ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 31st episode

8

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 ケリーは祥ちゃんを横目で煩わしそうに見るが、特に何かを言うことはない。

「ユミルはきっと行けないし、流星だって関係はないだろ」

 慌てた、しかし全力回避を望むような祥ちゃんのトーン。
 冷や汗で血液が無くなったからだろうか、どこか腑に落ちるように俺は冴えていく。
 ユミルが俺のスーツの裾を力強く握っている。祥ちゃんが本当に焦っている。ケリーがそれに冷たいようだ。
 流星はどうなんだ。微動だにしないが前方で表情は見えない。

「ケリー、なぁ、」

 それからケリーが全員をゆっくり、無言でじっくり見渡す。

「ショウマ、何が問題なんだ」
「だって、」
「この先に何が待ち構えているか、お前は知っているか?」
「えっ、」

 祥ちゃんはフリーズしてしまった。確かに、一目見てヤバそうな部屋だというのは感じ取れる。なんというか、心の恐怖感が漂う部屋。理屈ではない、教会だし本当にオカルトのような感覚に近い警鐘だけど。
 現にユミルは喋れなくなってしまったようだ。強く、スーツを掴んでいるにしても拳が硬くて痛そうなほどだし、祥ちゃんにはまだ「どうにかしなければ」が見える。

しかし、
「なんかあるのか?」
流星が酷く非現実な迄にポカンと、間抜けな声色でそう言ったのだった。

 少し間を置いて驚いた表情をしたのはケリーだった。ケリーがそのまま祥ちゃんを見る、祥ちゃんはそれに首を振る返答。

「…ホンマに言っとんのかリュウセイ」
「え?」

 暫し考えたような間を取ったケリーは、
しかし急に「っはははは!」と笑い始めた。
 気が触れたのだろうか。

「…やりやがったなあのラット」

ラットって。
高田さんだよね、確か。

「そうかいそうかい。あぁ、こりゃぁ博打だな。いいんじゃねぇかぁ?ショウマ、まるで踏み絵だ。
 てめぇそれが知りたかったわけか。悪い話じゃないだろ?」
「…確かに俺はしくじった。流星のこともわからない。だけど、だから嫌なんだ本気で、ユミル」

 祥ちゃんはユミルを、
あの戦場のように冷徹な目で見て、「嫌ならケリーを殺すべきだ」と言った。

「ケリー、俺はもしかすると行けば自分を」
「ハイ、drop out。お前に言う権限はなし」

 あっさり、しかし腹黒さが出るような笑みでケリーは祥ちゃんに言ってはデコピンをした。

「え、いや、何が起きて」
「はーい流星。君はいま考えて。
ユミルぅ、てめぇの弟分はへばったぞ。どうする?生きて帰りてぇか?あ?ダメか喋れねぇな失格。てめぇら二人は用済みだ。
 さぁて、リュウセイ。君はどーする?」
「は?」
「…この先に何があるか、おおよその検討はつくか?まぁ、言うなれば“トラウマ”かな。こいつらの底に眠る元凶がある。
 それはだが、君が思うのとはちゃうだろうなぁ。ここで一発思い出してもいいんじゃないか」
「…何を言っているのか皆目わからないが、ケリー」
「だろうな。リュウセイ。自分の生きてきた世界がどれ程歪曲して美しかったのか、知りたくはないんか?」
「ケリー、だからそれは違」
「てめぇは喋るなやショウマ。次喋ったら死ぬ気で中入れ」
「待って、話についていけないんだけど」

 流石にそろそろ限界だ。
話が殺伐としてきている。
いや、
それはここに来たときからか。

 流星が振り向く。
 声色からは感じ取れなかった。酷く驚いた、怯えたような表情だったようで。なるほど、
ここにいる中でなにも知らない温室は俺だけだったのかと知る。

「…ユミル、離して大丈夫だから」
「ぇっ、」

 舌を噛むように話せないユミルの手を握る。
 自然とユミルの手は和らいで、そして漸く、止まってしまった呼吸を思い出したように荒くしてから「はぁぁ~っ…」と跪き、泣いてしまったのがわかった。

「失格」

 とケリーが言うのに「何がなの」と俺は返してしまった。

「なんだか知らねぇけど、トラウマって何よ」
「潤、黙」
「祥ちゃんはユミルを庇ってあげなよ、」

 祥ちゃんは黙る。
 ユミルが離れて俺は前進するしかない。トラウマかケリーか、その先に待つものか、正直、よくわからない。

 ケリーはまた黙り、事を眺めるにとどまったらしい。俺にはまだどうやら、回答権がある。

「…あぁ、挨拶してませんでしたね。日本人として。
 元防衛大臣星川匠の…倅、…ジュン・ホシカワです」
「潤?」

忌々しい。

 なのに流星がぽかんとしっぱなし、祥ちゃんは「潤、」と慌ててユミルは「えっ、潤ちゃん?」と唖然としている。

そうだ、俺は。

 ケリーが眉間に皺を寄せ「あんだって?」と、明らかに敵意を向ける。
 手に力を入れてみる、地に足をつけるように一歩一歩歩いてみる。俺は、俺は、

「聞こえなかったか、元、防衛大臣の星川匠の、倅なんだよっ、」
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