天獄

二色燕𠀋

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欲動

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 誠一は、世間から見れば“健全”で“正義”と言える仕事をしている人だ。
 しかし、真っ向から立ち向かうというよりは屈折していた。張り込みや下調べというのは事実、グレーなこともやっているらしい。

 自分が愛するグランジやらオルタナティブといわれる音楽もそんなものだ。
 どこか泥臭く血生臭い。分類も難しいような、真っ直ぐからは外れた物。

 彼が、それを愛してやまないというのはわからなくもないが。

「…今日はどうだった」

 疲れ果てた耳元で、誠一は穏やかにそう言った。
 腹に置かれた暖かい手。こちらの返答を待つのか待たないのか、舌と唇で首筋を撫でてくる。

「お客さん、そこそこ来ましたよ」
「あぁ、そう」

 彼の本意で進められるせいか、誠一はこうして溶けてしまいそうな余韻に浸る頃には、会話を楽しむところがあった。

 「上手く出来たの?」と、楽器もわからないだろうに聞いてきて、構わずに首筋から、耳から、蟀谷あたりまでを舌でなぜてくる。

 まるで、少し激しい行為の穴埋めでもするような、この余韻。

「…そうでもないです。楽しかったけど」
「…今日は浮かない顔だった」
「レフトギター、いざっていうときに慣れてないみたいで。こっちの方が使い勝手も良いし、良い音出せるようにはなったん…ですけどね」
「…江崎がくれたやつ?」

 誠一が少し声を落としたので「まぁ、ですけど、」と考える。

「これはこれで刺激があって…楽しいには、楽しいけど、同時になんか、少し苦しくて。ジレンマというか…リハビリだと思うことにはしてますけど」
「ふうん、」

 誠一は露骨につまらなそうな態度で起き上がり、リビングでタバコを吸い始めた。

 …急に気まずくなったな。

 多分、こんなときに別の名前を出すなとでも言いたいんだろうけども。

「…高いんだっけ、左って」
「そうですね、あまりないから」
「両方使えたらカートみたいなもんかな」
「カート・コバーン?」
「知ってるんだ?君が生まれる前じゃない?」
「海外アーティストも聴きますよ、普通」
「あそう」
「カートも上手じゃないし、そうかも」
「心外だなぁ、俺ファンなんだよ?」
「薬中なのに?」

 ふぅ、と煙を吐いて「うるさいなぁ」とぼんやり言っては「ふっはは、」と軽く笑う。

「ヤツが言うには、神様はゲイなんだとさ」
「…『stay away』でしたっけ?」
「慧と同い年くらい?死んだの。そうそう」

 A C Em G A C Em G
 
 頭の中でおたまじゃくしが泳いだ。
 自分もベッドから降り、横目で見る誠一の背中を背凭れから抱き締めてみる。

 吸い終わったからなのか危ないと思ったからなのか、タバコをもみ消した誠一に「たまには犯されたい?」と聞いてみる。

 特に本人の返答を待たずに英詞を口ずさむ。

 彼は、少しメディアを驚かせたかったと語ったらしい。
 同じ言葉が連発される、流石と言いたくなるようなインタビュー記事だった。
 こちらの希死念慮が射精しそうなほどの。

「パンクだけど、全米が引くありきたりな誘い文句だな。ははっ、センスがない」

 タバコが空いたからだろうか、無駄口を叩いた彼はどっぷりとキスをしてきた。
 鳥肌が立ちそうだ。自分はタバコを吸わないから。

 アンビバレンスについて考える。例えばカートはラブとヘイトをイコールにしなかった。彼は何に対して「犯せよ」と言ったのか。

 唇を離すと誠一はもう一本タバコを取り出し、火をつけるとまた口元に持ってきた。

「俺はコートニーじゃないからなぁ」

 センスがないな。

「知ってますよ。平良誠一さんです」

 別にタバコなら良いかと、意地も張らずにそれを受け取り吸ってみた。

 ヤニクラがする。大して旨くもないのに、これは自傷行為だよと、何故誰も言わないのか。

 何故彼がこうするのか。反レイプソングが自己肯定だとは随分歪んでいる。ただ踏みつけて、蔑んでいく自己肯定がどこにあると言うんだ。
 まるでラリっている。

 彼は少し、切ない表情をした。

 貴方が思っているほど俺は大きい人間じゃないただの肉塊だ。だが、確かにあんたは俺を殺してはくれないだろう。

 ぼんやり煙を眺めるだけになった病気の葉っぱに「はい」と誠一は灰皿を側に持ってきた。
 零れ落ちる様を見て結局両方取り上げ、「仕方ないなぁ」とぶち犯すようにキスをしてくる。

 まるで、いつか殺してやるよと言わんばかりの傲慢さに、一度軽く噛んでおいた。

 好きの反対が嫌いじゃないなら、嫌いの反対はなんなんだろう。そう考えたベッドの中の喪失感は「嫌いじゃない」という頭の悪い呪文だった。

 確か…前に言われたことがある、これじゃない人に。お前は女のように寝るな、と。
 物事をごちゃごちゃと混ぜて複雑に考えながら欲望と戦うから、だそうだ。

 それから自然と、明日のことを少しだけ話した。明日は、江崎さんに会いに行く。

 また風呂に入って、いつの間にか泥のように眠ってしまっていた。
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