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おかげで皮肉にも、また死に損なってしまった。
それから僕らはまた海に来ている。夜の、冷たい刺さるような潮風が体を吹き抜けていく。
「足元寒くねぇかそれ」
樹実は僕の、健康サンダルを見てそう言った。
先程の戦闘でだいぶダメにしたので、その辺にあったトイレのスリッパを拝借したら何故か健康サンダルだったのだ。樹実曰く、「多分空軍いたずらだろう」とのこと。
「靴下履いてますから」
「ナンセンスだなぁ」
我ながら確かに。
「…まぁ、君らしいけど、なんとなく」
「そうですかね」
「…君、これからどうすんの」
「僕ですか?」
まぁ確かに。
死に損なったからなぁ。
「君のせいで死に損ないましたからね」
「…こんな時になんだけど。どう思った?」
「…何が?」
一応やっぱ、気にしてるんだな。
「何がって。
俺はあんま納得いってないの。多分だって、中塚はホントに全てを知らなかったとしたら?書類に判子だけのクソで中身を知らなかったのなら今回のこの壮大なシナリオは全部、あの、」
「ピンク野郎の仕業でしょうね」
「てことはラスボスは星川匠だよ?なんか、それって、」
「まぁ、言いたいこともわかるんですけど」
タバコに火をつけた。
海が凪いでいる。夜空を映して。
「なんか、どーでもよくなっちゃった」
「はぁ!?」
「だって、あの人潰したところで、君と僕に残るものなんてないし、てか、あいつらなんか、バカすぎて途中からなんか、自分何やってんだろってなっちゃったっていうか…」
「はぁ、へ?」
「うん、そんな感じです。だからなんて言うか…。
君がそんなに気に病むこともないと言うか、わりと僕も吹っ切れたかな」
「あぁ、そうなの…?」
「…はい、情けないことにね」
自分を少し曲げてしまった。正直。
「…いや、悔しいですよ、そりゃぁ。ただなんて言うか、秋津さんが最期、なんかあっさり佐渡さんに殺された理由がわかったような気がする」
「あぁ、そうなんだ…」
どっかであの人も多分…。
「もうあとは疲れた。国とか、誰が悪いとか、そーゆーの。僕そーゆーの嫌いなんですよ」
「まぁ確かに」
「でもね」
でも。
「死に損なったから多分、気付けたかなって思うんです。水の底で空を見なければ多分、酸素なんてわかんないから。でも綺麗なんですそれだけははっきりと覚えてて。なんか、それでいいかなぁって。僕、今酸素吸って二酸化炭素吐いて、地に足着いて空見上げてるから、海で」
あの人も見ただろうか。
水浸しになっただろうコックピットの中で。
助けを呼んだろうか。
多分、そんなことに酸素は使わなかったんだろうな、偏屈だから。
「はー!」
靴下と健康サンダルを脱いで。
僕は波打ち際まで走った。
そこでまたタバコを吸ってみた。
気持ちいなぁ。
師匠。
あんたいいなぁ。
永遠にこの下にいるのか。こんな浮遊感でゲロ吐きそうな、足元の砂奪ってくような、そんな空間の中に。
ズルいよ。
ホント、届かないじゃねぇかよ。
僕はこんな、叫び出しそうな安定したとこにいるっつうのに。あんた今空と海、どっちにいんだよ。どっちもふわふわしててすっげぇ気持ちいいだろうに。
もう声は届かないよ。
もしかするとあのときあんたはそれに酸素を使ったかもしれない、悲痛な叫びを僕に残したかもしれない。けど僕には、届かないよ。
「はぁ、案外いいね、海」
いつの間にやら隣に来ていた樹実は伸びをして、タバコに火をつけた。
けど。
あんたの声はもう届かないけど。
この人の声なら、この、身を切るような笑い声なら。
まだ、聞けるかな。僕は死に損なったわけだし。
「いつの間に」
