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アンビバレンス
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正直、それほど明るい気持ちにはなれなかったけれど、物事をひとつこなす毎に少しずつ分散してゆく。
それは、あれから気付いたことだった。
ただの分散程度だから怖い、という面もある。
電車で向かう最中、「慧、大丈夫?」と半井が心配をしてきた。
「ん?」
「いやぁその、無理してないかなって」
「うん、大丈夫だよ。いつもごめん」
「ん、ならいーんだ、俺は別に…というのか…。ただ、どうしよっかねぇ?ちょっとさ、真鍋と俺ら、ギャップあるよなー」
「あー…まぁ、」
「まぁ、あんなもんなんだろうなとは思うけどさ。でもなんか…俺も、なんだけど、あんま競争みたいなの、向いてなくて…」
「…そうだねぇ」
「ガッコーの頃いっぱいそーゆーのやったから、もーいいじゃんって…甘いのかもだけどさ…。慧のやつも勿論あるけど、だからなんか、気持ちわかんなくて」
…凄く良いヤツ。
それはわかる。それが怖いしそれが負い目にもなるというのは幾分か我が儘、贅沢で。
「半井は良いヤツだよね、本当に」
「うん、俺ってきっと良いヤツだけどさ」
「ははっ、半井が言うなら間違いないね」
「単純になんか、もうすんげぇ泣きそうだったんだよ、あん時。ごめんなって超思って、黒田は許さないって言ったかもしんないけど、あいつだってさ、」
「うんうん」
…情緒大丈夫かな、半井。
「だから無理しないでな?」
「…ありがとー。
でも、若い子?いるとさ、良い刺激あるよね。俺がもっとやりたいなって、思っただけだからさ。
ごめんね、半井」
「まぁあんま言わないよ、言っちゃったけど」
「うん」
本当のところ半井や黒田がどうにか出来る訳じゃない。
そしてまさか、本当に関係がないところに彼らはいると…こっちが二人を取り残しているだなんて、全く思わないだろう。
それでいい。
人が形を保つにはしかし、こういう友人がいないといけないんだと感じる。これは、あの経験があったからだ。
それだけで実は視野が広がって、ちゃんと前よりもポジティブに向かっているだなんて…でも、それすらも言えない、特に半井と黒田には。
だって、随分勝手だろうから。
「…じゃぁ、一個言うと、マジでその変な色の薬、大丈夫なのかなって俺思うんだ、半井」
「…ん?」
「俺はまぁ、楽しいとか楽なことは否定しない、だから、上手くやるのに必要ならなんだっていいんだけどさ」
「あー、中身か。うーんそれを慧に言われちゃうと痛いな~、染みる~。
たまたま勧めてくれたんだ。実はライブで試しに一回だけ飲んだことあるよ」
「えっ」
「でも大して変わんないっしょ?」
「…まぁ、」
「取っておきとして最後一個取ってあんの。慧を見てるから、ちょっとは考えてる」
「…なら、よかったというか」
ちょっとは役に…立ってるのかも。
「確かにハマりそうになるわって、ごめん、慧の気持ち、こんな形でわかっちゃった気がするから」
「…そっか」
実はね。
言おうとしてやめた。別に、言っても誰も楽しくならないことだ。
「慧も良いヤツだからな~、困っちゃうよ~」
「ありがとね半井。ホント…伝わらないかもだけど、感謝してる」
「うん、いいよ」
実は、自分ではどうにも出来ない理由で一回、別で死にかけたことあるんだよね。
素直な半井の顔を見てそう思っている自分に、暗い…これはなんだろう、後ろめたさ…いや、もっと何か深い、複雑なものがあると感じた。
いつの間にか見なくなった裏路地の、「合法なんちゃら」の立て看板のようなもの。それですら10年近く前、案外最近だ。多分、誰の近くにも潜んでいる。
「ん?」と聞く純粋な半井に「いや、よかったなって」と別の言葉が口から出る自分。
おい慧、お前は一体どこにいるんだと誰か、多分自分だ。自分が遠くから言葉を投げ掛ける現象に、自虐的な気分になる。
独り善がりか、いや、それも違う、ただただどうしても自分が嫌いなだけ。
独り善がりか、その方がもっとましかもしれないよ、慧。
心内の葛藤はこの電車の人と同じくらい、誰も知らない。
それにちょっとだけ…スッとする自分の蝕まれ方。ここに届く人は誰一人いない。
届けば最後、自分ですらも気が触れるだろう。人が形を保つのは、ある一種の諦めだ。諦めを繰り返していくだけ。
下北沢に着いた。
二人で電車を降り、長いスロープを登る。
最近よく聞く「東口」という概念。名前は違えど前からあったその新天地は、一体どういうものなのか。
予想通り大した違いは、いまのところ感じられなかった。
それでも見えずに激動だというそこ、なんなら、東京は地方出身者にとって、実はどこも特徴が掴めない場所だなんて、ここは一体どこなんだ。
