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The 35th episode
2
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一つ、異変と言えば目覚めた時刻だった。
自分は珍しくぐっすり寝てしまったと、始業時間あたりの時刻に目覚めた星川潤は、一気に覚醒しケータイ画面を眺めたときにアラーム設定をしていないことと、手に触れたシーツの感触が違うこと、壁際でないこと、いつもの朝の空気よりも少し寂しいことに「あ、そうか」と一人納得をして起き上がったのだった。
違いはまだまだあって、脱ぎ散らかしてしまう自分の寝巻きが今日は畳まれていないことや、そもそもここは自分の家ではないこと、同居人だった山下祥真がいないことも落胆のような、安心のような気がしてベットから起きる。隣に相方が、いなかった。
律儀にも昨夜、自分の小さい頃からの癖を知っていた相方は、「ホンットにお前ってなんなん?」と言いつつ、眠るまではこの部屋にいてくれたのだ。
きっと相方、壽美田流星は自分が眠ったのを見届けてからリビングのソファででも寝たに違いない。
低血圧の、酸素が少ない頭で天井を見上げてみた。
偉く、広く寂しい場所に住んでるもんだな、と、それから相方の気配すら感じられないことに気がついた。
「…流星…、起きてんの?」
声が掠れてしまった。朝方のいつもの日常だが、いつもとは違いのあるものだった。
返事がないので面倒だなと、そう思いながらも「流星、いないん?」と服を纏いながら開け放たれた引き戸の向こうのリビングを覗く。
「…ん?」
流星の姿はそこにはなかった。
しんとしていて、人がいる特有の雰囲気すら、どうやら今はない。
胸騒ぎがした。
過去に、この広い、ただの空間と化した寒さには、覚えがあった。
雨さん。
…どこにいるか、家にはいないようで、さっきまでいた、そんな生温さすらなにもない。
起きた血圧変化に動悸が起こるような気がした。
どっと流れ出した血液のような過呼吸に潤は、
どうにかしたい、
この苦しさを、どうにかしたいんだと、震えるような気持ちで相方のケータイへ電話をするが、思考も巡らない、一瞬にも満たない信号遮断に一瞬の空白が胸に流れ、目眩に近く頭が、真っ白になるような気がした。
広さに飲まれそうな空虚に混じった自分の薄くも早い呼吸に気が付き、焦るように次は先輩に電話を掛ける。
コールを聞いて焦燥は早まり冷や汗になるような気がしてきた。この胸焼けのような胸騒ぎは過去の…、
熱海雨の時と酷く、似ている。
雨さん、
遠くに行きそうなそんな気がしてきた、ねぇ答えはもう待たないんだけど、あのときのあんたはどれほど、何を残そうか、何を選ぼうか、こんな気持ちだったとしたら政宗、頼むから早く出てくれないか。
部署に間違えて出勤しちゃった?
けど、と考える。
耳に無機質な呼び出し音が絡み思考に木霊するような広い空虚に苛まれそうだった。俺きっとこの予感は外れてな──
ブツっ。
一気に呼吸を思い出した。
「あ、の…」
『…おは…よう、』
言葉が不発の弾詰。
不機嫌な、仲間の寝起きの潰れた声がした。
『…んだよ潤』
「いや、あの…、」
電話の向こうの焦燥が感じ取れた気がして荒川政宗は、ボケた頭で「なに、」と返事をする。
「……えっと、」
言おうとして潤は一度頭を整理した。待て、この焦燥が何かの間違いだったとしたら、俺は何を言うべきなんだ。
俺は何に焦っているんだ。
俺はなんで、先輩になんて電話を掛けたんだ。
経験した焦燥にただ、飲み込まれそうで胸糞が悪いのか。
妙な沈黙に政宗はボケた頭で「流星はどうしたんだ一体」と考え、静かだがどこか騒ぐ動悸のような雰囲気を電話越しに感じ取った気がした。
それだけで、頭の片隅が少しずつ、ゆっくり今日へ血液を送り出していく、その感覚に至り「潤…?」と口にした。
口にしたら少しずつ、確信が廻ってきた、気がして。
「……お前どうした、何か、」
『いや、あの…』
野生の勘が告げたのか、政宗は何気なく、同居を始めた箕原伊緒の部屋、過去に元嫁と自分が使っていた部屋のある方に目を、向ける。
何か思考をしようと思い立った瞬間に、『流星が…』。
それだけですぐに「わかった」と決定付けた。
「取り敢えず今から行く。必要なものと人材はあるか?」
起き上がり、伊緒の部屋をノックした。
