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「おぉ、おかえり。お前背負ってきたのか?」
車両の、後ろを開けて迎えた茅沼の仲間は、やはり怪訝そうな物言いで茅沼に言った。
静かな、なんとも言えぬ殺伐とした空気を車内に感じた。
「そうですよ。タバコとコーヒーあります?この人めちゃくちゃ冷たい」
僕は取り敢えずベットに座らせられ、連れて来られた車両で、茅沼の仲間にコーヒーとタバコを出された。
とは言っても、すぐ目の前には、目覚める前まで折り合いが悪かった佐渡准海尉が変わり果てた姿で寝転がっていたりする。救助、というか引き上げられたのだろう。
「あぁ、悪いね…」
と、少しバツが悪そうに笑い、茅沼が僕の隣に座ってタバコに火をつけた。
「いえ」
茅沼は佐渡准海尉の、胸の銃痕については触れてこない。これから僕は、唯一の生存者として、艦内であったことを話していくのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながらタバコに火をつけた。
一口目は噎せた。と言うか強い。何日延びていたか知らないが、救護してきた生存者に吸わせるものではないだろう、このタバコ。
「うまい?」
しかし楽しそうに聞いてくるこの男は本格的に、よく言えばマイペース、遠慮せずに言えば空気が読めないようである。
ただ、人が噎せるその背中を擦りながら「大丈夫?」と、愉快そうに言うあたり、これは却って空気を読んでいるのかと、不思議な気がして、コーヒーを飲んでから二口目は少し少なめに吸った。
じわっと、肺が痛む感覚。そこから広がる酷い眩暈。どう頑張ってもヤニクラなんて、気持ちがいいものではないけれど。
「こんな時ですら、味は感じるものですね」
生きていると嫌でも感じた。
「ふっへっへ、顔色ますます悪いね」
「まぁ、ハイ」
「君は、見たところ三等海曹だね」
ふと、いままで黙っていた仲間のうち一人、背が高い男が言った。
「…はい」
「あの船に乗ってた三等海曹は…」
「僕ともう一人、善山剣です」
「そうか。善山くんと君だけ?」
「はい。三等海曹の熱海雨です」
こちらのことを知らないのか?
「熱海くん…。もしかして、秋津海尉の…」
「はい…そうです」
仲間たちの深刻そうな表情。露骨すぎる。こんなのは、視力が悪くてもわかる。
「…曹長の近山護だ。君を基地まで送る」
「…はい」
短髪でスポーツ会系な印象の男だった。
少ししてから先ほど茅沼と共にいた隊員が少しずつ戻ってくる。
「ダメだな、やっぱり」
「つまり生存者はやはり…」
「僕だけですか」
そう僕が言うと皆黙りこんだ。
「じゃ、そーゆーわけで」
ぼんやりとした視界の中、カシャッと、目の前で音がした。
どうやら僕は、今帰って来た一曹に何故か拳銃を向けられたらしい。
一曹と曹長が顔を見合わせて頷き合う。なるほど。
「…ちなみに聞くが名前は?」
「三等海曹の熱海雨です」
「やはりな。秋津冬次の側付きだろ?」
「そう言うことになりますね。あの、ひとつお願いがあるのですが」
「なんだ」
「眼鏡をください。僕、目が悪いんです」
「ぷはっ、」
隣で茅沼が露骨に吹き出した。この殺伐とした空気に不釣り合いだ。
「そんなものはない」
「確かに、佐渡准海尉も裸眼ですからね…まぁ、どうせ死ぬようなんでいいんですけど」
「やけに物分かりがいいな」
「拳銃向けられたらそりゃぁ…」
立ち上がって銃口を掴むと、相手が怯んだのがわかった。近距離に来てみて漸くわかったが相手は眼鏡ではないか。ついでにそいつの眼鏡を剥ぎ取って掛けたが、度が合わなかった。
「あったあった。まぁ見えないよりはいいかな」
「貴様っ、」
「で、僕ってなんで死ぬんですか?まぁ別にいいんですけど。物分かりはいいようですが僕、あまり良い子じゃないんです。
あ、そこの気が狂った上官をぶっ殺したからですか?」
佐渡准海尉をちらっと見てから掴んでいたリボルバー拳銃ももぎ取り、拝借する。一気に空気はひりついた。
「僕が秋津さんの側付きだからですか?どうして?僕たちはどうして、こんなことになったんですか?」
