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希死念慮
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「そんでロゴのヤツなんだけど、縦だとなんか長い、横だとピルケース感があまりないし、…と思ったんだけど、どう?」
「確かに」
「ロゴデザインについてはお仲間はなんて言ってんの?」
「あー、来るまでに返信来たよ。満場一致だった」
「…お宅ら緩いな~、俺昨日めっちゃ聴いて履修したわ。確かにTheオルタナティブ(別にモテ路線じゃない感じ)みたいな感じだね」
「…褒めてんのか褒めてないのか全然わからないんだけど」
「一見斬新なようでいて無難、3年で潰れなかったなら何年も残りそうタイプというか」
「ん~…」
3年目は丁度、休止明けだったんだけどね。
ズバッと言い当てられている気もして言い返せなかった。
確かに売れているわけではない、というかそんなに売れていない。
モグリは正直、かなりの好物件バイトだ。衣食住ありだし。昔は全財産残り1,500円を何日過ごすかなんて、よくあったものだ。
「あ、あと歌詞明るくてマジでビックリした。あれ作詞あんたっしょ、あれからあんたは想像出来ない」
「え?そうかな」
「まぁ、知ると逆に暗い気もするけど。見事なアニマだね」
「…ユングだ」
「そう。
俺はフロイトの、なんでも性欲に繋げる結論の方が好きだけどね、シンプルで」
「…なるほど」
でもそうかなぁ?と独り善がりに考え始めそうだったのだが、「まぁさ、」と切り返す波瀬がなんだか楽しそう。
あの、会ったときの無愛想店員とは思えず…とてもキラキラしていた。
「横なら、こっちパターン、少し円形とかどう?」
「…波瀬、さんさ」
「ん?」
「好きでしょ、仕事。めちゃくちゃ」
ふいにそう口走っていた。
「うん、まぁ…」
途端に少し、照れ臭そうな表情になる。
まるでクールダウンというように黙った波瀬に、どうしたのかなと思ったが、丁度つけ麺が来た。
一言だけボソッと「あんた、結構歌うまいよね」と言われた。
本当にあのあとずっと聴いていたのだとしたら、それはそれで気恥ずかしい。
「…だからまぁ、なんとなく理由はわかるんだけど途中からギター逆じゃん?仕方ないけど、少し勿体ないな」
「そう?前も大して上手くなかったよ」
「あれってどう違うの?持ち手が変わるのはわかるんだけど」
「うーん、俺左側半身がちょっとよくなくて、そうすると普通…というか右ギターって左手で弦を押さえるんだけどね。それよかピックの方がまだ動くなって。
例えばじゃらーんって何本か間違って弾いちゃっても、弦さえ押さえてればいいか、みたいな」
「なるほど…?ん?」
「まぁ、それはそれで今度、力入っちゃったり…て」
大変なんだねーと棒読みした波瀬はやっぱり無愛想に戻った。が、話を聞いてくれたのだとわかる声色。
食べ終え店から出ると、「あ、そう」と波瀬はその場でポケットからすっと、ネックレスを出してくる。
ん?と手を出せばそれはしゃらっと置かれ、「ジルコニウムだから」と、波瀬は少し視線を反らして言った。
多分、自作。少し青い…海のような色。
「まぁ、クロムとか常に使ってるし、気を遣わなくてもいいか、とは思ったんだけど。してるピアスも金属だよね?
あ、クロムって弦ね弦」
いや、弦くらいわかるわ…と思うが、横顔をひょいっと確認するように首を捻る波瀬に思い当たり、「…アレルギー?」と聞く。
「そう。これ軽いでしょ、少し」
「うん…」
上の部分はパコっと取れる、縦長のピルケースになっていた。
「素材はまぁ、そんな感じかなって。ジルコニウムって歯の治療、銀歯とか差し歯とかに使うんだけど、薬を入れても、汗なりなんなり、体液に触れても変形したりはしない」
「…なるほど。これ、銀歯なんだ」
感謝をする前に波瀬が駅の方へ歩き出したので着いては行くが、あまりに無言。南西口も過ぎて行く。
漸く、例の中央口で振り向いた波瀬は「薬はあるよね?」と聞いてきた。
「…あ、まずこれありがとう」
「あうん。別に良いけど。俺さ、昨日鉄剤渡し忘れたよね」
「あーうん」
「それで寝起きが辛かったのはあると思うんだ」
確かにその可能性には行き着いたけど…。
波瀬は「あげるよ」とだけ言い、まるで着いて来いと言わんばかりに東口から歩き出した。
まぁ、駅近いし…と、流されているような自覚はある。
昨日の出来事が思い浮かぶのに。さっきまでの、少年のような波瀬も焼き付いている。
頭のどこかで、最悪の場合、金はわりとあるじゃないかとも過った。
江崎は言った、殺されたらどーすんの?ここまでするか?と。
これはきっと誰もわかってくれない。
誠一の、なんでも首突っ込んじゃうんだから、もその通りだ。
そういえば悪い夢を見たのを思い出した。どうしてそれがいま浮かぶのかは自分にも皆目わからないではいるが。
結局、気持ちがまとまらないまま波瀬の店に着いてしまった。看板はクローズで、直すこともしない。
波瀬は当たり前に作業部屋へ入り、ぽんと手を出して来た。
ぼんやりしていた、いつも使うプラスチックのピルケースを渡す。
元々ある薬を見て、「これで全部?」と波瀬は聞いてきた。
「デパスあと3錠か。一緒には飲んだ?」
「いや、」