よく、平衡感覚が鈍ってしまう。だが、自分の故郷も畑ばかりだ。あれだって随分、地平線がわからない。
ここは一体、自分は一体、なんなのか。
それは、あれから気付いたことだった。
ただの分散程度だから怖い、という面もある。
電車で向かう最中、「慧、大丈夫?」と半井が心配をしてきた。
「ん?」
「いやぁその、無理してないかなって」
「うん、大丈夫だよ。いつもごめん」
「ん、ならいーんだ、俺は別に…というのか…。ただ、どうしよっかねぇ?ちょっとさ、真鍋と俺ら、ギャップあるよなー」
「あー…まぁ、」
「まぁ、あんなもんなんだろうなとは思うけどさ。でもなんか…俺も、なんだけど、あんま競争みたいなの、向いてなくて…」
「…そうだねぇ」
「ガッコーの頃いっぱいそーゆーのやったから、もーいいじゃんって…甘いのかもだけどさ…。慧のやつも勿論あるけど、だからなんか、気持ちわかんなくて」
…凄く良いヤツ。
それはわかる。それが怖いしそれが負い目にもなるというのは幾分か我が儘、贅沢で。
「半井は良いヤツだよね、本当に」
「うん、俺ってきっと良いヤツだけどさ」
「ははっ、半井が言うなら間違いないね」
「単純になんか、もうすんげぇ泣きそうだったんだよ、あん時。ごめんなって超思って、黒田は許さないって言ったかもしんないけど、あいつだってさ、」
「うんうん」
…情緒大丈夫かな、半井。
「だから無理しないでな?」
「…ありがとー。
でも、若い子?いるとさ、良い刺激あるよね。俺がもっとやりたいなって、思っただけだからさ。
ごめんね、半井」
「まぁあんま言わないよ、言っちゃったけど」
「うん」
本当のところ半井や黒田がどうにか出来る訳じゃない。
そしてまさか、本当に関係がないところに彼らはいると…こっちが二人を取り残しているだなんて、全く思わないだろう。
それでいい。
人が形を保つにはしかし、こういう友人がいないといけないんだと感じる。これは、あの経験があったからだ。
それだけで実は視野が広がって、ちゃんと前よりもポジティブに向かっているだなんて…でも、それすらも言えない、特に半井と黒田には。
だって、随分勝手だろうから。
「…じゃぁ、一個言うと、マジでその変な色の薬、大丈夫なのかなって俺思うんだ、半井」
「…ん?」
「俺はまぁ、楽しいとか楽なことは否定しない、だから、上手くやるのに必要ならなんだっていいんだけどさ」
「あー、中身か。うーんそれを慧に言われちゃうと痛いな~、染みる~。
たまたま勧めてくれたんだ。実はライブで試しに一回だけ飲んだことあるよ」
「えっ」
「でも大して変わんないっしょ?」
「…まぁ、」
「取っておきとして最後一個取ってあんの。慧を見てるから、ちょっとは考えてる」
「…なら、よかったというか」
ちょっとは役に…立ってるのかも。
「確かにハマりそうになるわって、ごめん、慧の気持ち、こんな形でわかっちゃった気がするから」
「…そっか」
実はね。
言おうとしてやめた。別に、言っても誰も楽しくならないことだ。
「慧も良いヤツだからな~、困っちゃうよ~」
「ありがとね半井。ホント…伝わらないかもだけど、感謝してる」
「うん、いいよ」
実は、自分ではどうにも出来ない理由で一回、別で死にかけたことあるんだよね。
素直な半井の顔を見てそう思っている自分に、暗い…これはなんだろう、後ろめたさ…いや、もっと何か深い、複雑なものがあると感じた。
いつの間にか見なくなった裏路地の、「合法なんちゃら」の立て看板のようなもの。それですら10年近く前、案外最近だ。多分、誰の近くにも潜んでいる。
「ん?」と聞く純粋な半井に「いや、よかったなって」と別の言葉が口から出る自分。
おい慧、お前は一体どこにいるんだと誰か、多分自分だ。自分が遠くから言葉を投げ掛ける現象に、自虐的な気分になる。
独り善がりか、いや、それも違う、ただただどうしても自分が嫌いなだけ。
独り善がりか、その方がもっとましかもしれないよ、慧。
心内の葛藤はこの電車の人と同じくらい、誰も知らない。
それにちょっとだけ…スッとする自分の蝕まれ方。ここに届く人は誰一人いない。
届けば最後、自分ですらも気が触れるだろう。人が形を保つのは、ある一種の諦めだ。諦めを繰り返していくだけ。
下北沢に着いた。
二人で電車を降り、長いスロープを登る。
最近よく聞く「東口」という概念。名前は違えど前からあったその新天地は、一体どういうものなのか。
予想通り大した違いは、いまのところ感じられなかった。
それでも見えずに激動だというそこ、なんなら、東京は地方出身者にとって、実はどこも特徴が掴めない場所だなんて、ここは一体どこなんだ。
よく、平衡感覚が鈍ってしまう。だが、自分の故郷も畑ばかりだ。あれだって随分、地平線がわからない。
ここは一体、自分は一体、なんなのか。
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