ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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Past episode one

10

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「お待たせいたしました栗林一等海佐いっとうかいさ

 訓練所二階の端の部屋。熱海はポケットにしまったネクタイをすることもなく、白衣に便所サンダルのまま上官の元へ赴いた。

そんなもんなのか。

 多分ダメだろうなとぼんやりと思いながら流星は開けっぱなしの重厚な扉を背に中の様子を伺った。

 栗林一等海佐なるものは、上官にふさわしい出で立ちで、50代後半くらいの神経質そうな痩せ形。いままで樹実の知り合いで見てきたなかで言うならばなんとなくな小物感。それが偉そうに手を組んで熱海を迎え撃つ。

「元気そうだな熱海二等海佐」
「それなりですよ。ただいま羽田三等海佐から、貴方が僕をお探しだと聞き及びましたので参った所存ですが、もしや急を要するものでもありませんでしたか?」
「あぁ、まぁ急は要する、と言うより少々気が短い性分の貴殿には、先に言っておかねば後で厄介かと思った内容でな」
「はぁ、大層ご機嫌麗しいですね。役職でも変わったのですか?」
「流石ですね。君の希望はよくわかりました」

 栗林一等海佐は紙切れ一枚を引き出しから出し、木机の上に置いた。

「米国公安の若者からのお手紙です。君、来週から警察庁にお世話になるようですよ」
「はぁ…え?」
「どこをどうしたもんかは知らないけど、まぁ君の有志は受け継いでおきますよ。
 あ、そうそう。
君、今野良犬飼ってない?」
「預かってますよ。警察犬一頭」
「困るんだよねぇ。第一、海軍教育係は私の担当なんだが。それでここの出だなんて恥になるから言わないでくれる?私に預けてくれるならまた別だけど。その子、まだ年端もいかないらしいじゃない」
「そうですね。何分飼い主が僕にと預けていったので、ご報告が遅れました。あぁ、例の貴方が大っ嫌いな米国公安の狂犬野郎ですよ。手を出すと噛まれるんでやめた方がいいと思いますよ」
「米国はホント、躾の仕方を知らないね。私が教えてあげた方が立派な警察犬になるんじゃないかな」
「やけに執着しますね。こちらとしては預かりものなので易々手放すのも勿体無いかなと思っています」 
「まぁ彼は虫の好かない奴だが仕事は出来るからね。興味があるだけだ」
「へぇ、話は以上で?」
「ああ」
「では」

 冷たく一瞥をして熱海は上官の元を去ろうとする。

「そうだ。
 君んとこの野良猫はどうだい?」
「はい?」

 その栗林の一言に熱海は再び振り返った。今度は露骨に不機嫌そうな表情を上官へ向ける。
 それを見た栗林は大層愉快そうに笑みを浮かべた。

「彼ならまたいつでもいいよ。私が手取り足取り教えてやろうじゃないか」
「本気でおっしゃってます?」

 いやらしく笑う口元。
 熱海は一言、「失礼、」と言い、上巻の顔面に見事なストレートを決めた。

すげぇ。

「すみませんねぇ。僕もどちらかと言えば直情型の狂犬タイプでして。大丈夫ですか一等海佐」
「貴様っ…!」
「ではまた」

 そう言い残し熱海は再び栗林に背を向け、部屋を後にする。

「案外あんた、気が短いんだな」
「…盗み聞きはよくありませんねぇ」
「わかってたくせに。
 でも、素直で見ててスカッとした」
「そうですか」

 確かに、流星は凄くあどけなく笑った。それだけ言って部屋に戻ろうと歩き出した流星を熱海が呼び止めると、あっさりと振り向いてくれて。

「…気を付けてくださいね。あの人、面倒だし、タチの悪い変態ですから」
「いや、あんたでしょ。まぁ、はい。ありがとう」

 多分わかってないだろう。そりゃぁそうだ。ここ三日、少しばかり見張っていないといけないかもしれないな。

 各々が部屋に戻り、夕飯の時間までを過ごした。

 熱海が部屋に流星を呼びに行く。ノックをしても返事すらないのでちらっと開けてみてみると、

「うわぁ…」

流星は最早書庫を自分のものにしていた。

 夢中になって本を読みながら、イヤホンで音楽を聴いている。時に大学ノートに何かを写していて。
 少し熱海が観察していると、熱海と目が合い流星はイヤホンを外した。

「あぁ、もしかして、ノックした?」
「はい…。大変集中しているようで」
「ごめんなさい。どうにも、自分の世界に入り込みたくて」
「…何を、聴くんですか?」
「え?」

 別に興味があったわけではない。ただ、なんとなく聞いてみた。

「ミッシェル」
「へぇ…!あれ、ギリギリなんかこう、世代ズレてません?」
「そうかも。たまたま音楽番組見てて、バックれ事件のやつ。あれが強烈に残ったんだ」
「へぇ…。
 僕それ海外遠征で見れなかったんです。
あ、樹実はベンジー派でしたね」
「そう。どっちも好きだけどね」
「あらあら、じゃぁそんな君に丁度いいのありますよ」

 そう言うと熱海は、綺麗に整頓された棚を漁って何枚か、CDを取り出した。

「女性もたまには。ダメならこれ、名盤です」
「…こっちのやつ、最早あんた産まれたくらいのやつ?」
「まさしく。これ、ミッシェルのボーカルが薦めてたんで死に物狂いで手に入れたら、よかった」
「…聴いてみる」

 笑みを浮かべる青年はまだあどけない。
 彼はこれから先、どんな未来を歩むのだろうかと、熱海はふと考えた。

「さて、夕飯です。一度休憩しましょう」

 それから夕飯を共に過ごし、船の仲間とも徐々に打ち解け、一日目を終えた。
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