだってもいけない」と教えている。
露は「だからこそ、山や食べ物に感謝をするんだよ」というのを守っている。
少なからず「おとうから奥さんを奪った」という認識ではあるのだろう。
この付近で一番盛り上がり、栄えているのが山の二本後ろにある、現在の真庭林蔵が経営する表長屋がある通りだ。
向かいの長屋には劇場もあり昔から華やかであったが、その相乗として地価や物価が高く、長屋の半数以上は役者や金持ちが通うような店ばかりだった。
しかし大衆娯楽を楽しむ客は、何も金持ちばかりではない。
真庭は始め、その劇場向かいの長屋に入っていた呉服屋を買取り、次期店主とされていた職人を残して質屋に改装した。
この呉服屋は役者宗家の御用達で、京の老舗から暖簾分けをした店だったそうだ。
大衆娯楽の本場である京の老舗の着物とくれば、江戸の庶民が下手に手を出せる値段でもなく、閑古鳥が鳴くような状態になってしまっていたのだ。
そこから売れない役者を中心に利益を上げてゆき、あっという間に長屋一棟を押え、今では一風代わって老若男女金持ち貧乏関係がなく立ち寄るような通りへと様変わりしている。
兄にはそういった地頭があった。金持ちばかりを相手にしてきたからこその成功だろう。
そして自身も役者だったのだから、人が何を求めるか、求めていないのならどうやって人を惹きつけるかという勘も冴えているのだ。
…だがそうして客層が変われば弊害だってある。それが今、栄が面している問題に繋がってきているのだろう。
向かいの、繁華街や真庭の長屋、そして露が手伝いに出ている一本手前の通りの長屋と、商売において情報は共有した方がいい。
まずは一本手前、薬屋がある長屋の楽器屋に寄ろうと通りを歩けば、薬屋の前を通ることになる。
案の定、薬屋が先に「竹島さん」と声を掛けてきた。
「こんにちは。先日はどうも助かりました。帰りにまた寄ります」
「いやぁいいんだよ、あの猫は…」
担いでいる三味線と手にした木材を見て口を閉ざした薬屋に「あれから豆富屋にも行きました。本日は大忙しで…」と言っておく。
「そうかいそうかい、わかったよ」と下がってくれたので、長屋の真ん中あたりに構える楽器屋に行き、念の為確認を取った。
「確かにウチのもんではあるがわかんねぇな…棹以外は…そんなに古くねぇんだな……」
「そうなんですよね。
最近こちらでは質の悪い皮を持ち込む業者が増えまして、今回…朔太と名乗った男は、最近数日で三本も持ち込んできました。今日はついに安皮も持参されたので、これはと…」
「部品も盗まれてねぇか確認はしてくるか…」
「朔太と名乗った男は、行商人の格好と言われれば確かに…という出で立ちではありましたが、もう少し土臭さはなく、むしろ香が混じる、露骨な遊び人と言いますか…。行商人にしては少し安い着物でしたし…」
「…元の皮は悪くねぇよなぁ…。こうなるとなんとも分からねぇがまだ売らないんじゃねぇかな…。
鞣し屋、そっちにも来てんのか。ったく楽器屋ナメやがって。ウチが追い返してんのがそっち行っちまってんのかなぁ…。役者まで持ち込む始末よ。主に修行中のとか、あの茶屋の連中がな…。
あの中古屋に行くんだろ?そのへんはあっちの方が詳しいだろうよ。
ありがとうな栄。こっちも見張ってみるよ」
「はい。
また何かあれば来ますね」
「あいよー」と作業に戻る楽器屋を後にし、質屋の通りへ向かう。
…溜息が出そう。
この通りとは雰囲気も違うし、結局、何かあれば自分が赴くことが多い…だからこそ楽器屋にもこちらが情報を流す訳だが…。
あの楽器屋の品だというのは、正直、聞かなくても分かっていた。
しかも練習用ではない、組み立て式の三味線。演者でもそうでなくても数日で何本も買える品ではない。
質屋の向かいの茶屋の話題が出た、ということは強ち、かもしれない。そこは治安が良いとは言えない場所だ。
いよいよきな臭くなってきた。
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