ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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Past episode two

3

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「真面目にクソくだらねぇな」

 デスクに両足を組み不機嫌顔で新聞を広げる優男は、陰気臭い雰囲気でタバコの煙を吹き出した。

「樹実…、部署でタバコ吸わないでくれよ」
「だぁーもぅ!」

 イライラしを隠さずに新聞をパソコンにぶ投げる。新聞は灰皿に当たり、危うく灰皿ごと落ちそうになる。

「どうしたんだよ樹実!」

 無駄に元気というか、熱量のある感じで仲間に肩を叩かれた。
 思いのほか痛い。そうだこいつは見た目のわりに力があるんだ。

「銀ちゃん、痛い、」
「あ、ごめんごめん」

 新しい部署、来たばかり。物はまだ少ない。

“厚労省国家特別テロ捜査本部”

 最早どこのなんなのか皆目検討がつかない部隊名。センスが無さすぎる。
 しかしこれは、「名は体を表す」に相応しいなと染々思う今日この頃。

 雨は、君は見ない方がいいと言っていた。しかし、残念ながら樹実は雨が思うよりも偏屈で天の邪鬼な男だった。
 真実を知った樹実はUSBのネタを持ち上層部へ乗り込み、栗林殺害を自白。熱海雨の解放と就任を要求した。
 内容的にも彼の地位的にも、これくらいの我が儘は通ると踏んだのだ。

 確かに通った。しかし。

「誰も厚労省、警察庁に預けるなどと言っていないが?彼は元々防衛省ぼうえいしょうの軍人だ。
 二階級特進?悪くはないだろう」

 彼は今頃、パソコンの前でカチャカチャと仕事をし、たまに視察に行き…と、つまらない仕事をしているだろうか。
 当て付けとしか思えなかった。

『雨さんは、帰ってこないんですか?』

 あの少年の酷く澄んだ薄い瞳が樹実の脳裏に甦る。
 17歳と言っていた。それにしては童顔だった。確かに、少年趣味と噂だった栗林の色眼鏡に敵いそうな、女顔だったし。

 樹実がUSBを少年に渡したとき、少年は唖然とした顔、震える手でそれを受け取った。
 しかし少年はそれをその場で床に投げつけ肩を怒らせ、歯を食い縛って耐えていた。

「あの人を助けてくれてありがとうございました」

 その時に樹実を見上げた少年の眼差しは、はっきりと気の強さを映していた。

「…助けてなんてねぇよ、多分」

 そう樹実が呟いた時、その瞬間、少年は気の強さを一瞬で食い殺し、驚いた顔をしたのだった。すぐに泣き出してしまったもんだから、なんとなく、雨が構うのも樹実にはわかる気がした。

 要するにこの少年は情緒不安定なんだ。こいつは外にも暫くは出なかった、だから自宅を訪ねるときは注意をしてくれとも雨に言われていた。

「…あんたがそんなんじゃ、お、俺は、今、誰を、恨んだらいい…」

 ただ、素直に泣けるのは良いことだと、感じた。
 そう思ったからまずは少年を抱き締めて。

「俺でいいんじゃない?楽して生きなよ」
「うっ…、うぅ…」
「まぁ俺も正直、わからないんだよ。殺したくないから殺さなかった。ただそれだけだった。今後のこととか考えてなくて」
「でも…」
「あんたガッコー行くんだっけ?まぁ、それまでなんとか生きていける?住む場所は確保してやるよ。それなりの金もな。
 あとは自分次第だ。クソつまんねぇとこに立ち止まって安全に暮らすもよし、あ、一応暗殺されないように俺の連絡先教えるから。
 腐るのが嫌なら地に足つきな。ただそれだけだよ、生きるのなんて」
「なに、それ」
「早い話がてめぇで決めなさいってこと。
 結果は一年待ってやる。一年後どうしたいか、出資者である俺に連絡してこい」
「…はぁ」

 体温が離れる。ついでに樹実は拳銃を少年にひとつ預けてやった。

「襲われたらそれを使いな。あとはまぁ、死にたいときかな。じゃぁね」

 それだけ言って去って行く男を見て。

「…てか、使い方わかんねぇよ」

 一人呟いても、聞くものはいない。


「朝から陰気臭ぇな。あぁ樹実、いい加減にしろ。俺が付き合うから。ほら、行くぞ」

 漸く出勤してきたらしい同い年の大男を見て、樹実の世界は回想から現実に戻る。
 パリッとしたシャツとスーツには、以前の粗野さが伺えない。

「待ってましたー、政宗まさむね閣下!行こう、行こー!」

 樹実のクソハイテンションに、面倒臭そうに同僚唯一の喫煙者は溜め息を吐いた。

 「まったく」と言い、ポケットからラークとライターを取り出し、わざわざジャケットを脱ぐ。
 随分と変わったものだ。

「お前随分変わったな…」
「ん?あぁ、お前そっか、知らなかったか。
 俺結婚したんだよ」
「えっ、うそ」

 素直に驚いた。

「お前ここ二年くらい所在不明だったからな。報告遅れました。子供もいるよ」
「マジ!?相手女かよ」
「失礼だな…」
「いや、おめでとう。マジか」
「お前は変わらないな。相変わらずのクソテンションだよ」
「はっはー。まぁな」
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