ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 36th episode

6

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 血潮の漣が押し寄せ、灰のような海岸が引いていく。遥か昔、潮風のように鼻孔を抜けていく記憶。
 それほどの戦いだった。

 フィリピンに徴兵されたのは、若かりし頃、有無を云うことなど考えに及ばない時代だった。

 20と少しの青年に与えられたのは拳銃と防御服と愛国精神。これを持てば何をしても勝てる、
 一種、興奮に近く感じるくらいには自分は“軍人”、“密令”に酔いしれていたのかもしれない。

 その男、壽美田一成という優男は、見た目に反しなかなか実績やら何やら、軍人ではない、言うならば“国際マフィア”のように武力を持つ男だった。

 しかし根は気さくであり情の熱い一面のある、そんな、非の打ち所が見当たらないような気さえする、実態がいまいち掴めない男で。

 彼は、高田創太の相棒となる男だった。

 どの国にも命あらば赴く身としては、適材。彼は全ての事に興味を持ち全ての人に等しい対応をする。
 だが所謂、この職は国の汚点になり得ることもある、それを承知していたのかどうかは知らないところだ。

 高田創太はその辺にいる軍人よりは少しだけ優秀に、最早番犬とも言えるほどに安定して優秀だった。
 悪く言えば国に素直に飼い慣らされた若者で、出会った頃に一成は高田に言ったものだ。

「もっと大きなものを見ようよ」

 人好きの、泣き黒子の笑み。
 それは如何なる苦境も確かに、光が射し込むように「そうだな」と思えるものだと感じたのだ。

 高田と一成が組み、各国の偵察、派遣、色々なことを共にしてきた。
 当たり前だが、軍人だ。時に人を殺すことだってある。日本に有益でなければそれが行われる、その国のピンチが日本に不易ならばどんな国でも敵、見方になるしかない。

 わりとその点は割りきっていた。それは、国の為、自分の為になることだから。

 その問題で多く抱えるのが、国の治安、スラム化、宗教問題があげられる。振興が違うものなら当たり前のようにいざこざがあり、負ける国の情勢は貧困化し、スラムと化してしまう。
 人々はすがる思いでまた、自国の道徳として宗教を崇め、さらに敵国へ憎悪を募らせてしまう。

 が、現実逃避。これほどに簡単な言葉ではない混沌が恍惚を極め、それが救いとなるのが人間だ。

 フィリピンの情勢は悪かった。
 最早、新興宗教、連携、内乱、そんなものでは片付かない。

 こんな発展途上を乗っ取ろうという考えは、日本だけではなかったはずだ。

 高田と一成はそんな国を、救済の名の元に所謂「侵略を計れるのかどうか」を視察する業務も化せられていた。
 勿論、身に危険が及ぶのは当然なことだ。あくまで、視察をし国に報告をするのが責務で、もしも現地で戦があり日本に有利なものであれば加勢判断も仰ぐことになる。

 うまくいけばその国は日本の力になるはずだ。
 その程度の認識だけあれば心は痛まずに済む。結果植民地としその国を奴隷として扱う事になろうと、一介の軍人にはなにも手立ては必要がないはずだった。簡単なことだ。救済として武器を与える、高値で取引出きるものを与える、そうやって国を切り開いていく。右翼、左翼、民主主義、なんでもいい。バラバラになってしまった国には必要なものだった。

 互いに沢山の飢餓を見た、戦争を見た、それぞれに道徳、利己、そんな概念は必要としないはずだった。少なくとも髙田はそうだった。
 だが、それに対し壽美田一成という男は邪魔だったのかもしれない。
 良くも悪くも、熱い男だったのだ。

 現地の宗教を目の当たりにすれば学ぶ。戦を目の当たりにすれば考えてしまう。

 それも魅力のひとつで、髙田はそれについていった。その正義は人を見る物だ等と、勝手に自分で道徳を立てなければ気が狂いそうだったのかもしれない。尊敬もすれば好きな人物だとまで思った。

 結果、自分達は軍人として内戦にも参加したわけで、勝ち組に武器や…気が狂うものたちの救済として麻薬も売り払う結果となっていることは、薄々気付いていたとしても、まぁまぁ知らない事実だった。

「大丈夫だよ、帰ってくるから!」

 そんな最中のフィリピン内戦だった。
 ついに、彼のいきすぎた温情が仇となり、彼はひとつ、ミスをして敵方勢力の捕虜となった。

 だが、そう。これは打開策がうちのひとつだったはずだった。彼一人で話は済むかもしれないと、そのミスはどこか手放されそうな状況だった。
 
 あの男は底抜けの笑顔で振り返り、縄で縛られた手を降ったんだ。

 いつも。
 どんな酷い過ちだったとしてもいつも、彼の笑顔は何故だかそれを忘れさせそうなんだ、どこかでそう、頼っていた自分がいた。
 彼の功績がそれを物語っていると思っていた。だが、正直それにすら疲れているのもあったのかもしれない。

 日本政府がそれを捨てたのだと知ったのは、彼の、蟀谷に穴が開いた死体を還され目の前にしたときだった。

 考えれば当たり前だった。
 意味のない内戦に荷担するリスクはつまり、そう。どこか切り離された現実だといつか認めるのが怖かったに過ぎなかった。

 彼には家族がいたはずだった。
 だが、それは敵にだって同じことでしかない。

 敵地でしくじり男が言った願いが叶うことがないのは明白だ。それもわかっていたつもりだったが。

 仲間達を思い浮かべた、故郷の家族を思い浮かべた。絶望的だった、だが髙田にはあの男が希望だと、そう感じていたのに。

 幸いなのか、いや、幸いなんかではなかった。彼の死んだ表情は驚くほどに穏やかだった。

 彼を捕らえた者たちですらも思っただろう、あの男の笑顔。
 この男、とうに気が触れてしまったんだと。
 じゃぁ、だからかと。
 その瞬間全て、自分のしてきたこと、自分の張っていた虚勢も誇りもすべて、手から滑り落ちる気がして。
 気が狂ったように笑うことしか出来なかった。

 だが、残酷だ。
 多分、お前の笑顔はどこか、嫌いだったのかもしれない。
 あと一歩、そう、あと一歩。
 結局気が狂うことだなんて一生出来ないことだ。

 そしてこの国に壽美田一成が残したエゴは踏みつけられるように、無かったことだと海に返されてしまって漸く。

 憎しみも嘲笑も越えてしまった。バカな男だ壽美田一成。俺の相棒、スポッターで俺よりも遥かに優秀だったお前は結局この程度で死んだ。
 だから心に残り続けた。

 この程度で故郷から、我々は捨てられたのだと。
 けれど帰ればそう、“非国民”でしかなく。

そうか。
みんな頭がおかしいんだ。
一成、俺はこんな国、こんな変われない国なんて、お前の蟀谷がすっ飛んだようにねぇ、吹っ飛んじまえばいい。

最後に気が触れたお前の安息は本当にその気概だったか?
多分違うだろう、なぁ、こんな真っ黒い宇宙のような国、すっ飛ばしてやるよ。

一成。
俺にはお前の生き方、そんな、出先で軍人に日本語を教えようだとか、孤児院を作ろうだとか。
そんな虫酸が走る生き方、多分出来ないんだ。お前はいない。だから、だから全部、ぶっ壊してやろうかなと、一歩気が狂わないように発砲を続けるんだ。

 これは復讐なのか。
 称賛、なのか。
 今やわからないでそれが手放しなんだ。
 相方の死を悼んだのか、どうか。
 もう少し利己的な考えだったらどれだけ、楽だったのだろう。


 それが高田の内情だった。
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