「ふ、ははは!なーるほど。
多分それが真実ですよ」
「は?何言ってんだ茅沼」
「反乱が反乱を呼んだ、そーゆーことだよ」
茅沼はまたタバコに火をつけ、優雅にタバコを吸い始めた。
「熱海さんだったっけ。
あんたの艦隊は、潜水艦で東南アジアに向かっていた。しかしそれを日本政府が阻止した。まぁ、正直あんな国には行っても仕方がないという政府の判断だよ」
「は?」
「お宅の秋津さんは勝手にベトナムに行こうとしたんだ。なんでだろうね。
これは秋津さんなりの何か、特別なメッセージじゃないかな」
茅沼は吸っていたタバコを足元に捨て、踏み消した。
「…何が言いたい」
「仮説ですが。
秋津さん、結構援助活動に積極的でしたよね。彼は、戦争時代を生きている。だから今の地位があった。
だけど無駄に戦地には行かない。それが何故、ここ最近無駄に増えたベトナムへの援助へ赴いたのか。秋津さんがベトナムへ行くのは今回だけだ。
それも何故か潜水艦。こんなの、密輸か戦以外あり得ない。さぁ果たして彼は、何をしようとしていたのか、政府は何を彼にさせようとしていたのか」
「お前は正気か茅沼」
「わりと正気です。いやむしろお宅らの方が正気かと問う。本気で自分らは至極安全だと信じているのか?今のベトナムの情勢を考えたら、俺は、多分こいつをここで抹殺したら、自分らも将来秋津艦隊と同じ道を歩むんじゃないかと思えてならないが。
曹長、俺にはどうしてたったそれだけで隊を、17人を海の藻屑にするために空、陸軍50人を配置したのか意味がよくわからない。まぁ、表向きの名目で言ったら確かに秋津さんは政府に背いている。しかし今回の国際援助、そもそも密令だったはずだ。なんせ、レーダー察知が一番早かったあんたが漸く潜水艦に気が付いたんだからね、近山さん」
つまりこれは…。
「あぁ、そうですか」
怒りというよりは。
多分脱力に近かった。
「…茅沼、」
「まぁ、これも運命ってことで」
茅沼が銃を抜いた。
ハンマーを引く音が、耳元で聞こえた。そして、茅沼はにやっと子供のように笑い、告げる。
「どうやら君はここで死んだようだ」
車両の、後ろを開けて迎えた茅沼の仲間は、やはり怪訝そうな物言いで茅沼に言った。
静かな、なんとも言えぬ殺伐とした空気を車内に感じた。
「そうですよ。タバコとコーヒーあります?この人めちゃくちゃ冷たい」
僕は取り敢えずベットに座らせられ、連れて来られた車両で、茅沼の仲間にコーヒーとタバコを出された。
とは言っても、すぐ目の前には、目覚める前まで折り合いが悪かった佐渡准海尉が変わり果てた姿で寝転がっていたりする。救助、というか引き上げられたのだろう。
「あぁ、悪いね…」
と、少しバツが悪そうに笑い、茅沼が僕の隣に座ってタバコに火をつけた。
「いえ」
茅沼は佐渡准海尉の、胸の銃痕については触れてこない。これから僕は、唯一の生存者として、艦内であったことを話していくのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながらタバコに火をつけた。
一口目は噎せた。と言うか強い。何日延びていたか知らないが、救護してきた生存者に吸わせるものではないだろう、このタバコ。
「うまい?」
しかし楽しそうに聞いてくるこの男は本格的に、よく言えばマイペース、遠慮せずに言えば空気が読めないようである。
ただ、人が噎せるその背中を擦りながら「大丈夫?」と、愉快そうに言うあたり、これは却って空気を読んでいるのかと、不思議な気がして、コーヒーを飲んでから二口目は少し少なめに吸った。
じわっと、肺が痛む感覚。そこから広がる酷い眩暈。どう頑張ってもヤニクラなんて、気持ちがいいものではないけれど。
「こんな時ですら、味は感じるものですね」
生きていると嫌でも感じた。
「ふっへっへ、顔色ますます悪いね」
「まぁ、ハイ」
「君は、見たところ三等海曹だね」
ふと、いままで黙っていた仲間のうち一人、背が高い男が言った。
「…はい」
「あの船に乗ってた三等海曹は…」
「僕ともう一人、善山剣です」
「そうか。善山くんと君だけ?」
「はい。三等海曹の熱海雨です」
こちらのことを知らないのか?
