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負け犬じゃねぇか【短編】
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負けた気がした。
目を覚ましてしまったときに劣性が降りしきる雨のようで。
狭かった。視界は酷く曖昧な、ぶら下がった電球と紐を映して近くなり。朝のような晴れた空気が乾いていて。
意識は混在しつつ頭には覚醒を呼び覚ましました。心臓が冷やっと、止まるような驚愕を成して、そうか俺は生きているのかと知る。
しかし知らない場所で。起き上がろうにも体は怠く痛い、より痛烈だ。わからない。神経という神経が、麻痺をしたのか過敏なのか。
とにかくこれは、死んでいたら恐らく、こんな庶民的な世界を、知ることはないのかと絶望に似た虚無が押し寄せました。あの、最後に見た、湿った壁のような天気でさえ、俺には遠くて。
「 」
覗き込んだ男が何を言ったか。
この男は。片耳ピアスの、細めの。無感情な表情のこの男は。
吐きダコのある手が近付いてきて、目をきつく縛れば、頬あたりに感じた温もり、額から何か剥離された感触に目を開けますと。
吐きダコは隠れ、額から伸びた包帯。それを手に巻き付け、救急箱を傍らにベッドに腰掛け、そいつは新しい包帯を手にしていました。
彼はどうやら包帯を変えてくれているらしい。
思わずその彼の手を叩き、払いのけるが、それすら激痛で唸る、はずだったのですが。
その己の声すら鼓膜は許容せず。
あぁ、そうか俺は。
じわりじわりと感情はうねり、暴動となり心は、やはり、その刺さってしまったナイフに気付かず暴れては痛く麻痺していき、俺はどんどん瀕死に近付いていき。
そうか、どうして。
あぁ、どうして。
無様ではしたなくもいつだってそう。誰一人、自分ですら自分を愛せず、結果望むものは得られないのでしょう。あの雨雲のような暗闇は、存在は、その壁は晴れてくれるような気が、
いや、本当はどうだってよかったのです。あの瞬間の切れてしまったその闇は、全てを捨てた気に、なれたような一瞬に何を見たか。
そんなものは、鉄橋の下にあった芝生とか土とか、俺ではないものでしょうか。
何を見ようってんだ。そんなものに、何を言ってみようと、何を勝手こいて、先の未来を一瞬見たのか。
どうして。
俺に何かを、与えてしまったと、しかしそれを恨む先は他でもなく自分しかないのです。
未来なんてものは、こんなもんで、過去に置いてきた全てをなぞって未来を一瞬に考えたつもりで。
ろくでもなかったんです。変わり者で、たったひとつで全て隔離され、うまくいかず、自分まで自分を、愛そうだなんて、綺麗事かどうかすらわからないほどの空虚を俺は歩いてきていて。
辛くは、あったのかなかったのか。
ただどうやら、鼓膜に聴こえない旋律ともなれない声で、喉に来る嗚咽は苦しく。
伝えることすらしなかった。
伝えることすら出来なくなった。
揺れる視界が容赦なく、思いは包まれてしまったようで。
ふと一之江はそんな俺を見て、何か、小さなリモコンのようなものを、吐きダコのない左手で取って操作していました。
ぼやけた視界で見れば恐らくは、高そうな、コンポ。俺は、俺の自我のひとつであった娯楽の音楽ですら、いま、薄らとしか聞き取れずにいて。
いつまでも嫌味なやつだ。しかし本当に遠くから聞こえる哀愁のエレキと寄り添うベースは、なんだか、くだらないほどに心地よくて。
多分曲が盛り上がった、まぁ、演奏が変わった、シンバルでも入ったのかもしれない。そんなときに彼は俺を見て言う、唇でわかるそれ。
負け犬じゃねぇか。
そうか。
僕も、そう、思ったから。頷くことしか出来なくて。
どうして僕はいつだって。
あぁ、やめちゃえ。
いっそ、殺してしまったんだ。死んだんだ、俺ってヤツは。
そう、何故か、この嫌味なヤツの、初めて見た哀愁漂う仄かな笑顔に漸く吹っ切れた気がしたから。
僕はその日に、金上嘉実を殺してやろうと。
というかあいつは鉄橋から落ちて自殺してしまったんだ、漸くと。
