白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋

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陽炎

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「君、外人さんみたいだね!」

 幼い頃に引っ越した矢先、なんの遠慮もなく初対面でそう言われて、俺のそいつに対する第一印象は良くなかった。

とおる、いきなり失礼だろ!
 ごめんね、弟ちょっとちっちゃいからさ」

 兄が駆け寄ってきて弟をたしなめる。怒られた弟はそれでも目をキラキラさせていた。

「お兄ちゃんより大きいんだもん!すごいや!」

 前にいた幼稚園で散々からかわれて、この頃の俺にとって、背が高いのはコンプレックスだったから。ずっと嫌で仕方なかったのに。

「…すごい?」
「うん!どうやったらそんなに大きくなれるの!?」

 しかし、そんな風に嬉しそうに聞かれるなんて思ってもみなくて。

「…わかんない」

 笑って誤魔化すしかできなかった。

「お名前なんて言うの?」
「岸本隆平」
「じゃぁりゅうちゃんだね!お友だちになろう?」

 そんな言葉も初めてだったから。

「…うん。君は?」
「あ、忘れてた、ごめん!
 うらがとおるです!よろしく!」
「とおるくん…よろしく」

 澄はにこにこして走って行ってしまって。

「あ、澄!」

 兄の歩の方はやれやれと言ったように、滑り台の方へ駆けていった弟を追い掛けようか、俺をちらっと見て困った様子で。

「一緒においでよ。嫌じゃなかったら」

 その優しい笑顔が印象的だったから。

「うん…ありがとう」

 と、ついつい頷いてしまった。

 然り気無く手を掴まれ、引かれる。だけど力強い訳じゃなく、やっぱり優しさがあって。

「歩!」

 走っていった先には、澄と遊ぶ少年と、楽しそうにベンチでお喋りしているおさげの少女と柔らかい茶色い長髪の少女。

 これがみんなとの出会いだった。

『それ、だぁれ?』


 微睡みの中で目が覚めた。電気スタンドの光と参考書がぼんやりと目に入る。勉強の合間に少しだけ仮眠を取るつもりだったが、今何時だろうか。

 眼鏡を掛けると、世界がクリアになる。

 時計を見れば深夜2時48分。今日はもう、終わりにしよう。

 参考書を閉じて眼鏡を外した。少しだけぼやけた世界。わりと嫌いではないけれど。

 電気を消してベットに潜りこむ。
 目を閉じて、暗闇を確かめる。

「それ、だぁれ?」
「引っ越してきたんだって」
「岸本隆平です…君は?」

 明らかに年下のような、おさげの女の子が走ってきて、物凄く興味深そうに俺の頭の先から爪先まで見られたら、いくら内気だったとは言え、なんとなくこちらから解放しなければならないと思い、少し屈んで目線を合わせる。

「しいなりほ!こっちがささきみかげちゃんだよ!あなた、どこから来たの?」
神奈川かながわだよ」
「どこ?」
「うーん…僕もよくわかんない」
「俺行ったことあるよ!」

 澄と遊んでいた少年が走ってきた。
 次から次へと、忙しい。

理穂りほもあるだろ!中華街!」
「あそこから来たの!?」

 それは凄く語弊があるが、「…うん」とだけ答えた。これが間違いだったようで、俺は最初のうち、この兄妹からしばらくの間、中国人だと誤解されることになる。

 呼び名のりゅうちゃんもいつの間にか“リュウ・チャン”的なことになっていたんだと後で知った。

「あ、俺一喜かずき!こいつの兄貴だよ!わかんないことがあったら聞けよ!」

 あの時そう言えば歩は、名乗らなかった。歩は、自分の名前が嫌いだと後に言っていた。

「女みたいな名前だから、あんまり名乗りたくなかったんだよ」

 と後に言っていたけど。

「どういう字?」
「歩くって言う字」
「すごくいいじゃん」
「…そう?」
「うん」
「りゅうちゃんは?」
「うーん、難しい字。高く広いって意味だよ」
「そうなんだ。そう言えば一喜と理穂がね、りゅうちゃんのこと中国人だと思ってるみたいだよ」

 ある晴れた夏の昼下がり。公園で暑さに休憩して池の鯉を眺めながら歩はぼんやりと言う。

「え?」
「違う…よね?」
「違うよ、なんで?」
「中華街から来たからじゃない?」

 それも語弊なんだけど…。

「あぁ…。
 いや、僕が住んでたのは箱根はこねってところなんだよ」
「温泉のところ?」
「そう説明すればよかったんだね…」

 その時は確か、理穂が親に、「おっきい中国人が来た!」とか、「でも日本の名前だった気もする…」とか言って、最終的に、「日本名と中国名があるらしい」まで発展したらしい。一喜も一喜で言われるまま、「そんな気がする」と言って、椎名しいな家はしばらく俺を中国人として迎え入れていた。

 昔からどこか一喜は抜けていた。そして理穂は広がればどこまでもいくタイプだった。

 あの時、歩が俺に何気なく言わなければ、俺は今でもリュウ・チャンだったかもしれない。

 少し大きくなってから地理が得意な澄が、一喜と理穂に神奈川の箱根を教えていた。二人とも「えぇっ!」と驚いていた。

 俺たちの出会いはそんな風に、普通で、ありきたりなものだった。最初は不安でいっぱいだったが、慣れるのにそう時間も掛からず、すぐに仲良くなれた。

 小学校まではそれぞれちがう学校に通っていた。だがみんな、放課後になれば公園に集まったり誰かの家に集まっていた。

 そのうち連絡手段として、交換日記をやるようになった。その交換日記は、高校生までずっと続けることになる。
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