あじさい

二色燕𠀋

文字の大きさ
37 / 86
第三話

8

しおりを挟む
 運転席から降りると真里はヒロさんに軽く会釈をした。

「初めまして。遥子の夫の博孝と申します。光也くんもお世話になってるみたいで。
 ちょっとお茶でもどうかなって話しててね。車は僕が運転するよ」

 ヒロさんは、真里が名乗るのも待たずに運転席へ乗り込んだ。
 ふと真里が、「あいつ、俺嫌いなタイプかも」と俺に耳打ちをする。

「あーゆー飄々としたやつなんか嫌いだわ」

 俺はそれには何も返さなかった。

 俺は助手席、真里は後部座席。俺たちが乗るとすぐ、ヒロさんは車を発進させた。

「今日は非番ですか?」
「うん。やっと取れたよ」
「せっかくの休みにすみません」
「まぁたまにはこーゆー日もいいよね。
君たちは今日は?」
「とりあえずは引っ越しというか…荷物運びです」

 ヒロさんはそれには無言だった。真里も特に何も話さない。

 そんな状態のまま喫茶店に着く。俺たちは店員さんに窓際のテーブル席に通され、席についてすぐにヒロさんはコーヒーを頼んだ。

「君たちは?」
「俺もコーヒーでいいです。真里は?」
「紅茶で」

 ヒロさんが店員にそれをオーダーしてくれて、すぐに運ばれてきた。

「ヒロさんとこうして話すの珍しいですね」

 これには何かある。そう思って聞き出そうと思って話を振ってみた。

 ヒロさんはコーヒーの水面をじっと見て、優雅に一口飲んで俺と真里を含みあるようにそれぞれ見てきて。

「引っ越しって言ってたけど、小夜ちゃんと住む為にあそこを引っ越すのかい?」
「いえ、取り敢えずは、あそこのままですが…小夜の父親を探してみようかなって。父親が見つかるまで援助じゃないんですけど、真里が一緒に住んでくれるって言う話で」
「見つかる保証は?」
「…今のところはない、です」
「…小夜ちゃん、いい子だよね」

 ヒロさんはふとそう言った。

「昨日もずっと君のことを気に掛けてたよ。大丈夫かなって。最近はあんまり一緒にも居れなかったそうじゃないか。ずっと仕事してるって。8才の子がいい大人を案じているんだよ。
 わかってるかな?君はもう学生じゃないんだ。勢いに任せて何かをやってもいい。ただ失敗するリスクも考えなきゃいけないんだよ?」
「…全くもってごもっともです」
「まぁこの辺の話は遥子もしたんだろう。このくらいにしておくとして。
 君はどうして、出来ないかもしれないことをやろうとしたのか」

 こうきっぱり出来ないと言われてしまうと反論もしたくなるが、現に迷惑をかけた以上、今は言えないなと言葉を飲み込んだ。

 真里が腕を組んだのが見なくてもわかる。真里がイライラしてきたときの合図だ。

「答えられる?」
「…確かに小夜を拾った時は勢いでした。けど今、それじゃあやってけないって思い直したし身に染みたから、自分なりに少しずつ状況を打開しようと、」
「じゃぁ体調管理くらいちゃんとしないとね」

 何も言い返せないな。

「…嘘もやめた方がいいしね。
 君が今やってることはまだ学生みたいなもんだ。進路に悩んで勉強をがむしゃらにやってるのと変わらない。
 真里くんだっけ?君は見たところ学生だね?だったら分かるよね?でも光也くん、君はそれじゃダメだろ?
 そんな幼稚な二人が一緒になって一人の少女を助けようなんて、無理に決まってる。他に甚大な被害も食うだろう。現に、うちの遥子が被害を被ってる」
「今回の件は本当にごめんなさい。俺がもうちょっと体調管理さえしっかり」
「体調管理じゃないだろ?本当は」