不穏な気がして落ち着かない。
フラッシュバックに余念はない。
潤と政宗はまずはと、部署の前に待ち合わせをすることにした。
自分は珍しくぐっすり寝てしまったと、始業時間あたりの時刻に目覚めた星川潤は、一気に覚醒しケータイ画面を眺めたときにアラーム設定をしていないことと、手に触れたシーツの感触が違うこと、壁際でないこと、いつもの朝の空気よりも少し寂しいことに「あ、そうか」と一人納得をして起き上がったのだった。
違いはまだまだあって、脱ぎ散らかしてしまう自分の寝巻きが今日は畳まれていないことや、そもそもここは自分の家ではないこと、同居人だった山下祥真がいないことも落胆のような、安心のような気がしてベットから起きる。隣に相方が、いなかった。
律儀にも昨夜、自分の小さい頃からの癖を知っていた相方は、「ホンットにお前ってなんなん?」と言いつつ、眠るまではこの部屋にいてくれたのだ。
きっと相方、壽美田流星は自分が眠ったのを見届けてからリビングのソファででも寝たに違いない。
低血圧の、酸素が少ない頭で天井を見上げてみた。
偉く、広く寂しい場所に住んでるもんだな、と、それから相方の気配すら感じられないことに気がついた。
「…流星…、起きてんの?」
声が掠れてしまった。朝方のいつもの日常だが、いつもとは違いのあるものだった。
返事がないので面倒だなと、そう思いながらも「流星、いないん?」と服を纏いながら開け放たれた引き戸の向こうのリビングを覗く。
「…ん?」
流星の姿はそこにはなかった。
しんとしていて、人がいる特有の雰囲気すら、どうやら今はない。
胸騒ぎがした。
過去に、この広い、ただの空間と化した寒さには、覚えがあった。
雨さん。
…どこにいるか、家にはいないようで、さっきまでいた、そんな生温さすらなにもない。
起きた血圧変化に動悸が起こるような気がした。
どっと流れ出した血液のような過呼吸に潤は、
どうにかしたい、
この苦しさを、どうにかしたいんだと、震えるような気持ちで相方のケータイへ電話をするが、思考も巡らない、一瞬にも満たない信号遮断に一瞬の空白が胸に流れ、目眩に近く頭が、真っ白になるような気がした。
広さに飲まれそうな空虚に混じった自分の薄くも早い呼吸に気が付き、焦るように次は先輩に電話を掛ける。
コールを聞いて焦燥は早まり冷や汗になるような気がしてきた。この胸焼けのような胸騒ぎは過去の…、
熱海雨の時と酷く、似ている。
雨さん、
遠くに行きそうなそんな気がしてきた、ねぇ答えはもう待たないんだけど、あのときのあんたはどれほど、何を残そうか、何を選ぼうか、こんな気持ちだったとしたら政宗、頼むから早く出てくれないか。
部署に間違えて出勤しちゃった?
けど、と考える。
耳に無機質な呼び出し音が絡み思考に木霊するような広い空虚に苛まれそうだった。俺きっとこの予感は外れてな──
ブツっ。
一気に呼吸を思い出した。
「あ、の…」
『…おは…よう、』
言葉が不発の弾詰。
不機嫌な、仲間の寝起きの潰れた声がした。
『…んだよ潤』
「いや、あの…、」
電話の向こうの焦燥が感じ取れた気がして荒川政宗は、ボケた頭で「なに、」と返事をする。
「……えっと、」
言おうとして潤は一度頭を整理した。待て、この焦燥が何かの間違いだったとしたら、俺は何を言うべきなんだ。
俺は何に焦っているんだ。
俺はなんで、先輩になんて電話を掛けたんだ。
経験した焦燥にただ、飲み込まれそうで胸糞が悪いのか。
妙な沈黙に政宗はボケた頭で「流星はどうしたんだ一体」と考え、静かだがどこか騒ぐ動悸のような雰囲気を電話越しに感じ取った気がした。
それだけで、頭の片隅が少しずつ、ゆっくり今日へ血液を送り出していく、その感覚に至り「潤…?」と口にした。
口にしたら少しずつ、確信が廻ってきた、気がして。
「……お前どうした、何か、」
『いや、あの…』
野生の勘が告げたのか、政宗は何気なく、同居を始めた箕原伊緒の部屋、過去に元嫁と自分が使っていた部屋のある方に目を、向ける。
何か思考をしようと思い立った瞬間に、『流星が…』。
それだけですぐに「わかった」と決定付けた。
「取り敢えず今から行く。必要なものと人材はあるか?」
起き上がり、伊緒の部屋をノックした。
不穏な気がして落ち着かない。
フラッシュバックに余念はない。
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