「うん、そうだね。こいつもあの薬と似てるから、一緒に飲むと副作用が単純に辛くなる。病院に行く予定はいつなの?」
「そろそろだけど。気になって仕方ないし」
「確かに」
「ロゴデザインについてはお仲間はなんて言ってんの?」
「あー、来るまでに返信来たよ。満場一致だった」
「…お宅ら緩いな~、俺昨日めっちゃ聴いて履修したわ。確かにTheオルタナティブ(別にモテ路線じゃない感じ)みたいな感じだね」
「…褒めてんのか褒めてないのか全然わからないんだけど」
「一見斬新なようでいて無難、3年で潰れなかったなら何年も残りそうタイプというか」
「ん~…」
3年目は丁度、休止明けだったんだけどね。
ズバッと言い当てられている気もして言い返せなかった。
確かに売れているわけではない、というかそんなに売れていない。
モグリは正直、かなりの好物件バイトだ。衣食住ありだし。昔は全財産残り1,500円を何日過ごすかなんて、よくあったものだ。
「あ、あと歌詞明るくてマジでビックリした。あれ作詞あんたっしょ、あれからあんたは想像出来ない」
「え?そうかな」
「まぁ、知ると逆に暗い気もするけど。見事なアニマだね」
「…ユングだ」
「そう。
俺はフロイトの、なんでも性欲に繋げる結論の方が好きだけどね、シンプルで」
「…なるほど」
でもそうかなぁ?と独り善がりに考え始めそうだったのだが、「まぁさ、」と切り返す波瀬がなんだか楽しそう。
あの、会ったときの無愛想店員とは思えず…とてもキラキラしていた。
「横なら、こっちパターン、少し円形とかどう?」
「…波瀬、さんさ」
「ん?」
「好きでしょ、仕事。めちゃくちゃ」
ふいにそう口走っていた。
「うん、まぁ…」
途端に少し、照れ臭そうな表情になる。
まるでクールダウンというように黙った波瀬に、どうしたのかなと思ったが、丁度つけ麺が来た。
一言だけボソッと「あんた、結構歌うまいよね」と言われた。
本当にあのあとずっと聴いていたのだとしたら、それはそれで気恥ずかしい。
「…だからまぁ、なんとなく理由はわかるんだけど途中からギター逆じゃん?仕方ないけど、少し勿体ないな」
「そう?前も大して上手くなかったよ」
「あれってどう違うの?持ち手が変わるのはわかるんだけど」
「うーん、俺左側半身がちょっとよくなくて、そうすると普通…というか右ギターって左手で弦を押さえるんだけどね。それよかピックの方がまだ動くなって。
例えばじゃらーんって何本か間違って弾いちゃっても、弦さえ押さえてればいいか、みたいな」
「なるほど…?ん?」
「まぁ、それはそれで今度、力入っちゃったり…て」
大変なんだねーと棒読みした波瀬はやっぱり無愛想に戻った。が、話を聞いてくれたのだとわかる声色。
食べ終え店から出ると、「あ、そう」と波瀬はその場でポケットからすっと、ネックレスを出してくる。
ん?と手を出せばそれはしゃらっと置かれ、「ジルコニウムだから」と、波瀬は少し視線を反らして言った。
多分、自作。少し青い…海のような色。
「まぁ、クロムとか常に使ってるし、気を遣わなくてもいいか、とは思ったんだけど。してるピアスも金属だよね?
あ、クロムって弦ね弦」
いや、弦くらいわかるわ…と思うが、横顔をひょいっと確認するように首を捻る波瀬に思い当たり、「…アレルギー?」と聞く。
「そう。これ軽いでしょ、少し」
「うん…」
上の部分はパコっと取れる、縦長のピルケースになっていた。
「素材はまぁ、そんな感じかなって。ジルコニウムって歯の治療、銀歯とか差し歯とかに使うんだけど、薬を入れても、汗なりなんなり、体液に触れても変形したりはしない」
「…なるほど。これ、銀歯なんだ」
感謝をする前に波瀬が駅の方へ歩き出したので着いては行くが、あまりに無言。南西口も過ぎて行く。
漸く、例の中央口で振り向いた波瀬は「薬はあるよね?」と聞いてきた。
「…あ、まずこれありがとう」
「あうん。別に良いけど。俺さ、昨日鉄剤渡し忘れたよね」
「あーうん」
「それで寝起きが辛かったのはあると思うんだ」
確かにその可能性には行き着いたけど…。
波瀬は「あげるよ」とだけ言い、まるで着いて来いと言わんばかりに東口から歩き出した。
まぁ、駅近いし…と、流されているような自覚はある。
昨日の出来事が思い浮かぶのに。さっきまでの、少年のような波瀬も焼き付いている。
頭のどこかで、最悪の場合、金はわりとあるじゃないかとも過った。
江崎は言った、殺されたらどーすんの?ここまでするか?と。
これはきっと誰もわかってくれない。
誠一の、なんでも首突っ込んじゃうんだから、もその通りだ。
そういえば悪い夢を見たのを思い出した。どうしてそれがいま浮かぶのかは自分にも皆目わからないではいるが。
結局、気持ちがまとまらないまま波瀬の店に着いてしまった。看板はクローズで、直すこともしない。
波瀬は当たり前に作業部屋へ入り、ぽんと手を出して来た。
ぼんやりしていた、いつも使うプラスチックのピルケースを渡す。
元々ある薬を見て、「これで全部?」と波瀬は聞いてきた。
「デパスあと3錠か。一緒には飲んだ?」
「いや、」
「うん、そうだね。こいつもあの薬と似てるから、一緒に飲むと副作用が単純に辛くなる。病院に行く予定はいつなの?」
「そろそろだけど。気になって仕方ないし」
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