水に澄む色

二色燕𠀋

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「…桝の件ですが、まぁ伊織、怪我しちゃって。で、産婦人科に行ってきたんですが…。なんかまぁ、そんな感じで痛ぇ痛ぇと、寝ても起きたりしちゃってって具合で」
「…結構えぐいなそれ」
「…ちょっと弁当中に申し訳ないんすけどね」
「構わないよ。整理して続けて」
「…はい、すんません。
 まぁ、その病院で鎮痛剤と塗り薬貰って…いや怪我自体は時間も少し経ったし、それほどでもなかったんで…て言ってもまぁ、明日から仕事出来るくらいで…ちょっと大人しくさせようかなという…」

 歯切れが悪いな。

「…それはわかった。仕事は仕方ないし、まぁ、なんとかなってるから。かと言ってじゃぁいーやって辞めちゃったとか…しなければね。真柴さんにやって貰わなきゃならないことはちゃんとあるから」
「…やっぱ、優しいっすね吉田さん。俺そこは勝てねぇよなって思います」
「ちゃんと言っとかないとね、そゆのは」

 竜二はちらっと吉田を見て、先程よりも俯いてしまった。

 何か言おうと考えて、イライラしているような躊躇ってるような雰囲気。
 促さないで待っていると竜二は歯切れ悪く「それで…」と続けた。

「…病院で言われたんですけど、………前から傷は、あったらしく」
「え?」
「桝の子供、おろしてるって」

 ……予想外すぎて吉田は言葉を失った。

「……その傷も、まぁ、かなり昔の物だから、害とか…ないけど。たまに痛むときに鎮痛剤貰ってたんだけど、慣れて効かなくて今回新しいやつ貰ったら爆眠したという感じで」
「竜二くん、」

 なんと言っていいかわからない。それをこの子は一緒に聞いてあげて、果たしてどんな思いをしたか。
 いや、考えるのをシンプルに止め出てきたのは「偉いねぇ…」だった。

「…正直言葉がないな、それしか」
「…いや、俺はね、まず…いやそうか、吉田さんと一緒で、なんて言ってやればいいか、わからなくて」
「…そうだよね」
「…色々考えても、伊織はなんで言わなかったんだろうとか、そんなことよりまず、気付けなかったなって言うのが…。セフレやってたっつったてさ、もっとこう…しゃしゃり出てよかったもんだったのかとか、もうなんか大変で、頭が」
「…君も充分、優しいなぁ…ホントに」
「いや、なんかわりとキツくて。吉田さんならなんて言ったかなって、押し付けるのも、嫌だったんだけど、」
「…ごめんなぁ、俺もっと浮かばないや…結局俺はそう、君が言うとおりセフレだから…多分君より辛くないけど、でも…考えそうになると怖いよ。
 君は、なんで耐えられるのか。いや、待ってな、うん、耐えられてないんだよな。そこまで受け止めたんだな、」 

 顔を上げた竜二はどこを見ているのか、ただ、「そうかなぁ」と言った。

 …これは凄く、切ない。
 いや、この件に関しては、悲しい、が適切だ。

「そうだよ。君、多分ずっとそうなんだよ」
「…不感症、すかね…」
「多感症で麻痺してるの、気付いてるでしょ、ずっと」
「……そうなのかなぁ。
 正直、医者に「お前がしたことだよな」って見られたことも遠くて、桝が知っていたのかとかそういうのも遠くて、ただ、伊織はどうだったんだってのがあって。そればかり考えたらそうすね、多分いまの吉田さんと同じ感想が出てきた。お前は辛くなかったのかって。
 そう思ったら爆眠してんの見てんのが、ちょっと今無理だなって」
「…うん」
「飯中すんませんねホント」
「いやそんなことはもういいって、」

 はぁ、と溜め息を吐いた竜二は

「いやぁ、なんかテク悪かったとか、そんな方がましですよねって、飯中っすね。イキ顔かどうかさえわからんっつーのは…」

 と言った。
 …またそうやって。巧妙なようでいて下手だなと、

「設定なんていらないんだろ?じゃぁ、悲劇のヒロインだなんて押し付けはいらないだろうよ。俺だってわかんないもん」
「…まぁ、」
「君は不器用だからセフレだったんだね。でも…俺なんかより遥かに…ましじゃん、くらいに言っとくよ。ホントはもっと…言ってやりたいことあるよ、沢山。沢山の設定だ。もう妄想過多でわかんないくらい」
「…いや、なんか、マジで…」
「…この話俺でよかったの?」
「はい、まぁ押し付けとして…」
「それは…光栄だけど、すまないな。男として何も言えない」
「…ですよね。
 すんませんなんか調子乗りました。はい、ホントに…」
「全然良いけどすまない、ホントに。取り敢えず幸せになれ」
「…あれ?」

 竜二は「俺ポロってましたもしかして?」と言うので「あぁもう超ポロってるよわかるわぁ!」と、けれど笑い話のように言えば、少し間があり、

「うわぁなっさけねっ、ハズっ、」

 と年相応に照れるので、「俺の方が情けねぇよ全く」とこちらまで恥ずかしいけど。

「あーもうはいはい。俺が情けなくなるの悔しいから俺は君を超褒め称えようと思うぞ。立派だ、なんて優しい良い彼氏」
「うわあ設定押し付けてきた」
「君もな。俺なんてしがない平社員でただの男だわ。まぁだから臆せず乗れ、俺はわりとかっ飛ばす重要路線なんだから」

 それが止まったらかなりの打撃だけどな。

 「なんの話っすか」と、漸く本領発揮、本調子になった竜二に「スルーしてくれ」と促す。
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