ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 3rd episode

5

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 銀河がその場で肩の力が抜けたように座り込む。

「まぁ、タバコでも吸いなよ。お前、まだ吸ってんの?」

 官房長の背広からタバコをパクった銀河が火をつける。

 この人は、タバコを吸わなかった。
 俺もタバコに火をつけて煙を吐いた。

 やはり銀河は、噎せていた。

「銀河、」
「…人生で初めて吸ったよ…これはいいもんじゃないな」
「どうして」
「…どうして?」
「どうして、あんた、裏切ったんですか」
「…君は、そんなことを聞きにここまで来たのか?」

 そう俺が言えば、銀河はすごく穏やかな顔をして立ち上がり、官房長に再び銃を向ける。

「それじゃぁダメだ、流星」
「何が…」
「そんなことを聞きに来たようじゃ、俺は逮捕出来ない。こいつも死ぬ。戦場とはそんなものだろう?」

 タバコが肺に染みる。うざったいから捨てて足で揉み消した。

「でも、あんたは撃たない。俺を撃たないじゃないか」
「撃つ理由がない」
「じゃぁその撃つ理由ってなんだ?俺にはわからない。あんたは、どうしてこんなことしてんだ。だってあんた、犯罪者になっちまったじゃないか。何があったんだ。全然…」
「流星、俺とした約束覚えてるか?」
「は?」
「お前ら今確か特本部にいたな」

 …それがどうした。

「これからきっと、俺だけじゃない。たくさんの血を見ることになるだろう」
「だから、何が、」
「エレボスがどうやって存在すると思う?何故7年前、捜査は打ち切りになったか、何故、あれだけたくさんの仲間が殺し合いをしたか。
 今も昔も変わらない。こいつがその証拠だ。こいつだけじゃない。
 俺たちは皆、飼い殺しだったんだよ。わかるか?流星」
「…銀河、それは」
「でたらめだ!こんな、こんな犯罪者が言って」
「お前は黙っててくれないか。可愛い後輩たちなんだよ」

 官房長の叫びを銃で制し安全装置を外す。俺も銀河に向けて銃を構えた。

「銀河、だからって…だからって、あんたがこんなことする必要はないんだよ」
「じゃぁ誰がやる?お前らか?」
「違う、」
「俺がやらなきゃ誰がやるんだよ!」

 一発掠めた。
 上からだ。見上げれば江島とユミルが睨み合っている。
 足元に一発入った。前方、銀河だった。

「こんな時によそ見するなよ、流星」
「流星!」

 潤の声がする。銀河の真横に一発、潤の銃弾が入った。

「動くな!殺すぞ!」
「やってみろクソったれ!」

 潤の声は震えている。多分、近くまで走ってきたんだろう。

「潤、動くな」

 足音が止まった。

「Ymir, told not to kill, but safety first. Please protect your body.
(ユミル、殺すなとは言ったが安全第一。自分の身は守ってくれ)
政宗、ユミルがキツそうです。上に行ってやってください。ユミルには殺すなと言ってしまったので苦戦しています」
『流星、お前は…』
「俺は気にしないでください。あんたも、死なないでくださいね」
『…わかったよ!』

 物分かりが良い先輩で助かる。

「…ずいぶん優しいな、流星」
「…いいえ。
 俺が守れないので、こうしたまでですよ」
「…成長したな」
「銀河、俺は…。
 あんたが背負ってくれたもんを、もう一度背負うしかないね」
「…流星」
「だってもう、あんたは犯罪者で、俺は公安だから」
「…そうだよ。
 お前のその心意気は昔から変わらない。それだけは、その純粋さは、本当に好きだった」
「銀河、あのね。
 別に俺たちあんたを殺しに来たんじゃないんだ。だから、だから…」
「潤、変わらないよ。俺はどのみち消されるさ。警察が早いか、エレボスが早いか」
「あんたは、エレボスに入ったの?」
「いや。ただ、内部を知りすぎた。それは警察内部であり、エレボス内部であるんだよ」
「どーゆーことよ、それ」
「なぁ、官房長」

 銃弾が回転する。その手元に一発撃ち込んだ。

「官房長、どーゆーことですか」
「…はっ」
「答えないなら射殺します。いずれ摘発されるか、シラサワに殺されるかの差です。選択肢は与えましょう。
 俺たちはエレボスの捜査員です。知る権利がある、捜査権がある。さぁ、どうする?」
「お前ら、グルなのか!?」
「何とグルなのか聞きたい。あんたの言うグルとはなんだ?
 銀河、やり直さないか」
「流星、」

 鈍い発砲音。
 官房長が倒れた。脳天に一発。止めどなく血が流れていた。

 真横だ。
 この前の大使館にいた黒縁眼鏡がそこに立っていた。構えた銃からは煙が立っている。

「それは無理な相談のようだ」

 すぐさまそいつに銃を向けるが、またすぐ後ろで発砲音。
 恐らく潤だ。

 銀河が踞るのが見えた。どうやら、銀河が俺を撃とうとしたようだった。
 それを見た眼鏡が、撤収するのが見える。

「銀河ぁ!」

 叫ぶ潤に我に返った。蹲りながらも這うように、銀河は転がった銃を構えて俺に向ける。

「なぁ…流星」
「…銀河、」
「もうやめてくれ、二人共!」
「その銃、さぁ…」

 息も切れ切れだ。腕から血が出ている。静脈側。応急処置程度にジャケットを脱いで失血を試みるが多分、救急車を呼んだところで助からない。

「ずっと、使ってんだな…」
「…はい。銀河、」
「ん?」
「貴方の死に場所はここです。俺が持って行きます。貴方は…俺の大切な先輩です」
「…ありがとよ、みんな」

 一発、急所を外して、気絶する位置、心臓の横に撃つ。

 銀河の伸ばされた手が、目元から首筋に落ちる。血の感触がする。

「潤!まだ、まだ死んでないはずだ!早く手錠!
2時54分!」

 すがるように潤が駆けつけて、泣きながら銀河に手錠を掛けた。

「離れて、潤、」

 まだ瞳孔が開ききっていない。最後に両手を組んでから目を閉じて、頭に銃を押し当てた。

 歯を食い縛り、だけどちゃんと最期は看取ろうと思い、脳に一発と、心臓に一発。

 訳がわからなくなって何発か撃ち込んでいたら潤が、「流星!」と呼んだ。振り向けば、踞って泣いていて、俺の手を握っていた。

「潤、終わったよ」

 そう言って潤を抱き締めると、胸を何度も力なく叩かれた。しばらくずっとそうしていたが、そのうち潤は俺に抵抗もしなくなった。

 少し経ち政宗が降りてきて、「銀河…」と呟く。

「お前ら…」

 しゃくりあげる潤を立たせ、もう一度抱き締めて頭を撫でた。血の臭いが混じっていた。

「…すまなかった、俺が、いなかったから」
「…俺も、最期を見せてやれなくて、もう…」

 政宗の手が、最期に銀河が俺に触れた場所をなぞって気が付いた。

 俺ずっと、泣いてたんだ。

「辛い思いをさせて悪かった」
「いや、それは…お互い様だから」
「…行こうか、姫と王子。始末書も書かなきゃ」
「はい…」

 こうして、今日の業務は終了した。
 江島は負傷、ユミルが先に警察を呼び、連行。

 官房長と白澤銀河の遺体は、そのまま警察病院に搬送された。
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