余寒

二色燕𠀋

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 どうにも、黒田清隆は中々訪れなかった。
 一旦部屋に引き上げた柊造はふと、部屋付近が酒臭いと気が付いた。

 部屋のドアが開いていて、不信感が募り覗けば、難いが良く軍服を着た中年と、片手に手錠を掛けられたアリシアを見つけた。片方の手錠はを軍人が持っている。

 焦燥。

「アリシア、」

 声に振り向いた軍人は赤面、明らかに酒に酔っているようだった。

「貴様これはどういうことだぁ?」

 そしてアリシアは「ち、」カタカタ、歯を震わせ声が出ない、涙目であり「どうした、」と柊造は声を低くする。

 言って思い出した。黒田清隆。

 疑いは晴れたが最近自分の妻を、酒乱により殺しただとか、酔って大砲を発し死者を出しただとか、そんな話ばかりが出た男だと当たり前に情報が頭のなかに出てきた。

「何をしているんですか、」
「俺の質問に答えろ若造」
「倅です」
「誰だお前は」
「…特命全権弁理大臣井上馨の代理、東堂柊造です。本日から公務で来ましたが、倅が何か仕出かしましたか」
「井上の犬か貴様。異人が倅など、笑わせてくれる」
「黒田清隆殿ですね、お待ちしておりました。倅を連れてきたのがご不満ですか」
「奴隷だろ、おい」
「良い加減にしてもらえますか」

 謂れのない。
 こんな男が開拓史を、この地を束ねるのか。

「アリシア、大丈」

 声を掛ける間に床で何かが滑り足に当たった。
 それは柊造がアリシアに与えた脇差しだった。

「…こんなもん忍ばせてなんが倅だこの野郎、」

 柊造は言葉を探した。

「これは私の脇差しです、護身用にと」
「何に護身するか、」

 話が通じない。
 冷静にと必死に頭を巡らせる。

「…政府の人間など護身は当たり前ではないですか、」
「コレがか」
「私がです。それは、私の倅です」
「お前は中国の奴隷の話を知っているか、なぁ、あいつらは主を知らない。
 このガキはお前の名前を口になどしなかったぞ、それと変わりないじゃないか」
「何がご不満ですか、謂れのない」
「お前は独り身だと聞いた」

 黒田は柊造が黙った隙に笑い、「こういうことか、」とふとアリシアの足をなぞりそれにアリシアが歯を食い縛るのだから「やめてくれ、」と言い放つしかない。

 アリシアの目が自分を、助けてくれと見るのがどうしようもなく虚しい、焦燥が走る、どうしてこうもと怒りが湧く。
 何が奴隷だ。誰が奴隷だ。そんな流行りもしなければ理不尽な理由がどこにある。

「口の利き方すらなっていないな」
「貴方は私の上官ではない」

 そう牽制しているうちに「うぅ、」と、アリシアが片手を付き肩を上下させて息を荒くした。
 それに黒田が「なんだ、」とアリシアを眺めたのに「良いから離してくれ!」と咄嗟に柊造は、護衛で持ち歩いた拳銃を出して、黒田へ向けてしまった。

 「なっ、」とそれに唖然とした黒田と、騒ぎを聞きつけ現れたのだろう榎本が「何をしている、」と側に寄ってくるも、柊造自体も追い込まれ肩を怒らせた。

 状況を把握出来ない榎本ですら「黒田さん、」と、柊造に銃を向ける修羅場に、頭が真っ白になって行く。

 これは不味い、そう思う前には柊造の銃口は黒田からゆっくりと自らの蟀谷に行き先を変える。
 それにまわりは混乱し、苦し紛れにアリシアが「待っ…て、」と、力なく叫ぶようだった。

 柊造の覇気や混乱に、少々黒田も驚いたらしくアリシアに繋がれた手錠を持つ手が下がった。

「離してくれアリシアは身体が弱いんだもしもあんたに刀を向けたなら俺が死ねば満足か、」

 一気に声を荒げた柊造にまわりは息を呑む。
 榎本ですら思わず柊造に向ける銃口が若干、下がってしまった。

「お前正気かおい、」
「頼むから離してくれ、その子は何一つ悪くないだろう、」
「待て、わかった俺が悪かった、」

 完全に黒田が手錠を離したのを見ても柊造は言葉も、行動も止めてしまった。
 アリシアはふーふーと息を荒げても父を見上げるばかりで、
 そんな目で見るなよ、
 柊造には焦燥が勝る。あの日もそうで、その、無慈悲が汚れるような目はただただ悲しくなるばかりなんだと、状況が好転してもリボルバーのハンマーをあげてしまう。

 何か叫ぶアリシアは、止めてだとか、そんなことを言っているかもしれない。だがそれよりも、「下げろ、」と榎本に言われた声の方が、柊造の頭に響いたようだった。

 それに我に返った柊造は、ぴったり蟀谷につけていたそれを、離した。

「…死ぬことはないだろう、」

 あぁ。
 そうだ。
 それどころではない。

 肩を降ろしそのまま息を吸い「アリシア、」と、柊造は震えた声で言っては止まらず、しかし慎重に、一歩ずつ近寄るように歩く。

 下げられた銃に漸く、安心はないけれど気が抜けたアリシアは言葉にならない声で泣いた。

 静かに、アリシアの元へ行きしゃがみ、銃を置いては「大丈夫かアリシア、息は、」と、抱き締めるように背を撫でる柊造の姿を黒田も眺めるしかなく、「…悪かったよ、」と冷めた謝罪を柊造に送るも、柊造にもアリシアにも届かない。

「アリシア、」

 ぜーはーしているアリシアに、「榎本くん、」と黒田は命じる。

「…俺が悪い。救護を、呼んでやってくれ」

 柊造はその場でアリシアに膝枕をするように横たえ、「悪かった、ごめんアリシア、」と、声を掛け落ち着くように胸を擦るばかり。
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