「あんた気持ちよさそーに叫んでんなぁと思ってね」
「はい?」
「俺さ、思うんだけど」
「なんですか?」
樹実の髪が海風に拐われる。
うざったそうに耳に掛けても、また前を見ればそれはどうやら意味はなかったようで。
「永遠なんてないよね、やっぱり」
「なんですかそれ…」
ナンセンスだなぁ。
けど、純粋な子供みたいな、宇宙のような瞬きでそう言う彼はなんだかそう言うときだけ、故人たちのような、長く生きた重鎮みたいな重い歳の重ね方を感じさせるものがあって。
不思議だ。
「全て有限だから、そんな言葉が出来るのかなって。でもそれも、ちっぽけなことだね」
「…励ましてます?それ」
「そんな陳腐なもんじゃない。けど、俺も逢ってみたかったなぁ、秋津さんに」
軽やかに笑って、髪が凪いで。
「あっ」
突然何かと思いきや、夜空を右手で指差して、「鴉!」とはしゃぐように言う。鴎が優雅に飛んでいた。
「違いますよ、」
「え、だって啼いてるじゃん」
「鳴きますよ。あれは鴎です」
「えー、あんな嗤うように啼くのか。夜に。なんか、逆にこっちが泣けねぇな」
空を見上げていう彼は。
ホント、子供みたいに純粋な瞳だった。
そして。
それから樹実と再会したのは案外早く、一週間後だった。
僕はまた海軍に戻り、つまんねぇデスクワークをこなしていた。
「これからウユニに行くけど行くかい?」
そう楽しそうに樹実に言われたときは。
彼が車に積んでいたサブマシンガンを思わず向けてやったけど。
色々考えて、また考えて、
「はいはい」
と、返事をしてしまったのだ。
僕は知りたかったんだ。
彼の根底にある拡声器のような燻る、身を切るような、あの、叫び声の正体が。
気付けば僕は10年以上、
死に損なって、だけど死にたいと思わないくらいに、世界を、見ているような気になっている。
小さな小さな、宇宙の屑のような星の、海の上で。
それから僕らはまた海に来ている。夜の、冷たい刺さるような潮風が体を吹き抜けていく。
「足元寒くねぇかそれ」
樹実は僕の、健康サンダルを見てそう言った。
先程の戦闘でだいぶダメにしたので、その辺にあったトイレのスリッパを拝借したら何故か健康サンダルだったのだ。樹実曰く、「多分空軍いたずらだろう」とのこと。
「靴下履いてますから」
「ナンセンスだなぁ」
我ながら確かに。
「…まぁ、君らしいけど、なんとなく」
「そうですかね」
「…君、これからどうすんの」
「僕ですか?」
まぁ確かに。
死に損なったからなぁ。
「君のせいで死に損ないましたからね」
「…こんな時になんだけど。どう思った?」
「…何が?」
一応やっぱ、気にしてるんだな。
「何がって。
俺はあんま納得いってないの。多分だって、中塚はホントに全てを知らなかったとしたら?書類に判子だけのクソで中身を知らなかったのなら今回のこの壮大なシナリオは全部、あの、」
「ピンク野郎の仕業でしょうね」
「てことはラスボスは星川匠だよ?なんか、それって、」
「まぁ、言いたいこともわかるんですけど」
タバコに火をつけた。
海が凪いでいる。夜空を映して。
「なんか、どーでもよくなっちゃった」
「はぁ!?」
「だって、あの人潰したところで、君と僕に残るものなんてないし、てか、あいつらなんか、バカすぎて途中からなんか、自分何やってんだろってなっちゃったっていうか…」
「はぁ、へ?」
「うん、そんな感じです。だからなんて言うか…。
君がそんなに気に病むこともないと言うか、わりと僕も吹っ切れたかな」
「あぁ、そうなの…?」
「…はい、情けないことにね」
自分を少し曲げてしまった。正直。
「…いや、悔しいですよ、そりゃぁ。ただなんて言うか、秋津さんが最期、なんかあっさり佐渡さんに殺された理由がわかったような気がする」
