天獄

二色燕𠀋

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破壊衝動

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 朝起きて『何が食いたい?』という、無骨な返信を確認した。
 特に思い付かなかったが、何故か「ふふっ、」と笑ってしまっていたらしい。仕事へ向かう誠一に微妙な顔をされた。

「1本は残しておくから」

 誠一は律儀に、そう言って新しいポリ袋に残りを入れ直し、2万円と一緒に置き出勤していった。
 特に言わなかったけれど、今日は帰らないと知っているだろう。

なんでも良いですよ、なんでも美味しいので

 そう返してみて、少し冷たかったかなと思ったがすぐに既読がつき、『わかった。じゃあ付き合え』と返ってくる。

 途中、「海老と卵は大丈夫なの?」と来た。
 一体何を食べさせてくれるんだろうと、気持ちはそわそわしたけれど、至って普通に「食べ物は今のところ大丈夫です」と返しておいた。

 時間は夕方あたりに指定した。

 案外、マメな人。
 支度をし終え、待ち合わせの喫茶店に行くまでにまず、ATMへ寄った。

 意味はないのに残高を確認すると、今月もまた、丁度昨日の日付で入金があったようだ。

 毎月ポンと振り込まれるこの金と、誠一がくれたこの2万円は果たしてどう違うというのだろうか。
 手切れ金というには怠惰だし、仕送りというには感情もない金。

 せめて自分が未成年ならまだ、このポンといる諭吉には「養育費」という名前、意味がついただろう。

 まるで馬鹿馬鹿しい。これが、何かの形だと自分は感じたいのだろうか。わかりにくいなとレシートのような明細書をポケットの中でくしゃっと丸める。

 あれこれぐちゃぐちゃ考える、全くその通りだ。

 本当にどうでもいいのならこんなもの、確認しなければいいのに、毎月15日を過ぎた頃、自然と通帳記入している。

 イヤホンから「身を委ねなさい」と聴こえた。

 誰が言ったかはわからないが、誰かが言ったことがある、と聞いた。
 オスというものの心の奥深くには、胎内回帰願望というものが強く存在するのだと。

 胎内回帰願望自体は極論、人間誰しもが持つ「安らぎに対しての感情」なのだそうだ。
 確かに、これを歌うアーティストは数多いし、性行為の様はそう見えるような気がする。

 対抗として自殺願望と似ている、それは確かにそうかもしれない。死にたいと感じるときとイク時の感情は、同じもののような気がしているし。

 けれどそれは自分にとってノットイコールだ。

 生まれ変わっても、精神が安定するようには思えない。
 宗教と臍の緒で繋げられることが多い考え方なのに、神様は誰一人助けないと、自分は知っている。

 喫茶店に入り、コーヒーを頼んだ。

 くしゃくしゃにした明細書、どうやら先ほど通帳に入れようとした2万円と一緒に、そのままポケットへ突っ込んだらしいと気付く。

 たまに自分にはこういう、危機管理能力が低下することがある、大体、考え事をするときだ。

 大人しく財布にそれを戻した。

 ついでにポリ袋はさて、どこにしまったっけな、ちゃんと持ってきたっけなと確認した。鞄の外ポケットだった。

 まだコレも誠一に渡したばかりだ、2万円は成功報酬というわけでもない。
 いや、そもそも成功報酬も正式なものではない、ただ、誠一はそうやって割り切っているだけ。

 コーヒーのセットが運ばれてきてぼんやりとする。

 黒い水。これにミルクを入れたら茶色い水だし、砂糖を入れたら苦味に甘味が混ざるのだ。
 備え付けの四角い砂糖を何個か入れる。

 くるくるくるくる回してそういえば、と思い出した。
 一回あったな、スティックタイプのやつ。見た目はあまり砂糖と変わらないけれど、最初から片方が開いているのだ。

 あのあと、誰がどうなったかは知らないが、「古典的すぎんだろ、これ」と江崎は笑い飛ばしていた。
 笑っていたのだから、あまり深堀りはしなかった。

 コーヒーを口にしてつい「熱っ、」と一人言が出ていった。しかも、熱さでいまいちわからないが多分、相当甘くしてしまった。アイスにすればよかったな、今更だけど。
 
 家からずっと耳元で洋楽ミックスが流れていた。
 気分を変えたい、J-Rockにしようと、スクロールしてAからわまでを眺める。Theが多い。Tで物色し探し当てた。

 基本的に、自分は崇拝というものが嫌いだ。
 だけど、学生時代からなんとなく聴いている音楽もある。

 その時代、愛の意味について説かれたことがあった。しかし、矛盾ばかりが耳障りで…例えば寝室だ。
 自分は故に10代の一時期、潔癖症になった。何度も、何度も手を洗い血が滲んでいたのだ。

 それも言い訳で、あっさりとその習慣をやめたのも同時期だった。

 母親は自分を供物か何かと勘違いしたのだ、だから、真っ青な顔をしつつ火照った頬で股を押さえていたのだろう。

 どこかで「ざまぁみろ」と思った自分の感情に死にたくなったものだ。
 多分、あの時期が今のところ人生で一番辛かったのではないかと思う。何が処女性だと、罵倒していたかったのかもしれない。

 そこが自分のパラフィリア。
 いまでも、愛というものがわからない。
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