天獄

二色燕𠀋

文字の大きさ
17 / 48
アンビバレンス

3

しおりを挟む
 実際、後に「あながちあの勘は間違いじゃなかったのね」と思う近年。そこは言わないでおく、半井は健康無垢で屈強だ。

 変な色のカプセルがなんなのか気になる。

「ウチ、まだ特別ロゴとかないし、これを機に作ってみない?あのね、なんでも作ってくれる屋だった。しかも安いの。個人っぽかったから個数限定したら多分出来る、結構良いやつが」
「なるほど。確かに、そろそろ半井の落書きTシャツには無理があるかもって思ってた…」
「帰りに寄ってみない?店主がね、最近始めたばっかで、しかも20歳だって。お互いウィンウィンじゃない?上手くいったら」
「あ、いーよー…」

 気になる…。

「あのさ、やっぱ気になってしょうがないんだけど半井、どっか具合悪いの?」
「あー、そうそう、でね、そう、慧よく出番前に薬飲んでんなーと思って言ってみた。これ頭めっちゃ冴えるやつ。
 その人なんか、本業は処方箋の人?らしくて」
「え、待ってスッゴい情報過多なんだけど大丈夫なの?それ」
「気の持ちようだよ?」

 無垢に言われてしまった。何その処方箋の人20歳。マトリだのヤクザだのとつるんでいるせいだろうか、凄く怪しく感じる…。
 20歳?それって俺たちみたいに専学?それ可能?

 頭の中で考えながら、いくらパンク路線じゃないとはいえ随分飼い慣らされた思考だな…と遠くなりそうだった。
 ちょっと緩いメンバーだからこそ今があるのは重々承知だが、「ホントに悩みとかあったの…?」なんて聞いてしまう。

「俺に悩みなんてあるように見える?」
「見えないから怖いんじゃん~っ」
「ダイジョブ!俺はいつでも全力ポジティブマンだから!」
「も~バカ~っ!」

 全くちゃんと考えてよ世の中!と心の中で何を言ってやろうかぐるぐる考えているうちに「何?なんか超楽しそうじゃん」と黒田が入ってきた。
 「さとちゃんにグッズ交渉したぜ!」て、おいおいここは話し済みだったの?と追い付かない。

 この現場は多分、冷血漢の誠一が見ていたら「バカに塗る薬は脱法でも合法でもこの世に存在しないから」と切り捨てられそうだ。身を持って世間の認識の甘さを知る。

 自分は精神科に通うから思うのだ、気の持ちようで済めばいい、なのにあっさり処方されるものが結構キツイ。
 身体と心のバランスを計れるのは自分だけで、だからこそ、普通に生きる為のアンテナはフリーWi-Fiのように混雑している。

 …でもまぁ、行こうと決めたなら見ればいい。丁度良い立ち位置なのかもしれない。

 何かを助ける音楽も出来ない、そんな人間ではないから。そうしたいとあまり思ったことはないけれど、身近な半井は当たり前に心配だ。

「この前言ってたやつか。ピルケースって女の子にウケそうだよね、俺の彼女いつもバファリン隠し持ってる」
「あ、そーなん?」
「電車とかで急に腹痛くなった時とか、地味に人目が気になるって」
「あ、それわか」
「黒田お前彼女出来たんかよおい!いつだよ聞いてねぇけどっ!」

 …んーでも平和な景色…変な感覚…。これが普通のはずなんだけど、なんかふわふわするな…自分って今どこにいるんだっけ…。

 こういう優柔不断さがいけないんだよなと、「わかった、わかったから始めよっか」と声を掛ける。

 日常はいつも、大体が楽しい。

 楽しいが繰り返され麻痺することもあった昔、いまは…黒田と半井がどうにかと、自分に気を遣ってしまっているのをしばしば感じる、それは後ろめたい。

 ある日突然、前触れもなく訪れたであろう出来事。自分は明るい二人に暗い気持ちを話すことが出来なかった。

 これは、二人のせいじゃない。

 良くも悪くも、もしかすると自分は大して人を信用していないのかもしれないと思うと、少し辛かった。黒田と半井はとても良い友人だし、真鍋くんも良い仲間だ。

 あれを乗り越えさせてしまった、たった二人の友人。

 いつもごめんね。

 三人にそう思いながら「よし、やろうね」と…でも、変な疎外感が頭を占めてしまった。
 こんな内側のことは、誰も当たり前に知らない。そのまま世界は回っているのだから。

「休憩はもう大丈夫なん?」
「うん、だいじょ」
「俺ももう早く弾きたいです!」

 ちょっとした年下とのギャップ。

「いやいや真鍋~いま黒田は慧に聞いたんだぜ~」
「あ、はい…」
「いや、本当に大丈夫だよ。ごめんね、お待たせしました。やろ、やろ!」

 多分自分は外面も良い。

 弾き始めて思う、あの自殺未遂に特別な意味なんてなかった。
 でもずっと、昔からあの黒い闇は内に飼っていた、ただ存在を認めてやらなかっただけ。

 いつの間にかそれは自分のすぐ側まで来ていて、ある日噛み付いてきた。
 そしてふっと、糸が切れてしまったような感じであんなことをしてしまった。

 黒田と半井は果たしてどう思ったんだろう。顔を、上げられない。
 彼らは何も聞いてこず、ただただ「よかった、」としか言わなかった。

 皆、死にたい理由は明確になっているものなんだろうか。自分ではわからない物を持ってはいないものなんだろうか。

 もしかすると、積み重ねだ。小さな何かが20年も溜まっていったなら。

 でも、やってしまった自分とやらなかった黒田と半井とは差がある、ような。どうしてなんだろう。

 悪いことと良いことの差なのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...