ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

文字の大きさ
336 / 376
The 32nd episode

1

しおりを挟む
 ルイジアナから帰国し、一度高田に連絡を入れてみた。
 回線は繋がっていたが、出てはくれなかった。

 帰宅し、一人になってしまった家はまた広いと感じた。
広すぎるんだと実感した。

 潤に連れ帰られるようだった俺はずっと、誰かに、何を話そうが頭が巡り続けていた。

『一人を殺したら最後なんだよ』
『過去は繰り返され、襲いかかるのは誰なのか』
『一度沈んで見た空が、こんなんでした。信じられなかったなぁ』

一人になってしまったな。いつも通りのはずなのに。

 タバコに火をつけた7階の夜が俺を呼んでいるような気がして手が震える。凍えそうなこの星空に、
一人だ。
 食い殺される前、一人なのだしと最早タバコはリビングで吸おう、灰皿を用意する。

 あの「トラウマ部屋」で思い出したことがいくつかある。
 俺は気付いたらあの国の宗教施設にいた。当たり前に夜を殺して生きていた。夜には拷問が始まる。昼には不浄な人間から身を守る術を教わる。
 俺の潜在意識に眠る二重人格は人を殺すための物だったんだ。自覚はある気がする。ぷっつり糸が切れるように、気付いたらまわりに仲間はいなくなるのだ。

あの日。
樹実はどうして俺を拾ったのだろうと考えても、ただただ頭痛に悩むだけだ。
なにかが阻止している。自衛か。俺はまだ俺に近付いていないんだろうか。

 タバコの灰が膝に舞うように落ちてリビングへと戻ってくる。

どうして樹実、教えてくれなかったの。

 それが胸を占めていた。

一人は凍えてしまう。
一人は退屈すぎる。

──人は一人で闇に生きていくしかないのか──

 タバコは置いた、頭が痛い。
 猛烈に何かが襲ってくるような気がして頭を抱えては震えるような寒気に、動悸。
 悲鳴がすぐそこ、耳の中に蹲るような鼓動となり、胸を逆撫でている。誰か、子供の声かもしれない。
 子供はいつか大人になり、いなくなる。迷い込んだ部屋の景色を思い出せないまま、ただただ恐怖が忍び寄っている。

 壁にぶつかるのも忘れてしまう。気が付けばトイレで吐いていた。
 しかし出るものは無理に圧迫された胃液でしかない。胸がざわざわする。俺がここに存在すると思い出

『お前明日からさ』

はっとした。
 あの日のサブマシンガンを背負った背中がフラッシュバックした。

「はっ…、」

 息をするのを、思い出した。

「うぅ…くぅ…っ、」

 思い出したら止まらなくなった。
どうして、樹実、
思い出したらこれほど、嗚咽が出て泣くほどに悲しくなるんだろうか。

涙は生理現象かもしれない。思い出と同じ、これを英語でなんというのだろう、ベトナムではどうだったんだろう、日本では…。

 歯を食い縛ってもしばらくは止まらなかった。俺は漸く一人の戦いを始めるのかもしれない。
 ずっと、闇は怖いと染み付いていた。いまでも、ずっと怖いままだけど。
 ケリーのあの部屋は昼のように真っ白だったんだ。世界は、そうやって出来ている。ひとつの思い込みが、
あの暗闇で見ていた蝋燭の光は確か、白い壁だったと思う。

 環が見た白黒の世界を思い浮かべてみる。君は、光も闇も全て飲み込んでしまったんだろうか。

 頭の奥が痛くなる、血の気が引いていく。

そうか俺はいま、生きているんだ。

 低酸素の頭で立ち上がった。眩暈もする、まだ少しの吐き気もあるし、冷や汗も、身体から降りるように一気に体温を奪うけれど。

 シンプルになった頭で浮かぶ伊緒のあんな姿。見たことなんてないけれど浮かんでくる。
 キッチンも過ぎテーブルにあったケータイに手を伸ばして気付いた、やはり手を噛んでいた。
 そうかこれは声を殺し堪えるためにあるんだ。

 自分の中で繋がったところでソファに座り、呆けるように電話を掛けた。

 2コールで『あぁ?何時だと思ってんだどうした単細胞』と言う、不機嫌な先輩の声に「ははっ…、」と笑いが出てくるような安心感にソファへ寝転ぶことが出来た。

「遅くにっ」

うわっ。
めっちゃ声枯れてる。
プラス、咳き込んだ。

『…なんだお前、タバコ吸いすぎたかおい』

 一回ソファから起きて無言のまま冷蔵庫からミネラルウォーターを出す間に『なんだおい、ちょっと大丈夫なのか?ダメなのか?』と煽られる。俺別に死にそうじゃねぇけどまぁ確かに無言電話もなぁ…と思い、「すみません」が、

「すっ…げほっ、あ゛ー」

となり、より『なんだお前、え、苦しいの!?』を煽ってしまった。
 最早死にそうなガラガラ声で「ずんまぜ、あん、いや、ダイジョブでふ…」と、驚くほど潰れた声で言う羽目になる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*) 表紙絵は猫絵師さんより(⁠。⁠・⁠ω⁠・⁠。⁠)⁠ノ⁠♡

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...