 …もしや。

「君の器じゃ抱えきれなかったのに抱えてしまって自棄を起こしたんじゃないのか?僕ね、医者の友人がいるんだよ」

 あぁ、バレてんな。

「それはやってはいけない。今回のことでどれだけ遥子が気に病んだと思ってるんだい?聞いたら昔からだそうじゃないか。君が見てないところで遥子がどれだけ君に手を焼いてると思ってるんだ」
「なんかなぁ、」

 真里がヒロさんに、まるで嘲笑うかのような一言を漏らした。

「あんたらの家庭環境なんて知らねぇけど今見て思うのは、あんたにはさ、何も見えてねぇんだな、自分以外」

 それにヒロさんさ睨み付けるように真里を見る。真里は、それにも動じずにヒロさんを睨んで返した。

「ねぇちゃんがあんたにそれ言ってくれって頼んだのか?だとしたら冷たい女だな。勝手に世話焼いたくせに。
 それって例えるなら光也さんが、小夜を勝手に引き取ったのに、小夜にすっげぇ文句言ってるって感覚と大差ねえよな。
 あんたが独断でやってるんだったらはた迷惑な話だ。さっきから何も光也さんから話を聞こうとせず一方的に責め立ててよ。虐めみてぇ。てか、ねちねちねちねち陰湿なんだよ。
 この人だってあんたに言われたことわかってるから、なにかしら努力しようとしてんのに一切聞こうとしねぇで否定ばっかしてる。ねぇちゃんに言われたにしても独断でやってるにしてもあんたには間に立つだけの器がないんじゃない?
 自分に酔ってカッコつけることなんて今は後回しにした方が解決策に繋がると思うけどね」
「君は、真里くんと言ったっけ」
「神崎真里だ」
「いくつだい?」
「聞く前にあんたがいくつだい?」
「いいねぇ、君らみたいな若さは。
 光也くん、この子はなんなんだい?
 とにかく僕が言いたいのは、うちの遥子を悩ませないでくれって言いたいんだ。確かに遥子は好きでやってる。今日のこれはその子が言う通り僕の独断だ。別に見えてないと言われても痛くも痒くもない。だからこの子と話す気はない。
 ただ君の将来が心配なのも事実だ。君と僕の付き合いはその子より長いはずだからね。だから言いたい、君は遥子の優しさに甘んじてるんだよ」
「付き合いが長い?だったら尚更見えてねぇっつってんだよ。
 この人がな、どんな思いでねぇちゃんに今回だって、」
「もう会いません」

 俺は、真里を遮ってヒロさんに断言した。

 空気が凍る。一瞬、二人ともわからなかったようで、ポカンとしていた。
 だから、できるだけ笑顔で言おう。

「姉ちゃんと連絡を絶ちます」
「えっ…」
「はっ、何言って」
「それが一番いい。常識で考えたらそうなるだろ?
 旦那さんがいて子供がいるのに弟の世話焼いてんだぜ?
 こっちが絶てばあっちは何もしてこない。昔からそうだ。なんだかんだほっといてくれって俺が言えば、どんなにこっちが精神崩壊してたって歩み寄ってこない。俺達はそーゆー姉弟なんだよ」

 そうやってバランスを取ってきたつもりだった。二人の時は。だけど今は、二人だけの環境じゃないんだ。

「ヒロさんに任せてよかったです。うちの姉、いざってとき弱いから」
「光也くん、あの…」

 俺はその場で姉貴へのメールや電話を着信拒否にしてやり取りを全て消去した。それをヒロさんに見せる。

「待って光也くん、そーゆーんじゃないんだ」
「いや、いいんです。俺は、もう…」

 言葉が見つからなくて席を立った。

「真里、行こう。
 最後に小夜は迎えに行きます。いずれバレるけど姉には、今日のことは内緒にしておいてください。定期的にテキトーに、俺は元気だと伝えてください。じゃないと、家に来ちゃうから、あいつ」

 ヒロさんに背を向ければ「光也くん!」と呼び止められたが無視をした。

 吐き捨てるように真里が、「てめぇが勝手をした結果だバーカ」とヒロさんに言ったのが聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...