心やすらかになっていく自分を感じて、漸くはっきりと糸は切れ、笑えたような、そんな気がしたのでした。
目を覚ましてしまったときに劣性が降りしきる雨のようで。
狭かった。視界は酷く曖昧な、ぶら下がった電球と紐を映して近くなり。朝のような晴れた空気が乾いていて。
意識は混在しつつ頭には覚醒を呼び覚ましました。心臓が冷やっと、止まるような驚愕を成して、そうか俺は生きているのかと知る。
しかし知らない場所で。起き上がろうにも体は怠く痛い、より痛烈だ。わからない。神経という神経が、麻痺をしたのか過敏なのか。
とにかくこれは、死んでいたら恐らく、こんな庶民的な世界を、知ることはないのかと絶望に似た虚無が押し寄せました。あの、最後に見た、湿った壁のような天気でさえ、俺には遠くて。
「 」
覗き込んだ男が何を言ったか。
この男は。片耳ピアスの、細めの。無感情な表情のこの男は。
吐きダコのある手が近付いてきて、目をきつく縛れば、頬あたりに感じた温もり、額から何か剥離された感触に目を開けますと。
吐きダコは隠れ、額から伸びた包帯。それを手に巻き付け、救急箱を傍らにベッドに腰掛け、そいつは新しい包帯を手にしていました。
彼はどうやら包帯を変えてくれているらしい。
思わずその彼の手を叩き、払いのけるが、それすら激痛で唸る、はずだったのですが。
その己の声すら鼓膜は許容せず。
あぁ、そうか俺は。
じわりじわりと感情はうねり、暴動となり心は、やはり、その刺さってしまったナイフに気付かず暴れては痛く麻痺していき、俺はどんどん瀕死に近付いていき。
そうか、どうして。
あぁ、どうして。
無様ではしたなくもいつだってそう。誰一人、自分ですら自分を愛せず、結果望むものは得られないのでしょう。あの雨雲のような暗闇は、存在は、その壁は晴れてくれるような気が、
いや、本当はどうだってよかったのです。あの瞬間の切れてしまったその闇は、全てを捨てた気に、なれたような一瞬に何を見たか。
そんなものは、鉄橋の下にあった芝生とか土とか、俺ではないものでしょうか。
何を見ようってんだ。そんなものに、何を言ってみようと、何を勝手こいて、先の未来を一瞬見たのか。
どうして。
俺に何かを、与えてしまったと、しかしそれを恨む先は他でもなく自分しかないのです。
未来なんてものは、こんなもんで、過去に置いてきた全てをなぞって未来を一瞬に考えたつもりで。
ろくでもなかったんです。変わり者で、たったひとつで全て隔離され、うまくいかず、自分まで自分を、愛そうだなんて、綺麗事かどうかすらわからないほどの空虚を俺は歩いてきていて。
辛くは、あったのかなかったのか。
ただどうやら、鼓膜に聴こえない旋律ともなれない声で、喉に来る嗚咽は苦しく。
伝えることすらしなかった。
伝えることすら出来なくなった。
揺れる視界が容赦なく、思いは包まれてしまったようで。
ふと一之江はそんな俺を見て、何か、小さなリモコンのようなものを、吐きダコのない左手で取って操作していました。
ぼやけた視界で見れば恐らくは、高そうな、コンポ。俺は、俺の自我のひとつであった娯楽の音楽ですら、いま、薄らとしか聞き取れずにいて。
いつまでも嫌味なやつだ。しかし本当に遠くから聞こえる哀愁のエレキと寄り添うベースは、なんだか、くだらないほどに心地よくて。
多分曲が盛り上がった、まぁ、演奏が変わった、シンバルでも入ったのかもしれない。そんなときに彼は俺を見て言う、唇でわかるそれ。
負け犬じゃねぇか。
そうか。
僕も、そう、思ったから。頷くことしか出来なくて。
どうして僕はいつだって。
あぁ、やめちゃえ。
いっそ、殺してしまったんだ。死んだんだ、俺ってヤツは。
そう、何故か、この嫌味なヤツの、初めて見た哀愁漂う仄かな笑顔に漸く吹っ切れた気がしたから。
僕はその日に、金上嘉実を殺してやろうと。
というかあいつは鉄橋から落ちて自殺してしまったんだ、漸くと。
心やすらかになっていく自分を感じて、漸くはっきりと糸は切れ、笑えたような、そんな気がしたのでした。
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