「あぁ、そうなんだ…」
どっかであの人も多分…。
「もうあとは疲れた。国とか、誰が悪いとか、そーゆーの。僕そーゆーの嫌いなんですよ」
「まぁ確かに」
「でもね」
でも。
「死に損なったから多分、気付けたかなって思うんです。水の底で空を見なければ多分、酸素なんてわかんないから。でも綺麗なんですそれだけははっきりと覚えてて。なんか、それでいいかなぁって。僕、今酸素吸って二酸化炭素吐いて、地に足着いて空見上げてるから、海で」
あの人も見ただろうか。
水浸しになっただろうコックピットの中で。
助けを呼んだろうか。
多分、そんなことに酸素は使わなかったんだろうな、偏屈だから。
「はー!」
靴下と健康サンダルを脱いで。
僕は波打ち際まで走った。
そこでまたタバコを吸ってみた。
気持ちいなぁ。
師匠。
あんたいいなぁ。
永遠にこの下にいるのか。こんな浮遊感でゲロ吐きそうな、足元の砂奪ってくような、そんな空間の中に。
ズルいよ。
ホント、届かないじゃねぇかよ。
僕はこんな、叫び出しそうな安定したとこにいるっつうのに。あんた今空と海、どっちにいんだよ。どっちもふわふわしててすっげぇ気持ちいいだろうに。
もう声は届かないよ。
もしかするとあのときあんたはそれに酸素を使ったかもしれない、悲痛な叫びを僕に残したかもしれない。けど僕には、届かないよ。
「はぁ、案外いいね、海」
いつの間にやら隣に来ていた樹実は伸びをして、タバコに火をつけた。
けど。
あんたの声はもう届かないけど。
この人の声なら、この、身を切るような笑い声なら。
まだ、聞けるかな。僕は死に損なったわけだし。
「いつの間に」
「あんた気持ちよさそーに叫んでんなぁと思ってね」
「はい?」
「俺さ、思うんだけど」
「なんですか?」
樹実の髪が海風に拐われる。
うざったそうに耳に掛けても、また前を見ればそれはどうやら意味はなかったようで。
「永遠なんてないよね、やっぱり」
「なんですかそれ…」
ナンセンスだなぁ。
けど、純粋な子供みたいな、宇宙のような瞬きでそう言う彼はなんだかそう言うときだけ、故人たちのような、長く生きた重鎮みたいな重い歳の重ね方を感じさせるものがあって。
不思議だ。
「全て有限だから、そんな言葉が出来るのかなって。でもそれも、ちっぽけなことだね」
「…励ましてます?それ」
「そんな陳腐なもんじゃない。けど、俺も逢ってみたかったなぁ、秋津さんに」
軽やかに笑って、髪が凪いで。
「あっ」
突然何かと思いきや、夜空を右手で指差して、「鴉!」とはしゃぐように言う。鴎が優雅に飛んでいた。
「違いますよ、」
「え、だって啼いてるじゃん」
「鳴きますよ。あれは鴎です」
「えー、あんな嗤うように啼くのか。夜に。なんか、逆にこっちが泣けねぇな」
空を見上げていう彼は。
ホント、子供みたいに純粋な瞳だった。
そして。
それから樹実と再会したのは案外早く、一週間後だった。
僕はまた海軍に戻り、つまんねぇデスクワークをこなしていた。
「これからウユニに行くけど行くかい?」
そう楽しそうに樹実に言われたときは。
彼が車に積んでいたサブマシンガンを思わず向けてやったけど。
色々考えて、また考えて、
「はいはい」
と、返事をしてしまったのだ。
僕は知りたかったんだ。
彼の根底にある拡声器のような燻る、身を切るような、あの、叫び声の正体が。
気付けば僕は10年以上、
死に損なって、だけど死にたいと思わないくらいに、世界を、見ているような気になっている。
小さな小さな、宇宙の屑のような星の、海の上で。
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