ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

文字の大きさ
335 / 376
The 31st episode

9

しおりを挟む
 ケリーは腕組みをして俺を睨む。
なんだか知らねぇが、トラウマなんてなぁ、

「ビルに飛行機突っ込んだ時も、父親が殺されたときもその後今現在だって俺は俺だ。トラウマなんて、そんなもん、
 あぁそうだ俺の初体験は父親だった、母親だった、俺は家族を持ったこともない、唯一持った家族だって死んじまった。
 今いるショウマ・ヤマシタが家族かどうかはわからない。リュウセイが相棒だなんて気持ち悪い、ユミルが仲間か友人かすらわからない、だからなんだ、それがなんだよ、居ても居なくても俺にはこれだけがあるんだよ、なぁ違うか!?」

だけど。

「だけどあるのが事実だ、辛いのは事実だ、でも、」
「潤、わかった、おい!」

 流星がそう言った。
 ケリーの表情は最早、見守るようなものになっていて。

「…お前のことはいつまで経っても嫌いだ。だがそんな身投げされんのは胸糞悪いんだよ潤。
 頭使えよ、どれだけ温室かなんていいよ、わざわざ一人で遠くに行くなスポッター」
「はっ?」

 堪えるようにケリーを、恐らく睨み上げたのだろう流星は「ミスターケリー、」と告げる。

「わからない。俺にも自分は、正直ここにいる誰よりもわからない。だからどうだ、そこになにがあるか、捨てるものすら手元にしかない俺が行くのはどうだ、」
「…まぁ、」
「合格か不合格かで答えが欲しい。俺はまだまだ、そう、世間知らずなままなんだ、ケリー」
「…あっそう」

 それからケリーは祥ちゃんとユミルを順番に見て、「どうだろうな」と言う。

「過去は繰り返され、襲い掛かるのは誰なのか。昔捨てた物は、戻って来ないと、私の知り合いはよく言ったよ」

 そしてケリーは扉に手を掛ける。

「拾い集めて背負うことが綺麗ではないと、捨てちまえば楽なんだろうな、きっと。逃げかどうか、まぁ見せてくれよ」

 扉が開く、
 祥ちゃんが歯を食い縛るように俺と流星を見ている。淡々とケリーは心なしか俯いている。
 振り向いた流星はどんな表情か、哀愁のような気もするし、鉄面皮のような気もする。

 12年を知らない流星と、すべて捨てた気にさせた俺はその扉に入ることを許された。
 扉は閉まる。もしかしたら殺されるのかもしれないとどこかで感じたのだが。

「っ…あっ、」

 流星は入ってすぐにしゃがみこみ、頭を抱えた。

 だがそこはただの真っ白い、空間、遠近法すらよくわからなくなるような、ただっ広い部屋だった。

 確かに、強迫観念は迫ってくるような、そんな場所で。

「大丈夫かリュウセイ」

 感情を捨てたようにケリーが声を掛けた。

「こ、れは…?」
「君にはこれが何に見える?ジュン・ホシカワ」
「…は?」
「これはこの子達の世界だったんだ。“カオスの部屋”と言うらしい。世界の終わりと始まり。それを、私たちは再現した。
 ラケシスという女神がギリシャに出てくる。運命の長さを定め、割り当てる。この子達の宗教はそれを元にして生まれたのかもしれないな。
 この部屋は恐らく、戦いを望んだ物だったんだ。
 リュウセイ、君はそこで何を見た、何を失った、どこへ行くんだ一体」
「…待って、」
「君はこの部屋に似た場所で育ったんだろう?」

似た場所で?

 ケリーの問いかけに流星は、息を荒げながら自分の前髪を掴み、睨みあげた。

「彼らが望み作ったものは“ウィクトリア”だった。君やショウマやユミルは、ウィクトリアの為だけに収容された“偽善”に過ぎなかったのではないか?」

なんだ、それ。

 ケリーはしゃがんで流星を見て手を差し伸べた。

「それを壊したのはイツミ・カヤヌマであり、それに消されたヒーローだったんじゃないのか、リュウセイ」
「何、それ」
「私にもわからない。
 イツミ・カヤヌマを置いた彼の父の勧善懲悪が、もしかすると君たちのトラウマになったのかもしれない。その懲悪には確実に、君の父であるタクミ・ホシカワがいたのさ」

…は?

