白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋

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春塵

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年 3月2日

兄が、天文学が好きだと言いました。
やっぱり兄はすごいと思います。ギリシャ神話と天文学は繋がっているんだそうです。

僕にはぜんぜん理解ができなかったけど、例えば冥王星にも月があること、
カラス座という、マイナーな星座が春にはあること

カラスはなんで黒いか知っていますか?

カラスは、元は白い、おしゃべりでキレイな色だったそうです。しかし、嘘をついてしまって、黒く塗りつぶされ、言葉を封じられてしまったのだそうです

兄はとっても物知りです
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 そっか、そんな話、したかもしれないな。

 急に、涙が出てきた。一粒出てきて初めて、たくさんの涙が零れてきた。

 ああ澄。
 お前はもう、いないのか。

 澄のページだけを見ても、全てが、俺や隆平や一喜や深景や理穂のことばかり書いてあって。

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年 8月25日

夏休みが終わりそうです。
理穂ちゃんが、宿題がまだ終わらないと言っていました。

途中まで一緒にやったのですが、終わらないので、散歩をしました。

一喜くんとゲームもしました。

一喜くんと二人でゲームをしていたら、理穂ちゃんは不機嫌になってしまいました。

早く終わるといいなぁ、理穂ちゃん

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年 12月1日

みんなで遊びました。
隆平くんの家でパーティーでした。

楽しかったなぁ。

理穂ちゃんと深景ちゃんは、女の子同士、本当に仲がいいですね

でも、僕ら男の子同士も、仲良しですね

いつまでも友達でいたいです
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 そして気付けば、最後のページまで読んでいた。

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年 2月 日

みんな、本当にごめんなさい
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 それが最後だった。

 そうか。
 この交換日記。
 最後に持っていたのは澄だったんだ。
 でもこれはもう、二度と誰も書くことがないんだろう。

 小さい頃からずっとみんなで続けてきた、もう何冊目だかわからない日記。最期は皮肉にも澄が持っていた。

 どうしてこんなことになったのだろう。

 いつの間にかすれ違っていた。こんなに近くにみんな、いるはずだったのに。

 一人、澄の部屋に居ると、チャイムの音が響いた。
 親は大抵いない。共働きで仕事をしている。

 仕方なく下まで降りてインターフォンのカメラで人物を確認する。
 深景だった。
 受話器を取る。

「深景?」
『歩くん?今大丈夫?』
「別にいいけど…」

 玄関に行き鍵を開ける。
 学校帰りに寄ったんだろう。

「…よっ」
「どうしたの、珍しいね」
「いやぁ、ちょっと伝言を頼まれてね」

 深景はちらっと奥を覗いた。

「まぁ入ったら?」
「うん…。
ちょっと…お線香あげてもいい?」
「どうぞ」

 そう言うと深景は遠慮もなく家に上がり込んだ。相変わらずだ。

 リビングの隣の和室に案内した。元はレストルームだった場所。そこに不自然に置かれた新しい仏壇。

 鞄を置いて線香に火を点け、手を合わせる。深景の、細くてさらさらとした、横の部分だけ後ろでまとめられた綺麗な黒髪がキラキラと夕陽に染まる。小さく結われたおだんご。いかにも清楚系だ。

「わざわざありがとう。伝言って?」
「うん。りゅうちゃんから」

 促せば深景は、鞄からプリントを取り出して俺に渡してきた。

「え?」
「渡してって」
「学校、違うじゃん」
「うん。私が歩くんの顔が見たいって言ったら、じゃぁ…って。新学期のクラス編成だって」
「クラス編成?」
「うん。
 今年は担任もクラスも変わるってりゅうちゃんが言ってたよ」
「あぁ、なるほどね」

 まぁ、あんなことがあったんじゃ仕方ないか。

 学校最大の事件となった澄の自殺。

 中等部は今頃春休みだというのに、登校して苛めに関する調査を行っているそうだ。
 中、高等部共にあの日、全校集会が開かれたらしい。俺は親族であり第一発見者でもあったのでそれどころではなく、参加はしていない。
 学校側は苛めはなかったと、判断した。

 だが、そんな隠蔽じみた理屈が、生徒数2000人を前に通用するわけもなく、瞬く間に、『生徒会長の弟は苛めで殺された』と広まった。

 そこで俺が突然髪を染めて登校し、代理を立てて生徒会長を辞めると言ったらそれはもう即決。元々生徒会書記をやっていた岸本に名乗りを上げさせて俺は春休みの登校日も、これからしばらくほとぼりが冷めるまで学校には行かないつもりでいた。
 ただ、クラスが変わってしまうとなると少し、それは変わってきてしまう。

「進級前に移動した荷物、取りに行かなきゃいけないわけか」
「そうなの?」
「うん。俺たちの高校、基本的にはクラス替えないから。進級出来たら大体もうさ、荷物持ってっちゃうんだよね、春休みの登校日に。1年から2年だったら2年の教室にさ」
「そうなんだ」
「まぁ今回は俺行かなかったから、勝手に岸本がやってくれたみたいだったけど…。これじゃぁ、あいつも忙しいだろうから俺が登校しなきゃね」
「学校、行ってないの?」
「うん。かれこれ一月くらい」
「じゃぁ、一喜くんのこと、知らないの?」
「何かあったの?」
「実は…」

 深景は、とても言いにくそうに言った。

「あれから…。
 理穂が学校に来なくなったみたいで。私が家に行っても会ってくれなくて。
 一喜くんとこの前話したときはなんともなさそうだったんだけど…。りゅうちゃんに聞いたら、一喜くん、学校で干されてるみたいで」
「…なんで?」
「…まぁ、あんまりりゅうちゃんも言わないからわかんない」

 本当は、何か聞いて知っていそうだな。

「でも一喜は、多分俺とは口すら利かないでしょ」
「一喜くんも歩くんも、誤解してる」
「あぁ、じゃぁ教えてあげるよ深景。おいで」

 俺はそう言って深景を二階の、澄の部屋に連れて行く。
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