「熱海くん…。もしかして、秋津海尉の…」
「はい…そうです」
仲間たちの深刻そうな表情。露骨すぎる。こんなのは、視力が悪くてもわかる。
「…曹長の近山護だ。君を基地まで送る」
「…はい」
短髪でスポーツ会系な印象の男だった。
少ししてから先ほど茅沼と共にいた隊員が少しずつ戻ってくる。
「ダメだな、やっぱり」
「つまり生存者はやはり…」
「僕だけですか」
そう僕が言うと皆黙りこんだ。
「じゃ、そーゆーわけで」
ぼんやりとした視界の中、カシャッと、目の前で音がした。
どうやら僕は、今帰って来た一曹に何故か拳銃を向けられたらしい。
一曹と曹長が顔を見合わせて頷き合う。なるほど。
「…ちなみに聞くが名前は?」
「三等海曹の熱海雨です」
「やはりな。秋津冬次の側付きだろ?」
「そう言うことになりますね。あの、ひとつお願いがあるのですが」
「なんだ」
「眼鏡をください。僕、目が悪いんです」
「ぷはっ、」
隣で茅沼が露骨に吹き出した。この殺伐とした空気に不釣り合いだ。
「そんなものはない」
「確かに、佐渡准海尉も裸眼ですからね…まぁ、どうせ死ぬようなんでいいんですけど」
「やけに物分かりがいいな」
「拳銃向けられたらそりゃぁ…」
立ち上がって銃口を掴むと、相手が怯んだのがわかった。近距離に来てみて漸くわかったが相手は眼鏡ではないか。ついでにそいつの眼鏡を剥ぎ取って掛けたが、度が合わなかった。
「あったあった。まぁ見えないよりはいいかな」
「貴様っ、」
「で、僕ってなんで死ぬんですか?まぁ別にいいんですけど。物分かりはいいようですが僕、あまり良い子じゃないんです。
あ、そこの気が狂った上官をぶっ殺したからですか?」
佐渡准海尉をちらっと見てから掴んでいたリボルバー拳銃ももぎ取り、拝借する。一気に空気はひりついた。
「僕が秋津さんの側付きだからですか?どうして?僕たちはどうして、こんなことになったんですか?」
「ふ、ははは!なーるほど。
多分それが真実ですよ」
「は?何言ってんだ茅沼」
「反乱が反乱を呼んだ、そーゆーことだよ」
茅沼はまたタバコに火をつけ、優雅にタバコを吸い始めた。
「熱海さんだったっけ。
あんたの艦隊は、潜水艦で東南アジアに向かっていた。しかしそれを日本政府が阻止した。まぁ、正直あんな国には行っても仕方がないという政府の判断だよ」
「は?」
「お宅の秋津さんは勝手にベトナムに行こうとしたんだ。なんでだろうね。
これは秋津さんなりの何か、特別なメッセージじゃないかな」
茅沼は吸っていたタバコを足元に捨て、踏み消した。
「…何が言いたい」
「仮説ですが。
秋津さん、結構援助活動に積極的でしたよね。彼は、戦争時代を生きている。だから今の地位があった。
だけど無駄に戦地には行かない。それが何故、ここ最近無駄に増えたベトナムへの援助へ赴いたのか。秋津さんがベトナムへ行くのは今回だけだ。
それも何故か潜水艦。こんなの、密輸か戦以外あり得ない。さぁ果たして彼は、何をしようとしていたのか、政府は何を彼にさせようとしていたのか」
「お前は正気か茅沼」
「わりと正気です。いやむしろお宅らの方が正気かと問う。本気で自分らは至極安全だと信じているのか?今のベトナムの情勢を考えたら、俺は、多分こいつをここで抹殺したら、自分らも将来秋津艦隊と同じ道を歩むんじゃないかと思えてならないが。
曹長、俺にはどうしてたったそれだけで隊を、17人を海の藻屑にするために空、陸軍50人を配置したのか意味がよくわからない。まぁ、表向きの名目で言ったら確かに秋津さんは政府に背いている。しかし今回の国際援助、そもそも密令だったはずだ。なんせ、レーダー察知が一番早かったあんたが漸く潜水艦に気が付いたんだからね、近山さん」
つまりこれは…。
「あぁ、そうですか」
怒りというよりは。
多分脱力に近かった。
「…茅沼、」
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