「早い話がヒーローには、悪役が必要不可欠だった、というわけ。ジュン、君だってそれの被害者なんだ」
「どゆこと?」

 ケリーはまるで神々しく立ち上がり、手を翳してみては言う。

「神は1日目に天と地を作った。暗闇しかないその場所へ光を作る。暗闇を「夜」と名付け光を「昼」と名付ける。旧約聖書の話だ。
 これは冒頭で、7日で世界を作り上げたんだとよ。
 光と闇をどう解釈するか、イッセイは、何を光とし闇としたか。国に殉じてしまったんだ」

それって。

「イッセイ・スミダは国に殺された。ここを、私は6日目の、“獣と家畜と人”を作った段階だと読む。君達の国はそういうところだ。
 ラットはそれ故にイッセイを選び、国は二人を捨ててしまった、
 ここで7日目の“神の休業”が与えられ、また1日目を始めたのならジュン、君ならいま、何日目だと思う?」
「…何が言いたい、」
「本当は知っている筈だ。私にはわからない歴史は、君たちが恐らく…掴んでいるんだよ」

つまり。

「…あんたはエレボスを知っているのか」
「エレボス…か。暗黒の神。それを作るものは神か、神話を作り出す人か、なんだろうね。まるで、あの頃と同じビジョンを見るようだなあ」
「あんたは、何を知っているの?」

 何かの比喩なのは間違いないが。
 ケリーは「わからないんだ」と、切なそうに微笑んだのだった。

「私に出来ることは後生に神話を語り継ぐこと。
この“光の会”は、皆平等、兄弟として殺人兵器を作り上げた、それが日本人の発想だったようだよ、ジュン」

何、

「…祥ちゃんやユミルや流星は、」
「そう、そこで育った家畜か…」

 流星はそんなケリーに素早く、拳銃を向けたのだが。
 スイッチは入ってしまっている、しかし泣きそうで、歯もかちかち鳴っている、一言「やめてくれ、」とも言えているんだけど。

「ぃっ…つみが、ぶっ壊した世界は、」
「流星、」
「君が見たらいい。リュウセイ。
 君は世間を知らないんだ」

そうか。

「エレボスは対となり、神が作った…」
「察しがいいな、ジュン・ホシカワ」
「…そうか…」

 俺は流星の拳銃を掴んで下げ、見つめる。

自分の正義はなんだったのか、俺だって怖い。ほら見ろ、お前の銃を掴む俺の手だって震えているだろ。

 流星は力なく、銃を下げては項垂れた。

「流星、」

出来るだけ優しく言えるように。

「俺は雨さんが残してくれた、
樹実さんに託された何かを持っている。見るのが怖かった。何があるかわからない。
 日本に帰ってロシアンルーレットしないか?弾は、わりと詰めてあると思う。
 きっと空だと信じたいのは、多分お前と一緒だから」

雨さん、

「潤…」

樹実さん…っ。

 ケリーが言う、
「良い正義だな、真っ直ぐで、濁りない」
と。

「国だなんて、世界だなんて、どうだっていいよ、ねぇ。俺は、温室でも狭くても、まずそこを信じてみるよケリー」
「…そうだな」
「待ってて。けどひっくり返したら悪いね。
 ひっくり返らなかったら、まず皆と、葬式やってくれと言いにくるよ」
「いいよ、別に。
 勝手に死にやがれ、クソガキ」

ありがとう。

 俺は流星を連れ、ケリーを背にして日本に帰ろうと、そのトラウマに背を向けることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*) 表紙絵は猫絵師さんより(⁠。⁠・⁠ω⁠・⁠。⁠)⁠ノ⁠♡

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...