ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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Past episode four

15

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「…残酷な奴だな」
「残酷じゃなきゃ貴様らの命令なんて今まで素直にやってこれなかっただろ」

 銃を一度置き、またタバコに火をつけた。

「戦場に立てば皆等しく敵だ。俺は忠実にクソ親父の背を見て育ったのさ、曽田さん」
「…は?」
「まだ目ぇ通してないの?
 まぁいいや昔話だよ。
 俺の父親はやる気のない軍人だった。俺くらいにやる気がなかった。
 確か陸軍だったかな。わりと偉かったんだよ。
 ある日、家に父親の死亡通知が届いた。フィリピン沖で発見されたと。
 だが母親は何も言わなかった。そのうち母親が病死した。後に残された俺は、父親の相棒の家に預けられその兄弟達と仲良く…そりゃぁもう仲良く一緒に育って、兄弟はエリート官僚、俺は気付けばこんな感じ。
 すげぇよな、あの頃生まれた格差は、こうやっていまだにあるんだ。兄弟達は今頃政治家か警察のお偉いさんだよ。だがなんの因果か、俺の事を忘れたように扱ってやがるくせして、今になって薬も武器も求めてきやがる。愉快なもんだ」
「お前…誰なんだ?」
「まぁいまは高田創太の一人息子ということになっているかな。最終的に兄弟は俺が牢屋にぶちこんでやったけどね」
「高田創太の…お前、まさか」
「ちゃんと読んだね。
 茅沼だと、母親の姓だからわかりにくいけどな。かつて高田とコンビを組んだ男の倅だよ。部下のこと思い出したかクソ野郎」

 樹実は、蔑むように曽田を見てニヒルな笑みを浮かべ、長官に銃を向けた。

「ただいま父さん」
「待った、お前、いまの話は本当なのか!?」
「あんたも知ってんだろ?つか、俺の顔を見てもなんとも思わないくらい無能なんだね」
「いや、だから勘違いだ、君がもし彼の子だったとして」
「彼の子じゃない可能性があるわけだろ?
俺が真っ先にここへ来た理由はそれだよ。ちなみに…彼は知らない、死ぬまでずっと、知らないで生きていた」
「何を言っている…」
「俺は確実に組織に捨てられた。あんたに、こうしてな」

 樹実は唖然とする曽田の髪を掴み、ハンマーを引く、小さな悲鳴が聞こえた。

「茅沼っ、」
「それはあんたの愛人の名前だ。そう易々と呼ぶなよ」
「わかった、何が欲しい、なんでもする、地位か、金か?なぁ、」
「何もいらない。安息が欲しい。俺はもう、嫌なんだ、全部」

 トリガーを引いた。血と脳髄を浴びた。
 力なく萎びれた手に持つ死体は最期まで、実父ではなかった。

「樹実、」

 後ろから憔悴しきったような弱々しい、だけど優しい声がした。

 終焉はとっくに始まっている。遅い登場だった。

 振り向けばやはりいつもの、けれどいつもより、眼鏡の奥で悲しそうに笑う雨が立っていた。

 長官の頭を離せば、樹実から崩れるように落ちる。人の死は、呆気ない。

「見てたのか」
「はい、やはり、あなたは右に癖がありますね、樹実」

 樹実は机から降りてしゃがみこみ、再びタバコをくわえた。手が湿って100円ライターが着火しない。

「聞いてましたよ、ずっと」
「そうか…」

 雨は死体を避けるように歩き、樹実の横に座って火を貸した。自分も火をつけて、煙を吐く。

「これから何をする気ですか」
「なんだろうな」
「もう戻れないですね」
「あぁ。
 俺の部下達は今どこへ?」
「連れてきた方々はあなたのように、思い思いの過去を殺しに。
 あとは、僕らを宥めるために向かっているところでしょうね。高田さんと共に」
「余計な事を」
「わかっていたくせに。
 あなた、来て欲しかったんでしょ?」
「…いや、どうかな」

 いまならあの時の雨の気持ちがわかる気がする。

「雨、」
「はい」
「行こうか」

 樹実は立ち上がった。
 向かう場所は、昨日の最後の現場。
 言うなればエレボスの本拠地かも知れない場所だ。

 ゆっくりと、二人で歩いていく。自然と足取りはすんなりとしていた。
 無線を片手に、スイッチを入れた。

「全隊員に注ぐ。いまから宗教施設、“すばるの会”に集合だ。場所は、昨日のあの場所だ」

 それだけ言ってあとはそちらに向かった。
 まだ樹実にはやり残したことがあるから。

ただ一言告げるだけだけど。
それをしに行きたいだけだった。

 警察庁を出た時点では特テロ部から連れてきた人材は自分を含めて5人となっていた。2人ほど、どうやら減ってしまったらしい。
 樹実と雨とルークとその他下っ端、現場でよく突入していた奴らだった。

 宗教施設は予想通り、静かだった。

 大方死体は片付いており、恐らくは全員講堂だろうと真っ先に向かう。
 昨日と違い、あっさりと通過できた。
 雨以外の特テロ部の者は状況が読み込めておらず、混乱が走る。

「今から真実を見せてやるよ、俺たちが追っていたエレボスの正体を」

 それだけ言って講堂の中に入っていく樹実の姿は、正直正気の沙汰には見えなかった。
 だがよくよく考えればこの特テロ部のメンバー全員、正気の沙汰ではないかと、変な団結で黙ってついて行くことにした。

 各々が警察や裏社会に何かしらの因縁があって作られた部隊。それを形成したのは樹実であった。ついてきたメンバーも、もう今更引き返せないのはわかっていた。
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